亡霊が思うには、

田原摩耶

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Overcoming phobia

08

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 なんで封筒が無くなってるんだ、確か紙袋に入れていたはずだ。
 どこで茶封筒が消えたのか考える。紙袋から目を離したといえば確か双子から旅行者のことを聞いたときと、それから仲吉に会いに行ったときだ。あの時点で茶封筒はあっただろうか。
 ――元々あまり記憶力がいい方ではない。けれど、その時はあったような……気がする。だめだ、思い出せない。
 しかし、花鶏の言うことを信じるならば茶封筒は既に消えていたということになる。
 旅行者を探しに行って戻ってくるまでの間、瞬間移動を使ったから然程時間はかからなかったはずだ。
 だとすると、あのとき俺の部屋に居たやつがなにか知っている可能性がある。
 ――南波と、双子か。
 幸い、南波はいまこの場所にいる。こうなったら直接話を聞いてみた方が早いだろう。

 仲吉に場所は教えないと決めていたはずなのに、いざ茶封筒がなくなって必死になっている自分には笑いすら出てこない。
 俺はソファーの上に横になっている南波に声をかける。
「南波さん、南波さん」と、なるべく驚かせないようにそっと、なるべく優しく呼んでみるが肝心の反応はない。

「南波さん……だめだ、起きないですね」
「もう暫くはこの調子でしょうね。急ぎの用ならばバケツに水を汲んで来ますよ、頭から一杯被せれば意識も覚醒するでしょう」
「……いえ、流石にそこまでするのは」

 茶封筒の行方が気にならない、といえば嘘になる。けれどそのお陰で南波を水浸しにするのは可哀想に思えた。
 すっとこの調子だったということか。ならば、南波は茶封筒のことすら知らない可能性が高いだろう。
 だとすれば、残された可能性は一つだ。

「花鶏さん、藤也たちが今どこにいるかわかりますか」
「二人なら恐らくまだ部屋にいると思いますよ」
「……部屋ですか」
「ええ。場所、わかりますか? よろしければ案内させていただきますが」

 俺がなにを企んでるのか、何故突然双子の部屋の位置を聞き出すのか花鶏は聞いてこない。
 しかし敏い花鶏のことだ、俺の焦りも伝わっているのだろう。
「それじゃあ、お願いします」と頭を下げれば、花鶏はゆっくりと立ち上がる。
 ええ、わかりました。ではいきましょう。そう笑顔を浮かべて。

 そして、俺は花鶏とともに応接室を後にした。
 もし双子が茶封筒を見付けて持ち去ったとすれば、それがちゃんと形を残しているかどうかすら怪しい。
 幸喜はともかく、藤也が破って捨てたりするようなやつとは思いたくないが……あくまでも希望的観測になってしまう。
 今の俺には、藤也のことがまるでわからなかった。


 屋敷内、応接室を後にした俺達は客室等へと繋がる薄暗く長い廊下を歩いていく。
 方向音痴の俺からしてみればどこの廊下を歩いていても全て同じ通路に見えてしまい、現在地すら見失ってしまいそうになる。だからこうして花鶏が隣にいてくれるのは正直心強かった。
 湿気を孕んだ重たい空気の中、俺たちは足音なく進む。そしていくつかの扉の前を通り過ぎたときだった。ふと、花鶏は立ち止まった。
 そして後方の俺を振り返る。

「こちらです」

 そう、花鶏が指し示した目の前の扉を見上げる。造りは他の部屋に取り付けられている木彫りの扉だが、その丁度目線よりもやや下の辺りに一本の太い錆びた釘が刺さっていた。そしてそこを中心に黒い染みが広がっている。
 藁人形でも打ったのか、なんて冗談めいたことを考えてみたが正直笑えないありそうなので.。そのまま視線を下げれば、扉の下の僅かな隙間からはから謎の虫が這い出てきてきた。

「う……っ!」
「……おや、先客がいたようですね」

 咄嗟に飛のく俺の横、特に顔色を変えることなく花鶏はその虫をそっと指の腹に乗せるとそのまま窓の外へと放る。

「あ、花鶏さん……虫平気なんすね」
「この山奥で住んでいたら日常のようなものですからね。そういう貴方は苦手そうですね」
「……触るのは、ちょっと」
「おや、でしたらこの先に進むのは難しいかもしれませんね」

「え」と言いかけたとき、俺が反応するよりも先に花鶏は扉をノックする。

「幸喜、藤也、いるんでしょう。入りますよ」

 そう扉に向かって声を掛ける花鶏。
 が、しかし。扉から反応は帰ってこない。そっと聞き耳を立てれば、扉の向こう側からはなにやら話し声が聞こえた。……揉めてるような声だ。間違いなく二人はこの先にいる。

「花鶏さん……」

 どうしましょうか、とアイコンタクトを送るよりも先に花鶏が扉を開く方が早かった。

 まず、視界に入ったのは薄暗い部屋の中だった。
 部屋の広さは俺の部屋とそう変わらない。
 もっとひどいものを想像していただけに、あまり物がないなと思っていた。
 そして次に目に入ったのは壁に積まれた虫かご……だったものだ。それを見て思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。
 いつから育てているのか、一面真っ黒な汚れだと思っていたらよく見るとたくさんの虫で俺は悲鳴をあげそうになった。
「言ったでしょう」という目を向けてくる花鶏だったが、そのまま部屋の奥を「いましたよ」と指差した。

「だーっ、だから違う違う! もう、俺がやるから貸せってば!」

 薄暗い部屋のその奥、窓際に置かれた唯一の家具――テーブルと椅子。そこには藤也が腰を掛け、横から覗き込むように幸喜がなにやら口を挟んでいるようだった。

「幸喜、お前は字が下手だからだめだ」
「なんだよー藤也だって絵下手じゃん。見ろよこれ、ちんこ書いてんじゃねーよ」
「……違うし、木だし」

 どうやらなにか揉めているようだ。俺たちに気付いていないのか、背中を向けるような形で言い争う瓜二つの青年が二人。

「いいからペン貸せって」
「……ねえ、返して」

 ペンを幸喜に取り上げられたようだ。それにつられるようにして幸喜に腕を伸ばす藤也の脇からテーブルの上が覗く。
 そして、そのテーブルの上に見覚えのある茶封筒を見つけた。

「おい、お前らそれ……っ」

 気付いたときには体が勝手に動いていた。
「準一さん」と止めに入る花鶏の声も無視して、俺は二人のいるテーブルへと近付く。
 そして、息を飲んだ。
 何事かとこちらを振り返る双子、その手元にはあの茶封筒と仲吉が用意していた用紙がしっかりとあった。

「…………っ」

 言葉も出なかった。
 予め地図を書くよう用意された用紙には、下手くそな絵が書かれていた。
 まるで子供の落書きのようなその絵だったが、この屋敷までの道程を表しているものだと気付くのに然程時間はかからなかった。
 咄嗟に藤也から用紙を取り上げれば、双子はきょとんと顔を見合わせ――そしてこちらへと目を向ける。

「なに……勝手に書いてんだよ」
「あれ? ダメだった? ま、どーせ書くつもりだったんだしいーじゃん。藤也がペン独り占めすっからすげー下手いことになってっけど!」
「……要するに場所がわかればいいんだよ、こういうのは」

 何故俺が怒ってるのかもわかっていないのだろう。
 各々好き勝手言い出す双子に頭が痛むようだった。
 場所が分かるとまずいんだよ、この場合は。けど、そんなことを言ってもこの双子には伝わらないのだろう。
 この地図はどうせ渡さないつもりだったが、それでも生きた心地がしない。……死んでいるのだけれども。

「いけませんよ、お二人とも。人のものを無断で扱うなんて」
「げ、花鶏さん」
「てか……花鶏さんにだけは言われたくない」
「おや心外ですね。まるで人が他人のぷらいばしいとやらを無視するような言い方ではございませんか」
「……間違いではないでしょ」
「こういうのは相手に気付かれてしまうと意味がないでしょう」

 なんて言い出す花鶏に「花鶏さん」と咎めれば、「冗談ですよ」と花鶏は肩を竦めて笑った。
 なにが冗談なのか。そもそもどちらの味方なのか。

「準一さん、それ返して。……まだ途中」

 なんて呆れていると、藤也が服をくいくい引っ張ってくる。まさかまだ手を加えるつもりなのだろうか。
「もう描かなくていい」と振り払おうとするが、藤也の力は無駄に強い。こいつ、と俺は渋々折れた。

「……藤也、それ、好きにしていいけどあいつには渡さないからな」
「えーなにそれつまんないじゃん。せっかく頑張ったのに」
「なにが頑張っただ、大体本物の地図描いてどうすんだよ、もし……っ」

 もしあいつが本当にここに来たら。
 そう考え、どくりと停止していた心臓が脈打つような感覚が全身へと広がった。
 そうだ、それは……それだけは避けたかった。
 そんな俺の顔を見て、幸喜は片手でペンを回しながらニヤニヤと笑う。

「いーじゃん別に。仲吉? だっけ? 連れてきたらいーじゃん、準一も会いたいんだろ?」
「っ、お前……他人事だと思って……」
「まそりゃ俺は他人事だけど、一応準一の気持ちも考えてやってんだけど? 俺なりにね。……だって準一、会いたいんだろ?」
「違う、俺は……」
「じゃあなんでこの用紙燃やして捨てなかった?」

 藤也から用紙を取り上げた幸喜はそれを俺の眼前に突きつける。ひらひらと目の前であの下手くそな地図が揺れた。

「未練あるからだろ、仲吉に」
「っ、お前には関係ないだろ……」

 そうだ、最初から俺は決めてたはずだ。仲吉をここに連れてこないと。
 会いたくないと言えば嘘になるけど、相手は生活のある普通の人間だ。死んでしまった今、前のように気軽に話したりするのとはわけが変わってくる。
 そんな建前をずらずら並べたところで、結局は仲吉をこいつらと関わらせたくないというのが大きな理由だった。
 もし、俺と同じような目に仲吉が遭ったりでもしたら。そう考えるだけでぞっとした。

「関係ない、なあ? あるだろ、俺は。仲吉君の大事な大事なお友達殺しちゃったんだし、俺は引け目に感じてるわけだよ。一応ね」
「なにが引け目だ……っ」
「おっと、怒るなよ。……ま、一番はもちろん準一のためを思って言ってやってんだって」

 瞬きをした時だった、そう笑う幸喜の手から用紙が消える。藤也が幸喜から奪ったのだ。

「……じゃあ、これいらないわけ」

 地図を手にした藤也に問い掛けられ、言葉に詰まった。
 二人の言うとおりだった、本当に仲吉の手元に届いてほしくなかったら燃やすなり捨てるなりしていた。
 それでもそうしなかったのは、早い話自己満足だ。もし渡せなくても、あいつが渡してくれたものにあいつとの繋がりを感じていたかった。
 それでも、こいつらにそんなことを言っても伝わるわけがない。俺は「ああ、いらない」と口にする。
 藤也の目が細められ、それを手にしたまま藤也は幸喜に目配せさせる。
 そのアイコンタクトを受け止めた幸喜はクスクスと笑い出した。

「準一ってさぁ本当変なところで強がりだよね、仲吉かわいそー。ここまでせっかく用意してくれたってのに」
「……」

 言いながらも茶封筒を手にする幸喜。
 処分するなら勝手にすればいい。必死に心を押し殺す。藤也は手にしていた用紙を幸喜に渡した。
 そして。 

「ま、そんな心配すんなって。……ちゃんと俺らが仲吉に届けてやるからさ」

 藤也から受け取った地図を封筒の中に入れ、しっかりと口を閉じた幸喜はそう満面の笑みを浮かべた。
 そしてその言葉を理解した瞬間、血の気が引く。

「おいっ、待てって、渡さないって言ってんだろ!」

 咄嗟に封筒を取り返そうとすれば、いつの間にかに背後に回っていた藤也に手首を掴まれた。
 俺よりも華奢で骨っぽい手だが、太い蔦のように絡みついて離れない。

「……準一さん、いらないって言った」
「っ、そりゃ、いったけど……それは落書きするのは構わないって意味で……あいつに渡すのは別だ……っ!」
「まあそんな深く考えんなって。あ、丁度いいや。花鶏さーん、ねえねえ、これ拾った場所まで案内してよ」
「ええ、構いませんよ」

 俺が藤也に足止めを食らってる横で幸喜にを連れて出ていこうとする花鶏。まさかそんなに早く快諾するとは思ってなくて、咄嗟に「花鶏さん!」と声を上げれば花鶏は微笑む。

「貴方のためですよ、準一さん」

 そう一瞬、花鶏の唇が動いたように見えた。

「待てって……おいっ!」

 咄嗟に藤也を振り払い、二人の後を追いかけようと通路に出る。が、しかし一足遅かった。
 既に人影はなく、ただじめっとした空気と静寂だけがそこに在った。

 思いの外俺はショックを受けていた。
 花鶏はまだ俺にも親身になってくれていると思っていたからだ。そんな花鶏が幸喜についたこと……いやでも、確かに花鶏は最初から仲吉を連れてきた方がいいとは言っていた。言っていたけれども。
 このままでは最悪の事態になりかねない。
 そう判断した俺は、消えた二人を追い掛けることにした。
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