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12【完】
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馬場に半ば無理やり気絶させられ、次に目を覚ましたときには俺は下山したあとだった。
殴られた頭の傷とか見てもらうために入院させられ、それから久古の葬式とか、警察の取り調べだとかマスコミの対応に追われてろくにゆっくりすることもできなかった。
あれから、まだ高田と徳永は捕まっていないらしい。『もしかしたら雪崩に呑まれたのではないか』とか、逃走中の犯人二名についてニュースの専門家は言っていたが、俺はそう思わなかった。というか、生きていてもらわなければ困る。
まだあいつらに久古の復讐もできていないのだ。
久古が死んで俺も暴行されたと聞いた親は心配して帰って来いと言っていたが、久古と同棲していた部屋を出ていく気にはなれなかった。
短い入院も終え、帰ってきた俺は山のように溜まっていたメッセージをまとめて削除し、そしてベッドの上にくるまった。
この部屋にいたらまた久古が帰ってくるのではないか。葬式で久古を見送ったあとも、そんな甘えた幻想を抱いてしまっていた。
それから暫く、取り敢えず飯だけは食うようにと定期的に久古の兄弟や共通の友人、うちの家族が俺の様子を見に来るせいでゆっくり悲しむ暇もない。それでもふと一人になる度に久古との記憶が溢れてどうしても悲しくなる。
そして今日も、ボロアパートのベランダに出て煙草を吸っていたときだ。ほろりと溢れそうになる涙を拭い、鼻を啜ったとき。
「おい」
隣のベランダから声をかけられた。
いや、待て、そもそも俺は隣に人がいるということも気付かなかった。あまりにも存在感のない隣人に心臓が止まりそうになりながらも、『やべ、ここ一応禁煙だっけ?』と煙草を揉み消したとき。
「……さーせん」
「謝ることはできるようになったんだな、お前」
一瞬、聞き間違いかと思った。
だってそうだ、まさかあのクソ野郎の声が隣のベランダからするなんて思わないだろう。
「慰めが欲しいならこっちの部屋に来い」
そう、勝手にクソ狭いベランダにソファー持ち込んでる馬場はそれに腰をかけたままそんなことを言っていた。色々突っ込みたいことはある。ああ、大いに。涙も引っ込むくらいにだ。
「お、まえ……なんでここに」
「お前を見張ってたら、またあいつらが来ると思ったからだ」
「………………」
「……それと、お前が心配だったから」
なんでちょっとこいつは照れてんだよ。やめろ、そんな関係じゃねえだろ俺たちはどうかんがえても。
「独り身になった者同士、仲良くするのも悪くないと思わないか」
「思わねえよ!」
俺はベランダから逃げ帰り、そのまま部屋へと戻ろうとしたとき。
「傷を負ってるのはわかるが、恋愛で負った傷を癒せるのも新たな恋愛だと聞いた」
「おわっ! テメェくそ! ベランダ間乗り越えて来てんじゃねえ!!」
「……俺も、お前の気持ちはわかる」
「分かってるやつの行動じゃねえんだよ糞が!!」
ベランダの窓を慌てて閉じようとするが、そのまま手で止められ、無理矢理部屋に上がり込もうとしてくる馬場に血の気が引いた。しかもこいつ無駄に力強いのやめろ。
結局力負けし、強引に部屋の中に上がってきた馬場。その反動に尻もちをつけば、馬場に抱き締められた。
「ひ……ッ!」
「近江屋、俺たち……仲良くなれると思わないか?」
「思わねえよクソ野郎……ッ! 警察呼ぶぞ!」
「チッ、素直じゃねえな。……っ、まあいい、今回は引っ越しの挨拶にしにきただけだ」
「引っ越しって、まさか……」
さらりととんでもないことを口にした馬場に青褪めていると、馬場はそのまま上着のポケットからなにかを取り出した。
「これはお互いの部屋に繋がってる内線だ。これを置いておけ。何かあったら俺がすぐに駆けつけてくる」
そう電話機ごと握らせてくる馬場にもう俺は絶句した。
高田のやつが何故徳永を巻き込んで死んだフリをしたのか。あの男のことなど理解したいとは思いたくなかったが、今だけは分かってしまった。
『ストーカー野郎』――そして、その矛先が自分に向けられるなどと誰が思うのだ。そもそも好感度上がるようなことした記憶すらもない。
「……お前、高田の野郎のためだけに俺に付き纏うつもりか?」
「勘違いするなよ。あいつのことはもう忘れた」
「嘘つけ、さっき思いっクソ言ってただろ」
「……確かに好きだった時期もあったが、徳永と寝てた挙げ句に俺にはあの態度だと? クソビッチが……あんな性悪だと知ってたらこっちから願い下げだ!」
「……っ、うるせえ、叫ぶな馬鹿が! うち壁薄いんだよ!」
「……………………悪い」
そこは素直なのかよ。
「それに比べて……一途なまで恋人のことを思うお前の真っ直ぐさには、正直心を打たれた。だから幸せにしたい。――それだけだ」
「……」
やばい、まじで話が通じないタイプだ。
そもそも心を打たれた相手に手刀食らわせるような男を信用しろという方が無理だし、それ以前に俺は未だ雪山でのこいつにされたことを忘れたわけではない。
「俺はお前は嫌いだ。まじで一発ぶん殴らせろってくらいムカつくし、許してねえ」
「……そうか」
何がそうかだよ、と睨んだとき。馬場はすっと立ち上がる。そして腕を広げた。
「じゃあ満足するまで俺のこと殴れよ」
「……」
「……」
「おいダリぃって! まじでやめろ! 寒いんだよ全部!」
「ああ言えばこう言うな! じゃあどうしたら俺のこと好きになってくれるんだよ!」
「そう逆ギレしてる時点で無理に決まってんだろうが!」
「あ゛あ?!」
「『あ゛あ?!』じゃねえーよ!」
そのまま玄関口まで馬場を押し返し、なんとか追い出そうとしたときだった。先程散々やかましがった馬場は急に落ち着いた。
「……わかった」
「なにがだよ」
「今夜は帰る。……また明日会いに来る」
「来んな。一生来んな。あとさっさと引越せ」
「うるせえ、それは俺の自由だ!」
「お前が自由語るんじゃねえ!」
「……はあ、はあ……」
ちょっと叫び疲れてんじゃねえよ、と睨んだとき。今度こそ大人しくなった馬場はちゃんと玄関から出ていこうとする。
「……けど、さっき言ってたのは冗談じゃない。人肌寂しくなったら呼べ」
「……お前、最後の最後まで言うことがクソ野郎だぞ」
「俺にはよく分からん。……好きになっても、毎回逃げられて避けられて嫌われる。だから、なるべくお前に合わせる努力はしてやる」
やっぱ偉そうなんだよな、こいつ。思いながらも「どうだか」と鼻で笑えば、むっとした馬場に睨まれた。そして、
「っ、おい、暴力は……ん、む……ッ!」
やめろ地味根暗ゴリラ、と言いかけた矢先。胸ぐらを掴まれ、噛み付くようにキスをされた。
あの雪山のとき、何度身体を合わせようが決してやつがしなかったキスだ。
胸を押し返し、顔を逸らそうとしてもびくともしない。太く、肉厚な舌で唇を舐められ、壁にまで追いやられる。
「ふ、ぅ……ッ! ぅ゛……ッ」
よりによってこの部屋で。
あまりにも一方的なキスに翻弄されそうになった理性ぎりぎりのところを、俺は口の中に入ってきた舌へ思いっきり噛み付いた。それでも馬場は唇を離さなかった。それどころか、血が滲む舌を咥えさせられ、流れ込んでくる血の味に全身がかっと熱くなる。
「っ、ん、ふ……~~ッ!」
地団駄を踏むように馬場の爪先を何度も踵落とせば、ようやく馬場は諦めたようだ。唾液で濡れた唇を離し、そしてそのまま赤くなった自分の唇を舐める。
「またな、或馬」
「二度と来んじゃねえ! 捕まれ!」
そのまま出ていった馬場のあと、俺は玄関から持ってきた食塩を撒いた。
あの内線もゴミ箱に突っ込んでやる。そう思ったが、もしかしたら警察に渡せばなんらかの証拠品になるかもしれない。そう判断して仕方なく物置の隅の隅に残しておくことにした。
断じて、ペンションで馬場に助けてもらったことを思い出して情けをかけているわけではない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は二重ロックをかけてベッドへと寝転んだ。
最悪なことに、いつの間にかに涙は止まっていたし、あれほど沈んでいた気持ちも今はあの馬場クソストーカー野郎のおかげで吹き飛んでいた。
「なあ、久古。……やっぱ俺、お前以外と仲良くなんねーでいいわ」
【おしまい】
殴られた頭の傷とか見てもらうために入院させられ、それから久古の葬式とか、警察の取り調べだとかマスコミの対応に追われてろくにゆっくりすることもできなかった。
あれから、まだ高田と徳永は捕まっていないらしい。『もしかしたら雪崩に呑まれたのではないか』とか、逃走中の犯人二名についてニュースの専門家は言っていたが、俺はそう思わなかった。というか、生きていてもらわなければ困る。
まだあいつらに久古の復讐もできていないのだ。
久古が死んで俺も暴行されたと聞いた親は心配して帰って来いと言っていたが、久古と同棲していた部屋を出ていく気にはなれなかった。
短い入院も終え、帰ってきた俺は山のように溜まっていたメッセージをまとめて削除し、そしてベッドの上にくるまった。
この部屋にいたらまた久古が帰ってくるのではないか。葬式で久古を見送ったあとも、そんな甘えた幻想を抱いてしまっていた。
それから暫く、取り敢えず飯だけは食うようにと定期的に久古の兄弟や共通の友人、うちの家族が俺の様子を見に来るせいでゆっくり悲しむ暇もない。それでもふと一人になる度に久古との記憶が溢れてどうしても悲しくなる。
そして今日も、ボロアパートのベランダに出て煙草を吸っていたときだ。ほろりと溢れそうになる涙を拭い、鼻を啜ったとき。
「おい」
隣のベランダから声をかけられた。
いや、待て、そもそも俺は隣に人がいるということも気付かなかった。あまりにも存在感のない隣人に心臓が止まりそうになりながらも、『やべ、ここ一応禁煙だっけ?』と煙草を揉み消したとき。
「……さーせん」
「謝ることはできるようになったんだな、お前」
一瞬、聞き間違いかと思った。
だってそうだ、まさかあのクソ野郎の声が隣のベランダからするなんて思わないだろう。
「慰めが欲しいならこっちの部屋に来い」
そう、勝手にクソ狭いベランダにソファー持ち込んでる馬場はそれに腰をかけたままそんなことを言っていた。色々突っ込みたいことはある。ああ、大いに。涙も引っ込むくらいにだ。
「お、まえ……なんでここに」
「お前を見張ってたら、またあいつらが来ると思ったからだ」
「………………」
「……それと、お前が心配だったから」
なんでちょっとこいつは照れてんだよ。やめろ、そんな関係じゃねえだろ俺たちはどうかんがえても。
「独り身になった者同士、仲良くするのも悪くないと思わないか」
「思わねえよ!」
俺はベランダから逃げ帰り、そのまま部屋へと戻ろうとしたとき。
「傷を負ってるのはわかるが、恋愛で負った傷を癒せるのも新たな恋愛だと聞いた」
「おわっ! テメェくそ! ベランダ間乗り越えて来てんじゃねえ!!」
「……俺も、お前の気持ちはわかる」
「分かってるやつの行動じゃねえんだよ糞が!!」
ベランダの窓を慌てて閉じようとするが、そのまま手で止められ、無理矢理部屋に上がり込もうとしてくる馬場に血の気が引いた。しかもこいつ無駄に力強いのやめろ。
結局力負けし、強引に部屋の中に上がってきた馬場。その反動に尻もちをつけば、馬場に抱き締められた。
「ひ……ッ!」
「近江屋、俺たち……仲良くなれると思わないか?」
「思わねえよクソ野郎……ッ! 警察呼ぶぞ!」
「チッ、素直じゃねえな。……っ、まあいい、今回は引っ越しの挨拶にしにきただけだ」
「引っ越しって、まさか……」
さらりととんでもないことを口にした馬場に青褪めていると、馬場はそのまま上着のポケットからなにかを取り出した。
「これはお互いの部屋に繋がってる内線だ。これを置いておけ。何かあったら俺がすぐに駆けつけてくる」
そう電話機ごと握らせてくる馬場にもう俺は絶句した。
高田のやつが何故徳永を巻き込んで死んだフリをしたのか。あの男のことなど理解したいとは思いたくなかったが、今だけは分かってしまった。
『ストーカー野郎』――そして、その矛先が自分に向けられるなどと誰が思うのだ。そもそも好感度上がるようなことした記憶すらもない。
「……お前、高田の野郎のためだけに俺に付き纏うつもりか?」
「勘違いするなよ。あいつのことはもう忘れた」
「嘘つけ、さっき思いっクソ言ってただろ」
「……確かに好きだった時期もあったが、徳永と寝てた挙げ句に俺にはあの態度だと? クソビッチが……あんな性悪だと知ってたらこっちから願い下げだ!」
「……っ、うるせえ、叫ぶな馬鹿が! うち壁薄いんだよ!」
「……………………悪い」
そこは素直なのかよ。
「それに比べて……一途なまで恋人のことを思うお前の真っ直ぐさには、正直心を打たれた。だから幸せにしたい。――それだけだ」
「……」
やばい、まじで話が通じないタイプだ。
そもそも心を打たれた相手に手刀食らわせるような男を信用しろという方が無理だし、それ以前に俺は未だ雪山でのこいつにされたことを忘れたわけではない。
「俺はお前は嫌いだ。まじで一発ぶん殴らせろってくらいムカつくし、許してねえ」
「……そうか」
何がそうかだよ、と睨んだとき。馬場はすっと立ち上がる。そして腕を広げた。
「じゃあ満足するまで俺のこと殴れよ」
「……」
「……」
「おいダリぃって! まじでやめろ! 寒いんだよ全部!」
「ああ言えばこう言うな! じゃあどうしたら俺のこと好きになってくれるんだよ!」
「そう逆ギレしてる時点で無理に決まってんだろうが!」
「あ゛あ?!」
「『あ゛あ?!』じゃねえーよ!」
そのまま玄関口まで馬場を押し返し、なんとか追い出そうとしたときだった。先程散々やかましがった馬場は急に落ち着いた。
「……わかった」
「なにがだよ」
「今夜は帰る。……また明日会いに来る」
「来んな。一生来んな。あとさっさと引越せ」
「うるせえ、それは俺の自由だ!」
「お前が自由語るんじゃねえ!」
「……はあ、はあ……」
ちょっと叫び疲れてんじゃねえよ、と睨んだとき。今度こそ大人しくなった馬場はちゃんと玄関から出ていこうとする。
「……けど、さっき言ってたのは冗談じゃない。人肌寂しくなったら呼べ」
「……お前、最後の最後まで言うことがクソ野郎だぞ」
「俺にはよく分からん。……好きになっても、毎回逃げられて避けられて嫌われる。だから、なるべくお前に合わせる努力はしてやる」
やっぱ偉そうなんだよな、こいつ。思いながらも「どうだか」と鼻で笑えば、むっとした馬場に睨まれた。そして、
「っ、おい、暴力は……ん、む……ッ!」
やめろ地味根暗ゴリラ、と言いかけた矢先。胸ぐらを掴まれ、噛み付くようにキスをされた。
あの雪山のとき、何度身体を合わせようが決してやつがしなかったキスだ。
胸を押し返し、顔を逸らそうとしてもびくともしない。太く、肉厚な舌で唇を舐められ、壁にまで追いやられる。
「ふ、ぅ……ッ! ぅ゛……ッ」
よりによってこの部屋で。
あまりにも一方的なキスに翻弄されそうになった理性ぎりぎりのところを、俺は口の中に入ってきた舌へ思いっきり噛み付いた。それでも馬場は唇を離さなかった。それどころか、血が滲む舌を咥えさせられ、流れ込んでくる血の味に全身がかっと熱くなる。
「っ、ん、ふ……~~ッ!」
地団駄を踏むように馬場の爪先を何度も踵落とせば、ようやく馬場は諦めたようだ。唾液で濡れた唇を離し、そしてそのまま赤くなった自分の唇を舐める。
「またな、或馬」
「二度と来んじゃねえ! 捕まれ!」
そのまま出ていった馬場のあと、俺は玄関から持ってきた食塩を撒いた。
あの内線もゴミ箱に突っ込んでやる。そう思ったが、もしかしたら警察に渡せばなんらかの証拠品になるかもしれない。そう判断して仕方なく物置の隅の隅に残しておくことにした。
断じて、ペンションで馬場に助けてもらったことを思い出して情けをかけているわけではない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は二重ロックをかけてベッドへと寝転んだ。
最悪なことに、いつの間にかに涙は止まっていたし、あれほど沈んでいた気持ちも今はあの馬場クソストーカー野郎のおかげで吹き飛んでいた。
「なあ、久古。……やっぱ俺、お前以外と仲良くなんねーでいいわ」
【おしまい】
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