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しおりを挟む「っと、こんなことしてる場合じゃねえ。……おい、俺が犯人じゃねえってんならいい加減これ外せよ」
なんとなくいい感じの空気に流されかけていたが、俺はというと変わらず縛れて転がされたままだ。
声を上げれば、馬場のやつは『なぜだ?』とも言いたげな顔をするのだった。
「断る」
「なんでだよ」
「お前にまたぶん殴られては困るからだ」
「お前な……まだ疑ってんのかよ」
「当たり前だ」
「つうか、もし俺があんたを襲ったとしても、あんたは全然ピンピンしてたじゃねかよ」
「お前が迂闊すぎただけだ。けど、あれがモップじゃなくてナイフだったら……流石に俺もどうしようもできない」
「……」
なんでそういうところはまともなのだろうか。それとも変に冷静スイッチが入ったのか。クソ、そういうことならイカれたままでいてくれりゃあいいのに。
ムカついたので転がって馬場に背中を向ける。
「なんだそれ、反抗のつもりか?」
「別に。つか徳永は?」
「ああ……あいつは管理人室だ。オーナーたちを見てもらってる」
ずっと姿が見えないと思えばなるほど、そういうことか。
「……わかったよ」
「なにがだ」
「じゃあ縛ったままでいい。いいから、俺を管理人室まで連れて行ってくれ」
「はあ? なんで」
「なんでって……なんか手がかりがあるかもしれねえだろ!」
「そんなもん徳永がとっくに探してくれてんだろ。お前なんかよりもよっぽどあいつのが信頼できる」
「あ゛?! んだとテメェ……ッ!」
クソ、上手い否定の言葉が見つからねえ。
上半身を起こし、そのまま馬場の座るベッドに近付いてゲシゲシとそのベッドの足を蹴れば「やめろ」と足ごと払われる。そのまま俺は後ろに転がった。
「クソ……っ! 大体お前、少し心配になんねーのかよ」
「ああ?」
「徳永のやつだよ。俺も一緒に行けば、わざわざお前だけここで残ってる必要もねーんだから一石二鳥じゃねえかよ」
「流石に俺が犯人だったとしても、徳永とお前二人いたら何もできねえよ」まあできなくてもするだろうが、ここはなんとか説得させるしかない。
馬場は疑うような目を隠すこともせず、こちらをじっと見る。
そして、諦めたように深く息を吐いた。
「……妙な真似したら」
「しねえよ、ほら、縛られてるのにできねえっての」
「……まあいい。確かに、こんな状況であいつを一人にするのも心配だしな」
良いだろう、と渋々ではあるものの、馬場は俺の意見を飲み込んでくれた。
そして後ろ手に縛られたままであるが、なんとかこの部屋を出ることが出来るようになった。
◆ ◆ ◆
――ペンション内。
「そういや、他の宿泊客のやつらは?」
そんなに利用者が多いわけではないが、記憶を探ってみれば確か、俺たち以外にも数グループあったはずだ。
隣を歩いている馬場に尋ねれば、「部屋に籠りっぱなしだ」と馬場はこちらに目もくれないままご丁寧に答えてくれた。
「へえ、飯は?」
「元々用意してた分があるとは言っていた。警察が来るまで出てこないとも言ってたな」
「……ふーん」
「懸命な判断だな。けど、不法侵入者がマスターキーを持ってるとしたらそれも意味ないだろうが」
「マスターキーが取られたことは言ってねえのか」
「ただでさえ怯えていたようだ。これ以上心労かける必要もないだろう。……それに、なにかあったときのために包丁も渡してる」
それは大丈夫なのか、と気になったが、防犯用なら強力過ぎるくらいなのか。
ひとまずは大丈夫そうだな。
そんな会話をしている間に、やってきたのは管理人室前。受付ロビーの奥が管理人室になっているようだ。馬場は辺りに人気がないのを確認し、そしてそのまま「こっちだ」と先頭を歩いていく。
そのままその後についていけば、管理人夫婦は床に転がっていた。ご丁寧に敷布団を敷かれて。
最初ぎょっとしたが、馬場の様子からしてまだ意識は戻っていないだけのようだ。
「こっちは大丈夫そうだな。……おい、徳永は?」
管理人室を見渡しては見るが、管理人たちを見張っているという徳永の姿は見当たらない。
そのことに馬場も気付いたらしい。その横顔が先程よりも鋭いものになる。
そして、そのまま俺になにも答えずに管理人室の奥へと引っ込んでいくのだ。
「おい、人を一人にすんじゃねえよ……っ!」
仮にも犯人候補なんだろうが、と言いながらそのあとを追いかければ、隣の台所を調べていた馬場はそのまま正面を見ていた。
馬場の視線の先につられるようにして目を向けた俺は思わず目を見張った。
「……っ! これ……」
びゅうびゅうと風の音を立て、開かれた窓から吹き込んでくる風と吹雪。日が昇っている時間帯にも関わらず、雪で覆われた外は暗い。
「窓……開いてたのか?」
「……いや、開いてなかったはずだ」
じゃあ、どのタイミングで。
考えずとも分かった。そして恐らく馬場も同じことを考えているようだ。
「……徳永を探す」
「いや、それよりも先に他の宿泊客の無事を確認した方が良いだろ。それと、一箇所に集めて……」
「じゃあお前がやれ」
「はあ?! おい……っ!!」
言うや否や、そのまま部屋を出ていく馬場に俺は「一人で大丈夫なのかよ!」と叫んだが、返事が返ってくることはなかった。
そのまま馬場がいなくなった台所。取り敢えず寒いので窓を閉め、管理人室へと戻る。
――あの馬鹿、せめて『これ』どうにかしてけっての。
両手を拘束するものさえなけりゃ、せめて不審者が来たときぶん殴り返すことくらいはできるってのに。
馬場の後を追いかけるべきか迷ったが、あいつが勝手に動き出した以上、俺は冷静に動かざるを得なくなる。
管理人たちが目を覚ますのを待ちながら、俺は一先ずこの腕を縛るものを切れそうなものがないか管理人室を漁った。そして、見つけた。段ボールを着るようのナイフではあるが、両刃なだけでもありがたい。俺は後ろ手に縄を切り、そしてようやく自由になった手首を軽く振って、止まっていた指先の血を慌てて流した。
「はあ、ったく……」
くっきりと残った縛られた跡は暫くは消えそうになさそうだ。
一先ず、俺は俺でできることをやるか。
両手がようやく自由になった状態で、管理人室を再び見て回ることにした。
管理人室は、どちらかというと管理人夫婦の私生活スペースという感じだった。
なんだか人んちを荒らしているようで気分が落ち着かなかったが、それを我慢して見て回る。
一番気になったのは、宿泊名簿だ。一番新しいものは受付のロビーにあった。
ありがたいことに基本アナログで管理されているらしく、手書きで書かれたそれを見てると久古の名前を見つける。今回の分だ。予約とか面倒な俺の代わりにあいつが電話してくれたのを思い出す。
それを更に遡っていけば、徳永の名前を見つける。日時的に今回の宿泊だろう。三名様と書かれていた。
言っても、古いペンションではある。あまり繁盛していないのか、一冊で数年分くらいは遡れそうだな、なんて思いながらペラペラとその紙をめくっていたとき、ふと気になる名前を見つけた。
――『高田東』
ひがし?あずま?……どちらでもいい、しかし見覚えのある名前に思わず手を止める。
宿泊日を確認すれば、先月だ。
高田という名前自体それほど珍しくないし、たまたま同姓だったのかもしれない。そう思おうとしたが、それでもやはり気になった。
そのときは二人で来ているようだ。同行者の名前までは確認できなかったが、なんとなく頭にこびりついていた。
――あとで馬場のやつに高田の名前を聞くか。
そんなことを考えながら、一通り宿泊名簿を確認し終えた俺はそのまま受付に戻した。
そのままフロントを調べようとしてたとき、ふと電話機の存在に気付いた。
内線、というやつか。
電話帳のボタンを押せば、各部屋の番号が表示される。そこで俺は先程カウンターに放り投げた宿泊名簿を慌てて持ってきて、そして閉じこもっているという宿泊客の部屋番を調べた。
どうせ馬場のことだ、自分勝手に徳永を探し回って放置してることだろう。
取り敢えず内線から情報を伝えて、ロビーまで来てもらうようにするか?
受話器を取ったまま考える。けれど、今までずっと殺人犯だと疑われてた俺がいきなり電話して呼び出しって、そりゃ殺されるってなるか。
こういうとき、徳永みたいなまともそうなやつがいたら良かったのだが。
――まあ、疑われたとしても、より警戒して戸締まりを厳重にしてくれたらいいのか。
そう開き直って、残りの宿泊グループの部屋の内線をかける。が、いつまで経ってもそのコールが止むことはなかった。
流石に違和感を覚えた。馬場の話では食糧を確保してるからずっと部屋に閉じこもっているという話だったはずだ。
なんだか胸騒ぎを覚える。部屋の番号を覚え、ダッシュで様子を見に行くか。いやでもここを離れている間に管理人たちになにかがあれば――。
考えながらも、何度か内線を掛けてみるがやはり結果が変ることはなかった。
そもそも徳永はどこに行ったのか。
犯人を見つけて追いかけた、というのが濃厚ではあるが……。
再び台所の方へと向かう。そして、先ほど閉めた窓に近づいた。
そのまま窓を開ける。瞬間吹き込む雪が口に入り、慌ててぺっと吐き出した。
「クソ寒……」
そう窓の外を確認する。流石に人一人出入りできるような窓の大きさではない。子供がぎりぎり通れるかだろう。けれど、窓の外は真っ白な雪が積もっている。足場になるようなものもないし、ここから出て外に行こうものなら頭から突っ込んで悲惨なことになりそうだ。
けれど、その逆なら難しくはないだろう。
外から誰かが入ってくる――。
そこまで考えて、俺はこの間の死体安置室のことを思い出していた。確か、あのときも似たような状況だった。
開きっぱなしの窓。少なくとも、窓は割られてはいない時点で内側から開けられなければ開かないはずだ。
そして、前回と今回。似たような状況になったとき、毎回その場にいた男がいた。
――徳永だ。
前回のはともかくだ、今回ばかりは少し気になった。あいつがわざと窓を開けて、誰かを外から呼び出したのではないか。或いは、なにかを――。
そう考えたときだった。
管理人室の方から扉が開く音が聞こえた。扉の開く音が静かというだけで、馬場ではないということはすぐに分かった。
――じゃあ、誰なのだ。
「……ッ」
背筋に冷たい汗が流れる。
咄嗟に口元を抑え、呼吸を殺しながら俺は恐る恐る管理人室の方を覗いた。
――そこにいたのは。
「え、」
なんでお前が、と目を見張った次の瞬間、俺は目の前の光景に気を取られ、背後に近付いた影に気付けなかった。
そして次の瞬間、後頭部に走る衝撃。骨ごと揺らすようなその衝撃のあと、遅れて鈍痛が広がった。
咄嗟に振り返ろうとしたところを更に殴られ、そこで辛うじて保っていた意識は途切れた。
「次からは人を殴るときは、こうやって脳震盪起こさせるんだ。……ああ、もう聞こえてないか」
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