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 久古が死んだ。
 腹を刺されていた、と誰かが言っていた。

 俺は、地下の倉庫の柱に縛られていた。
 他の奴らが集まってきて、その中にいたあの男――馬場が俺を現行犯だと言ったのだ。
 ふざけるなと言い返す気力もなかった。ただ状況を飲み込むのが精一杯だった俺は馬場に気絶させられ、目を覚ましたらこの扱いだ。

 湿った、どんよりとしたかび臭い空気の中、なぜ久古が殺されたのかを考えた。
 少なくとも部屋の中には鍵がかかっていた。風呂場の窓は開いていたが、それでも自由に出入りできるようなものでもない。そもそも鍵は内側からかかってたのだ、久古が開けようとしなければ密室だったはずだ。
 何故俺じゃなくて久古が狙われたのか。俺だっていたのに、あいつはいいやつだったのに。

 そんなこと考えれば考えるほど思考が鈍る。叫びたいが、口に噛まされた猿轡代わりの縄がそれを阻害するのだ。
 悔しいし、この手で犯人を見つけ出してぶっ殺してやりたい。それなのに、他の奴らは俺が犯人だと信じて疑わない――その結果、この扱いなのだとよくわかった。

 そんなとき、階段の上から扉が開くような音が聞こえてきた。
 誰かが降りてくる。
 薄暗い地下倉庫の中、現れた男の姿を見た瞬間頭に血が登るのが分かった。

 ――馬場だ。

「……っ、ふ、」

 この野郎、と声を出しかけたがそれが言葉となって発されることはなかった。
 目の前までやってきた馬場は俺の前に座り込み、そして前髪を掴み上げる。

「なんだ、その目」
「……っ、……」
「まさか、まだ自分じゃないなんて言うんじゃないだろうな」

 当たり前だ、と馬場を睨みつけたとき、横っ面を思いっきり叩かれる。怒りのあまり痛みを感じる余裕はなかった。それでも睨み返せば、馬場は舌打ちをし、それから俺の口を塞いでいた縄をナイフで切るのだ。

「なんで自分の仲間まで殺した?」
「……っ俺じゃ、ねえ。他にいる、殺人犯は」
「状況的にお前しかいないだろ」
「外に、逃げたかもしれねえだろ」
「だとしたら、お前もグルだってことだよな。あんな殺され方してて、隣でなにも知らずにすやすや寝てましたってな方が不自然だ」
「……っ、ちげえ……俺は……」

 間違ってるのはこの男の方なのに、馬場に何一つ言い返せない自分が歯がゆかった。
 それでも、確かに馬場の言うことには一理ある。俺は眠っている間、ましてや隣のシャワールームで久古が殺されてるなんて思いもしなかった。
 外の風の音もあったが、それだとしても悲鳴らしい悲鳴も物音にも気付けなかったからだ。

 なんだ、どういうことだこれは。
 混乱する頭の中、とうとう言い返す言葉もなくなり押し黙る俺を見下ろしたまま馬場は口を開いた。

「……とぼけたフリは上手いみたいだな」
「フリじゃ、ねえって……」

 言ってんだろ、と言いかけたときだった。柱に身体を縛り付けていたロープが切られ、どういうつもりだと俺は目の前の男を睨んだ。

「なんだ、殺人犯なら速攻俺も殺しに来るとおもったんだがな」
「だから、ちげえっつってんだろ! それとも殺されてえのかよお前は……っ!」
「んなわけないだろ」

 なんなんだこの男は、と思った矢先だった。
 腕を掴まれ、抵抗する暇もなく今度は後ろ手に両腕を縛られた。

「おい、なんだよこれ……っ」
「殺人犯に俺まで殺されたら意味ないからな」
「ナイフ持ってんのはそっちだろうが……っ!」
「お前だって隠し持ってるかもしれないだろ、だから念のため、他の連中に頼んで許可してもらった。――お前に話を聞くためにな」

 少しでも怪しい動きをしたら正当防衛に託けて殺すとでも言わんばかりの馬場の行動に、じり、と皮膚が熱くなる。
 そんなとき、俺は死ぬ前の久古とのやり取りを思い出した。
 仲良くしろとか、優しくしろとか、やっぱり無理だ。特にこの男は、最初から俺を下に見てやがる。

「ふざけんじゃねえ……っ、この……っ!」

 なんとかこの拘束を解いて目の前の男をぶん殴りたかった。仲良くなんざできるわけがない。それなのに、馬場は躊躇なく俺の顔を殴るのだ。
 頬に熱が集まり、俺は弾かれるように馬場を睨む。

「っ、てめぇ……っ!」
「暴れるなって言ってんだろ。それとも、また柱に縛られたいのか?」
「……っ、」

 突き付けられたナイフの刃先が顔に近づき、思わず息を飲む。
 この男は本気で俺を犯人として扱って恨みを晴らすつもりなのか、それともただ他人をいたぶるのが趣味なのか。
 どちらも理解し難いが、それでもこの男は恐らく俺が抵抗したら躊躇なくナイフを突き刺してくるということだけはわかった。
 俺が何も応えずにいると、ナイフを手にしたまま馬場は俺の着ていた服を乱暴に剥いでくる。

「……っ、ぉ、い」
「なにか隠し持たれてたら厄介だ。凶器になりそうなもの、預からせてもらうぞ」

 そう、俺の上に馬乗りになった馬場の言葉に耳を疑った。

「……っ、ふざけんじゃねえ、何言って、おいっ! やめろ!」

 人の静止も聞かずに服を脱がしていく馬場に血の気が引いた。
 今朝方まで久古に抱かれた名残が残っていたからだ。
 咄嗟に身を捩って抵抗すれば、「暴れんな」と更に身体を床に押さえつけられる。
 そして前髪の下、馬場の目はそのまま俺の上半身に向けられたのだ。

「っ、クソ……ッ! 退け……ッ!」
「お前、その身体――」
「見せもんじゃねえんだよ……ッ!」

 不快感のあまり腹が立ち、思いっきり馬場を蹴り倒そうとしたがそのまま受け流される。それどころか、片足を掴まれたまま開脚させられるような体勢に息を飲んだ。

「……お前、あの男と出来てたのか?」
「――ッ」

 顔が焼けるように熱くなる。
 恥ずかしいとかそんなものじゃない、よりによってこの男に身体を見られたことが、久古との関係を知られたことが何よりもムカついて、腹が立った。

 俺が何も答えずにいれば、「答えろ」と馬場のやつに顎を掴まれる。なにも言いたくない。久古との思い出をこいつに知られたくなかったからだ。

 何言っても信じられないだろうし、このままでは抵抗するだけ体力の消耗になる。胃の中が焼けるように熱くなるのを感じながら、俺は馬場に唾を吐きかけた。

「さっさと終わらせろ、クソ野郎」

 こちらを見下ろす馬場の頬から唾の塊がどろりと落ちる。
 殴り返されるかと思ったが、馬場は俺を殴るどころかただなにかを探るように見ていた。その視線が余計不快だった。

 馬場は何も言わず、そのまま俺のベルトを掴んでくる。
 そっちまで脱がすつもりなのか。
 ぎょっとする俺に構わず、そのままベルトのバックルを外した馬場は履いていたパンツを人の足から引き抜くのだ。 

「……っ、クソ野郎……」

 下着一枚になった下半身、見られたくもねえ相手の視線がただ不愉快で、手のひらの代わりに腕で顔を覆う。

 馬場はなにも言わなかった。
 伸びてきたやつの指に腿を掴まれ、下半身の筋肉が強張る。

「なあ、俺が下着の中にまで隠し持ってるとでも言うのかよ、お前馬鹿じゃねえの?」
「人殺しのホモ野郎ならケツの穴に物を挿れるのに躊躇いなさそうだからな」
「テメェ……ッ!」
「それにしても、精子臭いな。お楽しみだったのか? それでよく殺せたな」
「黙れ、黙れクソ……ッ」

 下着ごとずり下げられ、背筋が震える。
 やつの視線がどこを見てるのかすらも確かめたくなかった。
 覆うものがなくなった下半身、片足を掴まれたまま開脚させられれば柔らかくなっていた肛門が開くのが分かり、余計顔面に全身の血液が集まっていくようだった。

 元々、男が好きというわけじゃない。
 親友だった久古に好きだと言われたから、それで初めて抱かれた。
 それで、せっかく付き合えて一ヶ月の記念日の旅行だったのに、よりによってなんでこんな目に合わなければならないのか。

 柔らかくなった肛門に馬場の指が触れ、堪らず「やめろ」と声が上ずる。けれど馬場は無視して指を挿入させてきたのだ。

「……っ、く、ぅ……ッ!」

 柔らかくなった内壁をこじ開けるように二本の指が挿入される。久古の指とは違う、硬い皮膚で中を探るように挿入され、屈辱と怒りのあまり全身の体温が上昇していくのが分かった。

「感じてるのか、ホモ野郎」
「だ、まれ……っ、クソ! さっさと済ませろ!」

 話すらもしたくない。
 唇を噛み締め、顔を逸らせば馬場はそのまま更に指を奥に進めた。
 性行為のそれとは違う、あくまで本当に中に異物が入っていないか確認するためだけの行為だった。
 散々中を開かれ、指の根本ぎりぎりまで挿入されたまま中をぐるりと掻き回されれば腰が震えた。

 違う、俺は感じていない。
 こんな最低なやつに触られて感じるわけなどない。

 そう必死に堪えながら、やつが満足するのをひたすら待った。

 どれほどの時間が経っただろうか。実際はものの数分のことだろうが、俺にとってはとても長い時間のように思えた。

 中になにもないことを確認した馬場は俺から指を引き抜いた。
 何もなかったからとはいえど誤解が解けたわけではない。俺から手を離したやつは、そのまま俺の足を縛るのだ。

「おい……っ、待てよ、服」

 下着も剥ぎ取られ、全裸のまま人を転がす馬場に声を上げば、やつはなにも言わずに人を無視して立ち上がるのだ。「おい!」と再び声をあげれば、馬場は鬱陶しそうにこちらを振り返る。そして、「うるせえな」と声を上げた。

「また死人が出たら堪らないからな、警察が来るまでお前はここで隔離させてもらう。妙な真似してみろ、俺がお前を殺してやる」
「……っ、……」

 凡そ冗談には聞こえない言葉を吐き捨て、馬場はそのまま階段を登って地下を後にした。
 あいつの方が人殺しではないか。
 そう思うほどの気迫と剣幕に、俺は言い返すことを忘れていた。
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