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齋藤総受け、複数攻め
【誕生日である芳川にケーキを届けるために頑張る齋藤の話】芳川×齋藤寄り齋藤総受けわちゃわちゃ
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どうやら、今日は芳川会長の誕生日らしい。
芳川会長の親衛隊たちがそんな話をしていたのをたまたま聞いた俺は、授業が終わるなり学園を出て芳川会長のプレゼントを買ってきた。
甘いものとイチゴが好きだという芳川会長に合わせて俺が用意したのは、イチゴのショートケーキだ。
レジに並んで買うのは少し恥ずかしかったが、日頃お世話になっている会長のためだ。
ケーキが入った箱を袋に入れ、それを片手に学園へと戻ってきた俺は早速芳川会長にプレゼントを渡しにいくことにした。
学生寮一階、エレベーター乗り場。
いまの時間帯からすれば、きっと芳川会長は自室にいるはずだ。
そう考えた俺は四階の三年の階に移動しようとエレベーター乗り場へとやってきたわけだが、そこは俺にとって鬼門と化していた。
女装した長身の男子生徒に、どこかで見覚えがある数人の生徒たちが揉めている。
「ばっかじゃねーの? お前らの手作りなんて会長が食うわけねーだろ。食中毒起こしたらどうすんだよ、さっさとこっち寄越せよ。俺が責任もって処分してやるから」
女装した男子生徒もとい櫻田は言いながら男子生徒に突っ掛かっている。
もしかしたらとは思っていたが、やはり芳川会長絡みのようだ。
最早ただの恐喝にしか見えない。
ここは通らない方がいいな。
あいつのことだ、意味不明な因縁つけてこのケーキを全力で奪ってくるだろう。
そう冷静に判断した俺は、別の所から上にあがることにした。
そうこっそり引っ込もうとしたときだ。
「……ん?」
見つかった。
なるべく足音を立てないよう気を付けていたつもりなのに。
男子生徒から顔を逸らし、こちらを振り返る櫻田と目が合う。
櫻田の視線が俺の手からぶら下がるケーキの入った袋に向けられた。
「……」
「……」
そして、間。
笑みを浮かべた俺は櫻田に小さく会釈し、そのままなにもなかったかのように通路へ戻り、全力疾走でエレベーター乗り場から離れた。
逃げるが勝ち。そんな言葉が脳裏を過る。
途中鬼の形相で追い掛けてきた櫻田に捕まりそうになりながらもなんとか逃げ切ることに成功した俺は、ショッピングモールまで戻ってきていた。
流石に疲れる。
一階使ってでの鬼ごっこから逃げ切れた俺は、よろめきながら櫻田がいないか辺りを見回した。
そのとき、置いてある観葉植物の植木鉢に爪先を引っ掻けてしまう。
「ぅわっ」
倒れる植木鉢に、大きく揺れる視界。
躓いたとき、咄嗟に観葉植物を掴んだのが悪かったようだ。
顔面から突っ込んでそのまま前転するようなことになりたくなかった俺は、慌てて床に手をつき体勢を整えようとする。
そのときだった。手の下になにやらベシャッとなにかが潰れたような違和感が走る。
恐る恐る自分の手元に目を向ければ、ケーキが入った袋があり見事俺の手のひらは中の箱を潰していた。
全身の血の気が引いていくのがわかった。
「…………」
やってしまった。
ゆっくりと手を退ければ、袋は不自然に潰れたままで。
俺は中を見るのが怖くなってくる。
間違いなく、潰してしまった。
櫻田に取り上げられるならまだしも、自分で転んで自分で潰すとは何事だ。バカか俺は。
体の下の袋を見下ろしたまま軽く放心していた俺だが、倒れた植木鉢のことを思い出し慌てて植木鉢を立て直すことにした。
通路を片付け、一先ずラウンジへ向かった俺は袋の中からケーキの箱を取り出し中身を確認することにした。
結果だけ言えば、見事に潰れていた。
イチゴも跡形がなかった。
ちょっと崩れてるくらいならどうにか直せるかと思ったが、流石にこれは酷い。
これは俺が食べて、芳川会長には別のケーキを用意するか。
そう思いながらラウンジの壁に掛かっている時計に目を向ければ、既にケーキを買った店の閉店時間は過ぎていた。
植木鉢を片付けるので結構時間を食ってしまったようだ。
今この時間帯じゃどこの店も開いてないだろう。
こうなったら、コンビニで他にケーキがないか探してみるか。
潰れた箱を直し、ぺしゃんこになったケーキを中に戻した俺は一先ずラウンジを後にする。
潰れたケーキが入った袋を片手に代わりのケーキを買いにコンビニへとやってきた俺は、一人デザート売り場の前で唖然としていた。
そこだけ不自然に空になった商品棚。どうやら、ケーキはすべて品切のようだ。
なんということか。嫌がらせか。どうせ親衛隊辺りがプレゼントさせないよう買い占めしたのだろう。そうじゃなければ、余程俺がついていないかだ。
こうなったら、急いで外のコンビニへ買いに行くか。
今から最寄りのコンビニまで行くには校門が閉ざされる時間ギリギリだが、行けないことはない。
そう踵を返し、急いでコンビニから出ようとしたときだ。
「あれ、齋籐?」
不意に名前を呼ばれ、声がする方へ目を向ければレジの前に立っていた男子生徒、もとい志摩は「買い物?」と笑いかけてくる。
無視して校門へと急ぎたいところだったが、流石にそれは相手に失礼だと思い「まあ、そんな感じ」と曖昧に返事をした。
「あの、じゃあ俺用があるから……」
「え? 出掛けるの?」
「これから齋籐のところ遊びに行こうと思ったのに」そう残念そうに続ける志摩は、持っていた買い物袋を軽く持ち上げる。
どうやら志摩は買い物を済ませたあとのようだ。
「ごめんね」
「いいよ、用事なら仕方ないよね。齋籐のためにってケーキ用意してたんだけど、日持ちよくないから十勝にでも食わせとこうかな」
「え? ケーキ?」
「うん。齋籐好きだったよね」
特別好きというわけではなかったが、まさかこのタイミングでケーキが出てくるとは。
笑いながら尋ねてくる志摩に、感極まった俺はうんうんと強く頷く。
「そう、ならよかった」そう志摩は嬉しそうに笑った。
「あ、そうだ。今から時間あるなら俺の部屋来なよ。時間あるとき部屋で食べたら?」
「いいの?」
「もちろん。齋籐のためにつくったんだから」
ん? つくった?
ニコニコ笑いながら続ける志摩に些細な違和感を覚えつつ、俺は「そうする」と頷きかけて戸惑った。
人から貰ったのを人にあげるのはどうだろうか。
くれた本人にもあげる相手にも失礼ではないだろうか。
「どうしたの? そんな難しい顔して」
「志摩……」
「ん?」
「実は、その」
秘密にするより、素直に事情を話した方がいい。
そう結論に至った俺は、志摩に会長にプレゼントする予定だった潰れたケーキのことを説明することにした。
◆ ◆ ◆
場所は変わって学生寮一階、ラウンジ。
向かい合うように椅子に腰を下ろした俺は、向かい側の志摩におおまかな話をする。
話をすればするほど志摩の笑みが引きつっていったが、黙って最後まで聞いてくれた。
「会長にプレゼントねぇ」
開口一言。口を開いた志摩は、そう面白くなさそうな顔のまま呟く。
志摩が会長のことをよく思っていないことは知っているので、最悪ケーキの話がなしになる可能性も考えたがそれでもやはり嘘はつきたくなかった。
小さく頷けば、志摩は「その潰れたケーキってまだあるの?」と尋ねてくる。
「……まあ、一応」
「見ていい?」
まさかそんなことを聞かれるとは思わなくて、俺は少し戸惑いながらも「うん」と答えた。
テーブルの上に置いた袋を開いた志摩は、ぐしゃぐしゃになった箱を取り出し中を覗く。
「うわあ、悲惨だね」
そう言う志摩はどこか嬉しそうだ。
なんだかいたたまれなくなってくる。
「でも、大丈夫だよ。これで」
「え?」
「崩れてるの形だけでしょ?ちょっと手を加えればわからなくなるよ」
そう笑いながら箱を閉じる志摩。
志摩がなにを言いたいのかわからなくて、俺は頭上に複数のクエスチョンマークを浮かべる。
「ねえ齋籐、このケーキ借りてもいいかな」
「最初の通りにはいかないかもだけど、見苦しくない程度には形整えることはできるよ」そう笑いながら俺に問い掛けてくる志摩は、どこか生き生きとしていた。
どうやら、志摩は自分がケーキを作り直すと言っているようだ。
「そんなことできるの?」
「できるよ」
志摩が料理できるなんて初めて聞いた。
恐る恐る問い掛ければ即答してくる志摩は、笑いながら「手を加えるのは得意だからね」と小さく付け足す。
今思えば、この時点で気付いておくべきだったのかもしれない。
芳川会長のことを嫌っている志摩が素直に俺の手助けをするはずがないと。
結局、俺は藁にすがる思いで志摩の申し出を受けた。
潰れたケーキが入った袋片手に自室に閉じ籠る志摩を待つこと数十分。
絶対に部屋に入ってくるなと言われた俺は大人しく部屋の前の廊下で志摩が出てくるのを待っていた。
まだだろうか。
日付が変わるまではいかなかったが、そろそろ消灯時間が近付いてきている。
ソワソワしながら志摩が出てくるのを待っていると、不意に志摩の部屋である303号室の扉が開いた。
「齋籐、お待たせ」
「できたの?」
「うん。そりゃあもう最高傑作だよ」
いいながら、扉から出てきた志摩は袋を俺に渡してくる。
袋の中から酷く甘ったるい匂いがしてきた。
「あ、開けちゃダメだからね。一応ラッピングもし直しておいたから」
「ありがとう、ここまでしてくれて」
「うん、もっと感謝してよね」
ペコペコと頭を下げる俺に、志摩は笑いながら続ける。
相変わらずの物言いだが、面倒をかけた今そんな言葉も気にならなかった。
志摩の好意が嬉しくて「ありがとう」と頬を緩ませれば、志摩は「どういたしまして」と笑い返してくる。
「じゃあ、早く渡してきなよ。もうそろそろエレベーター使えなくなるんじゃない?」
「あ、そうだった」
「じゃあ、行ってくる」袋を抱えながら、俺はそう志摩に別れを告げる。
「今度は転ばないようにね」そう茶化してくる志摩に思わず苦笑を浮かべた。
俺は部屋の前で志摩と別れ、そのまま芳川会長の部屋がある四階へと向かうことにする。
◆ ◆ ◆
学生寮四階、エレベーター乗り場にて。
エレベーターから降りてきた俺は、辺りに親衛隊がいないか用心しながら芳川会長の部屋へ向かう。
三年生の階は二年一年の階に比べて閑散としていて、殆どの生徒が部屋に籠っていることがわかった。
恐らく、芳川会長も部屋にいるはずだ。
なるべく消灯時間になる前には自室に帰っておきたい俺は、大股で芳川会長の部屋に向かう。
芳川会長の部屋の前にて。
無事、いきなり影から現れた親衛隊に囲まれるという展開にならずに芳川会長の部屋に辿りつくことに成功する。
扉の前に立ち、今さらドキドキしながら俺はそのまま扉を数回ノックした。
喜んでくれるかな。
なんて一人緊張しながら会長が出てくるのを待つ。が、無反応。
いつまで経ってもびくともしない扉に、もしかして聞こえなかったのだろうかと心配になりながら俺はもう一度扉を叩く。しかし、やはり芳川会長は出てこない。
もう寝たのだろうか。
しんと静まり返った廊下の中、俺は段々不安になってくる。
そのときだ。不意に背後から手が伸びてきて、何者かに袋を持っていた手首を掴み上げられる。
「うわッ」
いきなりの出来事に心臓が停まりそうになった。
というか確実に停まった。
何事かと目を丸くした俺は慌てて背後を振り返り、そこに立っていた人を見て硬直する。
「ざんねんでしたー、そこのやつなら今一階で宴会中でーす」
そう口許に笑みを浮かべる赤髪の男、もとい阿賀松はそう軽薄な口調で続けた。
一階で宴会?芳川会長が?誕生日パーティーということか?というかなんでここに阿賀松が?
阿賀松の言葉を上手く飲み込めず、益々混乱する俺はただこの状況はよくないということだけ理解した。
「可哀想に、ハブられちゃったんだな。こっち来いよ、慰めてやるから」
「あの、意味が……っ」
言いながらいきなり抱き締めてくる阿賀松に驚き、慌てて俺は阿賀松を離そうとする。
阿賀松の言っていることが本当だとすれば、芳川会長が出ないことにも納得ができた。
が、ハブられ扱いされるのは面白くない。
乱暴に頭を撫でられ、なんとか阿賀松の腕から離れようとしたときだ。
不意に、手首を掴んでいた手が拳の中を割るように入ってきた。
「ちょ、待っ……それは……」
そのまま強引に俺の手から袋を取り上げる阿賀松。
どさくさに紛れて急に軽くなった手にビックリした俺は、慌てて顔を上げた。
「わざわざプレゼントまで用意しちゃってなあ。なにこれ、俺の誕生日は普通に知らんぷりしてたくせにすげー気合いの入れ方だな」
「だって、俺、先輩の誕生日知りませんし……」
「そんくらい自分で調べとけ」
「常識の中の常識だろ」そう続ける阿賀松は、どうやら俺の言葉が頭に来たようだ。
不愉快そうに吐き捨てる阿賀松。
そんな常識あってたまるか。
「返してください」
無茶苦茶なことを言う阿賀松から袋を取り返そうとするが、体勢が体勢なだけに阿賀松を相手にするのは難しい。
「やーだ」そう背後で笑う阿賀松は、俺の両腕を束ねるように掴んでくる。
「誕生日プレゼント、まだユウキ君から貰ってなかったからな。これは有り難く俺が貰ってやるよ」
なんですと。
しかも素晴らしいくらいの上から目線。
「ダメですって、だって、それは……」
「安心しろよ。あいつにはちゃんとゴミクズ渡しといてやるから」
最早不安要素しか見当たらない。
「ダメです、返してください」志摩にも手伝って貰った今、ここで阿賀松に好き勝手されるわけにはいかない。
頑なになって阿賀松から取り返そうとする俺。
そんな俺に対し、阿賀松は楽しそうに笑う。
「ぴーぴーぴーぴーうっせえな。あ、わかった。ユウキ君も食べたいんだろ」
どこをどう判断したらそんな考えになったのだろうか。
「へぇ、意外と食い意地張ってんだな」と驚いたような顔をする阿賀松に、俺は「はい?」と目を丸くさせる。
「食いてーんなら素直に言えよ。好きなだけたーっぷり食わせてやるのに」
「下の口からな」いつもに増して阿賀松のジョークが笑えない。
しかも阿賀松の目が笑っていない。
「いや、いりません。いりません、それあげますから」
「遠慮すんなよ。食べたかったんだろ?」
「食べたくないです」
「ははは! まあいいや、次いでだ。ユウキ君からたっぷりプレゼント貰わなきゃな」
もうそれただヤりたいだけだろ。慌てて逃げようとするが、阿賀松に腕を引っ張られた今逃げることができず、そのまま俺はずるずると廊下の上を引き摺られた。
静かな廊下に、俺の情けない声と阿賀松の笑い声だけが響き渡る。
ようやく阿賀松に解放されたときにはもうすでに日付が変わっていた。
酷い腰痛に魘されながら、爆睡する阿賀松から逃げるように阿賀松の部屋を後にした俺は既に消灯した廊下へと出る。
なんかさっきから物凄く腹がゴロゴロ鳴ってるんだが、これは大丈夫なのだろうか。
最中無理矢理食わされたケーキのことを思い出しながら、俺は口許を押さえる。
もちろん下の口は死守した。別のものは食わされたが。
とにかく、早く自室に帰りたい。そんなことを思いながら一人よろよろとエネルギー乗り場へ歩いていっているときだった。
「こんな時間になにをしている」
不意に、背後から声をかけられる。
聞き覚えのある声に、俺はびくりと肩を跳ねさせながら背後を振り返った。
薄暗い廊下の中、そこには芳川会長が立っていた。
「か……かいちょぉ……」
先程まで酷い目に遭っていたせいか、その安心感に思わず涙腺が緩む。
「……ん? その声は齋籐君か?」ぐずり出す俺に、芳川会長は驚いたような顔をした。
日付が変わってようやく俺は芳川会長に会えることに成功する。
しかし、肝心のプレゼントは今俺の手にはない。
――芳川会長の部屋にて。
ぐずり出す俺に驚いた芳川会長に宥められるようにして部屋まで連れてこられた俺は、ソファーに腰を下ろしていた。
「すみません、こんな時間にお邪魔しちゃって……」
「気にするな。どうせ明日は休みだしな。一日ぐらい大丈夫だろう」
「それより、落ち着いたか?」テーブルの上にお茶が入ったグラスを置く芳川会長は、心配そうに尋ねてくる。
グラスを受け取りながら、俺は「はい」と頷いた。
今更ながら取り乱した自分が恥ずかしくなってきて、それを紛らすように俺はグラスに口をつける。
「あの、それより……お誕生日おめでとうございます」
「なんだ、知っていたのか」
「今日、他の人達が話してるのを聞いて……本当はプレゼント渡すつもりだったんですが、その、色々あって……手ぶらでごめんなさい」
「そんなこと君が気に負わなくていい」
「ありがとう、嬉しいよ」そう静かに続ける芳川会長は、そう言って小さく笑った。
会長はそう言ってくれたが、やはり他の人達がすごいプレゼントを用意していて自分だけ日付がずれた上に手ぶらというのは恥ずかしくて。
芳川会長から目を逸らした俺はそのまま俯いてしまう。
「どうした、そんな顔して」
「やっぱり、ちゃんとプレゼント用意し直してきます」
そう言えば、芳川会長は「気にしなくてもいいと言ってるのに」と困ったように笑った。
その笑みに、もしかして自分は余計なことしてるんじゃないのかと不安になってしまう。
「そうだな。じゃあ、今日一緒にどうだ」
ふと、なにかを思い付いたような顔をした芳川会長はそう妙な提案をしてきた。
あまりにも言葉が少ない芳川会長に、つい俺は「え?」と聞き返す。
「プレゼントだ。なんだ、もしかして今日予定あったか?」
「いえ、あの、大丈夫けど……」
「そうか、なら良かった。せっかくだしどこか出掛けるか。齋籐君はどこがいい?」
「どこって、その、いいんですか?」
そう話を進める芳川会長に、未だ状況が飲み込めていない俺は恐る恐る尋ねる。
「ん? なにがだ?」そう不思議そうに聞き返してくる芳川会長。
「せっかくの休日なのに」
「せっかくの休日だからだろう。なんだ、もしかして勝手にプレゼントの内容を考えるのは不味かったか?」
「い、いえ! 俺は、会長がいいなら構いませんけど……」
「そうか、なら大丈夫だな」
多少強引な芳川会長に驚いたが、芳川会長なりに誕生日を祝えなかったことを悔やんでいる俺のことを気遣ってくれていると思ったら自然と胸が熱くなった。
「じゃあ、今日はもう戻らないとな。早く寝ないと大変なことになるぞ」
「……あの」
「ん? どうした?」
いいながら、ソファーから腰を上げる芳川会長はこちらを見た。
改めて顔を見合わせるとなんだか気恥ずかしくて、俺は視線をさ迷わせ、再び芳川会長に目を向ける。
「……ありがとうございます」
本当は俺がそう言われるようにしなきゃいけないはずなのだろう。
なんて思いながら、俺は苦笑混じりにお礼を口にした。
いきなりお礼を言われ、少し驚いたような顔をした芳川会長だったがすぐに笑みを浮かべる。
「お礼を言うのには、まだ早いな」
そう冗談混じりに言う芳川会長は、「こちらこそ、ありがとう」と小さく続ける。
「君が喜んでくれることが、俺にとって一番のプレゼントだよ」
おしまい
芳川会長の親衛隊たちがそんな話をしていたのをたまたま聞いた俺は、授業が終わるなり学園を出て芳川会長のプレゼントを買ってきた。
甘いものとイチゴが好きだという芳川会長に合わせて俺が用意したのは、イチゴのショートケーキだ。
レジに並んで買うのは少し恥ずかしかったが、日頃お世話になっている会長のためだ。
ケーキが入った箱を袋に入れ、それを片手に学園へと戻ってきた俺は早速芳川会長にプレゼントを渡しにいくことにした。
学生寮一階、エレベーター乗り場。
いまの時間帯からすれば、きっと芳川会長は自室にいるはずだ。
そう考えた俺は四階の三年の階に移動しようとエレベーター乗り場へとやってきたわけだが、そこは俺にとって鬼門と化していた。
女装した長身の男子生徒に、どこかで見覚えがある数人の生徒たちが揉めている。
「ばっかじゃねーの? お前らの手作りなんて会長が食うわけねーだろ。食中毒起こしたらどうすんだよ、さっさとこっち寄越せよ。俺が責任もって処分してやるから」
女装した男子生徒もとい櫻田は言いながら男子生徒に突っ掛かっている。
もしかしたらとは思っていたが、やはり芳川会長絡みのようだ。
最早ただの恐喝にしか見えない。
ここは通らない方がいいな。
あいつのことだ、意味不明な因縁つけてこのケーキを全力で奪ってくるだろう。
そう冷静に判断した俺は、別の所から上にあがることにした。
そうこっそり引っ込もうとしたときだ。
「……ん?」
見つかった。
なるべく足音を立てないよう気を付けていたつもりなのに。
男子生徒から顔を逸らし、こちらを振り返る櫻田と目が合う。
櫻田の視線が俺の手からぶら下がるケーキの入った袋に向けられた。
「……」
「……」
そして、間。
笑みを浮かべた俺は櫻田に小さく会釈し、そのままなにもなかったかのように通路へ戻り、全力疾走でエレベーター乗り場から離れた。
逃げるが勝ち。そんな言葉が脳裏を過る。
途中鬼の形相で追い掛けてきた櫻田に捕まりそうになりながらもなんとか逃げ切ることに成功した俺は、ショッピングモールまで戻ってきていた。
流石に疲れる。
一階使ってでの鬼ごっこから逃げ切れた俺は、よろめきながら櫻田がいないか辺りを見回した。
そのとき、置いてある観葉植物の植木鉢に爪先を引っ掻けてしまう。
「ぅわっ」
倒れる植木鉢に、大きく揺れる視界。
躓いたとき、咄嗟に観葉植物を掴んだのが悪かったようだ。
顔面から突っ込んでそのまま前転するようなことになりたくなかった俺は、慌てて床に手をつき体勢を整えようとする。
そのときだった。手の下になにやらベシャッとなにかが潰れたような違和感が走る。
恐る恐る自分の手元に目を向ければ、ケーキが入った袋があり見事俺の手のひらは中の箱を潰していた。
全身の血の気が引いていくのがわかった。
「…………」
やってしまった。
ゆっくりと手を退ければ、袋は不自然に潰れたままで。
俺は中を見るのが怖くなってくる。
間違いなく、潰してしまった。
櫻田に取り上げられるならまだしも、自分で転んで自分で潰すとは何事だ。バカか俺は。
体の下の袋を見下ろしたまま軽く放心していた俺だが、倒れた植木鉢のことを思い出し慌てて植木鉢を立て直すことにした。
通路を片付け、一先ずラウンジへ向かった俺は袋の中からケーキの箱を取り出し中身を確認することにした。
結果だけ言えば、見事に潰れていた。
イチゴも跡形がなかった。
ちょっと崩れてるくらいならどうにか直せるかと思ったが、流石にこれは酷い。
これは俺が食べて、芳川会長には別のケーキを用意するか。
そう思いながらラウンジの壁に掛かっている時計に目を向ければ、既にケーキを買った店の閉店時間は過ぎていた。
植木鉢を片付けるので結構時間を食ってしまったようだ。
今この時間帯じゃどこの店も開いてないだろう。
こうなったら、コンビニで他にケーキがないか探してみるか。
潰れた箱を直し、ぺしゃんこになったケーキを中に戻した俺は一先ずラウンジを後にする。
潰れたケーキが入った袋を片手に代わりのケーキを買いにコンビニへとやってきた俺は、一人デザート売り場の前で唖然としていた。
そこだけ不自然に空になった商品棚。どうやら、ケーキはすべて品切のようだ。
なんということか。嫌がらせか。どうせ親衛隊辺りがプレゼントさせないよう買い占めしたのだろう。そうじゃなければ、余程俺がついていないかだ。
こうなったら、急いで外のコンビニへ買いに行くか。
今から最寄りのコンビニまで行くには校門が閉ざされる時間ギリギリだが、行けないことはない。
そう踵を返し、急いでコンビニから出ようとしたときだ。
「あれ、齋籐?」
不意に名前を呼ばれ、声がする方へ目を向ければレジの前に立っていた男子生徒、もとい志摩は「買い物?」と笑いかけてくる。
無視して校門へと急ぎたいところだったが、流石にそれは相手に失礼だと思い「まあ、そんな感じ」と曖昧に返事をした。
「あの、じゃあ俺用があるから……」
「え? 出掛けるの?」
「これから齋籐のところ遊びに行こうと思ったのに」そう残念そうに続ける志摩は、持っていた買い物袋を軽く持ち上げる。
どうやら志摩は買い物を済ませたあとのようだ。
「ごめんね」
「いいよ、用事なら仕方ないよね。齋籐のためにってケーキ用意してたんだけど、日持ちよくないから十勝にでも食わせとこうかな」
「え? ケーキ?」
「うん。齋籐好きだったよね」
特別好きというわけではなかったが、まさかこのタイミングでケーキが出てくるとは。
笑いながら尋ねてくる志摩に、感極まった俺はうんうんと強く頷く。
「そう、ならよかった」そう志摩は嬉しそうに笑った。
「あ、そうだ。今から時間あるなら俺の部屋来なよ。時間あるとき部屋で食べたら?」
「いいの?」
「もちろん。齋籐のためにつくったんだから」
ん? つくった?
ニコニコ笑いながら続ける志摩に些細な違和感を覚えつつ、俺は「そうする」と頷きかけて戸惑った。
人から貰ったのを人にあげるのはどうだろうか。
くれた本人にもあげる相手にも失礼ではないだろうか。
「どうしたの? そんな難しい顔して」
「志摩……」
「ん?」
「実は、その」
秘密にするより、素直に事情を話した方がいい。
そう結論に至った俺は、志摩に会長にプレゼントする予定だった潰れたケーキのことを説明することにした。
◆ ◆ ◆
場所は変わって学生寮一階、ラウンジ。
向かい合うように椅子に腰を下ろした俺は、向かい側の志摩におおまかな話をする。
話をすればするほど志摩の笑みが引きつっていったが、黙って最後まで聞いてくれた。
「会長にプレゼントねぇ」
開口一言。口を開いた志摩は、そう面白くなさそうな顔のまま呟く。
志摩が会長のことをよく思っていないことは知っているので、最悪ケーキの話がなしになる可能性も考えたがそれでもやはり嘘はつきたくなかった。
小さく頷けば、志摩は「その潰れたケーキってまだあるの?」と尋ねてくる。
「……まあ、一応」
「見ていい?」
まさかそんなことを聞かれるとは思わなくて、俺は少し戸惑いながらも「うん」と答えた。
テーブルの上に置いた袋を開いた志摩は、ぐしゃぐしゃになった箱を取り出し中を覗く。
「うわあ、悲惨だね」
そう言う志摩はどこか嬉しそうだ。
なんだかいたたまれなくなってくる。
「でも、大丈夫だよ。これで」
「え?」
「崩れてるの形だけでしょ?ちょっと手を加えればわからなくなるよ」
そう笑いながら箱を閉じる志摩。
志摩がなにを言いたいのかわからなくて、俺は頭上に複数のクエスチョンマークを浮かべる。
「ねえ齋籐、このケーキ借りてもいいかな」
「最初の通りにはいかないかもだけど、見苦しくない程度には形整えることはできるよ」そう笑いながら俺に問い掛けてくる志摩は、どこか生き生きとしていた。
どうやら、志摩は自分がケーキを作り直すと言っているようだ。
「そんなことできるの?」
「できるよ」
志摩が料理できるなんて初めて聞いた。
恐る恐る問い掛ければ即答してくる志摩は、笑いながら「手を加えるのは得意だからね」と小さく付け足す。
今思えば、この時点で気付いておくべきだったのかもしれない。
芳川会長のことを嫌っている志摩が素直に俺の手助けをするはずがないと。
結局、俺は藁にすがる思いで志摩の申し出を受けた。
潰れたケーキが入った袋片手に自室に閉じ籠る志摩を待つこと数十分。
絶対に部屋に入ってくるなと言われた俺は大人しく部屋の前の廊下で志摩が出てくるのを待っていた。
まだだろうか。
日付が変わるまではいかなかったが、そろそろ消灯時間が近付いてきている。
ソワソワしながら志摩が出てくるのを待っていると、不意に志摩の部屋である303号室の扉が開いた。
「齋籐、お待たせ」
「できたの?」
「うん。そりゃあもう最高傑作だよ」
いいながら、扉から出てきた志摩は袋を俺に渡してくる。
袋の中から酷く甘ったるい匂いがしてきた。
「あ、開けちゃダメだからね。一応ラッピングもし直しておいたから」
「ありがとう、ここまでしてくれて」
「うん、もっと感謝してよね」
ペコペコと頭を下げる俺に、志摩は笑いながら続ける。
相変わらずの物言いだが、面倒をかけた今そんな言葉も気にならなかった。
志摩の好意が嬉しくて「ありがとう」と頬を緩ませれば、志摩は「どういたしまして」と笑い返してくる。
「じゃあ、早く渡してきなよ。もうそろそろエレベーター使えなくなるんじゃない?」
「あ、そうだった」
「じゃあ、行ってくる」袋を抱えながら、俺はそう志摩に別れを告げる。
「今度は転ばないようにね」そう茶化してくる志摩に思わず苦笑を浮かべた。
俺は部屋の前で志摩と別れ、そのまま芳川会長の部屋がある四階へと向かうことにする。
◆ ◆ ◆
学生寮四階、エレベーター乗り場にて。
エレベーターから降りてきた俺は、辺りに親衛隊がいないか用心しながら芳川会長の部屋へ向かう。
三年生の階は二年一年の階に比べて閑散としていて、殆どの生徒が部屋に籠っていることがわかった。
恐らく、芳川会長も部屋にいるはずだ。
なるべく消灯時間になる前には自室に帰っておきたい俺は、大股で芳川会長の部屋に向かう。
芳川会長の部屋の前にて。
無事、いきなり影から現れた親衛隊に囲まれるという展開にならずに芳川会長の部屋に辿りつくことに成功する。
扉の前に立ち、今さらドキドキしながら俺はそのまま扉を数回ノックした。
喜んでくれるかな。
なんて一人緊張しながら会長が出てくるのを待つ。が、無反応。
いつまで経ってもびくともしない扉に、もしかして聞こえなかったのだろうかと心配になりながら俺はもう一度扉を叩く。しかし、やはり芳川会長は出てこない。
もう寝たのだろうか。
しんと静まり返った廊下の中、俺は段々不安になってくる。
そのときだ。不意に背後から手が伸びてきて、何者かに袋を持っていた手首を掴み上げられる。
「うわッ」
いきなりの出来事に心臓が停まりそうになった。
というか確実に停まった。
何事かと目を丸くした俺は慌てて背後を振り返り、そこに立っていた人を見て硬直する。
「ざんねんでしたー、そこのやつなら今一階で宴会中でーす」
そう口許に笑みを浮かべる赤髪の男、もとい阿賀松はそう軽薄な口調で続けた。
一階で宴会?芳川会長が?誕生日パーティーということか?というかなんでここに阿賀松が?
阿賀松の言葉を上手く飲み込めず、益々混乱する俺はただこの状況はよくないということだけ理解した。
「可哀想に、ハブられちゃったんだな。こっち来いよ、慰めてやるから」
「あの、意味が……っ」
言いながらいきなり抱き締めてくる阿賀松に驚き、慌てて俺は阿賀松を離そうとする。
阿賀松の言っていることが本当だとすれば、芳川会長が出ないことにも納得ができた。
が、ハブられ扱いされるのは面白くない。
乱暴に頭を撫でられ、なんとか阿賀松の腕から離れようとしたときだ。
不意に、手首を掴んでいた手が拳の中を割るように入ってきた。
「ちょ、待っ……それは……」
そのまま強引に俺の手から袋を取り上げる阿賀松。
どさくさに紛れて急に軽くなった手にビックリした俺は、慌てて顔を上げた。
「わざわざプレゼントまで用意しちゃってなあ。なにこれ、俺の誕生日は普通に知らんぷりしてたくせにすげー気合いの入れ方だな」
「だって、俺、先輩の誕生日知りませんし……」
「そんくらい自分で調べとけ」
「常識の中の常識だろ」そう続ける阿賀松は、どうやら俺の言葉が頭に来たようだ。
不愉快そうに吐き捨てる阿賀松。
そんな常識あってたまるか。
「返してください」
無茶苦茶なことを言う阿賀松から袋を取り返そうとするが、体勢が体勢なだけに阿賀松を相手にするのは難しい。
「やーだ」そう背後で笑う阿賀松は、俺の両腕を束ねるように掴んでくる。
「誕生日プレゼント、まだユウキ君から貰ってなかったからな。これは有り難く俺が貰ってやるよ」
なんですと。
しかも素晴らしいくらいの上から目線。
「ダメですって、だって、それは……」
「安心しろよ。あいつにはちゃんとゴミクズ渡しといてやるから」
最早不安要素しか見当たらない。
「ダメです、返してください」志摩にも手伝って貰った今、ここで阿賀松に好き勝手されるわけにはいかない。
頑なになって阿賀松から取り返そうとする俺。
そんな俺に対し、阿賀松は楽しそうに笑う。
「ぴーぴーぴーぴーうっせえな。あ、わかった。ユウキ君も食べたいんだろ」
どこをどう判断したらそんな考えになったのだろうか。
「へぇ、意外と食い意地張ってんだな」と驚いたような顔をする阿賀松に、俺は「はい?」と目を丸くさせる。
「食いてーんなら素直に言えよ。好きなだけたーっぷり食わせてやるのに」
「下の口からな」いつもに増して阿賀松のジョークが笑えない。
しかも阿賀松の目が笑っていない。
「いや、いりません。いりません、それあげますから」
「遠慮すんなよ。食べたかったんだろ?」
「食べたくないです」
「ははは! まあいいや、次いでだ。ユウキ君からたっぷりプレゼント貰わなきゃな」
もうそれただヤりたいだけだろ。慌てて逃げようとするが、阿賀松に腕を引っ張られた今逃げることができず、そのまま俺はずるずると廊下の上を引き摺られた。
静かな廊下に、俺の情けない声と阿賀松の笑い声だけが響き渡る。
ようやく阿賀松に解放されたときにはもうすでに日付が変わっていた。
酷い腰痛に魘されながら、爆睡する阿賀松から逃げるように阿賀松の部屋を後にした俺は既に消灯した廊下へと出る。
なんかさっきから物凄く腹がゴロゴロ鳴ってるんだが、これは大丈夫なのだろうか。
最中無理矢理食わされたケーキのことを思い出しながら、俺は口許を押さえる。
もちろん下の口は死守した。別のものは食わされたが。
とにかく、早く自室に帰りたい。そんなことを思いながら一人よろよろとエネルギー乗り場へ歩いていっているときだった。
「こんな時間になにをしている」
不意に、背後から声をかけられる。
聞き覚えのある声に、俺はびくりと肩を跳ねさせながら背後を振り返った。
薄暗い廊下の中、そこには芳川会長が立っていた。
「か……かいちょぉ……」
先程まで酷い目に遭っていたせいか、その安心感に思わず涙腺が緩む。
「……ん? その声は齋籐君か?」ぐずり出す俺に、芳川会長は驚いたような顔をした。
日付が変わってようやく俺は芳川会長に会えることに成功する。
しかし、肝心のプレゼントは今俺の手にはない。
――芳川会長の部屋にて。
ぐずり出す俺に驚いた芳川会長に宥められるようにして部屋まで連れてこられた俺は、ソファーに腰を下ろしていた。
「すみません、こんな時間にお邪魔しちゃって……」
「気にするな。どうせ明日は休みだしな。一日ぐらい大丈夫だろう」
「それより、落ち着いたか?」テーブルの上にお茶が入ったグラスを置く芳川会長は、心配そうに尋ねてくる。
グラスを受け取りながら、俺は「はい」と頷いた。
今更ながら取り乱した自分が恥ずかしくなってきて、それを紛らすように俺はグラスに口をつける。
「あの、それより……お誕生日おめでとうございます」
「なんだ、知っていたのか」
「今日、他の人達が話してるのを聞いて……本当はプレゼント渡すつもりだったんですが、その、色々あって……手ぶらでごめんなさい」
「そんなこと君が気に負わなくていい」
「ありがとう、嬉しいよ」そう静かに続ける芳川会長は、そう言って小さく笑った。
会長はそう言ってくれたが、やはり他の人達がすごいプレゼントを用意していて自分だけ日付がずれた上に手ぶらというのは恥ずかしくて。
芳川会長から目を逸らした俺はそのまま俯いてしまう。
「どうした、そんな顔して」
「やっぱり、ちゃんとプレゼント用意し直してきます」
そう言えば、芳川会長は「気にしなくてもいいと言ってるのに」と困ったように笑った。
その笑みに、もしかして自分は余計なことしてるんじゃないのかと不安になってしまう。
「そうだな。じゃあ、今日一緒にどうだ」
ふと、なにかを思い付いたような顔をした芳川会長はそう妙な提案をしてきた。
あまりにも言葉が少ない芳川会長に、つい俺は「え?」と聞き返す。
「プレゼントだ。なんだ、もしかして今日予定あったか?」
「いえ、あの、大丈夫けど……」
「そうか、なら良かった。せっかくだしどこか出掛けるか。齋籐君はどこがいい?」
「どこって、その、いいんですか?」
そう話を進める芳川会長に、未だ状況が飲み込めていない俺は恐る恐る尋ねる。
「ん? なにがだ?」そう不思議そうに聞き返してくる芳川会長。
「せっかくの休日なのに」
「せっかくの休日だからだろう。なんだ、もしかして勝手にプレゼントの内容を考えるのは不味かったか?」
「い、いえ! 俺は、会長がいいなら構いませんけど……」
「そうか、なら大丈夫だな」
多少強引な芳川会長に驚いたが、芳川会長なりに誕生日を祝えなかったことを悔やんでいる俺のことを気遣ってくれていると思ったら自然と胸が熱くなった。
「じゃあ、今日はもう戻らないとな。早く寝ないと大変なことになるぞ」
「……あの」
「ん? どうした?」
いいながら、ソファーから腰を上げる芳川会長はこちらを見た。
改めて顔を見合わせるとなんだか気恥ずかしくて、俺は視線をさ迷わせ、再び芳川会長に目を向ける。
「……ありがとうございます」
本当は俺がそう言われるようにしなきゃいけないはずなのだろう。
なんて思いながら、俺は苦笑混じりにお礼を口にした。
いきなりお礼を言われ、少し驚いたような顔をした芳川会長だったがすぐに笑みを浮かべる。
「お礼を言うのには、まだ早いな」
そう冗談混じりに言う芳川会長は、「こちらこそ、ありがとう」と小さく続ける。
「君が喜んでくれることが、俺にとって一番のプレゼントだよ」
おしまい
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