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真欺君と叶え屋さん
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しおりを挟む「お、おい、真欺! 真欺!」
「今世か。……おはよう」
「おはようだけど! ……だ、大丈夫なのか……なんか、この前よりも距離が……」
近くなってなかったか、と今世は顔を寄せてくる。
教室の窓の外、校門前でそこだけ次元が歪んだように佇む黒い影。それを指してるのだろう。
「なんか懐かれた」とありのまま伝えれば、今世の顔はますます変な顔になっていく。
「懐かれたって、そんな犬猫じゃあるまいし」
「まあ、学校には入ってこないみたいだし」
「確かに……まあ、無害なのか?」
「家には入ってくるようにはなってたけど」
「え、大丈夫かよ」
「言葉は通じるみたいだから大丈夫だろ。……ただ」
「ただ?」
「……いや、なんでもない」
このまま成長したらどうなるのか。
日々の進化の様子を見る限り、ここへと出入りしてくるのも時間の問題かもしれない。
まあ、まだ未確定の状態で今世のやつを怖がらせる必要もないだろうが。
それよりも、と教室外の廊下へと繋がる窓へと目を向ける。それぞれの教室へと向かう生徒たちに交じって明らかに彩度が低い生徒を見つけた。
解像度の低い写真のように顔のパーツひとつひとつがぼんやりとしていて顔貌を認識することができないその男は俺達と同じ制服を身に纏い、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。微笑んでいるのだけは何故だか伝わってくるのだ。
――昨日の偽今世か。
約束通り今世のモノマネはやめたらしい。
そして幸いにも今世はやつに気付いてない。
「そういえば真欺、昨日言ってた用事って……」
「用事ができた。一限目遅れるって先生に伝えてくれ」
「え、あ、ちょ……真欺!」
席を立ち、件の生徒が待つ廊下へと向かう。なんだよいきなり、と背後から今世の声が聞こえてきたが、無視だ。
学生服の怪異の後を追いかけ、気付けば昨日の屋上下の階段までやってきていた。
「よく俺だって分かったな。本当の顔、教えてなかったのに」
階段の最上部、段差に腰を掛けたその怪異はこちらを見下ろしたまま微笑んだ。近付いた今でも顔はよく見えないし、声は今世のままだ。
仕様、というやつなのか。違和感は拭えないが顔が別物なのでよしとする。
「あんな目で見られたら分かる」
「それで、進捗は?」
「叶え屋さんを知ってるか?」
単刀直入に尋ねれば、怪異は微笑んだまま頷いた。
「ちらほらと話には聞くな。とはいえ、外からやってきたやつらにだけど」
「……」
「それが関係してると?」
「学校の外ではそれが怪異たちの間で話題になっている。だから、その叶えられた願いに何か関係してるんじゃないかって思っただけだ」
「なるほど」
遠くでチャイムの音が響く。俺達の声を聞きつけたらしい他の野次怪異たちが男の周りに集まってくる。それらを抱き抱え、一匹一匹撫でていく男子生徒の怪異。
「その肝心の叶え屋について軽く聞いて回ったが、利用した連中の証言はどれも一致しない」
「性別、容姿、どれもバラバラ。けれど一致してるのは凡ゆる願いが歪な形で叶えられているということくらいか」
「それは興味深い」
「今日は叶え屋への依頼方法を調べる予定だ。……もしかしたらアンタにも協力してもらうかもしれない。人間の俺だけでは限度もある」
「ああ、結構だ。それに、どんな願いも叶える者か。俺も興味がある」
今世の声質で淡々と話されるとなんだかムズムズするが、それよりもその内容に少し驚いた。
「アンタに願いはあるのか?」
思ったままの言葉を口にしてみれば、男子生徒の怪異はこちらを見下したまま僅かに口角を下げる。
「この学校の外へ出てみたい」
感情の抜け落ちたその表情と相俟って、その声は冷たく響いた。驚いた、今世の声がここまで冷たく聞こえることもあるのかと。あいつの声はどこまでも透き通って耳障りが良く、そして元気に鼓膜を震わせるというのに。因みにこれは皮肉だ。
「なんて、そんなこと口にでもしたら俺まで消息不明にされてしまいそうだな」
「既に息はしてないだろ」
「ジョークが通じない若者だ」
「それより、おい」
「なんだ」
「アンタのこと、なんて呼べばいい」
怪異は神妙な顔のままほんの一瞬静止する。答えを用意していなかったらしい。突然制服の襟を大きく開く。そして見せつけられた裏側には『三全』と白糸で刺繍が入っている。
「さんぜん?」
「多分そうだろう」
「偽名か」
「俺は自分の名前は覚えていない。けど、こいつの名前はこれらしい。好きなように呼べばいい」
つまりその姿も誰かの借り物ということか。
三全はただ興味なさそうに続けた。口でどう言おうとも根本は生きてる人間とは違うということか。頓着がないと言うか、こいつが特別なのかはしらないが呼べる名前があるだけましか。
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