真欺君と普通じゃない人たち

田原摩耶

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真欺君と叶え屋さん

06

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 何事もなく今日一日淡々と進む。
 今世はというと相変わらず色んな友人に囲まれて楽しそうだ。
 ここ最近一緒にいる機会が多かったが、俺にばかり付きっきりになって他との交友関係が疎かになってしまうのは不本意でもある。
 たまには今まで通り一人で飯を食うのも悪くはない。
 途中今世のグループに一緒に食わないかと声をかけられたが、今世以外の他の奴らが少し変な顔をしてたのを見て断った。

 そんで、そのままやってきた屋上前の踊り場。
 階段に座り込み、登校中に買っておいたパンを齧りながら俺は階段下から様子を見にきていた顔見知りの異形たちを見下ろす。

「……お前らにやる飯ならないぞ。……違う? ……いつも一緒にいるやつはどうしたって? ……ああ、今世のことか。……あいつは人間の営みに励んでいる」

 比較的無害な異形たちとは時折こうして会話を交えることはあった。
 今朝着いてきていた異形のように人語を話す異形も入れば、なんとなく感情が伝わってそれで意思疎通が出来る異形と様々だ。今俺の目の前にいるハムスターによく似た異形は身振り手振りで反応示してくれるのでなんとなくわかる。
 色が流れ込んでくるような、そんな感覚。肯定的なら黄色、否定的な赤、悲しみは青、とかそんな感じ。この感覚は俺だけらしく、今世は『わけわからん』と言った顔で流されたことがあった。
 なるべく人前では異形と話すことは避けていたが、友好的な異形の話し相手をするくらいなら……まあ、いいか。という感じだ。
 それに、友好的な異形と親しくなっていると追々役に立つ事も多い。

「……この地域の異形の数が減ってる?」

 うんうんと頷くハムスター型の異形。その横で、いつの間にかに増えたちっさいおじさんの異形が怯えたような顔をして取り出したメモ用紙に何かを書いていた。というかお前、字が書けるのか。自分の前兆ほどの鉛筆を全身で動かして何かを書き記していくおじさん異形。もそもそとそこに書かれた図解を辿っていく。
 これは……なんだ。ぐちゃぐちゃの複数の線。それから……。

「我々の同胞が何者かによって消されている。或いは浄化されている」

 突然、頭の上から落ちてきた声にぎょっとする。顔を上げれば、いつの間にか背後には今世が立っていた。
 いや、違う。こいつは今世ではない。姿形声が本人そのものだろうが、血の通っていない真っ白な肌。窪み、光を一切受けない真っ黒な目はあいつと正反対ですらある。そして何より、影がない。

「ああ、悪いな。勝手に会話に混ざっちゃって」
「……」

 人、ではない。間違いなく。
 今世とは教室で別れたし、現在進行形でここにやってきた人間なんて俺以外にいなかったのだから。

「なんで今世の真似をしている?」
「ああ、これか。ここ最近よくお前と一緒にいたのがこいつだったから。この姿が一番真欺と話しやすいって思ったんだよ」

 今世の顔をしたそいつは言いながら俺の横に腰をかけた。

「気を悪くさせたんなら悪い。俺自身の姿よりもこうして擬態した方が上手く話せるんだ、俺は。お前の友達の姿、勝手に借りて悪いな」

 敵意はない、のか。
 いや、こうやって人語を話せるほどの知能がある異形ほど警戒すべきなのだ。けど、あまりにもその仕草、言葉が今世のそれすぎて対応を決めあぐねていると、顔見知りの異形たちがほっとした顔で今世の顔をした異形の膝に乗る。それを抱き抱え、やつは笑った。口だけ笑った形の、アンバランスな笑顔で。

「真欺、こうやってお前の友人の姿を借りて話しかけたのは理由がある。……真欺、お前に頼があって俺はこうしてお前の前に姿を現した」
「……だろうな」
「聞いてくれるのか?」
「内容を聞いてから。……取り敢えず話は聞いてやる」
「……は、こいつらの言った通りだ。お前は異形を怖がらない。友好的な人間だって」
「それはお前次第でもあるがな」

 少なくとも、膝の上で撫でられて丸くなってただの愛玩動物と化してる異形たちを見てると『悪いやつではないのだろう』というのは嫌でも分かった。
 擬態しなければ、人の体を借りなければ意思を伝えることができない異形も知ってる。大抵は後ろめたい何かがあるか、元の姿だと何かしらの不都合や不便がある場合だ。先程の異形たちの態度が気になっていただけに、こうして翻訳できる異形の存在は素直にありがたくもある。

「それで、さっきの話。……なんだ、同胞が消されてるって」
「そのままだよ。とは言え、俺はこの学校の外のことは知らないが、そうじゃない者たちから聞いた話だ。この街全体でおかしなことが起きてる。……俺たちみたいな連中が度々姿を消している」
「先に聞いておく。お前たちに死の概念は?」
「さあな。気付いたら産まれて気付いたら消えてる。大抵のやつらは自我のないプランクトン同然だ。けど、この短期間でこんなにまとまって姿を消すのは人為的なものが関わってるはずなんだ」

 今世の真っ白な横顔は悲しそうに見えた。実際には本物の今世に比べるとあまりにも標準は乏しく、感情の機微が感じにくい。けど、俺にでも分かるくらい異形たちは悲しんでる。

「……なんでそんなことを俺に言う?」
「お前、人間でありながら俺たちみたいなのと話すことができるだろ? おまけに逃げない。俺たちの間でも有名人だ。ここ何年もそんな人間に出会うことはなかったから」

「“こいつ”みたいに俺らが見えるガキも居たけど、大抵俺らに関わらないように目すらも合わせなかったし」そう自分を指差す異形に、俺は今世のことを思い出した。その少し口角を持ち上げたような皮肉っぽい、自嘲的な笑みは今世に似てる。

「なあ、真欺。……俺たちを助けてくれ。俺たちの同胞が消えてる原因を突き止めてほしい」
「見たところ、お前はしっかり話せる。お前が自分の足で人間と接触を図る事もできるんじゃないか」
「ああ、できる。けど、こうして俺の姿をきちんと認識できて俺の声を聞けているのはお前だからだ。真欺」
「……」
「霊感のない人間からは俺は腐った肉の塊。声もその辺りの虫の鳴き声程度にしか聞き取れないだろうしな」

 だから俺か、と納得した。

「ただ、原因を突き止めてくれるだけでいい。俺たちの協力が必要なら、ここにきてくれ。俺は大体この屋上の近くにいる」
「情報収集、するだけでいいのか」
「ああ。街の外には俺たちのようなやつらがいるだろ? そいつらに、俺たちとしてるように対話して情報を聞き出して俺に教えてくれないか」

 さも簡単に言ってみせるが、どう考えても俺にはメリットはない。寧ろ自ら面倒ごとに突っ込むことになる。
 けどまあ、話を聞いて回るだけなら。

「そのハムスターにも無理なのか」
「俺たちの仲間と言ってはいるが……分かるだろ? 俺たちが全員が全員仲間意識があるとはわからない。弱い奴らは食われるときもある」
「……」
「話が通じるやつと通じないやつ、その見分けがつくお前の目は貴重だ。真欺。……それに、お前の友人にはいるだろ? 魔除けになる人間も」
「随分とこの学校の生徒について詳しいな」
「ああ、当たり前だろ。……こんな場所に縛られてるやつらなんて皆、学校のことが大好きなんだから」

 妙に話が噛み合ってないようで噛み合ってる気もする。変な感覚だ。

「言っておくが、約束はしない。期待もするな」
「引き受けてくれるのか」
「話を聞くだけだ。けど、俺もプロじゃないし、お前みたいにしっかりと意思疎通できるやつらも限られてる。……もし失敗しても俺を恨むなよ」

 うっかり命を取られたりでもしたら洒落にならない。念押しすれば、そいつは今世の顔でまた笑う。強張ったような歪な笑み。けど、今度は本物の今世っぽい感じはした。やつの膝の上では嬉しそうにハムスターと小さなおっさんが手を取り踊りあってる。

「ありがとう。真欺」
「それと」
「ああ、なんだ?」
「今度会うときはそいつの真似はやめろ。……そっちの方がやりづらい」
「なるほど、そういうものなのか。勉強になった」
「……」

 最近の異形は向上心があるらしい。頷き返し、一旦その場はお開きとなった。
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