真欺君と普通じゃない人たち

田原摩耶

文字の大きさ
12 / 32
真欺君と叶え屋さん

03

しおりを挟む
 シャッターの降りた商店街を通り抜け、何度か迷子になりそうになりつつ、今世を連れてやってきた住宅街の端のほう。公園がある通りに比べると寂れたそこにあるのが天国荘だ。他と負けじとなかなか年季が入っている。
 そんな天国荘を遠目に見た今世はまず第一声、「あれか?」と声を顰めた

「ああ、見えるか」
「ああ……けど入れんのか……って、普通に行くのかよ」
「あれは見た目より無害なやつだ。俺も平気だから今世も平気だと思う」

「それともここまでにしとくか?」と今世を振り返れば、リュックのショルダーをぎゅっと握り締めた今世は「行く」と声をあげた。今世が無理してるのは分かったが、少し嬉しかった。

「何かあったら俺が護るから安心しろ」
「そ、それをお前が言うのかよ」
「実際にはお前には助けられてばかりだけどな」
「あ、いや……俺もお前には何度かお世話に……」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ、さっさと来い」
「~~……っ! 行きますよ、行くから置いてくなって!」

 などと言い合いながら俺たちは「お帰りなさい」と地響きのような声で話しかけてくる門番怪異に挨拶をし、そのまま天国荘の敷地内に足を踏み入れた。

 ――天国荘、駐輪場横ガーデンスペース。
 今日もその人はそこにいた。棒付きアイスを咥えながら、雑にどっかから引っ張ってきたらしいホースの水で畑に水をやっていた榊は俺の姿を見るなり作業の手を止める。
 そして。

「やあ、鮮花君。おかえり~」

 相変わらず気の抜けるような笑顔と声とともに手を振ってくる榊。少しだけ面倒だ。

「……ども」
「あっ、こんちは」
「ん、あれ? へ~鮮花君のお友達?」
「まあそんなとこです。じゃあ失礼します」

 今世が畑の下の怨霊に気付く前に今世の腕を引っ張り、二階への階段を上がっていく。

「あっおい! 鮮花! こ、転ぶから……っ!」
「その時はクッションになってやる」
「そこは抱き抱えるとかしろよ!」

 そのまま自室の前まで行く。後ろから「若いな~」という榊の声が聞こえたが今は構ってられない。
 部屋の中や前に変なものがいないから確認し、今世を先に部屋へとあげた。

「どうしたんだよ、いきなり引っ張ったりして」
「……聴きたいか?」
「え、もしかしてさっきの人……なんかあるのか? 俺は特に何も感じなかったけど」

 今になって青褪める今世。
 そうか、今世も俺も全く同じものが視えてるとは限らないのか。数日前あの畑の下で怨霊がいたと言うべきか迷ったが、気づいていないものを不必要に怖がらせることもない。
「まあそんなところだ」とだけ答えれば、「じゃあやっぱいい」と今世は青い顔のまま首を横に振る。

「ここ、鮮花の部屋……なんだよな」
「ああ、そうだ」
「……」
「気を遣う必要はない」
「よく眠れんな、ここで」

 今世なりにオブラートに包んだらしい。青い顔したままごにょごにょと口をもごつかせる今世。
 部屋の中に見たところ目立った不法侵入者はいないが、部屋の中全体の空気は重たく篭っている。先に部屋へと上がり、照明をつけた。窓を開けて換気をするのが一番だと思ったが、時間が時間だ。夕暮れ時は怪異が活発になり始める。それならまだ窓を閉め切っていた方がマシだ。

「夢見はよくない」
「なあ、まじな話一度お祓いにでも行ったらどうだ」

 お祓いか。
 多分ここの辺りは今世との認識の違いなのだろう。俺にとっては怪異も隣人のようなものだ。別に排除したいわけではない。

「心配しなくていい。それに、今はお前がいる。これでも大分今日は大人しい方だし」
「……なんか心配になってきたな。俺んち、いつでも来ていいんだからな。兄貴も居るんだし、泊まるくらい文句言わないだろうから」
「……」

 なるほど、その手もあるのか。
 今までにはない選択肢だったから少しだけ感心した。

「その時は頼む」
「今は頼まないのな」
「多少寝付きが悪いくらいだからな」

 困ってはない、と頷けば、「お前のメンタルすげえよ」と今世は笑った。疲れたような怯えたような変な顔で。
 多分褒められてはないのだろう。

 立ち話もなんだと俺は座布団を今世に渡した。今世はそのまま窮屈そうに体を縮めて座る。時折何かの物音に怯えたように大きな体を震わせて。

「飲み物は麦茶と水がある」
「あー、俺自分のあるから気にすんな。……それにしても、確か引っ越してきたばっかだって言ってたな。本当、部屋すっきりしてんな」
「引越し時の荷物を減らすため最低限のものだけ用意してもらった」
「ああ、そんな感じするわ。……でも真欺っぽい」
「俺っぽい?」
「飾り気がないってか、無駄がないっていうか……無頓着?」
「それは褒めてはないな」
「……バレたか」

 今度の今世は少しだけ、教室の友人たちに見せるような顔で笑った。褒められてはないが、俺はそっちの笑顔の方が好きなので悪い気はしなかった。
 俺は自分の分の水だけ用意し、もう一枚の座布団を今世の横に置いた。そのまま腰を下ろす。

「なんか変な感じだ」
「何がだ?」
「別にお前と二人で話すことは初めてじゃないが、いつもと違う感じがする」

 中々上手く言語化することが出来ず、喉に小骨が突っかかったようで気持ち悪い。けれど、今世は俺の言いたいことが伝わったのか。「あー」と曖昧な相槌を打った。

「まあ、ちょっと分かる。……てか、部屋無音なのが余計なんだって。テレビあるんなら点けようぜ。動画見れんのこれ」
「知らん。設定とかよく分からないからそのまま適当に流してる」
「おじいちゃんかよお前は。てか、お前スマホは? そういや全然学校でも使ってんの見たことねーけど」
「……」

 腕を伸ばし、床に直に転がしたままになっていた鞄の底からごそごそとスマホを取り出せば「ちゃんと携帯しろ」と何故か今世に怒られた。何故だ。理不尽じゃないか。

「ったく……ってうわ、スマホこれ買ったばかりか?」
「引っ越すときに新しく父親に与えられた」
「そのままホーム画面弄らず使ってるやついんのかよ、まじか」
「アラームと電話だけ使えたら別にいい」
「おじいちゃんかよ。……取り敢えず、俺の連絡先入れとくから。あと、パスワードくらい設定しとけよ」
「いちいち面倒だ。別に見られて困ることないし」
「すっげえな……」
「お前はしょっちゅうスマホ見てるな。ちまちまと」
「ちまちまは余計だっての。……だって落ち着かねえんだよ。スマホいじってた方がその、色々外気にしなくて済むだろ?」

 外界との関わりをシャットアウトし、怪異を視界に入れないようにしていたということか。なるほど。今世らしいライフハックだ。

「……それに、ネットで見たんだ。スマホの電波で幽霊は来なくなるって」

 こそ、と何故か小声で耳打ちしてくる今世。こいつは素直と言うか、なんと言うか。

「悪い大人に騙されるなよ」
「言っておくけど鮮花、それお前も人のこと言えねーからな」

 失礼な、とむっとする。
 今までそんな与太話聞いたことはないが、あらゆる電子機器を手にした道行く人間たちの方や背中にしがみついてる怪異を見てたら分かるはずだ。まあ、“視えない人間のふり”をすることで下手に怪異たちの目を免れるというのは手かも知れないが。
 などと一頻り話した後、少しだけ沈黙が流れる。今世はその沈黙を誤魔化すようにテレビを点ける。テレビでは赤ちゃん動物の映像が流れていた。

「……この犬、今世に似ているな」
「え、どこが」
「髪の色」
「他にもあるだろもっと。……クリクリした目とか」
「それはジョークのつもりか?」
「いいか。こういうときは笑って聞き流すんだよ、鮮花」
「なるほど、勉強になる」

 布に包まれた子犬たちの映像を二人で眺めてると、思い出したように鞄から水筒取り出した今世はそれを喉に流し込む。それから、そのままこちらに体を向けた。

「そう言えばさっきの人、知り合いか?」

 さっきの人――榊藍平のことか。

「ああ。朝と夕に何度か会う。どうかしたか」
「いや、ちゃんとご近所付き合いしてるんだな、お前。……って思って」
「今世が挨拶しろって言ってたから」
「……ん、そうだな。頑張ったな」

 そういつもと違うトーンでしみじみ呟く今世。確かに、今までの俺ならばいちいち自ら他人に関わりに行こうとは思わなかった。
 そう思うと感慨深い。立ち上がり、そのまま窓に近づく。カーテンを開けば、べったりと窓ガラスに顔を押し付けて俺たちを覗いていた巨眼の怪異がいた。

「次はお前が頑張る番だな」
「ひっ! な、なんだそれ……って素手で掴むなそんなもの……っ!! 部屋に引き摺り込むなっ! 鮮花ーーっ!!」

 その日しばらく俺の部屋からは情けない今世の悲鳴が木霊した。幸い両隣からは苦情が来ずに済んだが、今度からは俺の部屋で特訓する時はあいつの口にガムテープでも貼ろう。そう心に決めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...