9 / 24
真欺君は普通じゃない
06.1
しおりを挟む真欺がいなくなって数日が経った。
視界の隅をちらちらしていたものがなくなると言うのは寂しいものがある。どれほど無口であろうがそれは変わらない。
可愛い子ほど旅をさせろと言ったものだが、それは見送ったものに対する言葉でもあるのだろう。
己に未だ寂しいと感じる器官が残っていることに驚いた。
いつでも連絡しろと買い与えた携帯はろくに充電もされていないらしく連絡すら繋がらないのがあいつらしい。
毎朝のルーティンである花たちの水やりをおこなっていたところ、目新しい変化を見つけた。
「……ほう」
書斎の机の上に置いていた花瓶、そこに一輪だけぷかりと浮かんでいた花。今まで透き通り向こうの景色が見えていたその花弁、その内の一枚に鮮やかな橙が広がっているではないか。
「やはり、俺の選択は間違っていなかったようだ」
本来ならば事故で死ぬ運命だった子供――その子供が生き延びているから即刻処せ、と命を受けた時のことを今でも思い出す。
小さい体で瓦礫の中で泣きもせずただ死を待とうとする子供を見つけた瞬間、運命だと思った。
透き通った純真無垢な瞳は濁り、幼子でありながら世の不条理を突きつけられ諦観した子供を瓦礫から掬い上げる。今にも心身ともに壊れそうなのに、生きている。必死に、忙しなくその心臓を脈動させ、小さな花を咲かせようとしてる。
この花はここで枯らしてはならない。
そう心が、脳が叫んでいた。
死期が迫った人間の元へ行き、その魂――花を刈り取るのが俺の仕事だった。
単調だが嫌いではない。どんな花でも美しい。その最期を見届けられるなんて天職だとも思っていた。
けれど、その時俺は初めて己の立場を呪った。
ここで殺さなければどの道他の者が派遣される。それならばと初めて組織に逆らった。
赤子から魂を抜き取り、手元で保管する。人格も記憶も全て失い肉体のみになれば、公的に見れば死人も同然だ。
手にした魂――そのまだ実ったばかりの蕾。そこから頭を覗かせる花弁どこまでも透き通り、少し触れただけでも崩れ落ちそうなものだった。
これを失うわけにはいかない。なんとしてでも俺のコレクションにする。
殺さなければならない相手を生かそうとする、その行為自体が己の死でもあった。
――死神である己の。
神でもなんでもなくなった己に残されたのはなんの力も使えないただの肉の塊となった不便な体と、この魂だけだった。
裏切り者だと大層な目に遭わされたが、それも今までしてきた行為が返ってきてるだけだと思えばなんてことはない。
それよりも、この花だけはなんとか守らなくてはならない。
その一心で持ち帰った花をただ見守る。そうしてる間にも人間の世界では時間が経過していくのだ。
とにかくあの子の成長を傍で見守りたい。花開く瞬間から頭を落とすその時まで、傍で。
その一心で見つけ出した時には既にあの時幼子だったあいつは大きくなっていた。
俺はすぐにあいつを引き取る手立てを済ませる。当時知人だった者に手助けをしてもらい簡単に養父という肩書きで子供を側に置くことができたが、そこからが難関だった。
何をしても、何を与えても、何を言っても花は――真欺は変わることのなかった。
なのに、手放してからこんなにも早く変化が訪れるなんて。
何もかもを失い、奪われるものすらも失ったあの子供が取り戻している。それが自分の手の届かない場所でというところが歯痒くもあるが、それよりも喜ばしさの方が勝った。
「……早く育て。俺に見せてくれ。お前を、お前だけの色を」
無色透明だったお前がどう咲き誇りどう散っていくのか、俺に見せてくれ。
ずっとずっと待っていたんだ。沢山の感情を浴び、吸って、そして開花したお前だけの花を。俺に。
「――真欺」
愛しの我が子の名前を呼ぶ。
129
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

俺が総受けって何かの間違いですよね?
彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。
17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。
ここで俺は青春と愛情を感じてみたい!
ひっそりと平和な日常を送ります。
待って!俺ってモブだよね…??
女神様が言ってた話では…
このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!?
俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる