真欺君と普通じゃない人たち

田原摩耶

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真欺君は普通じゃない

06.1

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 真欺がいなくなって数日が経った。
 視界の隅をちらちらしていたものがなくなると言うのは寂しいものがある。どれほど無口であろうがそれは変わらない。

 可愛い子ほど旅をさせろと言ったものだが、それは見送ったものに対する言葉でもあるのだろう。
 己に未だ寂しいと感じる器官が残っていることに驚いた。

 いつでも連絡しろと買い与えた携帯はろくに充電もされていないらしく連絡すら繋がらないのがあいつらしい。
 毎朝のルーティンである花たちの水やりをおこなっていたところ、目新しい変化を見つけた。

「……ほう」

 書斎の机の上に置いていた花瓶、そこに一輪だけぷかりと浮かんでいた花。今まで透き通り向こうの景色が見えていたその花弁、その内の一枚に鮮やかな橙が広がっているではないか。

「やはり、俺の選択は間違っていなかったようだ」

 本来ならば事故で死ぬ運命だった子供――その子供が生き延びているから即刻処せ、と命を受けた時のことを今でも思い出す。
 小さい体で瓦礫の中で泣きもせずただ死を待とうとする子供を見つけた瞬間、運命だと思った。

 透き通った純真無垢な瞳は濁り、幼子でありながら世の不条理を突きつけられ諦観した子供を瓦礫から掬い上げる。今にも心身ともに壊れそうなのに、生きている。必死に、忙しなくその心臓を脈動させ、小さな花を咲かせようとしてる。

 この花はここで枯らしてはならない。
 そう心が、脳が叫んでいた。
 死期が迫った人間の元へ行き、その魂――花を刈り取るのが俺の仕事だった。
 単調だが嫌いではない。どんな花でも美しい。その最期を見届けられるなんて天職だとも思っていた。
 けれど、その時俺は初めて己の立場を呪った。
 ここで殺さなければどの道他の者が派遣される。それならばと初めて組織に逆らった。
 赤子から魂を抜き取り、手元で保管する。人格も記憶も全て失い肉体のみになれば、公的に見れば死人も同然だ。
 手にした魂――そのまだ実ったばかりの蕾。そこから頭を覗かせる花弁どこまでも透き通り、少し触れただけでも崩れ落ちそうなものだった。

 これを失うわけにはいかない。なんとしてでも俺のコレクションにする。

 殺さなければならない相手を生かそうとする、その行為自体が己の死でもあった。
 ――死神である己の。

 神でもなんでもなくなった己に残されたのはなんの力も使えないただの肉の塊となった不便な体と、この魂だけだった。
 裏切り者だと大層な目に遭わされたが、それも今までしてきた行為が返ってきてるだけだと思えばなんてことはない。
 それよりも、この花だけはなんとか守らなくてはならない。
 その一心で持ち帰った花をただ見守る。そうしてる間にも人間の世界では時間が経過していくのだ。
 とにかくあの子の成長を傍で見守りたい。花開く瞬間から頭を落とすその時まで、傍で。
 その一心で見つけ出した時には既にあの時幼子だったあいつは大きくなっていた。
 俺はすぐにあいつを引き取る手立てを済ませる。当時知人だった者に手助けをしてもらい簡単に養父という肩書きで子供を側に置くことができたが、そこからが難関だった。

 何をしても、何を与えても、何を言っても花は――真欺は変わることのなかった。
 なのに、手放してからこんなにも早く変化が訪れるなんて。
 何もかもを失い、奪われるものすらも失ったあの子供が取り戻している。それが自分の手の届かない場所でというところが歯痒くもあるが、それよりも喜ばしさの方が勝った。

「……早く育て。俺に見せてくれ。お前を、お前だけの色を」

 無色透明だったお前がどう咲き誇りどう散っていくのか、俺に見せてくれ。
 ずっとずっと待っていたんだ。沢山の感情を浴び、吸って、そして開花したお前だけの花を。俺に。

「――真欺」

 愛しの我が子コレクションの名前を呼ぶ。
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