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真欺君は普通じゃない
06
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どれくらい時間が経っただろうか。
不意に、ぴくりと今世の体が反応した。
「……」
「……ぅ……」
「起きたか、今世」
「……あ、あれ……鮮花……? って、うわっ!!」
わらわらと集まっていた怪異たちに覗き込まれ、再び今世が飛び上がりそうになると同時に俺は今世の腕を掴んだ。
「って、鮮花っ?! 近……」
「安心しろ、こいつらはいい奴らだ」
「い、いい奴らって……」
「気絶したお前をここまで運ぶのを手伝ってくれた。皆、お前を心配してた」
「し、し、心配……?」
ぐるぐると回る今世の目。なんとか目を合わせるため、今世の両頬をがっちりと掴めば「いや近っ!」と今世はまた声を上げた。
「……今世、俺はお前と友達になれて嬉しいと思ってる」
「へ? あ、あそう……と、友達……友達ね、嬉しいけど、近……」
「しかも、お前は俺と境遇が似てる。しかも席も前後ろだ」
「お、おー。そだけどさ……近いっ、さっきよりも近づいてるよな、わざとだよな?!」
「――つまり、出来ることならもっと仲良くなりたいと思ってるんだ」
この体質で、ずっと友人というものを諦めていた。
けれど、こいつと出会ってから今まで失いかけていた色が世界に戻ってきた――そんなワクワクがずっと胸の中にあった。
「え、な、仲良くって……」
「一緒に弁当食べたり、自転車を漕いで隣町に出掛けたり……したい」
「あ、あー~そういう……」
「そのためにはお前にこいつらに慣れてもらいたい、と思ってる。俺はどうしてもこういう体質なもんでな」
こいつら、と掌に乗り上がってくるハムスターサイズのおっさんの小人をそっと持ち上げれば、今世は声にならない悲鳴をあげていた。おっさんまで一緒になって飛び上がってる始末だ。
懐かれやすいのか、どうも歩いていても勝手にくっついてくるのだ。
基本怪異というのは心の弱さや隙に付け込む存在だ。だからこそ不本意ではあったが、今はもうそういうものだと諦めていた。
けれど、今なら。
「……これは、あくまで俺の勝手な願いだ。けれど、お前もこの先生きていくならこの隣人たちと付き合っていかないといけなくなる」
「そ、それは……」
「お前は大人になっても兄貴にべったりついていくつもりか? 一人の時はどうする? ……俺だったら、お前のその苦手を克服させる手助けを出来るかもしれない」
悪くない提案じゃないか、と震える小人おっさんを窓の淵へと返し、俺は今世に向き合った。
今世は恐る恐る周りを見渡し、そして頭に乗りかかってくるふわふわとした子犬の怪異にそっと触れようとして、そして弾かれたように振り払う。瞬間、怯えたように怪異たちは一斉に逃げ出した。
「……今世」
「鮮花、お前……強引すぎるってよく言われないか?」
「なんで知ってるんだ」
「……絢とそっくりだ、そういうところ」
「今世――」
そう言いかけた矢先、今度は逆に今世に手を取られた。
「……こういうときはだな、普通、『友達』から始めるんだよ」
鮮花さんとも違う、分厚くてがっしりとした熱い掌。怪異たちとは違う生きてる人間の鼓動が掌越しに伝わってくる。
覗き込んでくる今世の目が窓の外から差し込む日差しでキラキラと反射して、そこに間抜けな自分の顔が写り込んでいるのが見えた。
「今世……俺とお前は友達じゃないのか?」
「……っと、それについてはだな、人によって個人差ってのがあって……」
「……今世は俺と仲良くなるのは嫌なのか?」
「あーーもう、だから先ばしんなって! ……俺が言いたいのは、俺もお前もまだ出会って一日なんだよ。確かに色々話せたし、……俺だって仲間がいんのは嬉しい。けどさ、こういうのには順序ってものがあるんだよ」
順序、と口の中で反芻する。
今世は困ったように髪をかきあげ、そして「分かった、なるほどな」と一人納得したようになにかを呟いた。
そして、俺の手を掴むのだ。握手、というやつだろう。先ほどよりも更に直接流れ込んでくる熱があまりにも熱くて、全ての意識がそちらへともっていかれそうになった。
「こうしよう、鮮花」
「なんだ」
「お前が言う怪異のことについて、俺に教えてくれ」
本当か、と顔を上げた時、「その代わり」と今世の唇が動いた。
「――俺がお前に友達のことを教えてやる」
換気のため開かれた窓から暖かな陽気が吹き込み、真っ白なカーテンが大きく旗めいた。
ずっとずっと、憧れていた。
俺に触れても平気で、気兼ねなく話せる人間を。
もしかしたらその夢は本当に叶うのかもしれない、なんて、あまりにも力強い今世の言葉に胸を打たれ、俺は返事することを忘れてただその目に見惚れていた。
「……おい、鮮花?」
「……」
「鮮花、おい……どうした……? って、うお! な、なに抱き着いて……っ!」
「……分からない、けど、こうしたくなった」
「ま、待て。流石にそれはまず……」
「ダメなのか?」
「だ、ダメじゃねえけど……お前って案外スキンシップ好きなのか?」
「……ずっと、触れるのを避けてきた。普通の人に触れると、何が起きるか分からないからだ」
「え、それじゃあ俺、今やべえの」
見る見るうちに青ざめて行く今世に、俺は首を横に振る。
「お前はいいやつだ。俺が保証する。お前みたいに真っ直ぐで強いやつなら悪霊は近付かないだろう」
「……悪霊、“は”?」
そうピクリと今世の体が反応したときだった。先ほど逃げていった怪異たちがこっそりとベッドの縁からこちらを覗いてることに気付く。
よく見ると棚の隙間や窓際にも集まってはこちらを心配そうに見ていた。今世に拒絶された恐怖があるのだろう、数匹は怯えてるようだ。そしてそれに今世も気付いたのだろう。最初はぎょっとしていたが、見る見るうちにその緊張は緩んでいく。
「こいつらは悪いやつらじゃない。俺はある程度怪異の悪性善性が分かる」
「……っ、確かに、可愛い顔してるやつもいるけど……」
「すぐに慣れろとは言わない。……けど、拒絶しないでやってくれ」
「お前はせっかく愛せることができる人間なんだから」ただでさえ視える人間は限られている。そう、ベッドによじのぼろうとして転がり落ちていた怪異を拾い上げ、そのままそっと頭を撫でてやれば、ぴぃ、とか細い声でその怪異は鳴いた。
「……なんだよ、そういう順序は分かってるんじゃねえか」
「む、なんのことだ?」
「なんでもねえよ」
「本当か?」
「ほ、本当だって……だから、近え……っ!」
「……難しいやつだな」
「それはお互い様じゃないか? 鮮花」
「確かに、それもそうか」
まずは歩み寄るための第一歩を。
そう、今度はこちらから今世に手を差し出した。
「……よろしく、今世」
見様見真似で差し出した手を少しだけ目を丸くして見つめていた今世は、今度はそのまま俺の顔を見た。
そして、
「ああ、よろしくな」
そう今世が俺の手を握り締めた瞬間、わあっと盛り上がる怪異たち。この学校はお節介な怪異が多いようだ。
今世はやっぱり居心地悪そうだが、それはこれから慣れていけばいい。
手の温もりが全身に巡っていく。
無色透明だった世界にまた一つ色が戻って行く。
鮮やかな太陽のような橙――光り輝くあいつの目を俺は忘れることはないだろう。
不意に、ぴくりと今世の体が反応した。
「……」
「……ぅ……」
「起きたか、今世」
「……あ、あれ……鮮花……? って、うわっ!!」
わらわらと集まっていた怪異たちに覗き込まれ、再び今世が飛び上がりそうになると同時に俺は今世の腕を掴んだ。
「って、鮮花っ?! 近……」
「安心しろ、こいつらはいい奴らだ」
「い、いい奴らって……」
「気絶したお前をここまで運ぶのを手伝ってくれた。皆、お前を心配してた」
「し、し、心配……?」
ぐるぐると回る今世の目。なんとか目を合わせるため、今世の両頬をがっちりと掴めば「いや近っ!」と今世はまた声を上げた。
「……今世、俺はお前と友達になれて嬉しいと思ってる」
「へ? あ、あそう……と、友達……友達ね、嬉しいけど、近……」
「しかも、お前は俺と境遇が似てる。しかも席も前後ろだ」
「お、おー。そだけどさ……近いっ、さっきよりも近づいてるよな、わざとだよな?!」
「――つまり、出来ることならもっと仲良くなりたいと思ってるんだ」
この体質で、ずっと友人というものを諦めていた。
けれど、こいつと出会ってから今まで失いかけていた色が世界に戻ってきた――そんなワクワクがずっと胸の中にあった。
「え、な、仲良くって……」
「一緒に弁当食べたり、自転車を漕いで隣町に出掛けたり……したい」
「あ、あー~そういう……」
「そのためにはお前にこいつらに慣れてもらいたい、と思ってる。俺はどうしてもこういう体質なもんでな」
こいつら、と掌に乗り上がってくるハムスターサイズのおっさんの小人をそっと持ち上げれば、今世は声にならない悲鳴をあげていた。おっさんまで一緒になって飛び上がってる始末だ。
懐かれやすいのか、どうも歩いていても勝手にくっついてくるのだ。
基本怪異というのは心の弱さや隙に付け込む存在だ。だからこそ不本意ではあったが、今はもうそういうものだと諦めていた。
けれど、今なら。
「……これは、あくまで俺の勝手な願いだ。けれど、お前もこの先生きていくならこの隣人たちと付き合っていかないといけなくなる」
「そ、それは……」
「お前は大人になっても兄貴にべったりついていくつもりか? 一人の時はどうする? ……俺だったら、お前のその苦手を克服させる手助けを出来るかもしれない」
悪くない提案じゃないか、と震える小人おっさんを窓の淵へと返し、俺は今世に向き合った。
今世は恐る恐る周りを見渡し、そして頭に乗りかかってくるふわふわとした子犬の怪異にそっと触れようとして、そして弾かれたように振り払う。瞬間、怯えたように怪異たちは一斉に逃げ出した。
「……今世」
「鮮花、お前……強引すぎるってよく言われないか?」
「なんで知ってるんだ」
「……絢とそっくりだ、そういうところ」
「今世――」
そう言いかけた矢先、今度は逆に今世に手を取られた。
「……こういうときはだな、普通、『友達』から始めるんだよ」
鮮花さんとも違う、分厚くてがっしりとした熱い掌。怪異たちとは違う生きてる人間の鼓動が掌越しに伝わってくる。
覗き込んでくる今世の目が窓の外から差し込む日差しでキラキラと反射して、そこに間抜けな自分の顔が写り込んでいるのが見えた。
「今世……俺とお前は友達じゃないのか?」
「……っと、それについてはだな、人によって個人差ってのがあって……」
「……今世は俺と仲良くなるのは嫌なのか?」
「あーーもう、だから先ばしんなって! ……俺が言いたいのは、俺もお前もまだ出会って一日なんだよ。確かに色々話せたし、……俺だって仲間がいんのは嬉しい。けどさ、こういうのには順序ってものがあるんだよ」
順序、と口の中で反芻する。
今世は困ったように髪をかきあげ、そして「分かった、なるほどな」と一人納得したようになにかを呟いた。
そして、俺の手を掴むのだ。握手、というやつだろう。先ほどよりも更に直接流れ込んでくる熱があまりにも熱くて、全ての意識がそちらへともっていかれそうになった。
「こうしよう、鮮花」
「なんだ」
「お前が言う怪異のことについて、俺に教えてくれ」
本当か、と顔を上げた時、「その代わり」と今世の唇が動いた。
「――俺がお前に友達のことを教えてやる」
換気のため開かれた窓から暖かな陽気が吹き込み、真っ白なカーテンが大きく旗めいた。
ずっとずっと、憧れていた。
俺に触れても平気で、気兼ねなく話せる人間を。
もしかしたらその夢は本当に叶うのかもしれない、なんて、あまりにも力強い今世の言葉に胸を打たれ、俺は返事することを忘れてただその目に見惚れていた。
「……おい、鮮花?」
「……」
「鮮花、おい……どうした……? って、うお! な、なに抱き着いて……っ!」
「……分からない、けど、こうしたくなった」
「ま、待て。流石にそれはまず……」
「ダメなのか?」
「だ、ダメじゃねえけど……お前って案外スキンシップ好きなのか?」
「……ずっと、触れるのを避けてきた。普通の人に触れると、何が起きるか分からないからだ」
「え、それじゃあ俺、今やべえの」
見る見るうちに青ざめて行く今世に、俺は首を横に振る。
「お前はいいやつだ。俺が保証する。お前みたいに真っ直ぐで強いやつなら悪霊は近付かないだろう」
「……悪霊、“は”?」
そうピクリと今世の体が反応したときだった。先ほど逃げていった怪異たちがこっそりとベッドの縁からこちらを覗いてることに気付く。
よく見ると棚の隙間や窓際にも集まってはこちらを心配そうに見ていた。今世に拒絶された恐怖があるのだろう、数匹は怯えてるようだ。そしてそれに今世も気付いたのだろう。最初はぎょっとしていたが、見る見るうちにその緊張は緩んでいく。
「こいつらは悪いやつらじゃない。俺はある程度怪異の悪性善性が分かる」
「……っ、確かに、可愛い顔してるやつもいるけど……」
「すぐに慣れろとは言わない。……けど、拒絶しないでやってくれ」
「お前はせっかく愛せることができる人間なんだから」ただでさえ視える人間は限られている。そう、ベッドによじのぼろうとして転がり落ちていた怪異を拾い上げ、そのままそっと頭を撫でてやれば、ぴぃ、とか細い声でその怪異は鳴いた。
「……なんだよ、そういう順序は分かってるんじゃねえか」
「む、なんのことだ?」
「なんでもねえよ」
「本当か?」
「ほ、本当だって……だから、近え……っ!」
「……難しいやつだな」
「それはお互い様じゃないか? 鮮花」
「確かに、それもそうか」
まずは歩み寄るための第一歩を。
そう、今度はこちらから今世に手を差し出した。
「……よろしく、今世」
見様見真似で差し出した手を少しだけ目を丸くして見つめていた今世は、今度はそのまま俺の顔を見た。
そして、
「ああ、よろしくな」
そう今世が俺の手を握り締めた瞬間、わあっと盛り上がる怪異たち。この学校はお節介な怪異が多いようだ。
今世はやっぱり居心地悪そうだが、それはこれから慣れていけばいい。
手の温もりが全身に巡っていく。
無色透明だった世界にまた一つ色が戻って行く。
鮮やかな太陽のような橙――光り輝くあいつの目を俺は忘れることはないだろう。
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