真欺君と普通じゃない人たち

田原摩耶

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真欺君は普通じゃない

05

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 その日、家に帰る途中、家に帰る間も怪異がちょっかいかけてくることはなかった。
 遠巻きにこちらを伺ってるのは見えたが、それだけだ。そして驚くことにそれは帰宅した後も続いた。
 もしかして今世の家の匂いでも移ったからか?
 なんて考えたらちょっと虫みたいで面白かったが、変な感じもした。

 ……友達。
 今までなるべく一般人とは関わらないように生きてきた。
 だからこそ、今世兄弟のような自分と似たような境遇でありながらも特殊な人間と出会えたことに胸躍る自分がいた。

「……」

 明日の支度を済ませ、ベッドに潜り込む。

 今世の言う通り、絢がいれば他の人たちとも普通にコミュニケーションを取ることができるのだろうか。
 まだ確定したわけではないが、少なくとも今世という体質のことも併せて気兼ねなく話せる相手がいるのはなんだか不思議な感覚だ。

 明日、改めて礼を言おう。
 そんなことを思いながら俺は目を閉じた。
 昨夜遊びに来ていた子供の霊は今晩はいなかった。



 翌朝。
 今朝は今世家の恩恵の効能は切れていた。
 纏わりついてくる複数の頭部を持つ子犬の怪異をあしらいつつやってきた教室前、扉を開けばそこには既に今世の姿があった。
 既に友人が出来ているらしい、他の人間たちと楽しげに教室の中央で談笑している今世を横目に俺は自分の席に着く。
 それもそうか。あいつは視えるというだけでそれ以外はまともなのだ。
 なんとなく落ち込んでる自分に言い聞かせながらも荷物を用意していると、不意に今世と目があった。
 それから今世は「よ」と笑う。それからすぐにこちらへと向かってきた。

「……」
「って、おい。無視かよ」
「……今俺に挨拶したのか?」
「お前以外誰がいるんだよ。それより、体調はもう大丈夫か?」
「ああ、ばっちりだ」
「そうか、ならよかった。……あいつが心配してたからさ」
「……」
「鮮花?」
「あいつらはいいのか?」

 意外そうな顔をしてこちらを見てくるクラスメイトたちの視線がなんとなく気になって尋ねれば、今世は「なにが?」と逆に不思議そうな顔をする。

「いや……お前がいいならいいけど」
「? やっぱちょっと変なやつだよな、鮮花」

 変人扱いされることは何度もあったし、慣れていた。気遣いのつもりだったのだが、何か間違えたのだろうか。
 なんて思っていた時だった。肩を誰かに叩かれる。冷たくて重い手、これは生きてる人間のそれではないと一瞬で分かった。
 瞬間、

「うわっ!!」

 俺の背後に目を向けた今世はそのまま大きな悲鳴を上げた。「え?なに?」「どうした?」と何事かとざわつくクラスメイトたちに俺はハッとする。

「なんでもない、ただ虫が出ただけだ」

 そう告げれば、今度は「なんだ虫か~」「今世ビビりすぎだろ」と笑いながらそれぞれの会話に戻っていくクラスメイトたち。
 ほっとし、改めて今世に目を向け――息を飲む。
 今世のやつは白目剥いて気絶していた。

「…………」

 お前も結構変人だぞ、と思いながら俺はざわつく教室から今世を担いで抜け出した。
 そんなに怖がらせてしまったのだろうかと不安そうにするのっぺらぼうの怪異を宥めつつ。


 今世は重たい。意識もないとなれば特に。
 鍛えてるのだろう、筋肉質で俺よりも一回りはあるその体は俺一人では持ち上げることは困難で、途中善良な怪異たちに手助けしてもらいながらもなんとか今世を保健室まで連れて来ることができた。
 白目剥いた今世を見て何事かと慌てる養護教諭に「滑って転んで頭ぶつけてました」と適当に誤魔化しつつ、なんとかベッドを一台貸してもらうことになる。
 そこに今世を転がし、一息ついた。
 学校に暮らしてるらしい小さな怪異たちがワラワラと今世の周りに集まり、覗き込んでくる。

「……ああ、心配するな。少し休ませたら大丈夫だろう」

 そう小人サイズの人間の頭を撫でれば、ほっとしたように今世の顔の周りに小さな折り鶴を置いていった。

 怪異は脅威でもあり、善良な隣人でもある。
 共存することは難しくとも、寄り添うことはできる。

 幼い頃から鮮花さんは「隣人を愛せ」と口癖のように言っていた。

『いいか、真欺。世の中は全て因果応報で成り立っている。愛されたければ愛せ』
『鮮花さん、愛ってなんですか』
『ありのままを受け入れるということだ。善悪も全て抱き締めろ、完璧なものなど世の中には存在しない』
『……そういうの、綺麗事って言うんですよね。この前読んだ本で出てきました』
『難しい言葉を知っているな。ああ、そうだ。綺麗事だ。俺は美しいものを愛しているからな』

 そういう鮮花さんのコレクションは俺の目から見ても到底完璧とは言い難いものも多い。
 ひび割れ、欠損、歪で不恰好。そういうアンバランスなものすらも鮮花さんは美しいと言う。
 悪趣味だと言う人もいるだろう。それでも、そんな鮮花さんだからこそ俺を引き取ったのだ。

『そんなことばっかしてたら、鮮花さん。早死にしますよ』
『ほう、なるほど。俺に長生きしてほしいと』
『早死にしますよ、と言っただけです』
『照れるな、真欺。死、別れもまた美だ。最期の最期まで咲き誇ることができるのならば名誉なことだと思わないか?』
『……思いません』

 少なくとも、俺にとって鮮花さんが死ぬということは美しいとも思えないし、それを喜んで受け入れようとは思えない。
 俯く俺を見下ろし、ふ、と鮮花さんはその口元を緩める。こちらへと向ける眼差しはいつもよりも優しかった。

『まあいい、お前もその内分かるさ』

 そんなもの、わかる日なんて来なくていい――そう思っていたのはどれほど昔のことだろうか。
 まだぼんやりとだけど、鮮花さんが言っていた意味はなんとなくわかってきていた。
 頭ごなしに拒絶すれば歩み寄ることすらできない。怪異の中には優しいものもいると分かった今、博愛とまではいかないが相手を見極める目を持つことはできていた。
 悪意を肌で感じることができるように、機微な感情の揺れを皮膚で感じることができるようになる。
 怪異が視えることと関係あるのか分からないが、それは一般的な悪意の化身――悪霊を見分けることに大いに役立ってきた。

「……隣人を愛せ、か」

 今世の瞼を閉じさせてやりながら、俺は側のパイプ椅子に腰をかけた。
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