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真欺君は普通じゃない
03※
しおりを挟む今まで何度か視える人間に会ったことがある。
とはいえど、知人というよりも駅や町中で擦れ違った程度だ。
皆、俺の方を見ないようにするのだ。露骨に青褪めて、視界に入らないように。
今世とかはいうあいつみたいに。
「……ふむ」
学校帰り、立ち寄ったクレープ屋さんで吟味すること数分。悩んだ末チョコバナナクレープをいただくが、初めて食べる形状のものにうまく食べれずぼろぼろと零してしまった。
その欠片を、足元までやってきた人面の鼠が貪り食う。
「……」
まあいいか。
空になったクレープの生地だけを食べながら、次はどこへ行こうかとマップを確認していたとき、首筋に生暖かいものが触れた。
日は高いはずなのに視界が暗い。
「何見てるの?」
「……」
「美味しそうだね、君」
行き交う人達は誰もこちらを見ない。ぽたぽたと頭部に落ちてくるなにかを拭うこともしないまま、俺はカバンを抱きかかえてその場を離れようとした。
ずるずると何かを引きずるような音ともに、声はついてくる。
「ねえ、どこ行くの?」と、舌足らずな無機質な声。ぢりぢりと首筋が熱くなり、見えないなにかに足首を掴まれているみたいに足取りが重たくなる。
人ではないものに出会ったとき、相手をしてはならない。
情をかけてはならない。
話しかけてはならない。
目を合わせてはならない。
人として接してはならない。
それが、俺が今まで生きてきた中で学んだことだった。
とはいえ、無害なものは別だ。
肌で感じる程の悪意を持ったモノ以外は……。
「……っ、ぅ……」
歩道の真ん中、一歩踏み出そうとして失敗した。両足首を掴まれたまま動けなくなり、そのまま膝を着いてしまう。
「僕と遊ぼうよ」
足首から靴の中、脹脛、膝裏を伝って制服の下を這いずるのは無数の虫のような不快感だった。
人が集まる場所ほど、人間の強い感情が固まって怪異を生み出すことはままある。
特にこういう――強い性欲は。
頭の上から落ちてくる涎のようなそれは量を増し、額から頬まで流れ落ちてくる。腐臭にも似た生臭さが鼻につき、吐き気がこみ上げた。
反応してはならない。相手をしてはならない、のに。
「……あの、大丈夫ですか?」
座り込んだまま動けなくなる俺を不審に思ったらしい。通りすがりの女性がこちらに伸ばしてくるのを「はい、大丈夫です」と断るフリをして伸びかけた怪異の触腕を掴む。ぶにゃりと形を崩したそれは俺の指から袖の下へと這いずっていく。それが脇から胸まで辿り着いたとき、額に汗が滲んだ。
「ただの、腹痛なので」
立ち上がり、人に触れないようにしながら俺は人気のない路上の奥へと潜り込んだ。
怪異――負の感情は人から人へと伝染する。
空気、或いは目に見えない電波だったり、はたまた触れ合った皮膚だったり、その感染経路は様々だ。
だからこそ、一般人との接触は最低限に抑える必要があった。
「……っ、ん、ぅ……」
服の下を見えない無数の触手が撫で回す。
乳首を乱暴に捏ねられ、嬲られ、穴という穴から入り込んでくるそれを必死に堪えながらもただ受け皿になる。
思念体が集まったものだろう。触手に触れられた箇所から無数の人間のどろどろとした感情が流れ込んでくる。煮えたぎるような情欲が注ぎ込まれる。
悪戯されるだけならまだいい、過ぎ去るのを待てばいいのだから。
けれど、これは。
「……っ」
薄暗い路地の中、人目から隠れるように座り込んでいた。
見えない手に頬を撫でられ、顔を上げさせられる。真っ黒な影が俺を見下ろしていた。
見えない何かに顎を持ち上げられ、頬、唇、耳の穴へと舌を這わされていく。
下着の中で膨れ上がった性器に絡みついてくる細い触手に包皮の隙間から尿道口の奥まで舐め回され、我慢することなどできなかった。
下着の中で吐き出される精液に、ぶるりと全身が震えた。どぷどぷと壊れたように開かされた尿道口からは精液が溢れる。
それでも全身への愛撫は収まらない。乳首を根本から先っぽまでシコシコと扱かれながら、同時に性器と睾丸、肛門を責め立てられる。一際太い触手で肛門を撫でられ、小さな声が漏れそうになるのを堪えた。
そして俺は肩で息をしながらただ快感を受け入れる。
怪異から逃げようとしたとして、それを失敗することも当然ある。
その時は受け皿になる。怪異が去るまで大人しくする。少しでも逆らえばより辛い目に遭うと俺は知っていた。
ずぷ、と閉じた肛門を押し開くようにして中に入ってくる触手に背筋を伸ばした。
口を手で押さえ、ひたすら去るのを待つ。嗚咽を飲み込み、脳の奥まで届きそうなほどの刺激と圧迫感に血管が広がり、眼球が裏返りそうだった。
焼け切りそうなほどの熱と性欲を浴びせられ、それでもただ堪える。側から見れば俺はただ座り込んでるただの学生だ。まさか内臓をいっぱにいなるほど異物を飲み込まされているとは思わないだろう。
「ぅ、お゛、え」
ぐにゅ、と腹の中で膨張した触手に内臓を押し上げられたと同時に、喉の奥から朝食が登ってきた。口元を押さえていた掌、指の隙間から吐瀉物が漏れ、そのまま指の隙間を塗って俺の制服を汚した。
あ、洗濯、しないと。
揺さぶられ、耳の穴から入り込んでくる細い糸のような触手の感触にどっと脂汗が吹き出す。
頬を濡らすのが涙なのか汗なのか怪異の吐き出したヘドロのような精液なのかも解らなかったときだった。
不意に、触手たちの動きが止まる。
そして何かから逃げるように一気に身を引いた。
ずぼ、と体の支柱にすらなりかけていた太い触手が肛門から引き抜かれたと同時に全身から力が抜けた。
そのまま地面の上、転がる俺の視界に黒い影が見えた。
怪異ではない、あれは――人間?
こちらをじっと見ていたその人影はゆっくりとこちらへと向かってくる。
起きなければ、と思うのに体が動かない。
「……君、大丈夫?」
やがて、目の前までやってきたその人影は俺の体を抱き起こした。
怪異に襲われてる時に人に触れてはいけない――そう手を振り払おうとするが、指先一本すら動かせなかった。
そのまま体を抱き起こされ、顔を覗き込まれた。瞬間、背筋に寒気が走った。
整った顔立ちに優しそうな目。
そして、身につけている制服からして同じ学校の生徒だろう。その男子生徒の柔和な雰囲気とは裏腹に、何故だか酷く嫌な予感がしたのだ。
「……大丈夫、です」
「呂律が回っていないね。汗もすごい。おまけにゲロまみれだし……救急車呼ぶ?」
「いえ、ただの貧血なので……」
気にしないでください、と立ち上がろうとして大きく体がよろめいた。
男子生徒に支えられて、なんとか転ばずには済む。けれど、射精した状態で人とこの距離にいるのは生理的に拒否反応が強い。
「あの、」
「おい、塔」
放っておいてください、と言いかけた時だった。
いきなり表通りの方に向かって声を上げるその人。そしてすぐ、その声に反応して見覚えのある顔が覗いた。
「んだよ、絢兄……あ」
「……今世」
「お前……」
「なんだ、知り合いなのか? 塔」
「いや、知り合いってかクラスメイト……ってか、なに、これ」
「貧血でゲロぶちまけていた。うちに連れ帰るぞ」
「え? は、ちょ、」
後ろの席の今世がいて、そしてこっちの人は今世のお兄さんってことなのは分かった。
けれど、何故そうなるのか。
「放っておいてくれ」と絢と呼ばれた今世兄の腕から逃げようとしたが、無駄だった。
いきなり動いたせいで辛うじて保っていた意識の糸が一本ぷつりと途切れたようだ。「うわ、死んだ?」と慌てる今世の声に『勝手に殺すな』とだけ返しながら俺はそのまま気を失う。
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