真欺君と普通じゃない人たち

田原摩耶

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真欺君は普通じゃない

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 天国荘の大家さんとは一度だけ会った。
 鍵をもらいに行くついでに鮮花さんに挨拶だけさせられたのだ。
 大家さんは101号室に暮らしている。そこは管理人室にもなってるらしく、困ったことがあれば101号室の扉を叩けということだった。

 因みに、大家さんとやりとりしたのは扉越しだったので顔は知らない。声も知らない。ただ真っ白な手だけが伸びて俺に鍵を渡してきた。

 そのあと鮮花さんが世間話をしていたが、側から見れば鮮花さんが一人でベラベラ喋っているだけだった。
 鮮花さんが俺以外の人に饒舌になってる姿を見たのは変な感じだったが、多分大家さんは悪い人ではないのだろう。



 起床し、登校の準備をする。
 今朝はバタバタすることを見越して予め用意していたパンを齧り、制服に着替えた。
 昨夜現れた子供の姿はないが、また夜にでも顔を出すのだろう。
 なんて思いながら真新しいブレザーに袖を通す。そしてそのまま俺は部屋を出た。


 扉を開けた瞬間、たくさんの色と音が飛び込んでくる。
 まるで、隔離された部屋の中からようやく世界へと繋がれたような感覚だ。
 けれど、俺にとっては些か騒がしすぎる。
 陽射しの眩しさに目を細め、俺は天国荘を後にした。隣の部屋から悲鳴のような声が聞こえてきたが、きっとこれもいつものなのだろう。
 だって、このアパートは完全防音なのだ。
 因みに、俺の部屋は二階の『203号室』だ。両サイドの住人にはまだ会えてないが、鮮花さん曰くこのアパートでは基本ご近所付き合いをしたがらない者が多いという。
 だから、お前には丁度いいだろうと。
 正解だ。

「いってらっしゃい」

 天国荘を出ていこうとしたとき、どこからともなく声が聞こえてきた。振り返れば、巨大な薄い膜のようなものが天国荘全体を飲み込んでいた。
 その膜に浮かぶ目玉が二つ、俺をぎょろりと見つめては笑う。
 俺は会釈だけしてその場を後にした。

 今まで鮮花さんと暮らしていた田舎町でも人ではないものはたくさんいた。
 けれど、たくさんの人間が集まるこの都会ではまた違うタイプの怪異が多いようだ。

 人の頭の上を忙しなく掛けていく雨雲は負の感情を撒き散らし、車に擬態したスライムのような生き物は上機嫌に歌っている。
 誰もがそれらに気付いていないかのように早足に立ち去っていくのを横目に、俺もその人の群れに混ざることにした。



 学校では入学式とクラス発表があった。それから各教室に移動し、簡単に自己紹介をするといういつもの流れになる。

「鮮花……真欺です。よろしく」

 名前順だから毎回俺は頭の方で挨拶し、それから席についた。後は他の生徒たちの挨拶を適当に聞き流す時間になっていたのだけど。
 着席後、俺の次に挨拶するはずの生徒が反応しなかった。
今世いませ君?」と女教師に促され、「あ、はい」と慌てて後ろの席の男は立ち上がる。

「今世とう――よろしくお願いします」

 やたら顔色が悪い男がそこにいた。
 見たところ運動が得意そうな、健康優良児といった生徒だが――と思いながら椅子を動かして振り返れば、ふと目があう。そして、直ぐ逸らされた。
 ああ、と思った。
 ――この男、視えるのか。

 それから最後まで滞ることなく自己紹介は終わる。
 それから簡単なホームルームを終え、午前中に解放されることになった。

 今世、と言ったか。あの男はホームルームが終わるなり、そのままそそくさと教室を後にした。
 もしかしたら話が合うかもしれない、と思っていただけに少し残念だったが、まあいい。俺は諦めて教室を出ようとして、ふと窓ガラスに写った自分の姿を一瞥した。

 両肩、頭部にまで覆いかぶさるようにのしかかってくる無数の子供。ぺちぺちと顔を叩いてくるそれらをそっと教室に放ち、俺は先程よりも軽くなった体で学校を後にした。
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