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第六章『山邊先生の更生指導室』
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死ぬのか。皮膚から血が出るのか。それとも皮膚が焼けただれでもするのか。
頭の中で目まぐるしく広げられる自分の凄惨な姿。しかし、現実は想像していたどれとも違った。
呼吸器官から体内へと侵入した謎のミスト、それが引き起こしたのは急激な眠気だった。
「宰ぁ?」
舌っ足らずな木賀島の声が頭の上から聞こえてくる。そのときには自分が床の上に落ちていたのだと気付いた。
まずい、今ここで眠るのは――。
そう思うのに、瞼は鉛のように重く、指先一本動かすことはできなかった。
どこかで何かが倒れるような音がする。部屋の中に充満する霧はどんどん濃くなり、そしてとうとう俺の視界は埋め尽くされた。
ゲームの最中眠る。
タイムオーバーどころではない。目を覚ましたときには五体満足でいないかもしれない。
「……い」
いっそのこと、このまま死んだ方がマシだったか?
……いや、違う。まだこの馬鹿げたゲームを企んでる野郎をぶん殴っていない。
「……い、起きろ……」
……それにしても、なんだ。さっきから煩えな……。
体を誰かに強く揺すられてる。やめろ、こんなクソ気分悪ぃときに。
そう振り払おうとしたときだった。バチンという音ともに遅れて頬に熱が広がる。拍子に目を見開けば、そこにはでかい影があった。
そして、今では見慣れてしまった仏頂面。
「じん、や……?」
「なんでこんなところで寝てる? ……何があった? なんだ、これは」
「………………」
「おい、寝るな。起きろ!」
「……っ、るせえな……声、響く……抑えろクソが……っ!」
俺だって今起きたばかりなんだよ。
ぐわんぐわと揺さぶられる脳味噌。ぶれていた焦点を合わせるところから始める。
場所は――職員室のままだ。辺りに散らばったのは半壊のマネキンたち。机もなにもかも壁に向かって叩きつけるみたいに山積みになっており、酷い有り様だった。
そしてマネキンの奥、マネキンに押し潰されるような形で周子が倒れているのも見えた。
「か、ねこ……」
「あ? どこに……」
あっちだ、と指差す。そこで自分の手足がちゃんと繋がっていて、機能してることを確認した。
俺を床へと再び寝かせた陣屋はそのまま周子を引き摺り出した。見たところ周子にも目立った怪我はない。と、思った矢先、陣屋は「おい、起きろ!」と再び周子を往復ビンタしていた。
……こいつ、俺のときもこれをしたのか。
見てるこっちまでまた頬が痛くなってくる。
「ん、痛……っ?! ぁ……え、じ……陣屋君……っ?」
「こっちも息があるみたいだな。……動けるか?」
「……ぁ、う、うん……いてて……他の皆は……」
「右代がそこで寝てた」
「右代君?」と陣屋に抱き起こされた周子はこちらを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかった、……そうだ。あのゲーム、もしかしたら失敗して右代君が酷い目に遭うんじゃないかって思って……」
そうだ、俺達は不正によりゲームを中断させようと試みたのだ。そしてその結果眠らされ――俺と周子は無事だ。
じゃあ、他のやつらは?
咄嗟に俺は最後、扉から出ていこうとしていた木賀島のことを思い出す。そうだ、俺はあいつを追いかけようとして、訳わかんねえ催眠シャワーを頭からぶっかかる羽目になった。
そして、傍には木賀島もいたはずだ。けれど。
「……陣屋、木賀島は……?」
「一緒にいたのか」
「……ああ、傍で気絶してるはずだ」
「あいつの姿はなかったが」
「周子みたいに隠れてるんじゃないか」
「……待ってろ、確認する」
――木賀島と進藤がいない?
嫌な予感がする。そして、それに周子も気付いたらしい。
マネキンに危害を加えた本人である木賀島。
そして、俺が押し付けたとは言えは器物破損をした進藤。
――あいつらが、いない。
職員室にあるものも、マネキンも、机もひっくり返した陣屋。けれど、隅から隅まで確認した陣屋は「いないな」とだけ答えた。
鼓動が速くなる。嫌な汗がじっとりと背筋に滲む。
「……見間違いとかじゃなくてか」
「なら自分で確認したらどうだ」
まだ痺れが残る手足に力を入れる。陣屋の言葉に周子も起き上がる。
そして俺達は再び職員室内を洗った。けれど、あいつらの影はどこにもない。図体だけは無駄にでけえあの二人が隠れられる場所なんて限られてる。
限られているけれどだ。
「……っ、ねえ、右代君」
「……」
職員室の奥に扉が開いているのを見つけた。そこは校長室だった場所だ。そして、あの拘束椅子が引っ張られてきた場所でもある。
そこに隠れているのか。ドクドクと鼓動の間隔が更に縮まり、こうしている間も命が削られているような最悪の気分だった。
周子に肩を掴まれる。
「……俺が見る」
そう周子の手を押し退け、俺は一歩踏み出した。靴の底でマネキンの破片がパキリと音を立てて砕けるのが聞こえた。その音さえも掻き消すくらい心音な大きくなった。
床に、何かが引き摺られたような黒い染みが残っていた。
――俺達は一体どれくらい眠っていた?
そんな疑問が過る。
そして一気に校長室を覗いた。
「……ッ、……」
そこには、何もなかった。
想像していた血の海も、あいつらも死体も、何もない。
その代わり、校長室の奥にある扉が開いていた。まるで俺達を誘うかのように、本来はなかったはずの『NEXT』といういかにも突貫で取り付けられた安っぽいLEDパネルを頭にぶら下げて。
頭の中で目まぐるしく広げられる自分の凄惨な姿。しかし、現実は想像していたどれとも違った。
呼吸器官から体内へと侵入した謎のミスト、それが引き起こしたのは急激な眠気だった。
「宰ぁ?」
舌っ足らずな木賀島の声が頭の上から聞こえてくる。そのときには自分が床の上に落ちていたのだと気付いた。
まずい、今ここで眠るのは――。
そう思うのに、瞼は鉛のように重く、指先一本動かすことはできなかった。
どこかで何かが倒れるような音がする。部屋の中に充満する霧はどんどん濃くなり、そしてとうとう俺の視界は埋め尽くされた。
ゲームの最中眠る。
タイムオーバーどころではない。目を覚ましたときには五体満足でいないかもしれない。
「……い」
いっそのこと、このまま死んだ方がマシだったか?
……いや、違う。まだこの馬鹿げたゲームを企んでる野郎をぶん殴っていない。
「……い、起きろ……」
……それにしても、なんだ。さっきから煩えな……。
体を誰かに強く揺すられてる。やめろ、こんなクソ気分悪ぃときに。
そう振り払おうとしたときだった。バチンという音ともに遅れて頬に熱が広がる。拍子に目を見開けば、そこにはでかい影があった。
そして、今では見慣れてしまった仏頂面。
「じん、や……?」
「なんでこんなところで寝てる? ……何があった? なんだ、これは」
「………………」
「おい、寝るな。起きろ!」
「……っ、るせえな……声、響く……抑えろクソが……っ!」
俺だって今起きたばかりなんだよ。
ぐわんぐわと揺さぶられる脳味噌。ぶれていた焦点を合わせるところから始める。
場所は――職員室のままだ。辺りに散らばったのは半壊のマネキンたち。机もなにもかも壁に向かって叩きつけるみたいに山積みになっており、酷い有り様だった。
そしてマネキンの奥、マネキンに押し潰されるような形で周子が倒れているのも見えた。
「か、ねこ……」
「あ? どこに……」
あっちだ、と指差す。そこで自分の手足がちゃんと繋がっていて、機能してることを確認した。
俺を床へと再び寝かせた陣屋はそのまま周子を引き摺り出した。見たところ周子にも目立った怪我はない。と、思った矢先、陣屋は「おい、起きろ!」と再び周子を往復ビンタしていた。
……こいつ、俺のときもこれをしたのか。
見てるこっちまでまた頬が痛くなってくる。
「ん、痛……っ?! ぁ……え、じ……陣屋君……っ?」
「こっちも息があるみたいだな。……動けるか?」
「……ぁ、う、うん……いてて……他の皆は……」
「右代がそこで寝てた」
「右代君?」と陣屋に抱き起こされた周子はこちらを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかった、……そうだ。あのゲーム、もしかしたら失敗して右代君が酷い目に遭うんじゃないかって思って……」
そうだ、俺達は不正によりゲームを中断させようと試みたのだ。そしてその結果眠らされ――俺と周子は無事だ。
じゃあ、他のやつらは?
咄嗟に俺は最後、扉から出ていこうとしていた木賀島のことを思い出す。そうだ、俺はあいつを追いかけようとして、訳わかんねえ催眠シャワーを頭からぶっかかる羽目になった。
そして、傍には木賀島もいたはずだ。けれど。
「……陣屋、木賀島は……?」
「一緒にいたのか」
「……ああ、傍で気絶してるはずだ」
「あいつの姿はなかったが」
「周子みたいに隠れてるんじゃないか」
「……待ってろ、確認する」
――木賀島と進藤がいない?
嫌な予感がする。そして、それに周子も気付いたらしい。
マネキンに危害を加えた本人である木賀島。
そして、俺が押し付けたとは言えは器物破損をした進藤。
――あいつらが、いない。
職員室にあるものも、マネキンも、机もひっくり返した陣屋。けれど、隅から隅まで確認した陣屋は「いないな」とだけ答えた。
鼓動が速くなる。嫌な汗がじっとりと背筋に滲む。
「……見間違いとかじゃなくてか」
「なら自分で確認したらどうだ」
まだ痺れが残る手足に力を入れる。陣屋の言葉に周子も起き上がる。
そして俺達は再び職員室内を洗った。けれど、あいつらの影はどこにもない。図体だけは無駄にでけえあの二人が隠れられる場所なんて限られてる。
限られているけれどだ。
「……っ、ねえ、右代君」
「……」
職員室の奥に扉が開いているのを見つけた。そこは校長室だった場所だ。そして、あの拘束椅子が引っ張られてきた場所でもある。
そこに隠れているのか。ドクドクと鼓動の間隔が更に縮まり、こうしている間も命が削られているような最悪の気分だった。
周子に肩を掴まれる。
「……俺が見る」
そう周子の手を押し退け、俺は一歩踏み出した。靴の底でマネキンの破片がパキリと音を立てて砕けるのが聞こえた。その音さえも掻き消すくらい心音な大きくなった。
床に、何かが引き摺られたような黒い染みが残っていた。
――俺達は一体どれくらい眠っていた?
そんな疑問が過る。
そして一気に校長室を覗いた。
「……ッ、……」
そこには、何もなかった。
想像していた血の海も、あいつらも死体も、何もない。
その代わり、校長室の奥にある扉が開いていた。まるで俺達を誘うかのように、本来はなかったはずの『NEXT』といういかにも突貫で取り付けられた安っぽいLEDパネルを頭にぶら下げて。
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