七人の囚人と学園処刑場

田原摩耶

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第六章『山邊先生の更生指導室』

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「なんだこれ……気持ち悪ぃ~」
「……おい、勝手にいじんなよ」
「弄れねえって流石に、こえーだろ」
「これって……自律して僕達を見てるわけじゃない……よね?」
「ってことはお出迎えのためにわざわざ用意してこの配置ってこと? 悪趣味すぎんだろ」

 言いながら恐る恐る入っていく三人に続いていく。ずっと誰かに見られてるような感覚は職員室に入ってからも続く。

 職員室の席も当時の記憶を再現したかのように用意されていた。そして、そこに座らせられたマネキンたちも俺の記憶が正しければそれぞれの教師たちを模してる。
 服装、雰囲気、髪型、性別――けれどそのマネキンたちは共通してのっぺりとした白い顔をしていた。
 職員室の入口の方を向いたまま時間が止まったように固まったマネキンたちを横切り、俺達は職員室の中を調べる。散らかっていた書類を拾い上げれば、何も書かれていないコピー用紙だった。それを再び捨て、俺は更に奥へと向かう。

 校長室へと続く扉を見つけ、近付こうとしたときだった。

「……ってこの席さあ……うお、懐かしい~。山先じゃねこれ? このハゲ具合」
「あ~あの生活指導の? 俺、こいつちょ~嫌いだったわ。殴っちゃお」

 そう、席に座っていた一体のマネキンの頭を掴む木賀島。そのまま杖を振り上げるやつにぎょっとした。

「おい、馬鹿余計なこと……っ」

 するな、と声を上げようとしたときだった。
 俺が止めるよりも先に、あの馬鹿は思いっきりそのマネキンの頭を殴りつける。
 大きく横転した生活指導のマネキンはそのまま呆気なく倒れた。軽い音ともに頭が砕けるのを見て、俺はこめかみを押さえた。
 その音に反応し、離れたところで書架を確認してた周子は慌てて駆け付けてくる。その顔は今にも死にそうなほど青い。

「ちょ、ちょっと! 木賀島君、何を……っ!」
「あ~あ、割れちゃった」
「おいおい、心臓止まるかと思っただろ」
「そうだよ。いきなり殴ったら駄目じゃないか、もし爆弾が入ってたら……」

 全然反省の色のない木賀島にはもう何を言っても馬の耳に念仏だ。
 それよりも、と足元に視線を落とす。砕け散った生活指導のマネキンの頭、その奥になにかを見つけた。黒い小さな機械だ。
 カメラかなにかか、まさか爆弾ではないだろうな。
 それを摘みあげ、確かめようとしたときだった。

「おい……」

 何か落ちてたぞ、と言いかけると同時に職員室の扉がいきなり閉まる。
 誰かきたのか、と思ったが、違う。扉の側には先程まではいなかったはずのマネキンがいた。自律し、扉を閉めたのだ。
 
「え、動いた……っ?!」
「すげー、なにこれ。ロボってこと?」

 ただのマネキンではなかったのか、と身構えた次の瞬間、足元の壊れたマネキンがミシミシと軋みながら起き上がる。そして、

『駄目じゃないかぁ、木賀島』

 マネキンのスピーカー聞こえてきたノイズ混じりのその声に、俺達は一斉に壊れたマネキンに目を向けた。

『お前には……まだ指導が必要みたいだな』

「はあ? 何言ってんの? キモ」
「ま、待ってこれ、生活指導の山邊やまべ先生の……?」
「本人、じゃ……ねーよな。……合成音声ってやつ?」

 動こうとしてるが、肝心の体が破損して上手く動けないようだ。ミシミシと歪な動きを見せるマネキンのその背後で、他のマネキンたちの頭がこちらを向く。
 流石に尋常ではない様子に俺達も口を噤んだ。
 お前のせいだぞ、木賀島。と睨みつけたときだ。

『生活の乱れは制服の乱れ! 規則正しい学園生活を送るため、お前みたいな出来損ないには一から叩き込んでやる。そこに座れ、木賀島!』

「いや、意味わかんねーし……」
「……っ、おい、木賀島!」

 そう木賀島が冷めたように吐き出したその背後、一体のマネキンが近付いていたのを見た。その手に握られたハサミごと手首を蹴り上げた瞬間、他のマネキンたちは一斉にこちらへと襲いかかってきた。

「……っ、クソが、離れろ……っ!」
「え、ちょ、右代君……っ!」

 一体殴り、二体目も殴る。が、流石に複数のマネキンにしがみつかれればままならない。瞬間、背後から絡みついてきたマネキンに首を掴まれる。なんだ、と思った次の瞬間、触れられた首筋に太く鉄のような針を刺されるような衝撃が走った。ばちりと弾けるような音ともに視界が白く染まり、意思とは関係なく体が大きく痙攣する。
 ――電流だ。

「――宰?」
「右代君……っ?! おい、右代君を離せよ!」

 ほんの短い間気絶していたらしい。それでも体は糸の切れた人形のように動かすことができなかった。けれど、意識は辛うじてあった。俺を囲んだマネキンたちは、そのまま職員室の奥まで俺の体を引っ張っていく。
 そして、校長室の扉が開き、一体のマネキンは何かを持ってきた。それは椅子のようだった。
 必死に止めようとしてくる周子と静観する進藤の姿が視界に入った。乾いていく眼球の奥、三人の背後で壊れたマネキンがゆっくりと立ち上がるのを見た。

『こっちに来い、座るんだ木賀島』

 折れた首を垂らしたまま壊れたように歩いてくるマネキン。それに木賀島が掴みかかろうとする。

「人間違いしてんじゃねえ、止めさせろハゲ……っ!」
「おいっ、やめとけ木賀島! もし完全にぶっ壊れて重要なこと聞きそびれたらどうすんだよ」
「それは……」

 校長室から持ち出された黒革の上等な椅子に半ば無理矢理座らせられる。力が入らず、だらりとした四肢へとベルトを止められ、辛うじて座っているという体で拘束される体に俺は口の中で舌打ちをした。
 ――くそ、またこのパターンか。

 最後にご丁寧に首にベルトを締められ、強制的に顔を上げさせられる。

『そこの役立たずのゴミども、お前らも同罪だ。よって、お前らもこの指導に参加させることにした。俺は生徒思いの優しい教師だからな』

 天井の方から何かが開く音がした。眼球を無理矢理動かそうとしてなんとかその一部を捉えることができた。スクリーンだ。そこに何かが映し出されているらしい。
 俺の背後に目を向けたまま、三人は動きを止めた。分かりやすく反応したのは周子だった。その顔は更に青褪めていく。

「う、しろ君」
「……なん――」

 なんだ、と痺れる唇で聞き返そうとしたときだった。

『山邊先生の更生指導室』

 聞こえてきたのは、音声ガイダンスのような無機質な声だった。そして、更にガラガラと音を立てて校長室の方から運び込まれるワゴン。そのワゴンの上には包丁やナイフ、メスにペンチ。そしてノコギリに錐、思いつくだけの刃物や凶器がそこに無造作に置かれていた。
 首がもげそうになりながらも、入るだけの力を使って頭上のスクリーンを再び確認する。そして、一瞬だったがそれを確認することができた。

 模範となる生徒のイラスト、そしてそのイラストには右足の小指の部分がなかった。

「……っ、……」

 他のやつらも気付いたようだ、このゲームの意図に。

『制限時間は五分。一つずつ順を追って問題箇所を出す。貴様らがそれをこなすことができなければこの場にいる全員強制指導させていただく』

 合成音声とともに新たなイラストへと切り替わり、今度は五人の生徒のイラストに赤ペンでバツ印がつけられている。皮肉なまでにシンプルで分かりやすいイラストだ。
 まじかよ、と誰かが小さく声を漏らした。進藤だろう。そんな反応も無視し、よたよたと時間をかけて椅子の側までやってきた生活指導のマネキンは垂れた首でこちらを覗き込んだ。

『それでは、測定開始だ』

 ほんの一瞬、ニヤつくあの不愉快で脂ぎった生活指導の顔が過った。
 そして、その掛け声とともに止まっていた壁掛け時計の針は動き出す。
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