七人の囚人と学園処刑場

田原摩耶

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第六章『山邊先生の更生指導室』

07

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 十数分後。
 ただでさえ薬品臭え場所に料理の匂いが混ざり最悪の環境が出来上がる。
 木賀島は周子により大人しく手当をされているようだ。見るに耐えなかった右目はガーゼにより塞がれているが、慰めにもならないだろう。少しは視界がマシになるか。
 生憎、ここにいる連中の誰もが右目が瞼ごと潰されたときの応急処置の方法なんて知らない。
 ――或いは、無駄に博識なあいつがいたら。
 もうここにはいない篠山の顔を思い浮かべ、振り払った。たらればは考えるだけ無駄だ。

「木賀島君、どう?」
「ん~~まあまあ」
「ちょっと歩いてみて……あっ、こっちこっち! そっちは棚があるから……」

 なんて周子の声が聞こえてきたと思った矢先、ガシャンと何かが倒れるような音が聞こえた。どうやら木賀島が近くの椅子に引っかかったらしい。

「やっぱ片目使えねえのは不便だよな」
「ん~~」
「なあ木賀島、これとかどうだ?」

 言いながら、保健室を漁っていた進藤が棚の影からなにかを取り出す。
 周子に支えられながら、進藤の方を振り返る木賀島はそのまま目を細めた。

「あ~~? なにそれぇ?」
「杖だよ杖、真っ直ぐ歩けないときとか今みたいなときいるだろ」
「んえ、邪魔だなぁ」
「言ってる場合かよ。これ以上怪我したらどうすんだよ」
「そんときはそんときじゃーん?」
「はいはいそうだな、じゃしっかり持っとけよ」

 進藤に諭されるがまま杖を持たされる木賀島は不服そうだ。普段から荷物を持ちたがらないやつだと知っていたが、こういうときでもそれは変わらないようだ。
 そのまま受け取った杖を手でくるくると回して遊び出す木賀島。一先ずは落ち着いたらしい。別に俺は何もしていないが、なんだか無駄に疲れた。
 そんなときだ。

「右代君、右代君」

 いつの間にかに側にやってきていた周子に小声で呼ばれる。

「んだよ」
「木賀島君のことなんだけど……ねえ、彼なんか、やっぱり様子おかしくない?」

 それを言えば最初からずっと変なやつではあるが、周子の言葉には一理あった。
 篠山の件から塞ぎ込んでいたあいつに声をかけたのは確かに俺だ。けれど、まさかここまでとは思わなかった。
 まるで篠山の死なんてなかったかのような振る舞いもそうだが、それよりももっと――。

「……なんか、幼児退行してる気がするんだけど」

 周子の言葉に釣られて木賀島へと目を向ける。
 そう言われて意識してみれば、確かにその言動は以前にもまして悪化しているようにも見える。
 高校に上がってまだ落ち着いていたと思っていたが、今の木賀島を見ていると中学の頃の木賀島とダブって見えてきた。

「右代君……」
「あいつからは目を離さない方がいいだろうな」
「やっぱり君もそう思う? ……まるで、あの頃の木賀島君を思い出すようだよ」

 まるで学校の全てが遊び場だと思っていたような木賀島君のことを。そう呟く周子に敢えて俺は何も言わなかった。



 保健室の探索も手当もある程度終わり、少しだけ休憩するかそれとも先を進むかという話になった。

「そうだね、せっかくベッドがあるから少し休んでも……」
「先に行こ」

 そう、周子の言葉を遮ったのは木賀島だった。感覚を取り戻してきているのか、先程よりも器用に杖を回して遊んでいた木賀島は「だってもうここにいる必要ないじゃん」と続ける。

「けど、君もだけど怪我が……」
「俺はだいじょーぶ。宰はぁ?」
「……俺も問題ない」
「ならいーじゃん。さっさと行こうよ」

「それともなに? 委員長はここでのんびり暮らしたいのぉ? それなら置いていってもいいけど」と木賀島は続ける。

「そういうわけじゃないよ、勿論僕だって早くここから脱出したいさ。……けど、……」

 そう周子が口籠ったとき、ちらりと保健室の扉の方へとその目を向けたのに気付く。
 空いた席は二つ、陣屋と……陽太の席だ。まだこいつは待ってるのだろう、こいつらが戻ってくるのは。
 保健室の空気に妙な緊張が走るのを感じたときだ。

「まーまー、いいんじゃね?」
「……進藤君」
「一旦保健室の場所も分かったんだし、またなんかあったら戻ってくりゃいいじゃん。取り敢えず他のところを様子見るってことでさ」

 大分進藤も調子が戻ってきたのだろうか。相変わらずお気楽なやつではあるが、その意見には同意だ。

「ああ、それでいいだろ」
「右代君、体は……」
「そいつと同じだ。問題ない」
「それならいいけど……」
「んじゃ、行くか。陣屋にメモでも残しとくか?」
「いらねえだろ。……あいつならもうとっくに先に進んでるだろうし」
「あり得る。行く先行く先で『なんだ、今頃きてたのか』って先にゲームクリアしてたりしてな」

 このタイミングでは笑えないジョークだが、幸い木賀島は話を聞いていなかったらしい。俺は無言で進藤の尻を叩いた。

「いてっ」
「……つまんねーこと言ってんじゃねえよ」
「あー……はは、わり。俺またなんか言ってた?」

「言ってた」と進藤に耳打ちをし、そのまま通り過ぎて保健室を後にした。
 それから他の奴らもぞろぞろと保健室を出てくる。次に戻ってくるときには保健室も片付けられ、新しい料理も出てくるのだろうか。そんなことを思いながら俺は保健室の扉を閉めた。
 
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