七人の囚人と学園処刑場

田原摩耶

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第六章『山邊先生の更生指導室』

06

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 保健室にいるとなんだか落ち着かない気分になる。
 当時、壁と天井、カーテンの白さと開いた窓の外から見える青空が嫌いだった。
 けれど、あのときと今とでは印象は大分変わる。
 窓があるはずのそこは鉄板で塞がれており、あの目障りなほどの空は見えない。
 白さと無機質感が相まって閉塞感は増す。息苦しさがそこにはあった。
 
 バクバクと飯を食い散らかしている木賀島としれっと食っている陣屋を置いて、俺は保健室の中を探索する。
 この階層ではセーフティエリアはここになるならしい。謎の扉も分断されるような仕掛けもスイッチも見当たらない。あるのは8台のベッドとそれを仕切るカーテン。壁際には薬品棚と、養護教諭用の机がある。その奥にはシャワールームもあり、水が出た。
 まともな水なのか怪しいが、少なくとも泥水ではなさそうだ。

「右代君」

 シャワー周りを調べていると、いつの間にか隣には周子がいた。
 無言で目だけ向ければ、周子は俺の右腕を見ていた。

「そこの薬品棚から包帯を見付けたんだ。……君のその腕、手当した方が良いんじゃないかなって思ったんだけど」
「俺よりも木賀島に言え」
「言ったよ。けど、ほら……木賀島君は今あんな感じだし」

 そうちらりと中央のテーブルで俺と進藤の分まで食ってる木賀島。

「……はあ」
「まあ、不安定なんだろうけど、僕の言うことは聞いてくれないしさ。それよりも、『宰の方が痛そうだよ』って言われて」
「…………」

 あいつ、何考えてんだ。どう見ても大怪我してるのはあいつだろうが。

「そういうことで、ちょっとこっちに来てほしいんだけど」
「別に平気だ。それに、お前こそ頭どうにかしろよ」
「僕は……大丈夫だよ。もう、吐き気も収まってるし」
「……しつけえな」
「ここで君に何かあったら困るんだよ。……僕一人じゃ、木賀島君は手に負えない」

 俺だって負えねえよ、と喉元まで昇ってきた言葉は飲み込んだ。
「右代君」と心配そうな顔をする周子がしつこくて、俺はとうとう折れる。
「勝手にしろ」と俺は適当なベッドに腰をかけた。

「ありがとう、右代君」
「……」

 なにがありがとうだ。一人で気持ちよくなりやがって。
 着ていた上着を脱ぎ、そのまま右肩から袖を抜く。
 ほらよ、とそのまま怪我してる方をの腕を周子に向ければ「あ、ああ、ちょっと待って。すぐ準備するから」と慌ててどこからか手当するための道具を一式持ってきた。
 なにも準備してなかったのかよ、と苛ついたが、いちいち文句を言う気力となかった。

 それから、周子に軽く傷口を消毒される。俺が刺された傷はそれほど深くはない。表面を切られただけだ。そのせいで出血して大怪我に見えるのだろう。
 既に傷口布巾の血は固まり、傷口を塞いでいた。そこを綺麗に拭われ、更に消毒される。
 沁みるが、痛みという痛みはなかった。どんどん感覚が鈍くなっているようだ。

「痛い? 大丈夫?」
「……別に、耐えられる」

「そっか」と丁寧に傷口から垂れる消毒液を脱脂綿で拭っていく周子。清潔になった切り傷の上から、大きな絆創膏を貼ろうとしてくる周子。

「……それも、ここにあったのか?」
「あ、うん……嫌だった?」
「……もう消毒液使ったんだし、一緒だろ」
「一緒って」

 なんなら、ここで出された飯を食ってる時点で自分の体の安全なんて保証されていない。
「いいからそのまま貼れ」と周子を睨めば、「命令しないでよ」と何故かむっとした周子はそのままそっと俺の腕にその絆創膏を貼る。そしてその上から慎重に包帯を巻いていくのだ。

 やつがあまりにも真剣な顔で巻いてるのを見て、俺は無言で顔を逸した。

「ここ、多分当時のまま残ってるってわけじゃないんだと思う。けど、だとしたらこの消毒液や治療のための道具、わざわざ用意してるってことなのかな」
「だろうな」
「……僕たちを閉じ込めた人、何がしたいのかな」
「言ってるだろ、俺たちに理解できないって」

 殺して、延命させ、そしてまた殺す。弄んで疲弊している俺達を眺めるのが趣味なのか。
 そんなことを考えていたときだ。

「――本当に心当たりはないのか」

 いきなり声が飛んできた。
 顔を上げれば、そこには陣屋が立っていた。

「陣屋君……」
「あるわけないだろ」
「何か忘れていたとか言ってなかったか? そこになにか理由があるんじゃないのか? それとも、お前が周りを見ないせいで気付かなかった理由が」
「そっくりそのまま返すぞ、その言葉」

「お前はなんでここにいるんだ?」記憶もなにもない、陣屋立海こそ一番不安でなければならないはずなのに、この男は動じるどころかこの空気を享受している気すらあった。
 俺の言葉に、陣屋は視線を動かした。その先にあるのは、鉄板で塞がれたはずの窓だ。

「俺は、自覚はある」
「……自覚だと?」
「呑気なお前らと違ってな」
「待って、陣屋君、それって……」

 どういう意味だ、と周子が続けようとしたとき、木賀島が手元の皿を落としたらしい。派手な音が辺りに響いた。皿に乗っていたトマトスープが辺りに飛散し、保健室が一気にトマト臭くなる。

「うわ、木賀島君、大丈夫……っ?!」
「うえー、萎える~~」
「待っててね、なにか掃除するものを……っ」
「あー、委員長大丈夫。こっちに雑巾あったから」

 一気に保健室内が慌ただしくなり、周子はそのまま木賀島の後始末に追われていた。
 手当の途中ではあったが、後は適当で大丈夫なレベルだ。包帯を適当にちぎり、そのまま解けないように固定する。
 制服に袖を通し直し、そのままベッドから立ち上がったとき。

「あいつは、俺たちが思い出すのを待っている」

 陣屋の隣を通り過ぎようときたとき、ぼそりとやつが口にしたその言葉に思わず立ち止まる。

「おい……」

 待てよ、と振り返ろうとしたときには既に陣屋は保健室を出ていこうとしていた。

「待てよ、おい……っ!」
「俺は外の様子を見てくる。……お前はガキでもあやしてろ」

 言いたいことだけ言い残し、陣屋はそのまま保健室の扉を閉めたのだ。逃げられてたまるか、とすぐさま追いかけようとしたが、「宰~」と背後からしがみついてくる木賀島によってそれを邪魔された。

「うえ、トマト臭くなっちゃった~。ね、一緒にお風呂一緒に入ろうよ~」
「っ、離せ、おい……っ」
「駄目だ木賀島君、先に手当を……っ!」
「んやだ~」
「駄目だよ、せめて黴菌が入らないようしシないと――」

「……ッ、いいから離れろっつってんだろ!」

 まとわりついてくる二人を振り払い、すぐに保健室を出ていった。が、既に辺りに陣屋の姿はなかった。
 ……クソ、逃げられた!
 あの口ぶり、間違いなくなにかを知ってるはずだ。絶対に問い詰めてやる。そう腹の中で繰り返しながら、俺は足で扉を閉めた。
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