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第六章『山邊先生の更生指導室』
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換気が終わったと進藤たちに伝え、それから再び俺たちは学習室まで戻ってきていた。
人が変わったように、いや、寧ろいつもの調子に戻っていた木賀島に周子は戸惑っていたようだが、進藤は安心しているようにも見えた。
嘘みたいにしんと静まり返った学習室前、それでも未だ死の匂いが色濃く残ったそこへと足を踏み入れる。
念の為、空気中に残っているかもしれないガスを吸わないように気をつけながら俺たちは学習室を進んでいく。なるべくあいつを目に入れないように進んだ奥、扉は存在していた。
篠山はパズルを完成させることはできなかったが、パスワードは俺たちに教えてくれた。
周子は扉横の装置にパスワードを打ち込んだ。すると、あっさりとそこは自動で開くのだ。
あまりにも呆気ないものだった。
こんなことのために篠山は死んだのかと思うと、気分が悪い。
扉の向こう側には見覚えのある光景が広がっていた。
図書室脇の通路、そして下の階層へと繋がる階段がそこに在ったのだ。
そこに漂う空気は明らかに違う。
もう話していいのか、とお互い探り合うように視線を向ける中、陣屋が口を開いた。
「階段か。下に降りるしかなさそうだな」
そんな陣屋の言葉に「そうみたいだね」と続けたのは周子だ。どうやらやつの様子からもう大丈夫だと判断したらしい。
「この下は、保健室があったはずだよ。……行ってみよう。望み薄だけど、手当できるものはあるかもしれないし」
言いながら、俺と木賀島の方を振り返る周子。
木賀島は自分の怪我のことなど気にしてないようだ。俺の隣にぴったりとくっつきながら、「宰も手当しなきゃだもんねえ」と笑う。
お前の方が酷い怪我だろ、と思ったが、それよりもくっついてくるやつが邪魔だったので無視する。
「……とにかく、さっさと行くぞ。……ここ、気分悪い」
「だいじょーぶ? 宰、抱っこしよっか~?」
「いらねえよ、くっつくな」
そんな俺達のやり取りを奇妙そうに見る周子の目が痛い。やつが言いたいことは大体分かる。
どうしたらここまで木賀島が復活してるのか、と言いたいのだろう。
「ま、取り敢えず一本道っぽいしさっさと行こうぜ。……ゆっくりしたいしな」
進藤の言葉に「そうだな」とだけ頷いた。思ったよりも肉体的な疲労よりも心的な疲労がきているようだ。
俺たちはそのまま階段を降りていく。片目が潰れ、平衡感覚がなくなっている木賀島を進藤と俺とで支えながらも降りた。
結局陽太は最後まで来なかった。開いたままの学習室の扉を振り返ったのを最期に、俺たちは学園の一階へと移動したのだ。
――学園一階、保健室前。
「うわ、懐かし。全然この辺変わってねーじゃん」
「変わってないというより……ここ、随分と埃っぽいね」
「人手が足りなくて清掃間に合ってないんじゃねえの?」
そんなことを言いながら、進藤は「お、ここもまんまだ」と早速保健室の扉を開こうとする。
「おい、進藤。勝手に開けんな、またなんか始まるかもしれねえだろ」
「大丈夫だって、右代。見た感じ変な張り紙もねーし」
だとしても、怖くないのか?
そう言いかけて、やめた。まるで俺がビビってるみたいに聞こえて自分でムカついたからだ。
……確かに、今更他に俺たちの進む場所もないが。
保健室前の通路も、隣にある倉庫や職員室もほとんどあのときと同じ光景が広がっていた。
窓ガラスにはスモークが張られたように白く濁り、中の様子までは確認することはできなかったが、それでも忠実に再現されてるというよりも『そのまま』なのだ。
他のところも見て回った方がいいのではないのか、と連中を振り返ろうとしたとき、進藤が保健室の扉を開いていた。
「失礼しまー……っ、うお」
す、と言いかけた進藤は固まる。そして、保健室の奥を見たまま固まっていた。
「どうしたの?」とこわごわと歩み寄る周子も同様だ。近づき、やつらの肩越しに中を確認しようとした俺は中から漂ってくる匂いに眉根を寄せた。
保健室の中は殆ど作りは俺の記憶の中の保健室と相違はない。その代わり、保健室のど真ん中にはなかったはずの大きな食卓がどんと置かれていた。
そして、その上には料理までご丁寧に六人分の食事が置かれていたのだ。
いつもだったら「飯だー!」と飛び付く進藤も流石に何も言えないようだ。
明らかに一人分欠けた皿に気付いてるはずだ。
「うわ、うまそーじゃん」
そんな中、間延びした声が響く。入ることを躊躇っていた俺たちの脇をすり抜けるように保健室へと踏み込んだ木賀島は、「もーらい」とそこに置かれていたホールケーキを鷲掴みにして齧るのだ。
せめて皿とフォークを使え。ソファーに座れ。という突っ込みをするタイミングも失って、俺は目の前でグチャグチャになったケーキを口に運ぶ木賀島をただ見ていた。
正直、あんな死に様を見せられた直後食欲なんて湧くはずがない。俺だってこの匂いを嗅がされても、いくら腹が減っていたといえど焼いた肉に飛び付く気はしなかった。
あっという間にケーキを平らげ、指の先に残ったクリームを舐めとった木賀島は保健室前で固まっていた俺たちを振り返り「食べないのぉ?」と不思議そうに小首を傾げるのだ。
俺は周りのやつらに目を向けられる。
呆然とする周子、やや引いてる進藤、そして――陣屋は続いて保健室に足を踏み入れた。
「おい」と声を掛ければ、「毒味は済んだみたいだからな」と余計な一言を置いて陣屋はそのままテーブルの上に置かれていた寿司を手に取っていた。
「……僕は、食欲はないかな」
「それが普通だろ。……けど、このままじゃあいつに食われかねないぞ」
「…………はぁ、そうだね」
どこかげっそりとしていた周子に声をかける進藤。観念した様子で保健室に入る二人を見送り、俺は背後の通路を振り返る。
他の奴らが保健室に入り、しんと静まり返ったそこには人の気配はない。それを確認し、保健室に足を踏み入れた俺は後ろ手に扉を閉めた。
人が変わったように、いや、寧ろいつもの調子に戻っていた木賀島に周子は戸惑っていたようだが、進藤は安心しているようにも見えた。
嘘みたいにしんと静まり返った学習室前、それでも未だ死の匂いが色濃く残ったそこへと足を踏み入れる。
念の為、空気中に残っているかもしれないガスを吸わないように気をつけながら俺たちは学習室を進んでいく。なるべくあいつを目に入れないように進んだ奥、扉は存在していた。
篠山はパズルを完成させることはできなかったが、パスワードは俺たちに教えてくれた。
周子は扉横の装置にパスワードを打ち込んだ。すると、あっさりとそこは自動で開くのだ。
あまりにも呆気ないものだった。
こんなことのために篠山は死んだのかと思うと、気分が悪い。
扉の向こう側には見覚えのある光景が広がっていた。
図書室脇の通路、そして下の階層へと繋がる階段がそこに在ったのだ。
そこに漂う空気は明らかに違う。
もう話していいのか、とお互い探り合うように視線を向ける中、陣屋が口を開いた。
「階段か。下に降りるしかなさそうだな」
そんな陣屋の言葉に「そうみたいだね」と続けたのは周子だ。どうやらやつの様子からもう大丈夫だと判断したらしい。
「この下は、保健室があったはずだよ。……行ってみよう。望み薄だけど、手当できるものはあるかもしれないし」
言いながら、俺と木賀島の方を振り返る周子。
木賀島は自分の怪我のことなど気にしてないようだ。俺の隣にぴったりとくっつきながら、「宰も手当しなきゃだもんねえ」と笑う。
お前の方が酷い怪我だろ、と思ったが、それよりもくっついてくるやつが邪魔だったので無視する。
「……とにかく、さっさと行くぞ。……ここ、気分悪い」
「だいじょーぶ? 宰、抱っこしよっか~?」
「いらねえよ、くっつくな」
そんな俺達のやり取りを奇妙そうに見る周子の目が痛い。やつが言いたいことは大体分かる。
どうしたらここまで木賀島が復活してるのか、と言いたいのだろう。
「ま、取り敢えず一本道っぽいしさっさと行こうぜ。……ゆっくりしたいしな」
進藤の言葉に「そうだな」とだけ頷いた。思ったよりも肉体的な疲労よりも心的な疲労がきているようだ。
俺たちはそのまま階段を降りていく。片目が潰れ、平衡感覚がなくなっている木賀島を進藤と俺とで支えながらも降りた。
結局陽太は最後まで来なかった。開いたままの学習室の扉を振り返ったのを最期に、俺たちは学園の一階へと移動したのだ。
――学園一階、保健室前。
「うわ、懐かし。全然この辺変わってねーじゃん」
「変わってないというより……ここ、随分と埃っぽいね」
「人手が足りなくて清掃間に合ってないんじゃねえの?」
そんなことを言いながら、進藤は「お、ここもまんまだ」と早速保健室の扉を開こうとする。
「おい、進藤。勝手に開けんな、またなんか始まるかもしれねえだろ」
「大丈夫だって、右代。見た感じ変な張り紙もねーし」
だとしても、怖くないのか?
そう言いかけて、やめた。まるで俺がビビってるみたいに聞こえて自分でムカついたからだ。
……確かに、今更他に俺たちの進む場所もないが。
保健室前の通路も、隣にある倉庫や職員室もほとんどあのときと同じ光景が広がっていた。
窓ガラスにはスモークが張られたように白く濁り、中の様子までは確認することはできなかったが、それでも忠実に再現されてるというよりも『そのまま』なのだ。
他のところも見て回った方がいいのではないのか、と連中を振り返ろうとしたとき、進藤が保健室の扉を開いていた。
「失礼しまー……っ、うお」
す、と言いかけた進藤は固まる。そして、保健室の奥を見たまま固まっていた。
「どうしたの?」とこわごわと歩み寄る周子も同様だ。近づき、やつらの肩越しに中を確認しようとした俺は中から漂ってくる匂いに眉根を寄せた。
保健室の中は殆ど作りは俺の記憶の中の保健室と相違はない。その代わり、保健室のど真ん中にはなかったはずの大きな食卓がどんと置かれていた。
そして、その上には料理までご丁寧に六人分の食事が置かれていたのだ。
いつもだったら「飯だー!」と飛び付く進藤も流石に何も言えないようだ。
明らかに一人分欠けた皿に気付いてるはずだ。
「うわ、うまそーじゃん」
そんな中、間延びした声が響く。入ることを躊躇っていた俺たちの脇をすり抜けるように保健室へと踏み込んだ木賀島は、「もーらい」とそこに置かれていたホールケーキを鷲掴みにして齧るのだ。
せめて皿とフォークを使え。ソファーに座れ。という突っ込みをするタイミングも失って、俺は目の前でグチャグチャになったケーキを口に運ぶ木賀島をただ見ていた。
正直、あんな死に様を見せられた直後食欲なんて湧くはずがない。俺だってこの匂いを嗅がされても、いくら腹が減っていたといえど焼いた肉に飛び付く気はしなかった。
あっという間にケーキを平らげ、指の先に残ったクリームを舐めとった木賀島は保健室前で固まっていた俺たちを振り返り「食べないのぉ?」と不思議そうに小首を傾げるのだ。
俺は周りのやつらに目を向けられる。
呆然とする周子、やや引いてる進藤、そして――陣屋は続いて保健室に足を踏み入れた。
「おい」と声を掛ければ、「毒味は済んだみたいだからな」と余計な一言を置いて陣屋はそのままテーブルの上に置かれていた寿司を手に取っていた。
「……僕は、食欲はないかな」
「それが普通だろ。……けど、このままじゃあいつに食われかねないぞ」
「…………はぁ、そうだね」
どこかげっそりとしていた周子に声をかける進藤。観念した様子で保健室に入る二人を見送り、俺は背後の通路を振り返る。
他の奴らが保健室に入り、しんと静まり返ったそこには人の気配はない。それを確認し、保健室に足を踏み入れた俺は後ろ手に扉を閉めた。
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