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第五章『図書室ではお静かに』
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何事かと、周子とともに学習室まで戻ってきたときだった。
「ルイ……っ!」
聞こえてきたのは、聞いたことのない木賀島の声だった。どうやら篠山になにかあったようだ。
ガラス張りの壁の前。ガラスを殴る木賀島、その視線の先に目を向ける。
ガラスで隔てられたその向こう側、そこには蹲って苦しそうに喉元を抑える篠山の姿があった。そして、天井から噴き出す白い霧のようなものを見える。
――なんだあれは。ガスか?
「っ、篠山君……っ!」
「ルイっ、……っくそ、なんだよこれ……っ」
どうやら先程からの騒がしさはこれが原因のようだ。慌てて駆け寄り、木賀島と一緒に篠山に声をかける周子を尻目に、俺は少し離れたところで見ていた進藤の方へと近付いた。
近付いてくる俺に気付いたようだ、進藤は「宰」と困ったように笑った。
「なんか面倒なことになってんねえ」
「なんだこれは、なにがあった?」
「なにがあったってか、俺らもよくわかんねえんだよ。いきなり変な音が聞こえてきたと思ったら、天井の一部がぱかーって開いて。んで、そこから変な装置が出てきて、ガス出て」
「……篠山のやつはそれで?」
「そうそう、暫くは無視してたみたいだけど、途中から苦しそうな顔し出してさ」
「んで丁度、倒れちゃったみたいだな」と進藤は続ける。相変わらず擬音が多い説明ではあったが、だいたいは想像つく。
学習室の壁のタイマーは残り十分を切ろうとしていた。
こちらの声が全く聞こえていないわけではないだろうが、それでもここから直接干渉することは難しい。
扉を壊して中へ行こうものなら状況悪化する恐れもあるが、木賀島たちのように呼びかけるしかないのか。と思ったときだ。
学習室内、蹲っていた篠山の体がぴくりと反応する。
「ルイ!」
「篠山君!」
そう木賀島と周子の声に反応するように、篠山はそのまま体を起こした。
起き上がった篠山の表情は見るからに具合が悪そうだった。びっしょりと汗で濡れ、ただでさえ白い顔からは更に生気が失せている。
篠山はこちらに気付いているのか気付いていないのか、振り返りもせず再び目の前のパズルのピースに手を伸ばした。震える指先で欠片を掴み、そして並べていく。その横顔、普段滅多に感情を表にしない初めて見る篠山の感情が滲んでいた。
「篠山君……っ」
こちらを気にする余裕もないだろう。一心不乱にパズルを組み立てていく篠山を前に木賀島も周子も気が気でないようだ。
まだ十分、されど十分だ。
数分のロスは大きい。それを篠山も気付いているからこそ取り戻そうとしていた。
残り九分、八分、七分――順調に秒刻んでいくタイマーと出来上がっていくそのパズル。
篠山は息苦しそうに喉元を手で押さえながらも、手の震えを押し殺すようにパズルを組み立てていく。
時間が進むにつれ組み立てられていくその手元のパズル、そこに浮かび上がる絵に俺は思わず息を飲んだ。
それがなんなのか、分かってしまった。
複数人に囲まれたその中心部、全裸で土下座した少年がいた。その生白い背中の部分には彫られたように血黒い文字で何かが描かれている。恐らくそれがパスワードなのだろう。
丁度肝心の部分のピースが空いていたが、それ以外は分かってしまった。
そして、それは俺だけではない。
「……っ、……」
目を見開いたまま拳を握り締める木賀島。その手から、指先から血がぽたりと床へと落ちていく。
あれは、中学の頃の篠山だろう。それも、虐めを受けていたときのだ。
よりによってそんな写真で作ったパズルを張本人にやらせるのか。相変わらずいい趣味をしている。
周子は見ていられないと顔を逸したまま、ガラス張りの壁の前から移動して、今にも中断させようとしていた木賀島を進藤が「待て待て!」と止めている。
俺は、ただ篠山を見ていた。時間は進んでいき、残り一分を切る。
篠山は気付いているのか、それがなんの写真なのかを。それとも、集中しているあまり全体像はまだ認識していないのか。否、見ないフリをしてるのか――どちらにせよ、必死に冷静を保とうとしているのは傍目から見てもわかった。
それでいい、そのまま余計なものは振り落とせ。感情に乱されるな、それこそあいつらの思う壺だ。
そこで、ふと違和感に気付いた。
「……っおい、まさかこれ……」
――残り十秒。
「お前も今気づいたのか」
いつの間にか隣にやってきていた陣屋にハッとした。
人の思い出したくねえ記憶で作ったパズルの最悪でクソみたいな仕組みに。
そして、集中していた篠山も気付いたようだ、最後のピースを手にした篠山の目が動いたとき。
指先からピースが落ちた。
「――このパズルは完成しない」
「ルイ……っ!」
聞こえてきたのは、聞いたことのない木賀島の声だった。どうやら篠山になにかあったようだ。
ガラス張りの壁の前。ガラスを殴る木賀島、その視線の先に目を向ける。
ガラスで隔てられたその向こう側、そこには蹲って苦しそうに喉元を抑える篠山の姿があった。そして、天井から噴き出す白い霧のようなものを見える。
――なんだあれは。ガスか?
「っ、篠山君……っ!」
「ルイっ、……っくそ、なんだよこれ……っ」
どうやら先程からの騒がしさはこれが原因のようだ。慌てて駆け寄り、木賀島と一緒に篠山に声をかける周子を尻目に、俺は少し離れたところで見ていた進藤の方へと近付いた。
近付いてくる俺に気付いたようだ、進藤は「宰」と困ったように笑った。
「なんか面倒なことになってんねえ」
「なんだこれは、なにがあった?」
「なにがあったってか、俺らもよくわかんねえんだよ。いきなり変な音が聞こえてきたと思ったら、天井の一部がぱかーって開いて。んで、そこから変な装置が出てきて、ガス出て」
「……篠山のやつはそれで?」
「そうそう、暫くは無視してたみたいだけど、途中から苦しそうな顔し出してさ」
「んで丁度、倒れちゃったみたいだな」と進藤は続ける。相変わらず擬音が多い説明ではあったが、だいたいは想像つく。
学習室の壁のタイマーは残り十分を切ろうとしていた。
こちらの声が全く聞こえていないわけではないだろうが、それでもここから直接干渉することは難しい。
扉を壊して中へ行こうものなら状況悪化する恐れもあるが、木賀島たちのように呼びかけるしかないのか。と思ったときだ。
学習室内、蹲っていた篠山の体がぴくりと反応する。
「ルイ!」
「篠山君!」
そう木賀島と周子の声に反応するように、篠山はそのまま体を起こした。
起き上がった篠山の表情は見るからに具合が悪そうだった。びっしょりと汗で濡れ、ただでさえ白い顔からは更に生気が失せている。
篠山はこちらに気付いているのか気付いていないのか、振り返りもせず再び目の前のパズルのピースに手を伸ばした。震える指先で欠片を掴み、そして並べていく。その横顔、普段滅多に感情を表にしない初めて見る篠山の感情が滲んでいた。
「篠山君……っ」
こちらを気にする余裕もないだろう。一心不乱にパズルを組み立てていく篠山を前に木賀島も周子も気が気でないようだ。
まだ十分、されど十分だ。
数分のロスは大きい。それを篠山も気付いているからこそ取り戻そうとしていた。
残り九分、八分、七分――順調に秒刻んでいくタイマーと出来上がっていくそのパズル。
篠山は息苦しそうに喉元を手で押さえながらも、手の震えを押し殺すようにパズルを組み立てていく。
時間が進むにつれ組み立てられていくその手元のパズル、そこに浮かび上がる絵に俺は思わず息を飲んだ。
それがなんなのか、分かってしまった。
複数人に囲まれたその中心部、全裸で土下座した少年がいた。その生白い背中の部分には彫られたように血黒い文字で何かが描かれている。恐らくそれがパスワードなのだろう。
丁度肝心の部分のピースが空いていたが、それ以外は分かってしまった。
そして、それは俺だけではない。
「……っ、……」
目を見開いたまま拳を握り締める木賀島。その手から、指先から血がぽたりと床へと落ちていく。
あれは、中学の頃の篠山だろう。それも、虐めを受けていたときのだ。
よりによってそんな写真で作ったパズルを張本人にやらせるのか。相変わらずいい趣味をしている。
周子は見ていられないと顔を逸したまま、ガラス張りの壁の前から移動して、今にも中断させようとしていた木賀島を進藤が「待て待て!」と止めている。
俺は、ただ篠山を見ていた。時間は進んでいき、残り一分を切る。
篠山は気付いているのか、それがなんの写真なのかを。それとも、集中しているあまり全体像はまだ認識していないのか。否、見ないフリをしてるのか――どちらにせよ、必死に冷静を保とうとしているのは傍目から見てもわかった。
それでいい、そのまま余計なものは振り落とせ。感情に乱されるな、それこそあいつらの思う壺だ。
そこで、ふと違和感に気付いた。
「……っおい、まさかこれ……」
――残り十秒。
「お前も今気づいたのか」
いつの間にか隣にやってきていた陣屋にハッとした。
人の思い出したくねえ記憶で作ったパズルの最悪でクソみたいな仕組みに。
そして、集中していた篠山も気付いたようだ、最後のピースを手にした篠山の目が動いたとき。
指先からピースが落ちた。
「――このパズルは完成しない」
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