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第五章『図書室ではお静かに』
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まさか、本当に陣屋達海がやってくるなんて。
「陣屋君って、君が……」
「ああ。証明なら、そこのやつがしてくれるだろ」
そう、顎でこちらをしゃくってくる陣屋。
この男にそこのやつ扱いされるのも癪ではあるが、実施ここに閉じ込められてからこうして陣屋に直接会ったのは俺しかいない。
「そうなのかい?」と、こちらへと目配せをしてくる周子に俺は「こいつで間違えない」とだけ答えておく。
「そうか、じゃあ本当に君が……」
俺の言葉に、一応この目の前の不愛想な男がそうだと信じてくれたようだ。散々疑っていた木賀島はなにも言わずにじっと陣屋の方を見ており、篠山も様子を窺っているのがわかる。
「ふーん、お前が噂の陣屋か。まさか本当に生きてたのか」
そんな中、いつもと変わらない調子で進藤は陣屋に近づいた。興味津々になって陣屋の周りをぐるぐる回るその姿は玩具を見つけた犬かなにかのようにも見えた。
あまりにもあっけらかんとした様子で誰も踏み込まなかった部分に突っ込んでいく進藤に、周子は「進藤君!」と慌てて進藤を止めようとする。が、当の陣屋本人の顔色は変わらない。
「ああ。……どうやら、俺は死人扱いされてたようだな」
「じ、陣屋君……ごめんね、気を悪くしたなら――」
「構わない。それに、死にかけたのは事実だしな」
「え、それって……」
「事故に遭って数か月生死を彷徨う羽目になった。……そのおかげで、そんな噂が流れたんだろ」
「実際、その時の俺は死人も同然だったしな」本院はジョークのつもりなのか、陣屋の言葉に周子は返す言葉も失っているようだ。そんな周子とは対照的に「へー、なんだ。そういうことだったんだな!」と進藤は物珍しそうに陣屋を見る。
そして、
「あ、てかさ一応俺らって初めましてだよな。俺は進藤篤紀、よろしくな!」
言いながら陣屋に向かって左手を差し出す進藤。こいつのこういうところはすごいな、と感心する。この空気の読まなさ気を使わないところはこいつの長所でもあることには違いないだろう。
四肢、陣屋はその握手を返すことはなかった。ちらりと差し出された手を一瞥し、そしてそのまま陣屋は「知ってる」とふい、と視線を外した。
「知ってるって……」
「それに、よろしくなんてする暇あんのか?」
そうそっぽ向いた陣屋の視線の先。釣られて視線を向ければ、そこには木賀島がいた。篠山に右目の出血を止めるよう、そっとハンカチで顔の右半分を押さえられた木賀島はそのまま無言で陣屋を見ていた。
「確かに、それはそうだけど……そもそも知っているっていうのは?」
「大体のことは右代に聞いた」
「右代君に……」
「説明はした。けど、全員の顔分かんのかよ、お前」
別に助け舟を出すつもりはないが、口頭だけで説明するのと実際に会って話すのは違うはずだ。念の為確認すれば、陣屋は「見ればわかる」と相変わらず冷めた態度で続ける。
「お前が周子、それから篠山――怪我してるのが木賀島か。……おい、旭陽太はどうした?」
一人一人確認して、そこで一人いないことに気付いたらしい。こちらを見てくる陣屋に「知らねえ」とだけ返しておく。
「旭君は、その、まあ少し色々あってね……」
「色々か。……まあどうでもいい、それよりいつまでこんなところにいるつもりだ?」
お前が来たからややこしくなってたんだろうが。そう言ってやりたかったが、やめた。
黙っていると、先程まで黙っていた篠山は「そうですね」と小さく口を開く。
「このままここに居てもどうしようもないです。……それに、那智の出血量。ちゃんと手当をしなければ菌も入ってしまう」
「ルイルイ心配しすぎ~~」
「那智にこんなところで死なれては困りますので」
「……そうだな」
「え、なに? 宰も心配してんの?」
「肉壁がいなくなると不便だって話だ。……お前がいなくなったら、進藤くらいか役に立たないだろ」
「右代君、その言い方はよくないと思うけど」
「どっかの委員長さんは喧嘩できなさそうだしな」
「そんなもの、できなくていいんだよ」とむっとする周子を無視する。
「大丈夫大丈夫、周子は頭良いからな」
「肝心なときには役に立たないみたいだけどな」
「右代君、君は……」
「話もそこまでにしましょう。……自分はこのまま旭陽太を待つ必要もないと思いますが」
むむっとする周子をやんわりと宥めながら、篠山は会話に割って入ってくる。
篠山としては早く保健室や治療できる場所に木賀島を連れていきたいようだ。基本こういうとき静観している篠山だからこそ、その焦りがよく伝わってくるようだった。
「俺は賛成だな」と進藤。
「……僕は待っていたい気持ちもあるけど、木賀島の怪我のこともあるし」周子らしい、まだ陽太のことを見捨てられないでいるという。
木賀島は無言で指でオーケーを作ってた。
陣屋のやつも、先程の口ぶりから先を急ぎたいのだろう。他の奴らの視線が俺に向けられる。
「右代君、君はどうしたい?」
……何故、いちいち俺にも確認取るのか。
それもそんなに慎重に。
「先を行く。それに、ここで待っててもあいつは来ないだろ」
――というか、来れるはずがない。
陽太の性格からして、もしくるとしても俺が一人のときにまた首を狙いに来ることはあるだろうが。
満場一致、というわけではないが異論を唱える者はいなかった。
俺達は新しく陣屋を迎え、学習室へと向かうことになる。
私語厳禁のポスターが至るところに貼られた本棚の森を抜け、やってきたのは図書室の奥――学習室前。
「……っ、なんだ、ここ……」
「なにって、見ての通り学習室だってよぉ」
目の前には一面ガラス張りの壁。そして、その向こう側はぽつんと個室が存在していた。
そしてその中央には学習用の机と椅子が一式だけ用意されており、その上になにやら小箱が用意されている。
確かに学習室は図書室で借りた本を持ち込んだり、はたまた参考書を持参したりしては予め用意された机に向かって黙々とペンを取る――そんなイメージがあった。
が、なんだろうか。この嫌な感じは。これは学習室というよりも――。
「……なにかの実験室みたいだよね、って進藤君たちと話していたんだ」
ここはどうやら私語は許されるようだ。周子はそう、小さく口にした。
言われて納得した。俺が昔に見た学習室も確かにガラス張りだったような気がするが、無駄なものが一切排除されているからこそ余計実験室のような印象を受けるのかもしれない。
「見たところ、ここは定員一名様だってさ」
「どうしてそんなことわかるんだ」
聞き返せば、進藤は「ほら、これだよ」と学習室の入り口の扉を見る。
そこには手作り感溢れる手書きのポスターが貼られていた。そこに書かれている文面を見て、思わず眉間に力が入る。
『30分以内に巨大パズルを完成させよう!
遊べる人は一人だけだよ!
ただし、失敗したらその次点でゲームオーバー!
ずるや不正は絶対しないでね』
そんな文字の下には、棒人間のようなキャラクターが四角い箱の中で青ざめて倒れているイラストが描かれている。
「ああ? ……んだよこれ」
「恐らく、文字通りだと思いますよ。……ゲームオーバー、即ちこのゲームから強制的に退去されるということです」
「命をもってして」と篠山は小さく続けた。
電流、毒ガス、それとももっと物理的な方法かはこの落書きからは何一つ分からない。しかも、一人しか参加できないときた。
「……これをやらねえと先には進めないってか?」
「みたいだね」
「一応、他にも道はないか俺と進藤で色々探したんだけど……どうやら“あそこ”しかないみたいなんだよねえ、扉」
そう木賀島はガラス張りの学習室――その奥を指さした。その指の先には確かに怪しげな扉がこれみよがしに置かれてる。
機械細工が施されたその重々しい鉄製扉にはなにやら文字を打ち込むような盤面が取り付けられてるようだ。
「僕の記憶では、学習室はあんな扉はなかったはずです」
「じゃ、わざわざご丁寧に作られたってわけか? ……相変わらずよくやるよな」
「……そうですね」
俺の言葉に篠山は少し俯く。その顔はなにかを考え込んでいるようだ。
「それで、このゲームをクリアできたら参加した一人以外も通れるってことか?」
「進藤君、あそこの扉を見てみてよ。……多分、あそこにパスワードを開けば扉は開く仕組みになっているもだと思う」
「つまり、そのパズルを完成させればなにかしらの手がかりが手に入るってことか?」
「多分、そういうことだね。……30分もあればパズルの完成はできるとは思うけど、どうだろう。ここからじゃ、肝心のピースの数もわからないんだよね」
「多分、あの机の上にある箱がパズルなんじゃないかな」と周子はこんこんとガラスの壁を叩く。そこには勉強机の上――例の謎の箱が置かれているだけだ。
「これって入った瞬間参加扱いになったりすんのか?」
「するんじゃないかな? もし何人かで立ち入って、万が一不正扱いで閉じ込められたりでもしたら怖かったから行動には移さなかったけど」
「……なるほどな」
「……」
そこまで話し込み、沈黙が走る。
全員が全員、お互いの顔を見合わせた。
――誰がこのゲームに参加するか。
そう、探り合っているのだろう。空気で分かる。
けれど、誰も何も言い出さない。当たり前だ。万が一死ぬかもしれないゲームに一人で参加したがるような物好き――。
「篠山類、お前やれよ」
沈黙の中、一番先に口を開いたのは陣屋だった。
そしてあくまで冷静に、淡々と指名する陣屋に反応したのは木賀島だ。「お前……」と唸るように吐き捨てる木賀島を「待ってください、那智」とその腕を掴み、止める篠山。
そして。
「――わかりました、僕がプレイします」
篠山は陣屋の指名を受け入れるのだ。
いつもと変わらない無表情――ではなく、決意したような目の篠山に木賀島も、俺も、他の連中もぎょっとした。
ただ一人、陣屋達海だけは冷静に篠山を見ているのだ。
「待って、ルイルイ何言ってんの?」
「那智、貴方も知ってるでしょう。僕がパズルが得意なのは」
「それとこれとは……」
「こんなところで立ち止まっている場合ではないですし、少なからずこのメンバーの中で一番パズルは得意なのも僕です」
「……失敗したら死ぬ可能性もあるってのに?」
「でしたら、成功したら死なないんですよね」
篠山はあくまで淡々と続けた。
珍しく木賀島は狼狽えているようだ。それでも篠山は折れようともしない。
「待って。確かにそうかもしれないけど、そ、それなら……僕だってパズルゲームとかは得意だよ?」
「周子宗平、君はつい先程殴られて気絶をしていた怪我人です。もし後遺症でパズルを失敗し、犬死にされても困ります」
「そ、れは……けど、命に関わる物事を君一人に押し付けるような真似は流石に……」
「押し付けられるわけではありません。あくまでこれは合理的な判断に基づいた選択ですので」
篠山の言葉に圧倒され、周子はなにも言えなくなっていた。
全員分かってるのだろう。篠山の言葉は最もだと。
怪我を負った俺、木賀島、周子に任せて失敗するよりも、ある程度回復してる篠山か進藤――となると手先の器用さや頭の回転からして圧倒的に篠山の方が信頼できる。
けれど、と俺は陣屋を見た。そして木賀島も同じことを考えていたようだ。
「じゃあさ、お前はどうなんだよ。陣屋? だっけ? 誰かしんねえけど、ゲームは得意そうだったじゃん」
どこか棘のある言い方をしているのは、余程篠山を行かせたくないからだろうか。矛先を向けられた陣屋は顔色を変えるわけでもなく、ただ興味なさそうに「ゲームとアナログパズルは別物だ」と吐き捨てた。
「けど、そうだな。篠山類が失敗したときは、俺が代打で参加する。この中じゃ二番目には役に立てるだろうしな」
――合理的にな。
そう続ける陣屋に「はあ?」と木賀島が吐き捨てた。今にも一触即発の木賀島の前、「落ち着いてください、那智」と篠山が立ちふさがる。
「あまり動いては出血量が増します。……それに、僕なら平気です」
「平気って、んなわけないだろ……こんな」
「那智、大丈夫ですから。……これは僕自身で決めたことです」
それ以上木賀島は篠山になにも言わなかった。
木賀島のやつがここまで感情的になるのも珍しいと思ったが、二人が親しいことは知っていた分俺はなにも口を挟む気にもなれなかった。
それよりも、だ。陣屋に目を向ける。
「話は終わったようだな。それじゃあ篠山、さっさと準備をしろ」
陣屋はあくまで淡々と、そして篠山に声をかけるのだ。
「ええ、大丈夫です」そう応える篠山の声が、その語尾が僅かに震えてることに気付いて俺は舌打ちをした。
「陣屋君って、君が……」
「ああ。証明なら、そこのやつがしてくれるだろ」
そう、顎でこちらをしゃくってくる陣屋。
この男にそこのやつ扱いされるのも癪ではあるが、実施ここに閉じ込められてからこうして陣屋に直接会ったのは俺しかいない。
「そうなのかい?」と、こちらへと目配せをしてくる周子に俺は「こいつで間違えない」とだけ答えておく。
「そうか、じゃあ本当に君が……」
俺の言葉に、一応この目の前の不愛想な男がそうだと信じてくれたようだ。散々疑っていた木賀島はなにも言わずにじっと陣屋の方を見ており、篠山も様子を窺っているのがわかる。
「ふーん、お前が噂の陣屋か。まさか本当に生きてたのか」
そんな中、いつもと変わらない調子で進藤は陣屋に近づいた。興味津々になって陣屋の周りをぐるぐる回るその姿は玩具を見つけた犬かなにかのようにも見えた。
あまりにもあっけらかんとした様子で誰も踏み込まなかった部分に突っ込んでいく進藤に、周子は「進藤君!」と慌てて進藤を止めようとする。が、当の陣屋本人の顔色は変わらない。
「ああ。……どうやら、俺は死人扱いされてたようだな」
「じ、陣屋君……ごめんね、気を悪くしたなら――」
「構わない。それに、死にかけたのは事実だしな」
「え、それって……」
「事故に遭って数か月生死を彷徨う羽目になった。……そのおかげで、そんな噂が流れたんだろ」
「実際、その時の俺は死人も同然だったしな」本院はジョークのつもりなのか、陣屋の言葉に周子は返す言葉も失っているようだ。そんな周子とは対照的に「へー、なんだ。そういうことだったんだな!」と進藤は物珍しそうに陣屋を見る。
そして、
「あ、てかさ一応俺らって初めましてだよな。俺は進藤篤紀、よろしくな!」
言いながら陣屋に向かって左手を差し出す進藤。こいつのこういうところはすごいな、と感心する。この空気の読まなさ気を使わないところはこいつの長所でもあることには違いないだろう。
四肢、陣屋はその握手を返すことはなかった。ちらりと差し出された手を一瞥し、そしてそのまま陣屋は「知ってる」とふい、と視線を外した。
「知ってるって……」
「それに、よろしくなんてする暇あんのか?」
そうそっぽ向いた陣屋の視線の先。釣られて視線を向ければ、そこには木賀島がいた。篠山に右目の出血を止めるよう、そっとハンカチで顔の右半分を押さえられた木賀島はそのまま無言で陣屋を見ていた。
「確かに、それはそうだけど……そもそも知っているっていうのは?」
「大体のことは右代に聞いた」
「右代君に……」
「説明はした。けど、全員の顔分かんのかよ、お前」
別に助け舟を出すつもりはないが、口頭だけで説明するのと実際に会って話すのは違うはずだ。念の為確認すれば、陣屋は「見ればわかる」と相変わらず冷めた態度で続ける。
「お前が周子、それから篠山――怪我してるのが木賀島か。……おい、旭陽太はどうした?」
一人一人確認して、そこで一人いないことに気付いたらしい。こちらを見てくる陣屋に「知らねえ」とだけ返しておく。
「旭君は、その、まあ少し色々あってね……」
「色々か。……まあどうでもいい、それよりいつまでこんなところにいるつもりだ?」
お前が来たからややこしくなってたんだろうが。そう言ってやりたかったが、やめた。
黙っていると、先程まで黙っていた篠山は「そうですね」と小さく口を開く。
「このままここに居てもどうしようもないです。……それに、那智の出血量。ちゃんと手当をしなければ菌も入ってしまう」
「ルイルイ心配しすぎ~~」
「那智にこんなところで死なれては困りますので」
「……そうだな」
「え、なに? 宰も心配してんの?」
「肉壁がいなくなると不便だって話だ。……お前がいなくなったら、進藤くらいか役に立たないだろ」
「右代君、その言い方はよくないと思うけど」
「どっかの委員長さんは喧嘩できなさそうだしな」
「そんなもの、できなくていいんだよ」とむっとする周子を無視する。
「大丈夫大丈夫、周子は頭良いからな」
「肝心なときには役に立たないみたいだけどな」
「右代君、君は……」
「話もそこまでにしましょう。……自分はこのまま旭陽太を待つ必要もないと思いますが」
むむっとする周子をやんわりと宥めながら、篠山は会話に割って入ってくる。
篠山としては早く保健室や治療できる場所に木賀島を連れていきたいようだ。基本こういうとき静観している篠山だからこそ、その焦りがよく伝わってくるようだった。
「俺は賛成だな」と進藤。
「……僕は待っていたい気持ちもあるけど、木賀島の怪我のこともあるし」周子らしい、まだ陽太のことを見捨てられないでいるという。
木賀島は無言で指でオーケーを作ってた。
陣屋のやつも、先程の口ぶりから先を急ぎたいのだろう。他の奴らの視線が俺に向けられる。
「右代君、君はどうしたい?」
……何故、いちいち俺にも確認取るのか。
それもそんなに慎重に。
「先を行く。それに、ここで待っててもあいつは来ないだろ」
――というか、来れるはずがない。
陽太の性格からして、もしくるとしても俺が一人のときにまた首を狙いに来ることはあるだろうが。
満場一致、というわけではないが異論を唱える者はいなかった。
俺達は新しく陣屋を迎え、学習室へと向かうことになる。
私語厳禁のポスターが至るところに貼られた本棚の森を抜け、やってきたのは図書室の奥――学習室前。
「……っ、なんだ、ここ……」
「なにって、見ての通り学習室だってよぉ」
目の前には一面ガラス張りの壁。そして、その向こう側はぽつんと個室が存在していた。
そしてその中央には学習用の机と椅子が一式だけ用意されており、その上になにやら小箱が用意されている。
確かに学習室は図書室で借りた本を持ち込んだり、はたまた参考書を持参したりしては予め用意された机に向かって黙々とペンを取る――そんなイメージがあった。
が、なんだろうか。この嫌な感じは。これは学習室というよりも――。
「……なにかの実験室みたいだよね、って進藤君たちと話していたんだ」
ここはどうやら私語は許されるようだ。周子はそう、小さく口にした。
言われて納得した。俺が昔に見た学習室も確かにガラス張りだったような気がするが、無駄なものが一切排除されているからこそ余計実験室のような印象を受けるのかもしれない。
「見たところ、ここは定員一名様だってさ」
「どうしてそんなことわかるんだ」
聞き返せば、進藤は「ほら、これだよ」と学習室の入り口の扉を見る。
そこには手作り感溢れる手書きのポスターが貼られていた。そこに書かれている文面を見て、思わず眉間に力が入る。
『30分以内に巨大パズルを完成させよう!
遊べる人は一人だけだよ!
ただし、失敗したらその次点でゲームオーバー!
ずるや不正は絶対しないでね』
そんな文字の下には、棒人間のようなキャラクターが四角い箱の中で青ざめて倒れているイラストが描かれている。
「ああ? ……んだよこれ」
「恐らく、文字通りだと思いますよ。……ゲームオーバー、即ちこのゲームから強制的に退去されるということです」
「命をもってして」と篠山は小さく続けた。
電流、毒ガス、それとももっと物理的な方法かはこの落書きからは何一つ分からない。しかも、一人しか参加できないときた。
「……これをやらねえと先には進めないってか?」
「みたいだね」
「一応、他にも道はないか俺と進藤で色々探したんだけど……どうやら“あそこ”しかないみたいなんだよねえ、扉」
そう木賀島はガラス張りの学習室――その奥を指さした。その指の先には確かに怪しげな扉がこれみよがしに置かれてる。
機械細工が施されたその重々しい鉄製扉にはなにやら文字を打ち込むような盤面が取り付けられてるようだ。
「僕の記憶では、学習室はあんな扉はなかったはずです」
「じゃ、わざわざご丁寧に作られたってわけか? ……相変わらずよくやるよな」
「……そうですね」
俺の言葉に篠山は少し俯く。その顔はなにかを考え込んでいるようだ。
「それで、このゲームをクリアできたら参加した一人以外も通れるってことか?」
「進藤君、あそこの扉を見てみてよ。……多分、あそこにパスワードを開けば扉は開く仕組みになっているもだと思う」
「つまり、そのパズルを完成させればなにかしらの手がかりが手に入るってことか?」
「多分、そういうことだね。……30分もあればパズルの完成はできるとは思うけど、どうだろう。ここからじゃ、肝心のピースの数もわからないんだよね」
「多分、あの机の上にある箱がパズルなんじゃないかな」と周子はこんこんとガラスの壁を叩く。そこには勉強机の上――例の謎の箱が置かれているだけだ。
「これって入った瞬間参加扱いになったりすんのか?」
「するんじゃないかな? もし何人かで立ち入って、万が一不正扱いで閉じ込められたりでもしたら怖かったから行動には移さなかったけど」
「……なるほどな」
「……」
そこまで話し込み、沈黙が走る。
全員が全員、お互いの顔を見合わせた。
――誰がこのゲームに参加するか。
そう、探り合っているのだろう。空気で分かる。
けれど、誰も何も言い出さない。当たり前だ。万が一死ぬかもしれないゲームに一人で参加したがるような物好き――。
「篠山類、お前やれよ」
沈黙の中、一番先に口を開いたのは陣屋だった。
そしてあくまで冷静に、淡々と指名する陣屋に反応したのは木賀島だ。「お前……」と唸るように吐き捨てる木賀島を「待ってください、那智」とその腕を掴み、止める篠山。
そして。
「――わかりました、僕がプレイします」
篠山は陣屋の指名を受け入れるのだ。
いつもと変わらない無表情――ではなく、決意したような目の篠山に木賀島も、俺も、他の連中もぎょっとした。
ただ一人、陣屋達海だけは冷静に篠山を見ているのだ。
「待って、ルイルイ何言ってんの?」
「那智、貴方も知ってるでしょう。僕がパズルが得意なのは」
「それとこれとは……」
「こんなところで立ち止まっている場合ではないですし、少なからずこのメンバーの中で一番パズルは得意なのも僕です」
「……失敗したら死ぬ可能性もあるってのに?」
「でしたら、成功したら死なないんですよね」
篠山はあくまで淡々と続けた。
珍しく木賀島は狼狽えているようだ。それでも篠山は折れようともしない。
「待って。確かにそうかもしれないけど、そ、それなら……僕だってパズルゲームとかは得意だよ?」
「周子宗平、君はつい先程殴られて気絶をしていた怪我人です。もし後遺症でパズルを失敗し、犬死にされても困ります」
「そ、れは……けど、命に関わる物事を君一人に押し付けるような真似は流石に……」
「押し付けられるわけではありません。あくまでこれは合理的な判断に基づいた選択ですので」
篠山の言葉に圧倒され、周子はなにも言えなくなっていた。
全員分かってるのだろう。篠山の言葉は最もだと。
怪我を負った俺、木賀島、周子に任せて失敗するよりも、ある程度回復してる篠山か進藤――となると手先の器用さや頭の回転からして圧倒的に篠山の方が信頼できる。
けれど、と俺は陣屋を見た。そして木賀島も同じことを考えていたようだ。
「じゃあさ、お前はどうなんだよ。陣屋? だっけ? 誰かしんねえけど、ゲームは得意そうだったじゃん」
どこか棘のある言い方をしているのは、余程篠山を行かせたくないからだろうか。矛先を向けられた陣屋は顔色を変えるわけでもなく、ただ興味なさそうに「ゲームとアナログパズルは別物だ」と吐き捨てた。
「けど、そうだな。篠山類が失敗したときは、俺が代打で参加する。この中じゃ二番目には役に立てるだろうしな」
――合理的にな。
そう続ける陣屋に「はあ?」と木賀島が吐き捨てた。今にも一触即発の木賀島の前、「落ち着いてください、那智」と篠山が立ちふさがる。
「あまり動いては出血量が増します。……それに、僕なら平気です」
「平気って、んなわけないだろ……こんな」
「那智、大丈夫ですから。……これは僕自身で決めたことです」
それ以上木賀島は篠山になにも言わなかった。
木賀島のやつがここまで感情的になるのも珍しいと思ったが、二人が親しいことは知っていた分俺はなにも口を挟む気にもなれなかった。
それよりも、だ。陣屋に目を向ける。
「話は終わったようだな。それじゃあ篠山、さっさと準備をしろ」
陣屋はあくまで淡々と、そして篠山に声をかけるのだ。
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