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第五章『図書室ではお静かに』
07
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陣屋のことを最初からすべて信じているわけではない。そう思っていたけれど、先程の陣屋の言葉を聞いて自分の中での疑念が膨らんでいた。
二月三日について陣屋は何も覚えていないどころか、全校集会のことも記憶にないといった。
あの様子からして俺や周子のように頭痛や吐き気に見舞われた様子もなかったのが一つ、大きな気がかりでもあった。
俺が思い出そうとすると今でも頭の奥がズキズキと痛み、記憶を掘り返すことを阻害しようとしてくるのだ。
なのに、あいつは。
あくまで推測に過ぎないが、もしかして陣屋は登校していなかったから本当に知らないだけかもしれない。そして、記憶を呼び起こすことに対しての不快感の大きさはその人間がどれほど関わっているか否かで大きく変わってくる?
恐らく真面目な周子は全校集会に参加していた。もし、何者かによって強制的にその記憶を忘却させられたとする。そして蓋をされた場合、それを開こうとしてその蓋によっては大きな負荷が本人にかかり頭痛や吐き気になって邪魔してくるとしたら。
俺は参加した記憶はないが、“全校集会があったはず”という曖昧なものだけは思い出せた。しかし肝心の中身は分からない。
記憶力に自信がないわけではないが、中学時代のことはなぜだか不思議とところどころ記憶が定かではない。
それだけなら引きこもりの陣屋としてあの反応はまだわかったが、木賀島の言葉がずっと頭の中に残っていた。
――もし、そもそも先程俺の目の前にいたやつが陣屋でもなんでもない陣屋を名乗る赤の他人だったら。
そもそも、そんなことをしてなんになるのだ。
そこまで考えて思考を振り払おうとしたとき、ふと一抹の可能性が自分の中で芽生えた。
――もし、あいつがこの施設の運営側の人間だったら?
それこそ、なぜ自分の命の危険性があるゲームに参加する必要があるのかもわからない。監視のためならば至るところに置かれたカメラだけでも充分なはずだ。
――じゃあ、俺らを撹乱するために?
「……馬鹿馬鹿しい」
タラレバについて考えたところで疑心暗鬼になるだけだ。そもそも、そんなことを言えばあいつが単独行動している意味もわからない。かき乱したいのなら俺達と一緒に行動するはずだ。
椅子から立ち上がり、そろそろ周子たちを探すかと俺は科学室を後にした。
――特別教室棟、科学室前。
既に陣屋の気配は辺りになくなっていた。
本当にわけがわからないやつだ。
陣屋が運営側だとしたら、もっと上手く立ち回ればいいし、そもそもあのとき技術室で俺のことを助けるような真似もする必要もない。
「……」
そんな考えばかりがずっと頭の中をぐるぐるして、無意識に舌打ちが出る。なんであいつのことばかり俺が考えないといけないのか。
とりあえず図書室へと戻るため、俺はさっさと周子たちを探すことにした。
そして薄暗い通路を歩いて暫く、最寄りの男子便所の前の通路で倒れている人影を見つける。
「……周子?」
見間違いようがない。仰向けに通路に倒れてるやつを見つけ、咄嗟に駆け寄る。
「おい、周子……っ、起きろ」
そう声を掛け、周子の体を揺すった。上体を起き上がらせようとしたとき、手にべっとりとなにかがついた。嗅ぎ覚えがある嫌な匂いに汗が滲む。恐る恐る手のひらに目を向ければ、そこには赤い血がついていた。
死んでいる、わけではなさそうだ。熱もあるし、呼吸もある。
「周子」ともう一度声をかければ、「う゛……」と周子は小さく呻き、そしてうっすらと目を開いた。
「う、しろ君……い、っつ……」
「おい、なにがあった?」
「あれ、僕……なんで」
俺の顔も認識できるようだ。
周子は呻きながら頭を押さえようとし、そして手についた血液に「うわっ!なんだこれ!」と声をあげる。
「なんだこれって……お前、覚えてないのか?」
「し、知らない……っていうか、右代君はなんでここに……」
「お前がなかなか戻ってこないから様子見にきたんだよ」
傷口からして後頭部ぶん殴られたように見える。
近くに周子を殴った鈍器らしきものは見当たらない。一人ですっ転んで頭を打った可能性もゼロではないだろうが、後頭部を殴られてうつ伏せに倒れるなんて器用な真似できるとは思えなかった。
――だとしたら、誰かに襲われたとしか考えられない。
「……そうか、それは悪いことをしたかな」
「おい周子、陽太は見つけたのか?」
そう尋ねれば、周子はなにかを思い出したように目を丸くした。
「……っ、そうだ、右代君……旭君が」
「あいつがどうかした」
「後ろ姿見かけて、ここまで追いかけたんだよ……けど、いなかったんだ」
「――そんで、気付けばここで気絶したってか?」
周子はばつが悪そうな顔のまま、「うん」と小さく頷いた。
それはもう、答え合わせのようなものだった。
――陽太のやつ。
十中八九、周子を殴ったのはあいつだろう。その理由までも俺に理解できるわけがない、はずもない。
ただ唯一分かることは、あいつがもう俺の手から離れたということだけは理解できた。
お前らと一緒にいるつもりはない、そのつもりで陽太は周子を襲ったのだ。俺に見せつけるために。
――殺していないだけ、まだましか。
そう思う俺も大概この悪環境に慣れてしまっているのかもしれない。
陽太のやつを探す。
見つけ出してどうするかなどまだ考えていないが、このままほっとけば間違いなくろくなことにならないということだけは分かった。それでも、取り敢えず一発だけでもぶん殴ってやらなければ気が済まなかった。
とは言えど、このまま周子のやつをここに放っておくわけにもいかない。
周子に肩を貸し、そのまま周子を図書室へと運ぶことにした。
図書室のカウンターには篠山がいた。
頭から血を流す周子を見ても相変わらず無表情だったが、僅かにその眉がぴくりと反応するのを俺は見逃さなかった。
「右代宰、一体これはどういうことですか」
「知らねえよ、こっちが聞きたいくらいだ」
「……っつつ、ああ、もう大丈夫だ。運んでくれてありがとう、右代君。……あとのことは僕の方から説明させてもらうよ」
「っつってもなんも覚えてねーんだろ、黙ってろ」
カウンター内、一旦周子を床の上に転がせば、周子は少しだけむっとしていた。
「確かにそうだけど、そんな言い方ってないんじゃないかな」とぶつくさ言う周子を無視して篠山へと向き直る。
「廊下のど真ん中でこいつがぶっ倒れてるのを見つけた。こいつは陽太の姿を見つけて後を追っている途中でいきなりぶん殴られたらしい」
「誰に殴られたのか覚えてないのですか」
「わ、悪いけど……いきなり背後からだったから」
ごめん、と申し訳なさそうにする意味がわからなかったが、犯人は考えなくとも分かった。
あとのことは篠山に任せてそのまま立ち上がろうとした時、「どこに行くんですか」と篠山に止められる。
「陽太のやつを探してくる」
「ダメです」
「なんでお前が止めるんだよ」
「周子宗平が襲われたんですよ、次は貴方かもしれない」
そんなはずがない、と即答することはできなかった。
実際、既にあいつは俺に歯向かったのだ。
「それに、旭陽太……彼も既にどこかで襲われてる可能性がある」
その言葉に、心が急激に冷えていくのを感じた。
ああ、そうか。こいつは陽太が襲ったとは思っていないのか。
なにも答えないでいると、篠山は「……君は」と小さく口を開く。
「君は、旭陽太がやったと思ってるんですか?」
「ああ、そうだ」
「右代君、それは……」
「だとしたらなんの為に?」
そんなこと、考えなくともすぐに思い浮かんだ。
「俺に喧嘩売ってんだろうよ」
周子は口を何度か開閉し、諦めたように押し黙る。篠山は静かに、ただじっとこちらを見ていた。
「――陣屋達海の可能性は」
「……確かに、あいつも会った」
「え、会ったのか?」
「ああ、気絶するお前を見つける前にな」
「それから? 一緒には行動しなかったのですか?」
「二月三日のことを聞いた」
そう答えたとき、カウンター内の周囲の空気が僅かに冷たくなるのを肌で感じた。それはきっと気のせいではないだろう。
「それで、彼はなんと」
「覚えてない、と即答した」
「……様子は? 様子はどうだったんだい?」
「ケロッとしてたぞ。むしろ、『話はそれだけか?』ってキレやがったしな、あいつ」
「少なくとも、どっかの誰かさんみたいにゲロぶち撒けることはなかった」そう続ければ、「ぶち撒けてはないだろ!」と周子はごちゃごちゃ言ってくる。
篠山は何かを考えているようだ。「妙ですね」と呟いた。
「……そうだ、篠山。進藤はどうだったんだよ」
「その件ですが、進藤篤紀も周子宗平と反応は相違ありませんでした。吐瀉物は撒き散らしてませんでしたが」
「し、篠山君……」
「なるほど、じゃあ具合が悪くなったのか」
「ええ、当時のことを思い出そうとすると身体に影響が出ているようですね」
「……」
やはり、ただの偶然とは思えない。
「……そういや、あいつはどうなんだ」
「那智のことですか」
なんで伝わるのか癪だったが、手間が省けるのは助かる。頷き返せば、「さあ」と篠山は素っ気なく口にした。
「さあってなんだよ」
「まだ僕は会って直接は話してませんが、気になるのならこれから尋ねればいいのではありませんか? 学習室に行って」
「お前が聞いてこいよ、仲いいだろ」
「貴方も那智と仲がいいではないですか」
あまりにも的はずれな事を言うものだから、つい「よくねーよ」と食い気味に応えてしまう。
昔はまだ話せる方だとは思っていたが、今となっては何考えてるか分からない男だ。少なくとも友人と呼べるような人間ではないことは間違いないだろう。
「しかし、話を聞く限りやはり陣屋達海が怪しいですね。彼も僕と同じように不登校だったため記憶になかった可能性もありますが……」
「どちらにせよ、作為的なものを感じるのは否めないな。あとは木賀島君と旭君に聞ければいいんだけど」
「だから、聞いてきてやるって言ってんだろ」
「言ってないよ! それに、篠山君の言う通りだ。一人で行くのは危ない、もしも僕みたいに襲われたら……」
「お前みたいなとろいやつと一緒にすんなよ、少なくとも呑気に気絶はしねえ。殴ったやつの顔くらいは見てやる」
「お前と違ってな」とわざと茶化せば、周子は「僕は本気で心配してるんだぞ!」と噛み付いてくる。そして頭の傷に障ったらしい、「いてて」とその勢いはすぐに萎んでいった。
「なら、せめて進藤篤紀か那智。どちらかを連れて行ったらどうですか」
「そんなに俺が信用ならねえってか?」
「ええ、そうです。事実周子宗平が襲われたのも背後の確認が疎かになっていたからです、ですが二人ならばカバーできる」
「三人組の方が効力は上がりますが、万が一のことがあります。僕と怪我人である周子宗平では心許ないのでどちらか一人は残してください」篠山のやつは腹立たしいくらいに冷静だ。
正直、陽太のやつとの内輪揉めしてるところなど他人に見られたくなかった。けれど篠山の言うことには一理ある。
「……木賀島は嫌だ」
「解りました。では一度二人を連れ戻してきます」
なんだか面倒なことになってしまった気がしないでもないが、これ以上駄々捏ねたところで篠山が折れるとは思えない。
そのままカウンターを出ていく篠山を横目に舌打ちをし、俺は諦めて再び適当な椅子に腰を下ろすことにした。
二月三日について陣屋は何も覚えていないどころか、全校集会のことも記憶にないといった。
あの様子からして俺や周子のように頭痛や吐き気に見舞われた様子もなかったのが一つ、大きな気がかりでもあった。
俺が思い出そうとすると今でも頭の奥がズキズキと痛み、記憶を掘り返すことを阻害しようとしてくるのだ。
なのに、あいつは。
あくまで推測に過ぎないが、もしかして陣屋は登校していなかったから本当に知らないだけかもしれない。そして、記憶を呼び起こすことに対しての不快感の大きさはその人間がどれほど関わっているか否かで大きく変わってくる?
恐らく真面目な周子は全校集会に参加していた。もし、何者かによって強制的にその記憶を忘却させられたとする。そして蓋をされた場合、それを開こうとしてその蓋によっては大きな負荷が本人にかかり頭痛や吐き気になって邪魔してくるとしたら。
俺は参加した記憶はないが、“全校集会があったはず”という曖昧なものだけは思い出せた。しかし肝心の中身は分からない。
記憶力に自信がないわけではないが、中学時代のことはなぜだか不思議とところどころ記憶が定かではない。
それだけなら引きこもりの陣屋としてあの反応はまだわかったが、木賀島の言葉がずっと頭の中に残っていた。
――もし、そもそも先程俺の目の前にいたやつが陣屋でもなんでもない陣屋を名乗る赤の他人だったら。
そもそも、そんなことをしてなんになるのだ。
そこまで考えて思考を振り払おうとしたとき、ふと一抹の可能性が自分の中で芽生えた。
――もし、あいつがこの施設の運営側の人間だったら?
それこそ、なぜ自分の命の危険性があるゲームに参加する必要があるのかもわからない。監視のためならば至るところに置かれたカメラだけでも充分なはずだ。
――じゃあ、俺らを撹乱するために?
「……馬鹿馬鹿しい」
タラレバについて考えたところで疑心暗鬼になるだけだ。そもそも、そんなことを言えばあいつが単独行動している意味もわからない。かき乱したいのなら俺達と一緒に行動するはずだ。
椅子から立ち上がり、そろそろ周子たちを探すかと俺は科学室を後にした。
――特別教室棟、科学室前。
既に陣屋の気配は辺りになくなっていた。
本当にわけがわからないやつだ。
陣屋が運営側だとしたら、もっと上手く立ち回ればいいし、そもそもあのとき技術室で俺のことを助けるような真似もする必要もない。
「……」
そんな考えばかりがずっと頭の中をぐるぐるして、無意識に舌打ちが出る。なんであいつのことばかり俺が考えないといけないのか。
とりあえず図書室へと戻るため、俺はさっさと周子たちを探すことにした。
そして薄暗い通路を歩いて暫く、最寄りの男子便所の前の通路で倒れている人影を見つける。
「……周子?」
見間違いようがない。仰向けに通路に倒れてるやつを見つけ、咄嗟に駆け寄る。
「おい、周子……っ、起きろ」
そう声を掛け、周子の体を揺すった。上体を起き上がらせようとしたとき、手にべっとりとなにかがついた。嗅ぎ覚えがある嫌な匂いに汗が滲む。恐る恐る手のひらに目を向ければ、そこには赤い血がついていた。
死んでいる、わけではなさそうだ。熱もあるし、呼吸もある。
「周子」ともう一度声をかければ、「う゛……」と周子は小さく呻き、そしてうっすらと目を開いた。
「う、しろ君……い、っつ……」
「おい、なにがあった?」
「あれ、僕……なんで」
俺の顔も認識できるようだ。
周子は呻きながら頭を押さえようとし、そして手についた血液に「うわっ!なんだこれ!」と声をあげる。
「なんだこれって……お前、覚えてないのか?」
「し、知らない……っていうか、右代君はなんでここに……」
「お前がなかなか戻ってこないから様子見にきたんだよ」
傷口からして後頭部ぶん殴られたように見える。
近くに周子を殴った鈍器らしきものは見当たらない。一人ですっ転んで頭を打った可能性もゼロではないだろうが、後頭部を殴られてうつ伏せに倒れるなんて器用な真似できるとは思えなかった。
――だとしたら、誰かに襲われたとしか考えられない。
「……そうか、それは悪いことをしたかな」
「おい周子、陽太は見つけたのか?」
そう尋ねれば、周子はなにかを思い出したように目を丸くした。
「……っ、そうだ、右代君……旭君が」
「あいつがどうかした」
「後ろ姿見かけて、ここまで追いかけたんだよ……けど、いなかったんだ」
「――そんで、気付けばここで気絶したってか?」
周子はばつが悪そうな顔のまま、「うん」と小さく頷いた。
それはもう、答え合わせのようなものだった。
――陽太のやつ。
十中八九、周子を殴ったのはあいつだろう。その理由までも俺に理解できるわけがない、はずもない。
ただ唯一分かることは、あいつがもう俺の手から離れたということだけは理解できた。
お前らと一緒にいるつもりはない、そのつもりで陽太は周子を襲ったのだ。俺に見せつけるために。
――殺していないだけ、まだましか。
そう思う俺も大概この悪環境に慣れてしまっているのかもしれない。
陽太のやつを探す。
見つけ出してどうするかなどまだ考えていないが、このままほっとけば間違いなくろくなことにならないということだけは分かった。それでも、取り敢えず一発だけでもぶん殴ってやらなければ気が済まなかった。
とは言えど、このまま周子のやつをここに放っておくわけにもいかない。
周子に肩を貸し、そのまま周子を図書室へと運ぶことにした。
図書室のカウンターには篠山がいた。
頭から血を流す周子を見ても相変わらず無表情だったが、僅かにその眉がぴくりと反応するのを俺は見逃さなかった。
「右代宰、一体これはどういうことですか」
「知らねえよ、こっちが聞きたいくらいだ」
「……っつつ、ああ、もう大丈夫だ。運んでくれてありがとう、右代君。……あとのことは僕の方から説明させてもらうよ」
「っつってもなんも覚えてねーんだろ、黙ってろ」
カウンター内、一旦周子を床の上に転がせば、周子は少しだけむっとしていた。
「確かにそうだけど、そんな言い方ってないんじゃないかな」とぶつくさ言う周子を無視して篠山へと向き直る。
「廊下のど真ん中でこいつがぶっ倒れてるのを見つけた。こいつは陽太の姿を見つけて後を追っている途中でいきなりぶん殴られたらしい」
「誰に殴られたのか覚えてないのですか」
「わ、悪いけど……いきなり背後からだったから」
ごめん、と申し訳なさそうにする意味がわからなかったが、犯人は考えなくとも分かった。
あとのことは篠山に任せてそのまま立ち上がろうとした時、「どこに行くんですか」と篠山に止められる。
「陽太のやつを探してくる」
「ダメです」
「なんでお前が止めるんだよ」
「周子宗平が襲われたんですよ、次は貴方かもしれない」
そんなはずがない、と即答することはできなかった。
実際、既にあいつは俺に歯向かったのだ。
「それに、旭陽太……彼も既にどこかで襲われてる可能性がある」
その言葉に、心が急激に冷えていくのを感じた。
ああ、そうか。こいつは陽太が襲ったとは思っていないのか。
なにも答えないでいると、篠山は「……君は」と小さく口を開く。
「君は、旭陽太がやったと思ってるんですか?」
「ああ、そうだ」
「右代君、それは……」
「だとしたらなんの為に?」
そんなこと、考えなくともすぐに思い浮かんだ。
「俺に喧嘩売ってんだろうよ」
周子は口を何度か開閉し、諦めたように押し黙る。篠山は静かに、ただじっとこちらを見ていた。
「――陣屋達海の可能性は」
「……確かに、あいつも会った」
「え、会ったのか?」
「ああ、気絶するお前を見つける前にな」
「それから? 一緒には行動しなかったのですか?」
「二月三日のことを聞いた」
そう答えたとき、カウンター内の周囲の空気が僅かに冷たくなるのを肌で感じた。それはきっと気のせいではないだろう。
「それで、彼はなんと」
「覚えてない、と即答した」
「……様子は? 様子はどうだったんだい?」
「ケロッとしてたぞ。むしろ、『話はそれだけか?』ってキレやがったしな、あいつ」
「少なくとも、どっかの誰かさんみたいにゲロぶち撒けることはなかった」そう続ければ、「ぶち撒けてはないだろ!」と周子はごちゃごちゃ言ってくる。
篠山は何かを考えているようだ。「妙ですね」と呟いた。
「……そうだ、篠山。進藤はどうだったんだよ」
「その件ですが、進藤篤紀も周子宗平と反応は相違ありませんでした。吐瀉物は撒き散らしてませんでしたが」
「し、篠山君……」
「なるほど、じゃあ具合が悪くなったのか」
「ええ、当時のことを思い出そうとすると身体に影響が出ているようですね」
「……」
やはり、ただの偶然とは思えない。
「……そういや、あいつはどうなんだ」
「那智のことですか」
なんで伝わるのか癪だったが、手間が省けるのは助かる。頷き返せば、「さあ」と篠山は素っ気なく口にした。
「さあってなんだよ」
「まだ僕は会って直接は話してませんが、気になるのならこれから尋ねればいいのではありませんか? 学習室に行って」
「お前が聞いてこいよ、仲いいだろ」
「貴方も那智と仲がいいではないですか」
あまりにも的はずれな事を言うものだから、つい「よくねーよ」と食い気味に応えてしまう。
昔はまだ話せる方だとは思っていたが、今となっては何考えてるか分からない男だ。少なくとも友人と呼べるような人間ではないことは間違いないだろう。
「しかし、話を聞く限りやはり陣屋達海が怪しいですね。彼も僕と同じように不登校だったため記憶になかった可能性もありますが……」
「どちらにせよ、作為的なものを感じるのは否めないな。あとは木賀島君と旭君に聞ければいいんだけど」
「だから、聞いてきてやるって言ってんだろ」
「言ってないよ! それに、篠山君の言う通りだ。一人で行くのは危ない、もしも僕みたいに襲われたら……」
「お前みたいなとろいやつと一緒にすんなよ、少なくとも呑気に気絶はしねえ。殴ったやつの顔くらいは見てやる」
「お前と違ってな」とわざと茶化せば、周子は「僕は本気で心配してるんだぞ!」と噛み付いてくる。そして頭の傷に障ったらしい、「いてて」とその勢いはすぐに萎んでいった。
「なら、せめて進藤篤紀か那智。どちらかを連れて行ったらどうですか」
「そんなに俺が信用ならねえってか?」
「ええ、そうです。事実周子宗平が襲われたのも背後の確認が疎かになっていたからです、ですが二人ならばカバーできる」
「三人組の方が効力は上がりますが、万が一のことがあります。僕と怪我人である周子宗平では心許ないのでどちらか一人は残してください」篠山のやつは腹立たしいくらいに冷静だ。
正直、陽太のやつとの内輪揉めしてるところなど他人に見られたくなかった。けれど篠山の言うことには一理ある。
「……木賀島は嫌だ」
「解りました。では一度二人を連れ戻してきます」
なんだか面倒なことになってしまった気がしないでもないが、これ以上駄々捏ねたところで篠山が折れるとは思えない。
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