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第五章『図書室ではお静かに』
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教室の中には篠山がいた。
眠っているのかと思いきや、席については机に向かっていた篠山は俺たちが入ってくるのを眼球だけを動かして見るのだ。
「……外の声、中まで丸聞こえですよ」
「起きてたのか」
「寝ようと努力はしてました。けど、眠れと言われて急に眠ることができませんので」
「そりゃそうだろうな」
「ルイルイ意外と繊細だもんねー」
ニヤニヤと笑う木賀島は篠山に近付き、そのまま「はい、これ。プレゼント」と何かを手渡しているようだ。
それは白い紙切れのようだ。なんだ?と訝しんでると、木賀島は猫のように大きな伸びをし、そのまま教室床の上に腰を下ろす。そして、そのまま床の上に丸まって寝転がるのだ。
「ふぁ……じゃ、お先におやすみー」
「……おい、そこで寝たら邪魔だろ」
つうか、汚いとか思わないのか。呆れてると、木賀島からは「ぐう」とイビキだけが返ってくる。
まさか、もう眠ったというのか。
「……嘘だろ」
「本当ですよ。こうなった那智は何しても起きませんので」
「…………」
呆れて何も言えない。
マイペースもここまで来ると一周回って羨ましい。俺なら絶対こんな汚い床で眠りたくないし、こんなにすぐ眠れないだろう。余程我慢してたのか、それとも安心しきってるのか……どちらにせよ図太いこった。
立ったままでいるのも体力を無駄にしそうで、俺は篠山と木賀島から離れた席に腰を降ろす。
廊下の方からなにやら揉めてる声が聞こえてくる。……本当に声がよく響くな。
なんて思ってると。
「右代宰、君は寝ないのですか?」
なにやら机に向かってカリカリと描いてる篠山はちらりとこちらを見てくるのだ。
「俺からしてみりゃ、こんな状況でのんびり寝れるやつの神経が知れねえな」
「まあ、同感です。必要だと分かっててもやはり、緊急時に備えておくべきかと」
……篠山は妙なやつだが、やはりこいつが一番話が早い。……妙なやつだがな。
と、なんとなく篠山の行動が気になった。
それに、先程木賀島が渡していたメモのこともだ。
「……さっきから何やってるんだ?」
無視してもいいのだが、同じ部屋でカリカリされちゃ休むに休めない。何気なく篠山に近付いた俺は、やつが先程熱心に向かってる机を覗き込んだ。
そして、息を飲む。
机いっぱいに書かれたものは、何かの図形のものだった。そして、すぐに俺はそれが何なのか理解した。
「……っ、これは……」
「……記憶から、僕たちの母校の校内図を書き出してました」
「那智にも確認してもらった通り、ここは特別教室棟の二階で間違いないみたいですね」そう、黒く塗り潰した一角を鉛筆で丸を囲む篠山。
そうだ、見慣れたその作りは記憶にあるものとまったく同じだ。つい今まで存在すら気に留めていなかったのに、まるで昨日のことのように思い出す。体に、脳に直接刻まれているかのように。
「僕と那智の記憶に違いがなければトイレの位置から空き教室の位置まで相違ないです」
「……技術室に科学室、音楽室に家庭科室……確かに、この位置はそうだ」
「技術室に関しては大きく改造されていたようですが、それ以外は内装に違いはありません。……那智に階段も確認してもらったんですが、下の階に繋がる階段は塞がっていたようですね」
平然とした顔でそんなことを口にする篠山に、思わず聞き流しそうになった俺は咄嗟にやつを見た。
「……待てよ、お前らそんなことしてたのか?なんで言わなかったんだよ」
「もちろんちゃんと考えがまとまってから話すつもりではありました。……せっかちな君が聞いてくるから答えたまでです」
「確証もなしに余計なことを言って皆の不安を煽るだけになってしまいそうだったので」と続ける篠山。
こいつの言い方は腹立つが、確かに、あんなことがあったせいで全員が全員殺気立ってるのは違いない。
次から次へと突き付けられる現状を飲み込むにはもう少し頭を冷やす時間が必要だった。
「……とにかく、恐らくここに閉じ込めたやつの意図からするに僕たちを簡単に帰すつもりはない。そして、すぐに殺すつもりもないと。推測からするに犯人は愉快犯で違いないでしょう。僕たちの反応を見て楽しんでる。……だとするとまだこの階になにかあるはずです」
まるで、ゲームのようだと思った。
俺たちが揉めてるのを見て楽しんでるやつがいると腹立たしいが、事実、こんな手の込んだ真似をするのは変態野郎しかいないだろう。
「となると、二階は……あとは」
俺と篠山は卓上の校内二階の上面図に目を向ける。
まだ行っていない特別教室となると……あった。
「……図書室」
「恐らく、今までの流れを感じるに特別教室になんらか仕掛けてるはずです」
「……わかってても行くしかねえってか」
「逸早く脱出するのならば、行かない手はないでしょうね。しかし、当然なにかが仕掛けられてるはずです」
「……罠か」
「進藤篤紀と旭陽太……二人の怪我は芳しくない。……安静にさせておいた方がいいと思います」
「けど、念の為を考えるなら全員で行動した方がいいんじゃないか?……この階で残る怪しそうな場所はここしかねえんだろ?もし脱出できたとき、残した連中をそのまま置いていく形になるかもしれねえし」
「…………」
「……なんだよその顔は」
「…………いえ、あまりにも君が似つかわしくないことを言うもので驚いてました」
「あ?…………」
指摘されてから、気付いた。
これでは、皆仲良く脱出しようと言ってるようなものではないか。
「肉壁は多い方が良いだろって意味で言ったんだよ」
「まあ、そういうことにしておきます。……けど、決まりましたね。那智が目を覚ましてからこのことは他の三人にも伝えますか」
……正直、なんだか胸のもやもやは取れなかった。
というよりも、木賀島も木賀島だ。篠山に言われて外の様子を見ていたというなら最初からそう言えばいいものの、あいつの言動余計紛らわしいんだよ。
けど、どいつもこいつもただぼけっとしてたわけじゃねえってことか。……そう考えると、なんだかムカムカしてきて、俺は椅子に座り足を組んだ。
「眠っててもいいですよ」
「……お前は」
「僕はもう少し考えてみます。……心配ならばすぐに助けが求められるようにそこの扉、開けときますか?」
「チッ……可愛くねえやつだな本当」
その気遣いが余計腹立たしいのに、こいつは悪気がないというのだから恐ろしい。けれど、篠山のことは信用に値すると思っている。木賀島と仲がよくても、その行動はまだ理に適ってるからだ。
少しだけ、休むか。とはいえ、爆睡することはないだろうが。俺はまた机に向かってカリカリと書き始める篠山を一瞥し、目の前の机にうつ伏せになった。
今度は、思いの外簡単に眠りに落ちた。
外から聞こえてる物音で目を覚ます。硬いベッド代わりの椅子に埃っぽく湿った空気、目覚めとしては最悪だが寝れただけでもましたのかもしれない。
目が覚めたら自室のベッドで、なにもかもが夢だというのを期待していたが現実はそう上手く行かないようだ。
「よく眠ってましたね」
最後寝る前と同じように机に向かっていた篠山が、起きる俺に気付いたようだ。眼球だけこちらを向く。
時計がないので具体的にどれくらいの時間というのはわからないが、篠山が言うのなら結構寝ていたのかもしれない。伸びをすれば、関節が音を立てる。
「お前は寝てねえのか」
篠山は頷き返し、「まあ、襲撃はなかったようですけどね」とジョークかどうかもわからない返事をしてくれる。
ふと、木賀島を探せば……いた。口を開けて爆睡している。
「あれからどれくらい経った?」
「二時間程度でしょうか。まだ寝てても大丈夫ですよ」
「……いや、もういい。お前も少しは寝たらどうだ」
「そうですね、君が起きたのなら横になれる今の内になっておきますか」
そう、小さくアクビを噛み殺した篠山はそのまま机に突っ伏した。少しは信用してくれているということなのだろうか。悪い気はしなかった。
それから暫く、外ではなにやら話し声が聞こえてきた。揉めてるようには聞こえないから大丈夫だろうが、やはり落ち着かない。
こんな状況でストレスを感じないわけがないと分かりきっていたが、ずっと監視されてるかもしれないこの状況下、こうしておちおちゆっくり眠れない状況が何よりも腹立たしい。
何故、こんなところにいるのか。
改めて考える。心当たりは考えれば考えるほど出てくる。自分は好かれるような人間ではなかったし、俺だって好かれるように動いたこともなかった。
それに、ここに閉じ込められた顔ぶれからして俺たちをここに連れてきた人間は中学の頃の繋がりで間違いないだろう。
中学時代、恨みを買った覚えは腐るほどある。そうでなくても直接関わりない連中から因縁をつけられることだってあったのだ。
けれど、それでいて廃校になった中学校を改造するほどの金を持った人間となるとまるで見当もつかない。
校内で裕福な人間はいたが、ここまでの規模の悪趣味なゲームを行えるほどの人間は早々いないはずだ。
となると、個人ではなく組織ぐるみか。けれど、そうなると出てくるのはなんで今更ということだった。
当時ならまだしも、あれから二年は経っている。
廃校になって、それから工事に取り掛かって、そして準備が出来たから……と考えると納得できないわけではない。
そうなると、この学園の権利者を調べ上げれば一発で誰が仕組んだのかわかるはずだ。
……勿論、ここから出て、の話にはなるが。
クラスも委員会も部活もバラバラだった俺たちの母校が同じということ以外の共通点、共通する人物を探す。
進藤や陽太、周子や木賀島のように面識あるやつもいれば、陣屋や篠山のように直接仲良かったわけでもないやつもいるくらいだ。そうなると、私怨絡みの可能性は高い。
特に陣屋と篠山のようなタイプとなると敵を作るようには思えない。そこを考えれば少しは絞れるだろうか。
……何かを忘れているような気がする。
考えれば考えるほど頭蓋骨を直接殴られるような鈍い痛みが走った。……頭が働かない。喉が乾いた。
やめだ、やめ。とにかく、図書室に行けば何かしら仕掛けてるだろう、俺らに恨みがある野郎だ。見せしめのように大きくヒントぶら下げてくれるかもしれない。
それからどれほどの時間が経ったのだろうか。
教室の扉が静かに開いた。顔を出したのは、周子と……陽太だ。
「まだ休んでるみたいだね」
「宰様、具合は大丈夫ですか?」
「声がでけぇよ」
このままでは二人を起こす可能性もある。ピクリと篠山が反応するのを見て、俺は周子たちを教室から追い出すように一度教室外の通路へ出る。
通路には座り込んだ進藤もいた。……あまり顔色はよくなさそうだ、死にかけたのだから無理もないが。
「……どうした、何かあったのか?」
「何か、というわけじゃないんだけど……そろそろかなと思って」
「そろそろ?」
「まじで腹が減ってさー、また科学室に飯用意されてねえかなって話てたんだよ」
「……皆起きてから確かめに行こうと思ったんだけど、二人共よく寝てるみたいだね」
「木賀島はずっと寝てる。篠山は……さっき俺と交代して眠ったところだ」
「宰様も休まなくて大丈夫ですか?」
「こんな場所でゆっくり寝れるわけねえだろ、埃臭えし椅子は硬いし……」
「まあ、そうだろうね」
「……飯か。……確かにそろそろ水がほしいな」
眠ったから余計水分を持っていかれたのかもしれない、やけに喉がひりつく。
そんな俺に、進藤は嬉しそうに笑った。
「なあ、右代、俺と一緒に科学室行かねえ?」
「……お前と?」
「ここからそう離れてねーしさ、ただ飯があるかないか確認するだけだって。一人ならおっかねーけど、二人なら何かあっても大丈夫だろ」
「それなら、俺と宰様が見てくる。死に損ないのお前が行ったってもし万が一宰様の身に何かあったとき守れないだろ」
「……勝手に決めてんじゃねえよ」
正直、空腹を覚えていた俺にとっては悪くない提案だったが見張りが手薄になるのもリスキーなように思えるのだ。
「飯は心配しなくてもあるだろ。……こんな凝った施設作るやつが俺たちを餓死なんてくだらねえことするとは思えねえ。……それと、全員揃って行った方がいい。この状況でバラけるのは得策じゃねえだろ」
「……僕も、右代君の意見に同意かな。下手にバラバラに動いてまた何かがあったとき、助けれなかったときが怖いからね」
「えー、マジかよ……」
「進藤、お前腹減ってんのか?」
「わりとガチ目に」
「…………はぁ」
仕方ねえやつ。……けど、まあ、気持ちはわかる。
進藤くらいになると普段食う量からして足りねえだろうし腹減ったと暴れられるよりはまだマシかもしれない。
この教室から科学室はそう離れていない。
「……周子、進藤連れて科学室の様子見てきていいか」
「ええっ?どうしたの、急に」
「つ、宰様……!」
「コイツ、腹減るとしつけーから」
「右代ー!流石、持つべきものは物分りのいい友達だな!」
「それなら、もう中の二人も起こして皆で行こう。君たちを疑うわけじゃないけど……特に今は少しの不平不満もなくしていきたい、こういう状況だからね」
「篠山君には悪いけど、また戻ってきて休んでもらえばいいよね」と続ける周子。
周子らしいと思った。実際に何も細工しなかったとしても何かしらの難癖を着けられれば潔白を証明することもできず亀裂が入るだけだ。
周子はそういった余計なゴタゴタをなくしたいのだろう。
俺は、陣屋のことを思い出す。確かにこういうときグループで行動するのは面倒だ。
それでも、単独行動であるあいつなら不思議と俺たちの飯に細工するような真似をしないだろうと思えるから余計謎だ。けれど、ここにいる連中はそうとはいかない。
「進藤、それでいいか?」
「俺はいいよ、寧ろ賛成!」
「まあ、宰様とそこのバカが二人きりになるよりかは全然マシだな」
「あ、もしかしてバカって俺のことか?!」
「声がデカイんだよこのバカが……!」
お前もな、というツッコミはアホらしくてする気もできなかった。それから、自分で言ったものの篠山に対して申し訳なく感じてるらしい周子に代わって教室の中の二人に声を掛ける。篠山はすぐに起きたが、木賀島はなかなか起きなかった。ムカついたので背中を蹴ったらようやく起き出す始末だ。
それから、俺達はゾロゾロと科学室へと向かうことになった。
「ふぁー、まだ寝たりないなぁ。つうか、背骨痛えー」
「長時間床の上で寝るからですよ」
「せめてふかふかの布団とふかふかの枕があったらよかったんだけどな~」
「分かる、あとアイマスク」
呑気にも程がある。マイペース二人組が意気投合してるのを聞き流してると、あっという間に科学室に着いた。
閉め切られたそこを誰が一番に開けるか、と周子に目配せした横で進藤が「一番乗り~」なんて言いながら扉を開いた。
……こいつの危機感のなさにも呆れたが、やはりというべきか科学室からは食欲を唆られるような匂いが漂ってくる。その匂いに体も安堵したのか、腹の虫が誰にも聞こえないくらいの声で鳴いた。
「よっしゃー!大当たり!飯だ飯ーッ!」
「あ、ちょ……ちょっと進藤君!危ないからもっと慎重に……!」
「二番乗り~!」
「き、木賀島君まで……!」
わらわらと飯に駆け寄るマイペースもといバカ二人組に続いて、その後を追いかける周子と辺りを確認して入る篠山、それから俺と陽太は中へと踏み入れた。
科学室、実験台をテーブル代わりに置かれた料理たちの前に俺たちは用意された好物の前に腰を降ろす。
時間もそれほど経っていないようだ。
こうして飯を用意してくれる安堵と同時に、なんとなく胸につっかかりを覚えずには居られなかった。
木賀島が殺したという男の死体はまだ見つかっていないのだろうか。
もし見つかったとしたら、何か仕掛けてくる可能性もある。そして、この飯にももしかしたら……。
「いただきまーす!」
「……」
余程腹減っていたらしい、そう言ってハンバーグに食い付くのはやはり進藤だった。
こいつもこいつでよく肉を食う気になれるものだ。俺ですらあまり固形物を入れる気にすらなれないのに。
食す進藤を眺めているが、二口目と食い付いてるのを見てとりあえずは即効性の毒は入っていなさそうだと理解する。
けれど、問題は木賀島だ。俺たちの行動は逐一監視されてるに違いないはずだ。だとすれば、誰が殺したかくらい相手には筒抜けだろう。木賀島はパスタにフォークを突き立て、子供のようにくるくると巻いてそれを食べようとする。口に入れる直前、俺の視線に気付いたようだ。
にっと笑って、そして、それを口へと放り込んだ。
周子も、気になっていたようだ。暫くもぐもぐと咀嚼していた木賀島だったが、「んー、おいちー」とわざとらしくリアクションし出すのを見て視線を外す。
……大丈夫、と決まったわけではないが。ここに来ていまさらということか。木賀島に関してはそんな駆け引きも娯楽のようなものなのか、俺ならまっぴらゴメンだ。
それから、無理矢理胃の中に食べ物を詰め込むことにした。喉に何かが通るたびに違和感を覚えたが、今食べないと今度いつ食事することができるかわからない状況だ。
黙々と、妙に重苦しい空気の中俺たちは食事を済ませた。
木賀島と篠山と進藤は相変わらずのようだったが、少なくとも俺は気が気でなかった。
――連中、何を考えてるんだ。
仲間を殺されたことに気付いていないはずはないだろう。それとも、そんなに人数自体いなくて手が回っていないか?
いや、それも考え難い。こんな大掛かりな工事を行うような相手だ。少なくとも複数はいないとおかしい。
それとも、向こうでトラブルでもあったか。それとも、最初から死人が出ることは想定内ということか?
だとしたら、余計不気味だった。
気付けば、目の前の皿は平らげてしまっていた。
全く味がしない飯だった。せっかくの好物も台無しだ。
陣屋の分であろう和食を残したまま、他の連中も完食したようだ。
「はー、食った食った」
「……よく食べれたね、進藤君。僕なら無理だよ、喉締められたあとにこんな量……」
「何言ってんだよ委員長、腹が減っては戦は勝てぬって言うだろ?」
「勝つって……」
言い掛けて、恐らく例の射殺体のことを思い出したらしい。青褪めた周子は、「ならいいけど」と誤魔化すように視線を外した。……本当に分かりやすいやつだ。
一まずは全員空腹を凌いだお陰で多少頭に栄養がいってるはずだ、ならば丁度いい。
「おい。そろそろ、今後の話でもするか」
これからどうするか、それは先程の仮眠時間俺と篠山で話し合っていた。「篠山」と名前を呼べば、やつも理解したらしい。はい、と小さくうなずき、そして科学室のホワイトボードの前に立つ。
何をしてるのだと他の奴らの目が篠山に向く。
太いペンを手にした篠山は、ホワイトボードに校内の簡易地図を書き始めた。
「この階の造形や教室の場所からして、ここは、十中八九僕達の母校で間違いないというということになりました。これは、中学の二階の地図です。そして、僕たちが今まで確認した場所を塗り潰していった結果、残った場所は一つ」
「図書室だけだ」
全員の目が、スラスラと書かれる地図に目を向けた。
一番広いその空間に大きく赤い丸を書いた篠山に、連中は息を飲む。……探索した張本人である木賀島を除いて。
「階段も全部塞がれているらしいし、何か仕掛けられてるとしたらここで間違いないだろうな」
「何かって……また、あんなゲームみたいなことやらされるってことかい?」
「でしょうね。けれど、そこへ行かなければ僕たちは文字通り八方塞がり。そして、動きがなければ必ず連中は何かしら仕掛けてくるはずです」
「ま、でもそこでもゲームクリアしたらいいんだろ?そうすれば、脱出出来るってわけだ」
「……だといいけどな」
正直、簡単に脱出できるかどうかすらわからない。
図書室のゲームをクリアしたところで次のゲームを用意されてる可能性の方が大きいだろう。
けれどそれを言ってしまえば士気が下がるだけだ。
「とにかく、行くしかないって話だよねえ。全員で」
「全員で?」
「取り残された人がそのまま置いてかれるなんてことになったらかわいそーじゃん?」
「残された場所はここしかない。万が一のことを考えてばらばらで行動するのは避けた方がいいでしょう」
「…………」
不服そうな陽太だったが、異論はないらしい。
周子も、進藤も、諦めたような、そうすることしかないということを悟ってるのだろう。
「……じゃあ、陣屋君はどうするんだい?」
周子の問に、一瞬体が反応した。
……陣屋、単独行動を選んだあいつか。
「一緒にいた方がいいに違いないが、こちらからはどうしようもない。……それに、もしかしたらあいつのことだ。とっくに図書室に行ってる可能性もある」
「……そうだね、そうだといいんだけど」
「怪我人である宰様を置いていったあんな男の心配なんてする必要ないですよ!……それよりも、さっさと行きましょう。そこしかないんでしょう?」
「……そうだな」
「やけに張り切ってるねえ?陽太君。死に急いでんの?」
「……ッ、黙れよ、俺はさっさとこんな気持ち悪い場所から宰様と脱出したいだけだよ!」
「へえ、宰様とねえ~……」
「なんだよ、ニヤニヤと……」
「二人共、落ち着いて……っ!それじゃあ、決まったことだし図書室に行こうよ、ね」
「…………」
「やだなぁ、俺は落ち着いてんのにさ~?」
「木賀島君……っ」
相変わらずな陽太と木賀島の仲裁に入る周子。
……しかし、確かに陽太の様子がおかしい。怪我が痛むのか……指が切れた痛みは俺にはわからないが、普通ならば耐えられるものではないだろう。それに、顔色も悪い。出血量も大分激しかったし、ちゃんとした処置をしなければ後遺症になるかもしれない。
そこまで考えて、自嘲する。後遺症もなにも、生きていたらの話だ。今は、他人の心配などしてる場合ではない。
俺たちはバラバラに席を立ち、そして、図書室のある場所へと向かうことにした。
眠っているのかと思いきや、席については机に向かっていた篠山は俺たちが入ってくるのを眼球だけを動かして見るのだ。
「……外の声、中まで丸聞こえですよ」
「起きてたのか」
「寝ようと努力はしてました。けど、眠れと言われて急に眠ることができませんので」
「そりゃそうだろうな」
「ルイルイ意外と繊細だもんねー」
ニヤニヤと笑う木賀島は篠山に近付き、そのまま「はい、これ。プレゼント」と何かを手渡しているようだ。
それは白い紙切れのようだ。なんだ?と訝しんでると、木賀島は猫のように大きな伸びをし、そのまま教室床の上に腰を下ろす。そして、そのまま床の上に丸まって寝転がるのだ。
「ふぁ……じゃ、お先におやすみー」
「……おい、そこで寝たら邪魔だろ」
つうか、汚いとか思わないのか。呆れてると、木賀島からは「ぐう」とイビキだけが返ってくる。
まさか、もう眠ったというのか。
「……嘘だろ」
「本当ですよ。こうなった那智は何しても起きませんので」
「…………」
呆れて何も言えない。
マイペースもここまで来ると一周回って羨ましい。俺なら絶対こんな汚い床で眠りたくないし、こんなにすぐ眠れないだろう。余程我慢してたのか、それとも安心しきってるのか……どちらにせよ図太いこった。
立ったままでいるのも体力を無駄にしそうで、俺は篠山と木賀島から離れた席に腰を降ろす。
廊下の方からなにやら揉めてる声が聞こえてくる。……本当に声がよく響くな。
なんて思ってると。
「右代宰、君は寝ないのですか?」
なにやら机に向かってカリカリと描いてる篠山はちらりとこちらを見てくるのだ。
「俺からしてみりゃ、こんな状況でのんびり寝れるやつの神経が知れねえな」
「まあ、同感です。必要だと分かっててもやはり、緊急時に備えておくべきかと」
……篠山は妙なやつだが、やはりこいつが一番話が早い。……妙なやつだがな。
と、なんとなく篠山の行動が気になった。
それに、先程木賀島が渡していたメモのこともだ。
「……さっきから何やってるんだ?」
無視してもいいのだが、同じ部屋でカリカリされちゃ休むに休めない。何気なく篠山に近付いた俺は、やつが先程熱心に向かってる机を覗き込んだ。
そして、息を飲む。
机いっぱいに書かれたものは、何かの図形のものだった。そして、すぐに俺はそれが何なのか理解した。
「……っ、これは……」
「……記憶から、僕たちの母校の校内図を書き出してました」
「那智にも確認してもらった通り、ここは特別教室棟の二階で間違いないみたいですね」そう、黒く塗り潰した一角を鉛筆で丸を囲む篠山。
そうだ、見慣れたその作りは記憶にあるものとまったく同じだ。つい今まで存在すら気に留めていなかったのに、まるで昨日のことのように思い出す。体に、脳に直接刻まれているかのように。
「僕と那智の記憶に違いがなければトイレの位置から空き教室の位置まで相違ないです」
「……技術室に科学室、音楽室に家庭科室……確かに、この位置はそうだ」
「技術室に関しては大きく改造されていたようですが、それ以外は内装に違いはありません。……那智に階段も確認してもらったんですが、下の階に繋がる階段は塞がっていたようですね」
平然とした顔でそんなことを口にする篠山に、思わず聞き流しそうになった俺は咄嗟にやつを見た。
「……待てよ、お前らそんなことしてたのか?なんで言わなかったんだよ」
「もちろんちゃんと考えがまとまってから話すつもりではありました。……せっかちな君が聞いてくるから答えたまでです」
「確証もなしに余計なことを言って皆の不安を煽るだけになってしまいそうだったので」と続ける篠山。
こいつの言い方は腹立つが、確かに、あんなことがあったせいで全員が全員殺気立ってるのは違いない。
次から次へと突き付けられる現状を飲み込むにはもう少し頭を冷やす時間が必要だった。
「……とにかく、恐らくここに閉じ込めたやつの意図からするに僕たちを簡単に帰すつもりはない。そして、すぐに殺すつもりもないと。推測からするに犯人は愉快犯で違いないでしょう。僕たちの反応を見て楽しんでる。……だとするとまだこの階になにかあるはずです」
まるで、ゲームのようだと思った。
俺たちが揉めてるのを見て楽しんでるやつがいると腹立たしいが、事実、こんな手の込んだ真似をするのは変態野郎しかいないだろう。
「となると、二階は……あとは」
俺と篠山は卓上の校内二階の上面図に目を向ける。
まだ行っていない特別教室となると……あった。
「……図書室」
「恐らく、今までの流れを感じるに特別教室になんらか仕掛けてるはずです」
「……わかってても行くしかねえってか」
「逸早く脱出するのならば、行かない手はないでしょうね。しかし、当然なにかが仕掛けられてるはずです」
「……罠か」
「進藤篤紀と旭陽太……二人の怪我は芳しくない。……安静にさせておいた方がいいと思います」
「けど、念の為を考えるなら全員で行動した方がいいんじゃないか?……この階で残る怪しそうな場所はここしかねえんだろ?もし脱出できたとき、残した連中をそのまま置いていく形になるかもしれねえし」
「…………」
「……なんだよその顔は」
「…………いえ、あまりにも君が似つかわしくないことを言うもので驚いてました」
「あ?…………」
指摘されてから、気付いた。
これでは、皆仲良く脱出しようと言ってるようなものではないか。
「肉壁は多い方が良いだろって意味で言ったんだよ」
「まあ、そういうことにしておきます。……けど、決まりましたね。那智が目を覚ましてからこのことは他の三人にも伝えますか」
……正直、なんだか胸のもやもやは取れなかった。
というよりも、木賀島も木賀島だ。篠山に言われて外の様子を見ていたというなら最初からそう言えばいいものの、あいつの言動余計紛らわしいんだよ。
けど、どいつもこいつもただぼけっとしてたわけじゃねえってことか。……そう考えると、なんだかムカムカしてきて、俺は椅子に座り足を組んだ。
「眠っててもいいですよ」
「……お前は」
「僕はもう少し考えてみます。……心配ならばすぐに助けが求められるようにそこの扉、開けときますか?」
「チッ……可愛くねえやつだな本当」
その気遣いが余計腹立たしいのに、こいつは悪気がないというのだから恐ろしい。けれど、篠山のことは信用に値すると思っている。木賀島と仲がよくても、その行動はまだ理に適ってるからだ。
少しだけ、休むか。とはいえ、爆睡することはないだろうが。俺はまた机に向かってカリカリと書き始める篠山を一瞥し、目の前の机にうつ伏せになった。
今度は、思いの外簡単に眠りに落ちた。
外から聞こえてる物音で目を覚ます。硬いベッド代わりの椅子に埃っぽく湿った空気、目覚めとしては最悪だが寝れただけでもましたのかもしれない。
目が覚めたら自室のベッドで、なにもかもが夢だというのを期待していたが現実はそう上手く行かないようだ。
「よく眠ってましたね」
最後寝る前と同じように机に向かっていた篠山が、起きる俺に気付いたようだ。眼球だけこちらを向く。
時計がないので具体的にどれくらいの時間というのはわからないが、篠山が言うのなら結構寝ていたのかもしれない。伸びをすれば、関節が音を立てる。
「お前は寝てねえのか」
篠山は頷き返し、「まあ、襲撃はなかったようですけどね」とジョークかどうかもわからない返事をしてくれる。
ふと、木賀島を探せば……いた。口を開けて爆睡している。
「あれからどれくらい経った?」
「二時間程度でしょうか。まだ寝てても大丈夫ですよ」
「……いや、もういい。お前も少しは寝たらどうだ」
「そうですね、君が起きたのなら横になれる今の内になっておきますか」
そう、小さくアクビを噛み殺した篠山はそのまま机に突っ伏した。少しは信用してくれているということなのだろうか。悪い気はしなかった。
それから暫く、外ではなにやら話し声が聞こえてきた。揉めてるようには聞こえないから大丈夫だろうが、やはり落ち着かない。
こんな状況でストレスを感じないわけがないと分かりきっていたが、ずっと監視されてるかもしれないこの状況下、こうしておちおちゆっくり眠れない状況が何よりも腹立たしい。
何故、こんなところにいるのか。
改めて考える。心当たりは考えれば考えるほど出てくる。自分は好かれるような人間ではなかったし、俺だって好かれるように動いたこともなかった。
それに、ここに閉じ込められた顔ぶれからして俺たちをここに連れてきた人間は中学の頃の繋がりで間違いないだろう。
中学時代、恨みを買った覚えは腐るほどある。そうでなくても直接関わりない連中から因縁をつけられることだってあったのだ。
けれど、それでいて廃校になった中学校を改造するほどの金を持った人間となるとまるで見当もつかない。
校内で裕福な人間はいたが、ここまでの規模の悪趣味なゲームを行えるほどの人間は早々いないはずだ。
となると、個人ではなく組織ぐるみか。けれど、そうなると出てくるのはなんで今更ということだった。
当時ならまだしも、あれから二年は経っている。
廃校になって、それから工事に取り掛かって、そして準備が出来たから……と考えると納得できないわけではない。
そうなると、この学園の権利者を調べ上げれば一発で誰が仕組んだのかわかるはずだ。
……勿論、ここから出て、の話にはなるが。
クラスも委員会も部活もバラバラだった俺たちの母校が同じということ以外の共通点、共通する人物を探す。
進藤や陽太、周子や木賀島のように面識あるやつもいれば、陣屋や篠山のように直接仲良かったわけでもないやつもいるくらいだ。そうなると、私怨絡みの可能性は高い。
特に陣屋と篠山のようなタイプとなると敵を作るようには思えない。そこを考えれば少しは絞れるだろうか。
……何かを忘れているような気がする。
考えれば考えるほど頭蓋骨を直接殴られるような鈍い痛みが走った。……頭が働かない。喉が乾いた。
やめだ、やめ。とにかく、図書室に行けば何かしら仕掛けてるだろう、俺らに恨みがある野郎だ。見せしめのように大きくヒントぶら下げてくれるかもしれない。
それからどれほどの時間が経ったのだろうか。
教室の扉が静かに開いた。顔を出したのは、周子と……陽太だ。
「まだ休んでるみたいだね」
「宰様、具合は大丈夫ですか?」
「声がでけぇよ」
このままでは二人を起こす可能性もある。ピクリと篠山が反応するのを見て、俺は周子たちを教室から追い出すように一度教室外の通路へ出る。
通路には座り込んだ進藤もいた。……あまり顔色はよくなさそうだ、死にかけたのだから無理もないが。
「……どうした、何かあったのか?」
「何か、というわけじゃないんだけど……そろそろかなと思って」
「そろそろ?」
「まじで腹が減ってさー、また科学室に飯用意されてねえかなって話てたんだよ」
「……皆起きてから確かめに行こうと思ったんだけど、二人共よく寝てるみたいだね」
「木賀島はずっと寝てる。篠山は……さっき俺と交代して眠ったところだ」
「宰様も休まなくて大丈夫ですか?」
「こんな場所でゆっくり寝れるわけねえだろ、埃臭えし椅子は硬いし……」
「まあ、そうだろうね」
「……飯か。……確かにそろそろ水がほしいな」
眠ったから余計水分を持っていかれたのかもしれない、やけに喉がひりつく。
そんな俺に、進藤は嬉しそうに笑った。
「なあ、右代、俺と一緒に科学室行かねえ?」
「……お前と?」
「ここからそう離れてねーしさ、ただ飯があるかないか確認するだけだって。一人ならおっかねーけど、二人なら何かあっても大丈夫だろ」
「それなら、俺と宰様が見てくる。死に損ないのお前が行ったってもし万が一宰様の身に何かあったとき守れないだろ」
「……勝手に決めてんじゃねえよ」
正直、空腹を覚えていた俺にとっては悪くない提案だったが見張りが手薄になるのもリスキーなように思えるのだ。
「飯は心配しなくてもあるだろ。……こんな凝った施設作るやつが俺たちを餓死なんてくだらねえことするとは思えねえ。……それと、全員揃って行った方がいい。この状況でバラけるのは得策じゃねえだろ」
「……僕も、右代君の意見に同意かな。下手にバラバラに動いてまた何かがあったとき、助けれなかったときが怖いからね」
「えー、マジかよ……」
「進藤、お前腹減ってんのか?」
「わりとガチ目に」
「…………はぁ」
仕方ねえやつ。……けど、まあ、気持ちはわかる。
進藤くらいになると普段食う量からして足りねえだろうし腹減ったと暴れられるよりはまだマシかもしれない。
この教室から科学室はそう離れていない。
「……周子、進藤連れて科学室の様子見てきていいか」
「ええっ?どうしたの、急に」
「つ、宰様……!」
「コイツ、腹減るとしつけーから」
「右代ー!流石、持つべきものは物分りのいい友達だな!」
「それなら、もう中の二人も起こして皆で行こう。君たちを疑うわけじゃないけど……特に今は少しの不平不満もなくしていきたい、こういう状況だからね」
「篠山君には悪いけど、また戻ってきて休んでもらえばいいよね」と続ける周子。
周子らしいと思った。実際に何も細工しなかったとしても何かしらの難癖を着けられれば潔白を証明することもできず亀裂が入るだけだ。
周子はそういった余計なゴタゴタをなくしたいのだろう。
俺は、陣屋のことを思い出す。確かにこういうときグループで行動するのは面倒だ。
それでも、単独行動であるあいつなら不思議と俺たちの飯に細工するような真似をしないだろうと思えるから余計謎だ。けれど、ここにいる連中はそうとはいかない。
「進藤、それでいいか?」
「俺はいいよ、寧ろ賛成!」
「まあ、宰様とそこのバカが二人きりになるよりかは全然マシだな」
「あ、もしかしてバカって俺のことか?!」
「声がデカイんだよこのバカが……!」
お前もな、というツッコミはアホらしくてする気もできなかった。それから、自分で言ったものの篠山に対して申し訳なく感じてるらしい周子に代わって教室の中の二人に声を掛ける。篠山はすぐに起きたが、木賀島はなかなか起きなかった。ムカついたので背中を蹴ったらようやく起き出す始末だ。
それから、俺達はゾロゾロと科学室へと向かうことになった。
「ふぁー、まだ寝たりないなぁ。つうか、背骨痛えー」
「長時間床の上で寝るからですよ」
「せめてふかふかの布団とふかふかの枕があったらよかったんだけどな~」
「分かる、あとアイマスク」
呑気にも程がある。マイペース二人組が意気投合してるのを聞き流してると、あっという間に科学室に着いた。
閉め切られたそこを誰が一番に開けるか、と周子に目配せした横で進藤が「一番乗り~」なんて言いながら扉を開いた。
……こいつの危機感のなさにも呆れたが、やはりというべきか科学室からは食欲を唆られるような匂いが漂ってくる。その匂いに体も安堵したのか、腹の虫が誰にも聞こえないくらいの声で鳴いた。
「よっしゃー!大当たり!飯だ飯ーッ!」
「あ、ちょ……ちょっと進藤君!危ないからもっと慎重に……!」
「二番乗り~!」
「き、木賀島君まで……!」
わらわらと飯に駆け寄るマイペースもといバカ二人組に続いて、その後を追いかける周子と辺りを確認して入る篠山、それから俺と陽太は中へと踏み入れた。
科学室、実験台をテーブル代わりに置かれた料理たちの前に俺たちは用意された好物の前に腰を降ろす。
時間もそれほど経っていないようだ。
こうして飯を用意してくれる安堵と同時に、なんとなく胸につっかかりを覚えずには居られなかった。
木賀島が殺したという男の死体はまだ見つかっていないのだろうか。
もし見つかったとしたら、何か仕掛けてくる可能性もある。そして、この飯にももしかしたら……。
「いただきまーす!」
「……」
余程腹減っていたらしい、そう言ってハンバーグに食い付くのはやはり進藤だった。
こいつもこいつでよく肉を食う気になれるものだ。俺ですらあまり固形物を入れる気にすらなれないのに。
食す進藤を眺めているが、二口目と食い付いてるのを見てとりあえずは即効性の毒は入っていなさそうだと理解する。
けれど、問題は木賀島だ。俺たちの行動は逐一監視されてるに違いないはずだ。だとすれば、誰が殺したかくらい相手には筒抜けだろう。木賀島はパスタにフォークを突き立て、子供のようにくるくると巻いてそれを食べようとする。口に入れる直前、俺の視線に気付いたようだ。
にっと笑って、そして、それを口へと放り込んだ。
周子も、気になっていたようだ。暫くもぐもぐと咀嚼していた木賀島だったが、「んー、おいちー」とわざとらしくリアクションし出すのを見て視線を外す。
……大丈夫、と決まったわけではないが。ここに来ていまさらということか。木賀島に関してはそんな駆け引きも娯楽のようなものなのか、俺ならまっぴらゴメンだ。
それから、無理矢理胃の中に食べ物を詰め込むことにした。喉に何かが通るたびに違和感を覚えたが、今食べないと今度いつ食事することができるかわからない状況だ。
黙々と、妙に重苦しい空気の中俺たちは食事を済ませた。
木賀島と篠山と進藤は相変わらずのようだったが、少なくとも俺は気が気でなかった。
――連中、何を考えてるんだ。
仲間を殺されたことに気付いていないはずはないだろう。それとも、そんなに人数自体いなくて手が回っていないか?
いや、それも考え難い。こんな大掛かりな工事を行うような相手だ。少なくとも複数はいないとおかしい。
それとも、向こうでトラブルでもあったか。それとも、最初から死人が出ることは想定内ということか?
だとしたら、余計不気味だった。
気付けば、目の前の皿は平らげてしまっていた。
全く味がしない飯だった。せっかくの好物も台無しだ。
陣屋の分であろう和食を残したまま、他の連中も完食したようだ。
「はー、食った食った」
「……よく食べれたね、進藤君。僕なら無理だよ、喉締められたあとにこんな量……」
「何言ってんだよ委員長、腹が減っては戦は勝てぬって言うだろ?」
「勝つって……」
言い掛けて、恐らく例の射殺体のことを思い出したらしい。青褪めた周子は、「ならいいけど」と誤魔化すように視線を外した。……本当に分かりやすいやつだ。
一まずは全員空腹を凌いだお陰で多少頭に栄養がいってるはずだ、ならば丁度いい。
「おい。そろそろ、今後の話でもするか」
これからどうするか、それは先程の仮眠時間俺と篠山で話し合っていた。「篠山」と名前を呼べば、やつも理解したらしい。はい、と小さくうなずき、そして科学室のホワイトボードの前に立つ。
何をしてるのだと他の奴らの目が篠山に向く。
太いペンを手にした篠山は、ホワイトボードに校内の簡易地図を書き始めた。
「この階の造形や教室の場所からして、ここは、十中八九僕達の母校で間違いないというということになりました。これは、中学の二階の地図です。そして、僕たちが今まで確認した場所を塗り潰していった結果、残った場所は一つ」
「図書室だけだ」
全員の目が、スラスラと書かれる地図に目を向けた。
一番広いその空間に大きく赤い丸を書いた篠山に、連中は息を飲む。……探索した張本人である木賀島を除いて。
「階段も全部塞がれているらしいし、何か仕掛けられてるとしたらここで間違いないだろうな」
「何かって……また、あんなゲームみたいなことやらされるってことかい?」
「でしょうね。けれど、そこへ行かなければ僕たちは文字通り八方塞がり。そして、動きがなければ必ず連中は何かしら仕掛けてくるはずです」
「ま、でもそこでもゲームクリアしたらいいんだろ?そうすれば、脱出出来るってわけだ」
「……だといいけどな」
正直、簡単に脱出できるかどうかすらわからない。
図書室のゲームをクリアしたところで次のゲームを用意されてる可能性の方が大きいだろう。
けれどそれを言ってしまえば士気が下がるだけだ。
「とにかく、行くしかないって話だよねえ。全員で」
「全員で?」
「取り残された人がそのまま置いてかれるなんてことになったらかわいそーじゃん?」
「残された場所はここしかない。万が一のことを考えてばらばらで行動するのは避けた方がいいでしょう」
「…………」
不服そうな陽太だったが、異論はないらしい。
周子も、進藤も、諦めたような、そうすることしかないということを悟ってるのだろう。
「……じゃあ、陣屋君はどうするんだい?」
周子の問に、一瞬体が反応した。
……陣屋、単独行動を選んだあいつか。
「一緒にいた方がいいに違いないが、こちらからはどうしようもない。……それに、もしかしたらあいつのことだ。とっくに図書室に行ってる可能性もある」
「……そうだね、そうだといいんだけど」
「怪我人である宰様を置いていったあんな男の心配なんてする必要ないですよ!……それよりも、さっさと行きましょう。そこしかないんでしょう?」
「……そうだな」
「やけに張り切ってるねえ?陽太君。死に急いでんの?」
「……ッ、黙れよ、俺はさっさとこんな気持ち悪い場所から宰様と脱出したいだけだよ!」
「へえ、宰様とねえ~……」
「なんだよ、ニヤニヤと……」
「二人共、落ち着いて……っ!それじゃあ、決まったことだし図書室に行こうよ、ね」
「…………」
「やだなぁ、俺は落ち着いてんのにさ~?」
「木賀島君……っ」
相変わらずな陽太と木賀島の仲裁に入る周子。
……しかし、確かに陽太の様子がおかしい。怪我が痛むのか……指が切れた痛みは俺にはわからないが、普通ならば耐えられるものではないだろう。それに、顔色も悪い。出血量も大分激しかったし、ちゃんとした処置をしなければ後遺症になるかもしれない。
そこまで考えて、自嘲する。後遺症もなにも、生きていたらの話だ。今は、他人の心配などしてる場合ではない。
俺たちはバラバラに席を立ち、そして、図書室のある場所へと向かうことにした。
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