七人の囚人と学園処刑場

田原摩耶

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第四章『七人目の囚人』

07

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 陣屋を拘束していた拘束具が外れる。
 瞬間、陣屋は立ち上がり椅子から離れた。

「っ、は……あいつらの仕業だな」

 言いながら、首や手を動かして関節を確認する陣屋。その皮膚にはくっきりと赤い痕が残っていた。

「何をしたんだ、あいつら……」
「さぁな。……それよりも」

 そう、立ち上がるやつはぐるりと辺りを見渡した。
 ゲームの画面は真っ黒の画面のまま固まっている。あいつらがなにかしたのだろう。
 そういえばあいつら、周子たちはエレベーターで降りたと言っていた。ならばここのエレベーターもまた動かせるのではないかと壁を探るが、それらしき盤面に触れてもうんともすんとも言わない。

「っくそ、どうなってんだ……!」

 苛ついてエレベーターを蹴るが、足の骨に響くだけだ。舌打ちをしてエレベーターから離れ、陣屋の方を向いたとき。

「おい、蹴るな。……恐らくこちらはフェイクだ」
「フェイクだと?」
「バカ正直にわかるようなところに出しとくと思うか、普通」

 まるで俺を馬鹿だと言うかのようなやつの言い草に頭にきた。認めたくなかった。
 椅子やディスプレイの周辺を調べ始める陣屋を睨み、俺は壁に寄りかかってそれを見ていた。
 すると、

「……これだな」

 椅子の裏に何かを見つけたらしい。俺に確認するよりも先にそのスイッチを押した陣屋に最早何をいう気にもなれなかった。勝手にしろ、と思いながらその一連の動作を眺めてると。
 確かにどこからか機械が動作する音が聞こえてきた。

「……よく分かったな」
「適当だ」

 もしそれが起爆装置だったらどうするんだ、と言いかけてやめた。バカバカしいと思ったからだ。
 もしもの話をする状況でもない。降りてきたエレベーターに、ゆっくりと扉が開く。俺たちはそこが空なのを確認すると機内へ乗り込んだ。
 狭い箱の中、こうして陣屋と並ぶと余計窮屈に感じた。
 こいつに聞きたいことは山ほどあった、あったが、そんなお喋りをする気分ではなかった。今はさっさとこの気色の悪い空間から脱出して、落ち着ける場所にいきたいと思うのだ。……この廃校に落ち着ける場所があるはずないとわかっててもだ。

 技術室。戻ってきたそこは俺たちが降りるときと変わりない。
 周子たちもまだ戻ってきていないらしい。誰もいないそこを見渡し、俺は、陽太が降りていったはずのエレベーターに向かう。
 そしてエレベーターを呼び出したとき、陣屋の姿がなくなってることに気付いた。

「陣屋!」

 どこに行ったんだ、と辺りを見渡したとき。一人で技術室を出ていこうとするやつを見つけて、慌てて俺はその後を追いかける。

「おい……っ、一人でどこに行くつもりだよ」

 そう、やつの腕を掴んだとき、その手を振り払われた。
 まるで触るなとでもいうかのような冷たい目がこちらを向く。そして、面倒臭そうな溜息。

「どこって……どこでもいいだろ」
「お前、状況わかってんのか?こんな場所で一人でって……自殺行為だろ……!」
「確かにさっきのは想定外だった。……あんたらがいてくれて助かったのもあるが、元はといえばお前がしくじるからああなったんだろ」
「っ……テメェ」

 ぶん殴ってやろうかと拳を握り締めたが、完治していない拳に痛みが走り、やめた。こんなやつのために傷口をまた開くことすらバカバカしい。

「考えてみろ。……誰が味方かもわかんねえ、それにこの状況だ。いつおかしくなるやつが出てきて虐殺されるかもしらねえなら一人の方が良いに決まってる」

 そんなことわかんねえだろ、と言い掛けて、ついこの間の木賀島のことを思い出して血の気が引いた。
 何も言えなくなる俺に、陣屋は冷めた目で笑う。

「お前の場合は一人よりも誰かと一緒にいた方がいいだろうがな。……テンパり過ぎだ、一人じゃ即死だったぞあれ」
「うるせぇ!さっさと消えろ!」
「変わらないな、お前」

 陣屋はそれだけ言うとそのまま技術室を出ていこうとして、俺は「おいっ!」と咄嗟に呼び止めた。

「なんだ、まだ用か」
「科学室に行け。……飯がある。誰も食わねえようなお前の好物がな」

 そう言えば、少しだけ驚いたような顔をした陣屋だったがすぐその口元には薄い笑みが浮かぶ。
 あいつが何を言わんとしてるのかわかったが、それでも、ごみ処理するよりかはましだ。
 陣屋は何も言わず、そしてそのまま技術室を後にした。

 このまま逃していいのかわからなかったが、俺が引き留めたところで聞かなかっただろう。
 人の心配も聞かない野郎なんて勝手に野垂れ死んどけ、バーカ。
 悪態をつきながら、俺は丁度着いたらしいエレベーターに乗り込み、陽太のいるはずの地下へと向かった。
 ゴウンゴウンと揺れる機内、俺はまだ夢を見てるような気分でいた。足元が覚束ない。もしあそこに陣屋がいなかったら、今頃俺は……。
 そう思うと、目の前が暗くなる。
 開く扉をこじ開けるようにエレベーターを降りれば……見つけた。床の上、倒れる陽太を。

「おい、陽太……っ」

 グニャリと崩れるやつのでかい図体を抱き起こせば、俺の声に反応するように陽太が薄く目を開いた。
 首や手首にはくっきりと青黒い痣が残っている。
 なるべくそこに触れないように「陽太」と再度呼びかければ、薄く開いた唇が動いた。

「つ、かさ……さま……っ」

 絞り出すような声。血まみれの手が俺の頬を撫でる。
 汚れるのは嫌いだ、こいつに触られるのも虫唾が走る。けれど、その手を振り払う気力はなかった。

「周子たちがやってくれた。さっさとこのホコリくせーとこから脱出するぞ」
「脱出……」
「ああ、そうだ。……おい自分で立て、重いんだよお前」
「は、はい……すみません、宰様……っ」

 段々朦朧としていた意識も覚醒してきたようだ。
 受け答えがはっきりしてきたと思ったが、立ち上がろうと近くの壁に手をつく陽太だがその顔が歪む。

「っ、つ……」

 何度も機械を殴ったのだろうか。切断された指だけではなく、拳全体が傷ついている。そして、血のあとで汚れたディスプレイとコントローラーを見て、俺は息を吐いた。

「……ほら、肩貸せ」
「っ!つ、宰様……何を……」
「腕、使えねーんだろうが」

 行くぞ、と、半ば強引にやつの腕を掴んで背負うように立ち上がる。くそ、重い。細いくせになんで重いんだ、縦にでかいからか。ムカつくが、それよりもうぜーのは陽太の反応だ。

「だめです、宰様っ、宰様のお召し物まで汚れ……」
「喋る元気あるなら足動かせ。……あとお前の声耳に響くんだよ、うぜえから黙れ」
「っ、す……みませ……」

 言い掛けて、ハッとしたように陽太は黙り込む。ようやく静かになりやがった。
 俺はそれを無視して、やつの体を引き擦るようにエレベーターへと乗り込んだ。
 陽太を抱えて、エレベーターで上階へと上がる。血の匂いが鼻についた。

「……」
「……っ、は……」

 大分しんどいのだろう。いつもよりも大人しい陽太は時折痛みに喘いでいた。普段からこのくらい大人しければいいのだろうが。
 エレベーターが停まる。俺は背負った陽太をなるべく刺激与えないように、そのままずるずるとエレベーターを降りる。

「宰様……」
「お前はここにいろ」
「っ、ですが、一人では……」
「まだ本調子じゃねえくせにギャーギャー言ってんじゃねえよ。……つか、お前がいると余計邪魔なんだよ」

「一人で歩けねえくせに」と吐き捨てれば、何も言い返せないようだ。陽太は唇を噛む。
 自分が役立たずとわかれば俺の邪魔にならないはずだ。この男はそれくらいは理解してるらしい。

「……宰様は、どこに」
「下に降りて進藤たちの様子を見てくる」
「たち……っ、そうだ、あいつら……木賀島もいるんですよね……!」
「……別にいたって関係ねえだろ」
「駄目です!!!」

 突然の大声にぎょっとする。
 どこから声出してんだってくらいのその声にびっくりして、顔を上げれば血相を変えた陽太が俺を睨んでいた。

「お、お……俺も行きます……邪魔にならないよう、宰様の手を煩わせないようにします……一人でも歩きます、何かあれば肉壁にしてください、だから、俺も一緒に行きます」

 懇願なんて可愛げのあるものではない。
 無駄にでかいこいつに迫られるとぞっとするものがあった。
 鬼気迫る陽太は、付いてくるなと言っても付いてくるだろう。俺がエレベーターに乗り込もうとしたら構わず扉こじ開けて入ってくるに違いない。
 経験上、こうなったときの陽太は俺の言うことを聞かないことは知ってた。

「言ったな?…………お前が途中で倒れても俺は一切手を貸さないからな」
「……!はいっ!大丈夫です、無視なりなんなりと!」
「…………」

 なんなんだ、こいつは。
 なんでそんなに嬉しそうにするんだ、俺はお前を見捨てると言ってるんだぞ。

 今更こいつの精神構造に疑問を覚えても仕方ない。
 俺は一人で歩くという陽太を放ってエレベーターを呼び出す。
 覚束ない足取りではあるが俺に置いてかれまいと付いてくる陽太。背中にやつの気配を感じる度にその圧迫感になんだか居心地の悪さを覚えずにはいられない。

 …………。
 ……………………。

「エレベーター……上がってこないですね」

 陽太の言葉に、同じことを考えていた俺はエレベーター横その基盤のスイッチを連打する。
 しかし、下に停まったままのそれは動く気配がない。
 今周子たちが使ってるのだろうか。それにしても、遅すぎる気がするのだが……。
 そっとエレベーターの扉に耳を当てる。そのとき、僅かであるが地下で何かが動き出す音が聞こえた。
 エレベーターが上がってきている。

「来たみたいだな」

 そう、扉から顔を離したとき。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか。扉がゆっくりと開き出した。
 そして、そこには。

「っ、進藤……周子たちも……」

 ぐったりとした進藤に肩を貸していた周子と、木賀島と篠山。全員が揃っていて、無意識に緊張を緩めたが全員の様子がどことなくおかしい。

「……右代君たちも、無事そうでなによりだよ」

 周子はそんなことを言いながら、進藤を引きずるようにエレベーターを降りた。
 続いて、何事もなかったかのような木賀島、そして続くように篠山が降りる。

「早く、ここから移動しましょうか。旭陽太と進藤篤紀、二人が安静にできるように」
「あ、うん、そうだね、……そう、だよね。安静に……うん……」

 いつもと変わらない篠山に、周子は落ち着かない様子で目を泳がせる。普段から変なやつではあるが、ここまで挙動不審ではなかったはずだ。なんとなく違和感を覚えた。

「……おい、何かあったのか?」
「な、何もないよ!」

 ……即答だった。
 思いの外クソでかいその声に驚いてやつを見れば、やつはしまったとでも言うかのように俺から目を逸し、そして手を擦り合わせるように握り締める。

「何もなかった、本当だ」

 ああ、こいつ。嘘を吐いているな。そう、直感でわかった。
 こいつの性質は分かってるつもりだ、無駄に正義感が強く嘘を吐くことを苦手とする。
 ここまで下手くそとなると、わざわざ突っ込む気にもなれなかった。何か、あったのだろう。

「……本当に何もなかったのか?」
「それよりさぁ、宰、陣屋は?」

「陣屋達海、一緒にいたんじゃなかったっけえ?」そう舌っ足らずな猫なで声で聞いてくる木賀島に、内心ギクリとした。

「あいつなら……どっか行った」
「どっかにだって……?!一人で?!」
「ああ、俺達と一緒にいるくらいなら一人の方がましだっつってな」
「……そ、れは……」

 俺の知ってる昔の周子だったら、「そんなわけがない、こんなときこそ協力するべきだろう」と目くじらを立てていただろうが、周子は知ってるはずだ。今はその味方内に面倒なやつを抱えてることを。
 俺も、それを知っていたから強制しなかった。

「なーんだ、残念。久しぶりに陣屋とお話したかったんだけどなぁ、けど、本当にあいつだったんだ?」
「……どういう意味だよ」
「そのままだよ。だって、陣屋ってさぁ、確か死んでなかったっけ?」
「あいつは、それは噂だって言ってたけど……」
「そもそもさぁ、宰って陣屋と仲良かった?話したことあるっけ?」
「……何が言いたいんだ、お前」

 俺に次々と勝手な質問投げかけてくる木賀島が癪に障り、なんなんだと睨みつければ木賀島はふにゃりとだらしのない笑みを浮かべるのだ。

「それってさぁ、本当に陣屋だった?」
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