七人の囚人と学園処刑場

田原摩耶

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第四章『七人目の囚人』

01

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「ああ――宰様、大丈夫ですか?」

 いつもと変わらない、ヘラヘラとした間抜けな笑みが今だけは余計腹立たしく思えた。

「…おい、何やってんだよ」
「何って、実験ですよ。……だよなぁ?木賀島」
「……」

 後ろ手に縛られた木賀島は何も答えない。
 それどころか、俺の姿を見るなりいつもと変わらない笑みを浮かべる。

「宰、どこ行ってたの~?俺を置いていくなんて酷いじゃーん」
「おい、気安く宰様の名前を呼ぶんじゃねえッ!」

 目の色を変えた陽太は手に持っていた鉄板プレートを振り上げる。

「おいッ、やめろ馬鹿が!」

 その動作に驚き、咄嗟に陽太の腕にしがみついた時。
 びくりと陽太は動きを止める。
 そして、

「ど……どうして止めるんですか、宰様……ッ」

 怯えたように、瞳をじわりと潤ませる陽太。
 ……ああ、また始まった。
 思いながらも、「いいからやめろ」と俺は陽太の手から鉄板プレートを取り上げた。
 上に置いてあったはずの肉がないことが気になったが、どうやら別の皿に移していただけのようで安堵する。
 が、問題はそこではない。

 昔から、陽太は他の人間に比べてやや情緒が不安定なところがあった。
 すぐ泣くし笑ったかと思えば怒ってまた泣く。
 ころころ表情が代わり、分かり易い分ましなのかもしれないがやや扱い方が面倒で。

「だってこの身の程知らず、立場も弁えずに宰様を傷付けたんですよッ!罰を与えるべきではないですか!?」
「…旭君、君の言いたいことは解るけど少し落ち着きなよ」

 呆れたように周子は宥める。
 皆、陽太の性格はある程度把握しているだろうがやはり、馬鹿真面目な周子かりしてみれば陽太の言動は目を細めるものがあるようだ。

「旭陽太。貴方は少し冷静になるべきではありませんか。それでは貴方がただ私怨に走っているように捉え間違えても仕方かまない」

 不意に、先程まで傍観に徹していた篠山が口を開く。

「…どういう意味だ?」
「自分達が話していたのはこの料理のことです」

 篠山は実験台に並べられたそれを指差した。
 既に冷めきっているものの、美味しそうな匂いは相変わらずで。

「まさか、木賀島君に毒見させようとしていたの?」
「木賀島那智の話を聞くに、彼は既に得たいの知れないものを飲んでいる。それなら毒見の一つや二つも同じことではありませんか?」

 無表情のまま続ける篠山の目は至って真剣で。
 だからこそ、俺と周子は何も言えなくなる。

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 静まり返った科学室内。
 慌てて反論したのは進藤だった。

「確かに、木賀島はなんか変なもの飲んだかもしんねーけどさ。だからって全部毒見させるってのは危ないだろ!それこそ、本当に毒だったらどうすんだよ!」
「どうするって、そのままに決まってんだろ。宰様、俺たちがその毒を食わずに済む。ほら、これならどうですか?宰様、完璧じゃないですか!」

 どうしても俺に話を持っていきたいようで、血走った目で俺に笑い掛けてくる陽太に頭が痛くなってきた。

「お前な……それじゃ効率が悪いだろ」
「分が悪い?」
「木賀島が毒見したとして、全員分食べきれなかったらどうする?木賀島が毒で当たって、そしたらまた別のやつが毒見するってか?」

 毒見係の腹が満たされるだけだ。
 そもそも、毒見係を割り出すということで今みたいに揉め、無駄な労力を使うことになるのは目に見えてる。

「でっ、でも、それなら……」
「全員好きなもの食えばいいだろ」
「はっ?!」

「宰様、正気ですか」と青褪める陽太。
 周子を除いた他の連中も、驚いたようにこちらを見る。
 俺だってこんなこと言いたくはないが、誰も言わないのだから仕方ない。

「そんなことして、毒があったらどうすんだよ!死ぬかもしんねーんだぞ!」
「おい進藤、お前言ってること変わってるぞ」
「うっ、いや、でも、だって…」
「どっちにしろ、このまま食べないにしても死ぬんだ。それなら食べてみる以外ないだろ」
「驚きましたね。右代宰、貴方がそのようなことを言うとは」
「文句あんのかよ」
「いえ、自分も右代宰の意見に賛成します」

 今度は俺が驚く番だった。

「へー、ルイ、あんたも結構大胆なんだねえ」
「視点を変えてみただけですよ。この料理を用意したその意図を考えてみればこの料理に毒が含まれているその可能性を算出することは可能です」
「は?なに?さ、さんしつ?」

 ちんぷんかんぷんといった様子の進藤に、篠山は「算出です」と答える。

「まず、ここに自分たちを閉じ込めた人間が料理を用意するにあたってどんなメリットがあるか」
「メリット…?毒を盛って殺す?」
「進藤君、今の僕達のことを考えてみるんだよ。まず、毒殺という可能性は低いだろうね」
「なんでだよ、妙な仕掛けしてくるやつらだぞ?きっと、これにも仕組んでるはずだろ!」
「その通り。普通なら進藤君みたいに考えて食べないはずだよ」

「だから、毒殺自体成り立つ可能性は低い。それなら他の場所に毒を仕組んだ方が殺しの効率は高いはずだ」そう、淡々と続ける周子に篠山は頷く。
 正直そこまで考えてなかったが、言われてみれば確かにこの施設自体、ひっ掛かるところがある。

「…殺すのが目的ではないということか」

 今まで感じていた違和感を口にした時、科学室の空気が僅かにピリついた。

 今まで、ずっと考えていた。
 俺たちがこの廃校に集められ、軟禁されているその理由についてだ。
 俺たちがこれまでに何度か死にそうになるという状況に追い込まれた。実際に死んだやつもいる。
 だけど、

「だったら、なにが目的って言うんだよ。右代だったら身代金とかそういうのって分かるけど、俺んち金とかねーぞ?」
「ま、ふつーに金じゃないってことでしょー?」
「は?ならなんだって言うんだよ」

 怪訝そうに目を細める進藤に、木賀島は可笑しそうに笑う。

「そりゃー俺たちが死にそうになってんのを見て愉しんでんでしょ。よくいるじゃん?そういう変態さん」

 クスクスと喉を鳴らす木賀島に、進藤は言葉に詰まる。
 正直、木賀島と同じ意見だった。
 恐らく、俺たちと同じ中学で、なおかつ俺たちに恨みがある人間であることは間違いない。
 そして、ある程度金がない人間でなければ、これほどまでの広い敷地を思うがままに改造することは出来ないはずだ。
 だけど、俺はこの廃校丸々自分の遊び場に出来るほどの同級生を知らない。

「まあ、変態かどうかは置いておいて自分たちを虐げることを目的にこの施設を作ったのには間違いないでしょうね」
「殺すことよりも苦しめることが目的…ね」
「んーと、ルイたちの話からしたら殺すことよりも過程を楽しみたい、だからこのご飯は毒は入ってないってこと?」
「そんな無茶苦茶な理由で宰様にこんなもの食わせられるかッ!」

 そう怒鳴ったのは陽太だ。

「ならお前が食うか」

 あまりにも宰様宰様煩い陽太にそろそろ頭に来て、少し脅すつもりでそう尋ねた。
 なのに、あいつは。

「わかりました、宰様のためなら喜んで毒見しましょう」
「「「えっ」」」

 バカ真面目に頷く陽太に、周子、進藤、木賀島が呆れたように声を揃えた。
 無理もない。
 そんな返答、俺だって予想していなかったのだから。

「おい、陽太、いい加減にしろ!」

 実験台の前、一組のナイフとフォークを乱暴に手にした陽太。

「大丈夫です。宰様の口に入るものは全て安否は俺が確認するので安心してください」

 咄嗟に止めようとするが、本人はすっかりその気になっていて。

「おい、旭、早まんなって!まだちゃんと調べてから…」
「だからそれを俺が調べると言ってんだろ、馬鹿かあんた」
「な……ッば、馬鹿………」
「篤紀もー放っときなよぉ。勝手に食わせときゃいいって」
「そうですね。このまま話し合ったところで埓があきませんし、これで毒が入っていないと証明出来れば一石二鳥です」

 毒は入っていないという周子たちの言葉に同意したものの、やはり、保証されてない今気が気ではなく。こうなった陽太を止めることも出来ず、全員が全員、陽太の動向を見守る。
 冷めきったステーキを切り取り、フォークを立てる。僅かに陽太の動きが止まった。
 それも一瞬、すぐに尖端の肉は陽太の口の中に消えた。

「おい、陽太……」

 バクバクと脈打つ鼓動。
 恐る恐るその後ろ姿に声を掛けた時。

「…………美味しい」

 そう、咀嚼した陽太は呟く。
 倒れる様子もなければ、顔色も、呂律にも問題はなくて。
 いや、遅効性の場合とあるかもしれない。
 さっきの木賀島のことがあるだけにその味を保証された今でも疑ってしまうのは、もう癖のようなものだろう。

「ほら、旭君。君もこれで分かったんじゃないのか」
「……確かに、味は悪くない。けど、」

 そう、まだ腑に落ちない陽太がゴネた時。
 ギュルルルル。そう、凄まじい腹の音が響く。
 何事かと音のする方を振り返れば、ヨダレを垂らした進藤がいて。

「ほ、本当に大丈夫なんだよな?」
「ちょっ、進藤君、そんなに食べたいのなら食べたらいいんじゃないか」
「食べてえけど、食べてえけどさ…ッ」
「んー?篤紀食べないんなら俺貰おうかなぁ」
「はっ?!それは可笑しくねっ?」

 言いながら、わいわいと実験台に歩み寄っていく二人。
 陽太の行動が周りに覚悟を決めさせたのか、他の連中も実験台を囲う。
 各々好き勝手箸だのフォークだのを手にした時だった。

「ちょっと待ってくれ」

 また、あの委員長様が仕切り始めた。

「おい…今度はなんだよ」
「君たちが好き勝手食べようとするからだよ。取り敢えず全員まず席について」
「えっ!まだ食っちゃダメなのかよ!」
「すぐ終わるから。話だけも聞いてよ」
「構いませんよ。俺はそこまで空腹ではないので」
「俺は感じてんだけどねぇ」
「ほら、いいから座って。食事の用意するから」

 そう言って、周子は実験台の側に並べられた椅子に俺たちを座らせる。
 俺の隣に進藤と陽太。向かい側に木賀島篠山が座る。
 空いた椅子は二つ。一つは周子のものだろう。

「ここを探索していたとき、この料理のことが引っ掛かってたんだ」

 言いながら、周子は各々に料理を振り分ける。

「おお、この餃子美味そう!」
「このパン、少々硬くなってしまってますね…取り替えては貰えないんでしょうか」
「多分無理だろうね。……で、なんで全員バラバラの料理が用意されてるのかわかるかい?」
「しらねーよ。適当にじゃね?」
「俺的にはこれで大当たりなんだけどねぇー」

 いいながら、目の前のケーキホールに舌なめずりする木賀島。
 見てるこっちが胃もたれしそうな甘いそれに軽い吐き気を覚える。

「なんとなくでケーキホールなんて用意すると思う?」

 そんな木賀島に、周子は尋ねる。
 普通しないだろうな。木賀島のために用意されたのならともかく。
 と、そこまで考えて、ハッとする。

「……なるほど、俺たちの口に合わせてるというわけですか」

 そう、篠山はサラダにフォークを突き立てた。
 その言葉に、俺は目の前の一部切り取られたステーキを見る。確かにそれは俺の好物だ。

「旭君、君はなにが好き?」
「は?俺?俺は別に……。でも、強いて言うなら」

 それ、と陽太が指差したのはパスタだった。
 言われた通り陽太に料理を振り分けた周子。
 全員の手元に料理が渡ったとき、違和感はちゃんとした形として現れる。

「ねえ、そのうどんってさぁ、もしかして……余り?」

 木賀島は、実験台の上、誰の手元にも行き渡らずに残ってるそれを指した。

「そうだね。でも、余ったのはそれだけじゃないんだ」

 周子の言葉に、俺は空の椅子を見た。
 他の奴らも気が付いたようだ、周子が言わんとすることに。

「なあ、もしかして枚田の分ってことか…?」
「僕もその可能性も考えてみたんだ。だけど、僕がここに来た時はこの料理はまだ湯気立っていた。僕達の行動を監視している人間がわざわざ枚田君の分を用意すると思うかい?」
「食事時まで彼のことを思い出させるという俺達に対する嫌がらせなのではないんですか?」
「そうだね、その可能性もあるかもしれない。だけど、彼は小麦アレルギーなんだ」
「流石委員長、詳しいねぇ」

 周子はなにも答えない。
 さっきは枚田のことをよく思い出せなかったが、そういや中学のとき、周子はよく枚田と一緒にいたことを思い出した。
 だけど、そうなると必然的にある可能性が出てくるわけで。

「それって、俺達の他にまだここに誰かがいるってことか?」
「ああ、僕もそう考えてる」

 頷き返す周子に、沈黙が走る。
 自分たちの他に生存者がいる。その事実を喜ぶべきか、対応を決めかねているのだろう。
 だけど、そんな中。

「じゃ、早くこれ食って探しに行こうぜ!皆で!」

 勢い良く立ち上がったかと思えば、「なあ!」と嬉しそうに笑い掛けてくる進藤。
 昔からだ、空気を読まず、それでも明るく考える進藤の性格は最初うざったらしくて仕方なかったが、こんな状況、励みになるのも事実で。
 証拠に、先ほどまで緊迫していた科学室内に僅かに温度が蘇るようだった。

「本当、篤紀ってさぁポジティブだよねえ~」
「だって、仲間は一人でも多い方がいいだろ?それにこんな状況だしな!」
「仲間探しもいいけどよ、出口探すのも忘れんなよ」

 あまりにも仲間仲間と騒ぐ進藤に本来の目的を指摘すれば、案の定忘れていたようで。

「……おう、当たり前だろ!」

 なんだその間は。
 なんて思いながらも、流石にこれ以上の空腹に耐えられず目の前のそれにナイフを走らせようとしたときだ。
 ガシャンと、科学室に金属音が響く。
 全員の視線が、発音源である陽太に向けられた。

「仲間だとか、馬鹿馬鹿しい…ッ!他人を探してる場合じゃないだろッ!日和脳味噌馬鹿がッ!」

 長い前髪のその下、薄暗い双眼は進藤を睨み付ける。

「ちょっと、旭君……」
「一分一秒でも長くこの薄汚い場所に宰様を置いているというだけでも気が気じゃないのに他人の面倒まで見れるかよっ!」

 またか。落ち着いたと思った俺が浅はかだったのだろうか。
 悪意を向けられた当の本人である進藤は困っている。
 本当なら放っておこうかと思ったが、せっかく飯食ってる時に他人の喚き声は聞きたくない。

「おい陽太」

 そう、名前を呼べば、ぴんと陽太の背筋が伸びる。

「はい、なんでしょうか宰様!」
「お前、外で飯食え」





 旭陽太とは、小さい頃からの所謂幼馴染というやつだ。
 とはいっても別に特別仲よくしたつもりはなかったが、幼い時にした所謂ごっこ遊びがきっかけで奴は何を勘違いしたのか俺の後ろをついて回るようになっていて。
 旭陽太は根暗で無口で大人しく、おまけにちょっとしたことで癇癪を起こすために周りから避けられていた。
 遊んでいる俺たちをいつも影から羨ましそうに見ているのに気が付いて、陽太をごっこ遊びに入れるよう提案したが案の定嫌がられてる始末。
 するとまたそれで陽太が泣きそうになっていたので俺は仕方なく自分のペット役として陽太を参加させた。
 それからだ。ごっこ遊びは終わったというのに、数年経った今でもこいつは俺のペットでいようとする。
 自分の居場所を無くしてでも、俺を立てるために。

 陽太がいなくなった科学室内。

「それじゃ、これからのことだけど」

 そういって、焼き魚の身を挟んだ周子は口を開いた。

「どちらにせよ、また分かれる必要がありそうだね」
「もうじゃんけんは止めろよ」

 周子を睨めば、言いたいことを理解したようだ。「わかってるよ」と周子は頷く。

「今回は旭君も動けるようになったしこれで六人だ」
「今度は三人三人に別れたらどうでしょうか。二人だけだと勝手な行動に出てしまうようですしね」

 間違いなく篠山は俺たちのことを言っているのだろう。
 勝手に動いたのは木賀島だと言い返したいところだが、余計なことまで掘り返されるのは嫌だったので口を紡ぐ。

「じゃあ俺、また宰と一緒がいいなぁ」
「ふざけんな!誰がてめぇなんかと…ッ!」
『宰様に馴れ馴れしいんだよ薄汚いゴミ男がッ!生クリーム詰まらせて死ねッ!』

 廊下の外から飛んでくる陽太の暴言にも、「陽太とは別でお願いねえ」とへらへら笑う木賀島。周子は呆れたように息を吐く。

「悪いけど、僕も君と右代君が一緒になるのは反対だよ。勿論、旭君ともね」
「えー、なにそれぇ」
「当たり前だろ、お前、なにしたか分かってんのかよ!」
「その何っていうのがさぁ、覚えてないんだよねぇ~俺。ねえ、宰、俺、宰に何したのぉ~?」

 言いながら、口元をだらしなく緩める木賀島。
 その目は完全にこちらの様子を愉しんでいる気配すらあって、やつが全てを覚えている上にしらばっくれているのは一目瞭然で。

「……ッ」

 握り締めたナイフが指から離れそうになり、咄嗟に掴みなおす。
 それでも、全身に焼けるような痛みが蘇り、息が、詰まりそうになって。

「ねえ、宰……」

 そう、木賀島が俺の名前を呼んだ矢先だった。

「木賀島君」

 バン、と叩かれる机。少しだけ驚いたような顔をした木賀島は、立ち上がる周子を見上げる。

「ん~~?どうしたの~?いいんちょー」
「君、僕と一緒ね」
「は?俺がぁ~~?委員長とぉ?」
「それと、篠山君。君も一緒で構わないかな」
「俺は誰と一緒でも構いませんよ」

 まさかあの不良馬鹿問題児嫌いの周子が自ら木賀島と組むだなんて言うとは思ってもいなくて、正直、普通にビビる。

「……って、ちょっと待てよ。その振り分けだと……」
「今度は俺と右代と旭が一緒なんだな!」

「よろしくな、右代!」と満面の笑みを浮かべる進藤に早速先が不安になってきた。
 陽太だけでもあれだというのに、陽太とは全くの対照的な進藤まで一緒とは。

「勝手なことだけはすんなよ」
「わかってるわかってる!俺、餌に釣られて速攻行くタイプじゃねえから!」

 嫌なところを突かれ、なにも言えなくなった。
 陽太も陽太で俺と一緒だということにしか興味ないようで『宰様これからまたずっと一緒ですね』と廊下の外から生き生きとした声が聞こえてくる始末で。

「……」

 まあ、周子の方はもっと大変そうだけどな。
 超絶マイペース二人に周子が振り回されるのは見ものだろうが、こちらも人のことはいえなくて。
 一先ず、消耗した体力を補うことに今は専念することにしよう。


 数分後、ひと通り全員が目の前の皿を平らげた。
 いくらか空腹は満たされたが、やはり冷えた飯では心までは満たされなくて。
 それに、こんな状況だ。
 飯を楽しむ気にもなれなかった。
 一部を除いて。

「いやー美味かったな~」
「ほんとほんと~。今度はチーズケーキが食べたいなぁ~」
「……」

 あの二人に関してはもう何も言うまい。

「あ、あの、宰様、俺ももうそちらにいってよろしいですか?」

 不意に、科学室の外から聞こえてくる陽太の声。
 開いた扉の外からちらちらとこちらを覗き込んでくる陽太はなぜ自分が追い出されたのか恐らく理解していないだろう。

「……別にいいけど、喋りたいなら俺に許可とってからな」

「わかりましたっ」と言いかけて、慌てて口を噤んだ陽太はこくこくと頷く。
 そしてすぐ、俺の側に駆け寄ってきた。
 フォークを使うのに四苦八苦したのか、欠けた指の断面から赤い血が滲んでいた。

「それじゃ、そろそろ移動しようか」
「そうですね。こうしてる間にも出口を塞がれていたら大変ですし」

 またこいつは笑えない冗談を。

「右代君、さっき同様あくまでも見るだけだからね。なにかを見つけても決して手を出さないこと。そして、探すのは出口の手掛かりとここで迷っている人間だ」
「わかってる」
「じゃあ、今度の待ち合わせはここにしよう。一周した科学室で待機、片方のチームが来てから情報交換しなにかがあれば皆で見に行こう」
「わかったって言ってんだろ」

 さっきとほぼ同じ内容をくどくど聞かされ、どんだけ俺は考えなし野郎に思われてるのかとムカついてくる。
 そういうのはお前の背後にいる赤髪甘党野郎に聞かせろと視線で訴え掛けるが、周子はそれを軽く受け流すだけで。

「じゃあ、また後でね」
「おう!俺達が一番に見つけ出してやるからな!七人目!」
「よぉーし、負けないからねぇ」

 いつの間にか謎の競争が始まっているが、とにかくやるしかないのだ。
 周子たちと別れ、進藤と陽太を連れ俺たちは正反対の方へと歩き出す。



「なあ、お前ら腹大丈夫か?」

 周子たちと別れ、校内を散策していたときだった。
 不意に、こちらを振り返った進藤は問い掛けてくる。

「……わかんねえ、正直、ここに来た時からずっと気分悪いからな」
「そんな、宰様大丈夫ですか?吐きたくなったらいつでも言ってくださいね?俺、お手伝いするので」

 やけに食い付いてくる陽太。
 何をお手伝いするつもりなのだろうか、聞くのが恐ろしい。

「あーでもまぁそうだよなー、やっぱり皆なんだかんだぜってー気分悪くなってるよな」
「……で?なんだよ、それが。具合でも悪いのか?」
「いや、周子とか右代とかさ、しんどそうに食ってたからちょい気になって」

 少しだけ、意外だ。
 わりと周りを観察するタイプなのだろうか、自分と飯のことしか考えていないと思っていただけに驚く。

「……なんだよ、その顔」
「いや、別になんでもねえよ」
「意外、とでも思ったのか?」

 笑う進藤の鋭い指摘にぎくりと全身が僅かに緊張して。

「図星かよ~。まあ、確かによくそうは言われるけどなー」
「……どうしてわかるんだ?」

 結構、というかかなり俺は驚いていた。
 自分でもあまり顔に出さない方だと自負していたし、今も下手に出したつもりはない。
 進藤は横目で俺を見て、そしてはにかむ。

「なんとなく!」
「なんとなくって……」

 バカにしてるのか、こいつは。
 おちょくるような返答に呆れ果てるが、少なからずこいつの洞察力が鋭いのは事実だろう。
 中学の時、いつも誰かと一緒にいた。
 場合によっては男であったり女であったり、一回り離れた男女を「友達!」と紹介された時もあった。
 つまり、そこまで人に好かれるということは少なからずなにかが優れているからだろう。
 …認めたくはないけどな。

「だってあるだろ、顔が強張ったりちょっと視線が動いたり、そんなんが重なったりしたら『ああ、こいつこのことに触れられたくないんだな』とか」
「……何が言いたいんだ?」
「いや、別にー?ただなんとなく、右代がさっきから空々しいからもしかして俺、右代に嫌がられてんのかなって思って」

 特に悲しむわけでもなく、何気なく口にする進藤に内心ぎくりとする。
 ずっと、進藤の襟の血痕のことが引っ掛かっていた。そしてそれを隠そうとする進藤も。
 だからだろう、恐らく進藤はそのことに気付いてる。

「ま、こんな状況だし仲良くしよーぜ」

 と、不意に肩を組まれぎょっとする。
 目が合えば笑う進藤。不覚にも肩にかかる重さに木賀島のことを思い出してしまい、「お前な」と睨むようにやつを振り払おうとすれば、

「馴れ馴れしく宰様に触るなっ!」

 案の定噛み付いてきた陽太に、特に気にした様子もなく進藤は笑う。

「勿論、旭もな!」

 言いながら、ぐしゃりと陽太の髪を撫で付ける進藤。

「っおい!触るなって言ってんだろ!」

 全身全霊で拒絶する陽太の声なんて届いていないようで、一人満足したように「よっしゃ行くか!」と歩き出す進藤になんだか俺は酷く疲れた。
 距離感が近いというのはここまで疲れるものなのか。担がれるよりかは大分マシだろうが。
 以前から変なやつだとは思っていたが、卒業してから数年経った今でも進藤の変わり者っぷりは現在のようだ。

「おーい!誰か~!いるかー?いるんなら出てこいよ~!」
「んなこと言われて出てくる奴がいるかよ……」
「いるだろ?」
「いねえよ。こんな状況で…得体の知れないやつにわざわざ会いに行くやつがいたら馬鹿だろ」
「そうかあ?」
「宰様の言うとおりに決まってる!第一、進藤お前声がデカすぎるんだよ!ボリュームかトーンかどちらか下げろ!宰様の頭に響いたらどうする!」

 どちらかといえば陽太の声もなかなか喧しいのだが突っ込む気すら起きない。
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