12 / 49
第三章『わくわくお料理教室』
【side:周子】
しおりを挟む「それじゃ、まずは二本目~~」
「ッ、やめろッ、やめろぉ……ッ!!」
響く右代君の悲鳴に、僕は檻から目を逸らす。
二人に僕の声は届いていない。
とにかく、直接手出しが出来ない今この邪魔な檻を排除しなければならない。
右代君のことが気になったが、ぼんやり眺めていたところで助けられるわけではないのだ。
「っぁ゛、ぐッ、ぁああッ!」
「……ッ」
誰かが苦しむのはもう見たくないんだ。
必死に雑念を振り払い、僕は足元に気をつけながら科学室内へと踏み入れる。
科学室内はどこか蒸し暑い。その原因はすぐに分かった。
檻の先、その中央の実験台の上に並ぶ料理の数々。その中にはホットプレートに焼かれるステーキなんてものもあった。
「……これって……」
ごくり、と喉が鳴る。
実験台の上に広げられる香ばしい様々な料理の中、僕の好物である焼き魚定食を見つけ口の中に唾液が溜まる。
いや、ダメだ。どう見てもこれは罠だ。間違っても惑わされてはいけない。
そう戒めるも、やはり、目を覚ましてからずっと何も入れてないお腹はすでに限界に近くて。
拳を握りしめ、込み上げてくる食欲を押さえ込みながらも僕は慎重に実験台に近づいた。
和洋中様々な料理は七人分用意されているようで。恐らく、右代君たちもこれに釣られて足を踏み入れたのだろう。
あれほど何かを見つけても手を出さずに報告するようにと言っていたのに。
そう思うと怒りが込み上げてくるが、こんな状況だ。理性を保つという方が難しいのかもしれない。
そんなこと考えながら実験台の料理に何か手がかりはないか探していたが、不意に、なにかが胸の奥に引っ掛かる。それは小さな違和感で。
再び僕は実験台の料理に目を向けた。
恐らくこの料理は僕たちの人数分用意してあるのだろう。それも、好物を。
だとすると、と実験台の料理に一つずつ注目していく。
定食は僕だろう。恐らくこの分厚い肉は右代君で、バカみたいな大きさのホールケーキは確か木賀島君が甘いもの好きだと聞いたことがあるので木賀島君のはずだ。
山のように盛られた中華料理は脂っこいもの大好きな進藤君で、対して朝食にするにしても質素すぎるパンとサラダという軽食は食の細い篠山君。
残る料理はパスタランチとザルうどん。どちらも麺類とか早く食べないと伸びるとかそんなことは問題ではない。
今僕があった生存者を数えれば、六人のはずだ。それなのに、料理は七人前ある。
枚田君の死亡を確認してなくてついつい一人前多く用意してしまったのだろうか、と思ったが、どうも違和感を覚える。
湯気立つ料理からして、恐らく用意されたのはほんの数十分前のはずだ。
そしてこんな悪趣味な設計で学校を作り替えるやつだ。至るところで僕達を監視しているのには間違いない。
ならば、
「もうあと二本しかねーし、一気にイッちゃっていいのね??」
聞こえてきた木賀島君の間延びした声にはっとする。
そうだ、今は七人目の生存者よりも檻のことを優先しなければならない。
だけど、誰だ。どこにいるというのか。そして、誰がどういう目的で僕達はこんなところに閉じ込められてるのだ。
結論から言えば、実験台自体にはなんの細工も施されていなかった。
……と、なると。
僕は、ホワイトボードの前、垂れ下がったスクリーンに目を向ける。
『それじゃ、また来週ー!』
『みんな、また会おうねー!』
延々と繰り返し流れていた謎のアニメーション映像。
ただの演出だろうと見なかったことにしていたが、気になるといえば気になる。手掛かりになるならなんでもよかった。
『はじめての、わくわくお料理教室ー!』
そしてまた流れはじめるポップなアニメーションはリピート設定でもされているのだろう。
スクリーンいっぱいに映し出される場違いなまでのカラフルで可愛らしいフォントに、僕は妹のことを思い出す。
小学生になったばかりの妹は学校から帰ってきたら慌ててテレビをつけ、僕を引っ張っては一緒に観ようとせがんできていた。
今は両親がいないため、祖父母の家で2、3日寝泊まりしているので会っていないが、このままこの学校から出られなかったらもう二度と会えないということになるのか。
そう考えた途端、必死に押し殺していた不安感がどっと溢れ出す。
『ねーねーお姉さーん』
『どうしたの?僕君』
『あのね、今日実は妹の誕生日なんだ!だからなにか作ってあげたいと思うんだけど……』
『まあ、僕君えらいわね!いいわよ、お姉さんが妹さんが喜ぶためのとびっきりスペシャルなお料理を紹介しちゃうわっ!』
そんな僕の不安なんて他所に、アニメ映像は進んでいく。
内容は人肉の食し方をわかりやすくしたものだった。カニバリズムというものがあるのは知っていたが、それを示唆するようなその映像には吐き気しか出てこなくて。
やはり、真面目に観るのではなかった。思いながら、目を逸らそうとしたときだった。
『ありがとうお姉さん!これで、マユも喜ぶよ!』
スクリーンの中、少年が口にした名前に僕は停止する。
『そう、大切なのは気持ちなんだから!ショウヘイ君、しっかり妹のマユちゃんに気持ちを届けてあげてね!』
耳を疑った。
ショウヘイ君、マユちゃん――周子宗平、周子繭。
単なる偶然にしてはあまりにも出来すぎていて、いっその事、聞き間違えだったらと思った。
だから、
『それじゃ、また来週ー!』
『みんな、また会おうねー!』
こちらに向かって満面の笑みで血塗れた手を振るキャラクターの映像が途切れ、暗転。
『はじめての、わくわくお料理教室~!』
再度始まる悪趣味なアニメに俺は食い入るように眺めた。
結果、聞き間違いではなかった。
『まず、用意するのは刃物!関節を切り離すための大きめのものと細部の肉を抉るための小さめのもの、両方あるといいかもね!』
『うんうん!準備は大切だもんね!』
『それから、今回のメインになる大切な人!妹ちゃんにとって身近で一番近い人間だといいかもね!』
「…………」
『でも、妹ちゃんはまだ小さいからまるごとあげても食べられないから今日は一番美味しい部分、心臓の調理の仕方を教えていこうかな?!』
「…………」
音が、すべてが遠くなる。
ここまで来て、よく考えてみると用意されているもの全てが何かしら意味があった。
だけど、そう考えるとしたら。この映像が意味するヒントというのは。
そこまで考えて、頭の中が真っ白になった。
まさか、まさかまさかまさか。
どっと汗が吹き出す。
気が付いたら俺は、床の上に座り込んでいた。
立つことすら出来ず、自分の考えがただの思い込みだという証明をするために動くことすら出来なかった。
間違いでない可能性を、認めたくなかった。だけど、時間は待ってくれない。
本当はこのまま素通りしたかった。だけど、まるで調べろと言わんばかりの主張をする人体模型を調べないわけにはいけなくて。
恐る恐る僕は人体模型に手を伸ばした。
人体模型は人間の体の構造をわかりやすく伝えるために組み立てるようになっていた。
腹に取り付けられた戸を開ければ各々の臓器を模した模型が入っているはずだったが……。
ゆっくりと腹部を開いた僕だったが、そこで、思考が停止した。
人体模型の腹の中にある模型は根こそぎ取り外されていた。その代わり、その空洞の中には濡れたなにかが置かれていて。
おいしい料理の匂いが充満した周囲、その人体模型の中からは強い腐臭がしていて。
薄暗い科学室の中。
赤黒い手のひらサイズのそれに、僕は。
僕は。
シワだらけの歪な楕円のそれは教科書の図解で何度も見たことがあった。
あったから、それがなんなのかすぐに理解は出来たけど認めたくなかった。これがなんなのか、わかりたくなかった。
だけど、何度見てもそこに鎮座してるのはどうみても。
心臓。
「ッうぉえ゛ッ」
我慢していたなにかが一気に溢れ出す。
空っぽのお腹の中。胃液の酸が咥内に広がって。もうなにもないというのに、僕は吐き気を我慢することが出来なくて。
なんで心臓が。誰の。なんで。誰が。どうして。
ただただ理解できない事実に目から涙が溢れてくる。なにも悲しいことなんてないのに。
不可解な現状に、体が、頭が、混乱しているのだろう。
いっそのことこれが夢だったら。そう思うけどこの匂いも目の前のそれも胸の痛みも嘔吐感もどれも夢にしてはリアルすぎた。
吐くものがなくなって、ただ胃を痛めるだけだと思っても嘔吐は止まらなくて。
ようやくそれが落ち着いたとき、ゆっくりと顔を上げた僕の目の前、人体模型の腹の中には先ほどと同じように所有者不明の臓器がひとつぽつんと存在していた。
夢じゃなかった。
涙も胃液も唾液も床一面に放り出した僕にはもう何も残ってなくて。ただその事実を受け入れることしか出来なかった。
無言で、腹部の扉を閉める。右代君の声も木賀島君の笑い声も気にならなかった。
不思議と冷静になっていく。それがいいのか悪いのかはわからない。
心臓というキーワードには聞き覚えがあった。さっきのスクリーンで放映されていたアニメの料理が確か心臓を使ったものだった。
だとしたら、なんだ。今度は妹を探し出してこの心臓を食わせろとでも言うのか。
自分で考えてそのアホらしい思考に笑えてくる。
だけど、僕の予想は悲しいことに間違っていなかったのだ。
棚の隣、その骨格標本は存在していた。
通常、科学室に常備されていたものよりも小さいそれはまだ子供くらいで。僕の腰よりも低い位置にある頭には見覚えがあった。
「……いや、そんなわけない、何を考えてるんだ、僕は」
自分に言い聞かせる。
だけど。
『お兄ちゃん、おかえりなさいっ!』
毎日学校から帰ってきたら無邪気に出迎えてくれる妹。
そんな妹が、目の前の骨格標本と重なって見えるなんてどうかしている。
どうかしている。
愚かな自分の思考を振り払い、その骨格標本を調べる。
胴体。その胸骨部分に、不自然に切り取られたような穴がそこに空いていた。
そして、組み込まれた銀のプレート。すぐに、頭の中、こんがらがったあらゆるものが結び付いた。
妹に思いを続ける。気持ち、ハート。
……心臓?
いや、さすがに無理がある。でも、これしか思い付かない。
丁度心臓一つ載せることができるそのプレートに物凄い速さで考えが巡り、目が回りそうだった。悪い冗談だといってくれ。
一旦自分を落ち着かせるため、一歩引いたそのときだ。
ふと、その骨格標本の土台が目についた。そして、そこに白いテープが張られていて。
そこに書かれた名前に僕は目を見開いた。
『周子繭』
「ッ、ざけんなッ!」
気が付いたときには骨格標本を蹴ろうとしていたところで、寸でのところで踏み留まる。
あくまでもこれが仕組みの一部だとわかったからだ。
それでも、この科学室を用意したやつが目の前にいたら、きっと、僕は、踏み留まることはなかっただろう。
「……ふざけんなよ……ッ!なんなんだよ……なんなんだよ…ッ!」
妹を模した骨格標本。だとしたら、あの心臓は誰のものだ。
アニメの中の女が言っていた妹にとって身近な人間の心臓。その言葉に、旅行へ行ってる両親の笑顔が浮かぶ。
やめろ、考えるな。そんなわけないだろ!何を考えてるんだ!違う!
髪を掻き毟り、必死に思考を停止させようとするけどあまりにも仕組まれ過ぎていて。
違う、全て作り物だ。動揺する僕を見て嘲笑うため用意された茶番だ。そうなんだ。
二、三日、連絡を取らなかった両親と妹。
もし、その間家族の身になにかがあったとしたら。そもそも僕が襲われて男子便所で目を覚ますまでの間にどれくらい時間が経っているのかわからない。その間、旅行先の両親たちに、祖父母の家でお泊りしてる妹に何かあったとしたら。
「……ぁあ……っ」
無事が確認出来ない今、全てが思い違いだと祈ることしか出来ないのに。
全てを型に嵌めてしまった僕は、祈ることすら出来なくて。
なにも考えることが出来なかった。全ての音が耳を通り過ぎて行く。目に見えるものが全て作り物のような気がして。
ゆっくりと、骨格標本に手を伸ばす。無数の白く細い骨で組み立てられたその標本を撫でる。無心に、触れた。
笑いがこみ上げてきた。
「……なんだ、ただの模型じゃないか」
本物の骨はこんなに重くない。骨密度も詰め込み過ぎだ。妹はこんなしっかりした骨格ではない。僕はなにを勘違いしていたのだろうか。
笑いすぎて涙が溢れて、それを指で拭いながら人体模型の元へ向かう。
そして、そのままその中央、転がる赤黒いそれを鷲掴む。
温度の感じないそれは恐らく動物の心臓を使って作った偽物だろう。匂いといい見た目といいあまりにもリアルだったから本物だと思っていたがもう騙されないぞ。
僕としたことが迂闊だった。情報だけで全てを当てはめて疑うことを忘れていたのだから。
そう、全部よく出来た作り物だ。
だって繭はおばあちゃんちで毎日ほしいものを買ってって強請っては怒られながらも甘やかされてるだろうし父も母も遅れた新婚旅行として旅を満喫して二人で笑いながら僕と繭へのお土産を物色しては時折揉めてるだろうし、この骨格標本が、この心臓が、家族のものであるわけがないんだ。
骨格標本のトレーに心臓を無理やり詰め込めば、力入れすぎてちょっと変な汁が手についたがそれを骨格標本で拭いさる。
心臓の重さに反応したのだろう。
カチリと小さな音がして、ゴゴゴという音とともに右代君たちを囲んでいた檻が天井へと吸い込まれていく。
ようやく、これで、右代君たちを助けることが出来た。
これでよかったんだ。
よかったのに、何故か涙が止まらなかった。
41
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl


天国地獄闇鍋番外編集
田原摩耶
BL
自創作BL小説『天国か地獄』の番外編短編集になります。
ネタバレ、if、地雷、ジャンルごちゃ混ぜになってるので本編読んだ方向けです。
本編よりも平和でわちゃわちゃしてちゃんとラブしてたりしてなかったりします。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる