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第三章『わくわくお料理教室』
【side:周子】
しおりを挟む一瞬、自分の目を疑った。
目の前で、あの憎たらしい右代宰が、自分の嫌いな木賀島那智に押し倒されている。
元々、木賀島君がそういう人間だというのは中学の時から嫌というほど知っていた。だけど、まさかこういうことになるとは思ってもなくて。
いつも一歩引いたところから他人を見下していたあの右代君が、自分よりも大きな男に押し倒されてキスをされているその姿に、自分でも驚くくらい動揺した。
いつもあの透かした顔が気に入らなかった。だから、悔しがっている右代君を見れば少しはスカッとするのではないだろうか。
そう思っていたのに、実際はその逆で。
「右代君、あの、合意じゃ……ないんだよね」
バン、と右代君は床を叩いた。否定しているのだろう。
ならば、目の前で苦しんでいる人間がいるなら見過ごすわけにはいかない。
それが嫌いだった同級生であろうと、関係ない。
それが、僕の信条だから。
右代君たちの周囲は大きな檻で囲んである。
それは元からあったものではないようだ。
檻は天井の一部と繋がっていて、恐らくなんらかの動作によりこの檻が下がってきたのだろう。
科学室の入ってすぐ、入り口の床の一部が凹んでいるのを見て、彼らがこの床を踏んだのだろうと察する。
よく見てみるとスイッチになっている床は他の床部分に比べて綺麗なので、恐らく足元に注意してれば大丈夫なのだろうが、如何せん辺りが暗すぎる。
それに……。
「んっ、ぅ、ふぅ……ッ」
檻の中、無関心を装おうとするにもくぐもった右代君の声と衣擦れ音で集中力は見事に掻き乱されてしまうわけで。
見ないようにしようとするにも、中を調べるには必然的に檻の方に目が行ってしまうわけで。
「お、おい、周子、何かあったのか?どうしたんだ?」
科学室前廊下。
扉から離れたそこでぴたりと立ち止まった進藤君は不安そうに尋ねてくる。
ここは、彼にも手伝ってもらったほうがいいだろう。
だけど、右代君は自分の醜態を見られることを望まないはずだ。
「いや、ここには右代君たちはいないみたいだ。……悪いけど、向こう側、もう一度見てきてくれないかな」
小さい頃から、誰かのためになにかすることが好きだった。
誰かに喜んでもらえるという事実だけが僕の心を満たしてくれて、そのためには自分をどれだけ犠牲にしても構わない。そう思っていた。
「っ、ぁ、やめろ、ッ木賀島ッ!」
悲鳴に近いその声に、びくりと体が緊張する。
荒い呼吸。右代君の腿を掴み開いて、その間に下半身を寄せる木賀島に、目を見開いた。
それは、ダメだろう。いや、でも、男同士なら避妊はする必要は……いや、そうじゃない!ダメなものはダメだ!無理やりはダメだ!
檻もだが、先に右代君を助ける方が先だと判断した僕は、檻の中、先ほど右代君が蹴ったナイフに目を向いた。
あれなら、なんとか取れるだろう。
そう手を伸ばしかけた僕だったが、不意に不吉な予感が脳裏を過り、手が止まる。
それを手渡したとき、右代君が木賀島君を刺す可能性がある。
誰かが死ぬくらいなら、このまま右代君に犠牲になってもらえばいいのではないだろうか。
そもそも、右代君は性交の相手を強要されているだけでありそこに殺す殺さないだのはないはずだ。
それなら、いや、ダメだ。どう見ても木賀島君の様子がおかしい。まだ右代君の方が理性的な行動を取れるはずだ。
それならば、とナイフへと手を伸ばした僕はそれを右代君の手の届く場所へと滑らせる。
そのときだ。
金属音に気が付いた右代君がそれに手を伸ばしかけた瞬間、木賀島君の手がそれを拾い上げる。
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