七人の囚人と学園処刑場

田原摩耶

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第一章『人食いピアノ』

01

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 思えば今日は朝からついてなかった。
 朝食は嫌いな魚が出てきて、学校に行こうと思えば雨が降るし、まあ車だったからどうでもいいんだけど問題はそこではない。
 あとは、腐れ縁の陽太が傘を忘れたとかほざいてびしょ濡れで縋ってくるわで制服が汚れた。
 その上帰りの迎えはいつもの運転士が寝込んだとかで気に入らない執事が代わりにやってきたから無視して仕方なく徒歩で帰ることにしたのだ。そもそもそれがまずかったらしい
 土砂降りの夜道、陽太と歩いているところで本日最大の不運が俺を襲った。

「あ、あのぉ……つかさ様、やっぱりさっきの車に乗った方が良かったんじゃないですか……? なんか雨、強くなってますし……そ、その、宰様の服が、ぬ、濡れ……っ」
「うるせえ喋んな死ね」
「ぁああっ! す、すみません、生ごみ蛆虫の分際で宰様に意見してしまって……っ!」

 土砂降りの雨の中。
 頭一個分高い陽太が差した傘に入って歩いていたはいいが、さっきからやけに陽太の奴がうるさい。
 こいつのナメクジのような辛気臭さも鬱陶も毎度のことなのだが、今日はいつも以上だ。
 やはりこころなしか雨が強くなっている。どっか雨宿りでもしようか。
 そんなことを思いながら辺りを見渡したとき。

「うッ」

 どさり、と、頭上を庇っていた傘が落ちる。

「おい、何やってんだよ! 濡れるだろうが!」

 傘がなくなり、直接降り注いでくる雨に驚き、隣を歩いていた木偶の坊を睨み付ける。
 そんな俺の視界の端、通り過ぎていく影が一つ。
 ぐらりと傾いた陽太の長身が、そのまま地面へと崩れ落ちる。まるで糸が切れた人形のように崩れ落ちた陽太は土砂降り注ぐコンクリの上ぐったりしたまま動かない。

「……おい?」

 いつも顔色悪いしどっか調子悪いんではないかというくらい間抜けている陽太だが、脈絡もなく倒れるような程貧弱でも奇行を行うようなタイプでもなかった。

 いきなりの出来事に少々戸惑いながらも、足元の陽太を軽く蹴ってみるが冗談でも死んだふりでもなく、ただあいも変わらず雨に打たれてる陽太。
 こんなところで寝るなよ。わざわざ雨に濡れたやつを起こす気にもなれず、それよりも頭から降り掛かってくる雨が鬱陶しい。落ちた傘を拾おうと腰を曲げたその瞬間。
 背後で、なにかが動くのに気付いた。そして次の瞬間、脳天へと思いっきり叩き込まれる衝撃に脳味噌が激しく揺さぶられる。
 それを最後にぶつりと意識が途切れた。
 目の前の傘を拾えなかったことだけは、最後まで何故か覚えていた。

 そして、次に目を覚ました時には、叩きつける雨の感触はなかった。
 その代わり、肌に張り付くシャツが気持ち悪さと寒気により目を覚ました。硬い木製の床の上、鉛のように重い瞼を持ち上げる。

「っ、いってぇな……」

 ずきずきと痛む後頭部。そこで、自分が気を失う前に何者かに殴られたことを思い出し、慌てて起き上がった。
 薄暗い部屋の中央、俺は無造作に寝かされていた。
 大きなピアノ。壁には有名な作曲家や演奏家の肖像画が不気味に並んでいる。
 見覚えのあるその部屋はどこにでもあるような音楽室だった。
 まだ痛みと麻痺でぼんやりとした頭の中、思考する。
 どうして自分がこんな場所に居るのか。そして、あいつは、陽太はどこに行ったのか。
 不思議と冷静なのは未だに事態がよく飲み込めていないからかもしれない。他人事のようにすら思えた。
 遠くから聞こえてくる雨の音を聞く限り、ここはそう離れてる場所ではないはずだが……。
 夜は明けてないが、時間がどれほど経過してるかもわからない。
 ああ、くそ、面倒だな。迎えでも呼ぶか。
 ここがどこであろうと関係ない。確かに迎えをキャンセルしたのは俺だが、意味の分からない場所で過ごすくらいなら嫌いなやつの運転する車に乗り込んだ方がましだ。それよりも、いち早く着替えたかった。
 なんか、頭もベタベタするし。なんて思いながらもぞもぞする額に手を伸ばしたとき。
 べたりとなにかが指先に触れた。

「……」

 掌にべったりとついたそれは黒く、乾きかけた血だった。
 その量に内心ぎくりとしたときだ。音楽室の照明が点いた。
 まるでいまから授業が始まるかのように並べられた机と椅子は黒板前のピアノを向いていた。
 というか、誰が、電気を。
 血で汚れた掌をシャツで拭い、咄嗟に辺りを見渡す。が、音楽室には誰もいない。
 そう――意識のある人間は、誰も。

「……ッ陽太!」

 音楽室の中央。
 グランドピアノのその影に、びしょ濡れのそいつが寄り添うように眠っていた。

「おい、陽太! 起きろ!」

 自分以外にも知っている人間がいることに安堵するのも束の間、陽太に駆け寄りその頬を叩く。
 体温を感じさせない生白い頬を繰り返し叩けば、やがてやつのまぶたがぴくりと震えた。
 そして、

「うぅん……?この声は宰様……?って、痛い、痛い!頬が抉るように痛い!」

 なかなか起きない陽太に焦れ、思いっきりグーパンかましたとき、陽太は飛び起きた。
 そして目の前の俺を見て更に目を丸くした。

「あ、あれ、宰様、なんで俺の部屋に……!」
「おい、いつまで寝ぼけてんだ!よく周りを見ろ!」
「へ?……って、え?!どこここ!」

 頬を抑えた陽太は辺りを見渡す。
 そして、何かに気付いたようだ。

「あれ、ここって……」

 そう、陽太がなにかを言い掛けたその時だった。
 叩きつけるような大きな音ともに背後のピアノの蓋が閉まる。
 誰も触っていないのに、前触れもなくピアノの蓋が閉まることがあるのだろうか。俺と陽太は暫く顔を見合わせる。

「え?今、なんでピアノ、勝手に……」
「馬鹿、人手もなく閉まるわけねーだろ。……おい陽太、お前、ピアノ調べろよ」
「えっ?!俺がですか?!」
「お前以外に誰が居るんだよ」

 いつもなら鬱陶しいくらいヘコヘコしてるくせに、やはり怖いのだろうか。
「で、でも…」と口籠る陽太を睨み付ける。

「いいから調べろっつってんだろ!」
「は、はいっ!わかりました!」

 びくびくと震えながらピアノへと歩み寄る陽太。
 そんなやつを横目に、俺は他の場所を調べることにした。

 調べれば調べるほど音楽室らしい音楽室だが、気になるところが二箇所。

 1つ目は窓だ。
 音楽室内全ての窓枠ごと鉄板を貼り付けられ、外の雨音は聞こえるものの窓の外の景色は全く伺えない。時計もないので現在の時刻もわからない。もしかしたらと制服のポケットに突っ込んだままになっていた携帯を探してみるが、携帯どころか下校時には持っていたカバンごとない状況だ。

 2つ目は扉。
 窓のように鉄板で溶接されてるというわけではないが、鍵が掛かっており開かない。
 なんとかぶち破れないかと何度か体当りしてみたが、相当厚いのだろう。がっちりと嵌められた蝶番のドアは鍵がないと開かないようだ。

「あっ、あの、宰様!なんか、蓋の所に書いてありますよ!」

 と、大体を調べ終えたとき。
 ピアノを調べていた陽太の元へ向かえば、「ほら」と興奮気味の陽太は抉じ開けた蓋の裏を指さした。そこには、なにかで細いもので彫られたような文字が浮かび上がっていた。

「んだよ、これ……えっと……『この中に探し物在り』…」
「探し物?探し物ってなんのことですか?」
「知らねえよ。とにかく、なんかあるんだろ。お前、手、突っ込んでみろよ」
「え、でも、ここってあれですよね。この中って、弦とかそうのしかないんじゃないんですか?」
「だからその中に何かあるってことだろ」

 どうしても調べたくないらしく、必死に話を逸らそうとする陽太に苛ついてくる。

「と、取り敢えず、これはおいといて、宰様!早くこんな薄汚いところ出ましょうよ」
「無理だ」
「えっ?」
「窓は見ての通り塞がれてるし、扉も鍵がかかってて開かねーみたいだ」
「ええっ?!なんでですか?!」
「知らねえよ」

 寧ろ、こっちが聞きたいくらいだ。
 なんで俺がこんな薄汚いホコリ臭い部屋に閉じ込められなきゃいけないのか。
 身代金目当てか親への恨みか?しかし誘拐にしてはまどろっこしい真似をする。苛ついて溜息をつけば、陽太は怯えたように項垂れた。

「やっぱり、その、ここに書いてある探し物って鍵かなんかなんですかねぇ…」
「だろうな……っくし!」
「つ、宰様、大丈夫ですか?」

 ピアノが閉まった時よりも驚き慌てふためく陽太に「うるせえ、大丈夫だ」と返せば、「うう」と陽太は唸る。
 そして、

「……わかりました!俺、調べます!」

 意を決したように一人声高らかに宣言する陽太。
 何がわかったのか知らないが、取り敢えずやる気になったようだ。助かった。
 こんなきたねえピアノ触りたくなかった俺は素直にホッとした。

「うぅ…大丈夫なんですかね、これ…さっきみたいにいきなり閉まったり…」
「いいから早くしろ!…こっちは俺が見とくから」
「つ、宰様……!わかりました!男、旭陽太、行きますっ!」

 なんて言いながら、ピアノの蓋を片手で開きながらもう片方の手をフレームの中へと突っ込む陽太。
 大きなそれの中は深いようで、手探り、体を乗り上げるようにして中を探る陽太を背後から眺める俺。
 雨の音が先程より心なしか大きくなっているような気がしてならない。

「おい、なにかありそうか?」
「いえ、今のところなにも……あっ!」
「どうした?」
「今、指の先になにか硬いものが!鍵みたいでした!」
「本当か?!」
「はい!ちょっと待ってて下さい、もっと奥まで探してみます!」

 鍵の手応えを感じ、気分が高まったのか、興奮気味に報告してくる陽太につられこちらも嬉しくなってきた。
 ああ、早くここから出たい。出て、さっさと家に帰って温かい部屋で上手い肉を食いたい。今朝魚料理を用意したシェフをこっぴどく注意したのでちゃんと肉料理を用意して待っていてくれてるはずだろう。
 高鳴る期待を抑え、更にフレームの中へと体を滑り込ませる陽太を見守る。
 陽太も線は細いもののなかなか背は高い方だ。そんな陽太の体を半分以上飲み込んでいるピアノを見ているとやはりその大きさに圧倒される。
 それにしても、誰がこんな面倒な真似を…。そんなこと、考えてる時だった。

「っよし!見付けました、つかささ……」

「ま」と、陽太が言い終わるその瞬間。
 鍵盤蓋を抑えていた陽太の手が離れた。

 あっと思った時には時既に遅し。バンッと勢いよく蓋が閉まり、見事、陽太の上半身が蓋とピアノの間に挟まる。

「う゛っ」
「おい、何やってんだよ。しっかり持ってろよ!」

 それにしてもピアノからはみ出た下半身という図はなかなか面白くない。普段なら爆笑できるのだろうが、まるでピアノに食われてるみたいに見えて、気味が悪かった。
 仕方ない、代わりに蓋を持ち上げて支えてやるかと閉まったそれに手を掛ける俺だが、可笑しい。鍵盤蓋が上がらない。それどころか。

「つ、つかささま……ッ、なんか、これ、ちょっとやばいです」
「おい、上がらないぞ!」
「やばいです、やばいです、これ!
 ――すごい、なんか、下がってくるんですけど!」

 あまりにも貧相な語彙のお陰で何を言っているのか半分は理解出来ないが、上がらない鍵盤蓋と戦闘している俺という状態からして、もしかしたらこの鍵盤蓋は自分で閉まろうとしているのではないだろうかと考える。
 つまり、邪魔な陽太の体を、無視しても。
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