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僕と幼馴染
01※異物挿入
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僕にとって郁君はヒーローだった。
いつも明るくて、かっこよくて、優しくて、すぐ怒るけどやっぱり優しくて、小さい頃からずっと僕は郁君に助けられっぱなしだった。それは高校生になった今でも変わらない。
馬鹿な僕のためにわざわざ勉強教えてくれたり、遅刻魔の僕のために毎朝起こしてくれたり、郁君には沢山お世話になった――だから、少しでも郁君に恩返しをしたかった。
僕なりの方法で、僕にしかできない方法で。
なんとしてでも君に恩返しをしたかったんだ。
エピソード0【僕と幼馴染】
「っふ、ぅ……んんぅっ」
「大丈夫だよ、まだイケるって。だってほらこんなにガバカバになってるんだから。ね? 頑張って」
「ん、ぅ……ん、んぐッ! んん゙ぅッ!」
「はい、五本目入ったよ。ほら、ちゃんと息吐いて。見える? マーカー五本。……はは、すごい広がってるね」
場所は教室。
目の前の机の上には、下に何も身に着けていない状態のクラスメイトが大きく開脚し、肛門から五本のマーカーペンを生やしていた。
玉のような汗を滲ませたクラスメイトの目に浮かんでいるのは確かな恐怖だった。
僕を睨み、そして怯えた顔して自分の肛門の入り口を力づくで押し広げるペン先を見つめる。
右手首と右足首、左手首と左足首。どちらも束ねるように縛っているので抵抗したくても儘ならないようだ。ガムテープで塞いだ口からはくぐもった呻き声が聞こえ、身動ぎし過ぎて赤く擦れたロープの跡がなかなか痛々しい。
――まあ、全部僕がやったんだけど。
「初めてのわりには決行いけるんだね。……本当は、ちゃんと段階踏んでゆっくりと拡張していくものらしいんだけど、肛門での性交渉の場合は」
けれど僕たちの手元にあるのは各クラスに配給された極太カラーマーカーペン、十二本入りのみだ。ローションなんてそんな気の利いたものなんてあるわけない。けれど、まだ七本も残っている。
「けど、君にはそんなもの必要なかったね。代わりになるものもあるみたいだし」
ケースに入った青色のマーカーを手にとった僕は、クラスメイトの腰に手を伸ばす。不健康そうな骨っぽい腰がびくんと大きく震えた。
それを無視して、切れた肛門から垂れる赤い血を指で拭った。痛いのだろう、クラスメイトはふがふがと頭を振る。
既に泣き腫らしていたその目には涙がにじみ、再び壊れた蛇口のようにぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めるクラスメイト。
子供のようにいやいやと頭を振る姿は刺さる人には刺さるのだろう。けれど、僕には何も響かない。
「ってことで、はい、六本目」
既にぎちぎちに広がっていたそこを指でこじ開け、そのまま付きたてたマーカーの尻を思いっきり押す。瞬間、ぐぶ、とマーカーを飲み込んだクラスメイトの体が大きく跳ね上がった。見開かれた目の焦点はあっていない。
「暫くおむつ生活になるかもね。けど、君には似合うんじゃないかな」
とろりと、ペンとペンに出来た僅かな隙間から血が滲み出してきた。潤滑剤代わりになって丁度いいので僕は七本目も突っ込んだ。
みちみちと拡張するアナルは止まるところを知らず、意外と入るもんだなあと内心感心しながら僕は八本目を手にとる。先程まで威勢よく吠えていた声も聞こえなくなったが、そんなのどうでもよかった。
痛みがあればいい。
後悔するほどの痛みと、屈辱すらあれば。
クラスメイトの意識がまだあるのを確認し、僕はそのまま最早元の肛門の形からは程遠いその肛門を見つめ、カメラに納める。
結論、十二本入ったけど代わりにクラスメートが使い物にならなくなった。
けれど元からクソみたいなやつだったのでなにも変わらないだろう。
血でぐずぐずになった肛門だったそこは途中何度かペンを捻り出しながらも再び無理矢理ねじ込み、なんとか十二本のマーカーを収納することが出来た。
後半うまく行かずにイライラしてしまったため、 何本か奥に行ったがまあどうにかなるだろう。
暇潰しにクラスメイトに尻文字書かせようと思ったが、下半身の感覚が完全にイカれてしまったようだ。腰を持ち上げて動かすことは疎か、尻の下に敷いた紙はぐしゃぐしゃにするし血で汚れるしとなかなか上手くいかず腹立ったのでクラスメイトをそのまま放置してきた。
きっと誰かに助けてもらえるだろう。まあ、まともなひとが来たらだけど。
というか正直な話、拘束をキツくしすぎて解けなかったから面倒になっただけなんだけどね。
教室を後にした僕はそのまま最寄りの男子トイレに入り、血でべったりと汚れた手を洗い流す。
僕が考えた郁君への恩返し、それは郁君の平穏を守ることだった。
幼い頃から郁君は顔付きが幼く、異性からはもちろん同性からも好かれることも屡々あった。
十七歳になって体つきは多少男らしくなったもののやはり周りに比べたら小柄で、大きめの猫目はどこか中性的なイメージを周囲に与えた。だからか、同性から性的対象に見られることは少なくはなかった。
痴漢痴女からストーカー、変質者にショウタロウコンプレックス。幼い頃から多種多様な変態に狙われた郁君は一時期人間不信に陥り、外へ出なくなることもあった。
しかし今はそれを乗り越え、昔ほどとはいかずとも本人なりに立ち直ろうとしていた。
僕はそんな郁君の手助けをしていた。
外部の変態な大人たちを避けるため、中学卒業とともに全寮制の学園へと入学することになった郁君。
そのとき、郁君の両親に僕は学園で郁君の面倒を見てくれと頼まれた。断るはずなんてなかった。寧ろ、チャンスだと思った。
郁君への恩返しができるかもしれない。
そう、僕はふた返事でそれを請け負った。
――そして、学園に入学して季節は一巡した。
僕たちは二年生になり、最初心配していた郁君も今はもうすっかり学園の雰囲気に慣れているようだった。
ここには自分を性的対象として見てくる異性も変質者もいない――そう信じているのだろう。
けれど、それは違う。どこにでも物好きはいるのだ。
例えば、先程のクラスメイトみたいに郁君の机の中を漁って椅子の臭い嗅ぎ回したりあまつさえ舐め回すような変態は。
でも、郁君にそれを教えてやるつもりはない。当たり前だ、わざわざ郁君を失望させる必要がない。第一、僕は郁君が悲しむところは見たくないのだ。
だから僕はあくまで影から、郁君に気付かれないように郁君を付け狙う変態連中を潰してきた。自分の手を汚してでも郁君にとって快適な環境をつくりたかったのだ。
せめてもの恩返し――暴力を正当化させるつもりはないが、僕にとっては郁君が笑ってさえいれればなんでも構わなかった。
これが、不器用な僕なりの郁君への恩返しだ。
排水口へと流れていく赤く濁った水道水を眺める。そしてそのまま指先から滴る水滴を振り払った僕はハンカチで手を拭った。
ああ、疲れた。……早く、郁君に会いたい。
今はただ、郁君の笑顔がみたかった。
◆ ◆ ◆
――学生寮、自室。
郁君と別れたときと同じ状態まで清めたあと、僕は郁君の待つ自室へと帰ってきた。
自室の扉を開けば、「要人」と嬉しそうな顔をした郁君が玄関で出迎えてくれる。僕の頭の一つ下のほどに見えたのは明るめの栗毛、そして伸びた前髪の下、猫目がちな大きな目がこちらを見上げた。
「待ってたのに遅すぎるだろ。忘れ物にどんだけ時間かかってるんだよ」
「ごめんね。途中で会ったクラスの子と話し込んじゃって」
そういえば、郁君にはそう言ってたのだった。すっかり忘れていた。
わざと怒ったような顔を作って見せていた郁君だったが、僕の言葉に「クラスの子?」と少しだけ驚いたような顔をする。
ああ、しまった。と思った。
郁君には友達という友達はいない。変な虫がつかないように僕が追い払ってるからだ。
とは言っても無差別にあしらってるわけではい、ちゃんとまともなやつだったら僕だってなにも言わなかった。
わざわざ相手のコンプレックスを刺激するようなことを言うべきではなかった。後悔しながら僕は「夜ご飯はもう食べた?」と強引に話題を変える。
「……いや、要人が一緒に食べるって言ったから待ってた」
「そっか、ごめんね。お腹減ったよね、すぐなんか作るから」
「要人の料理味ワンパターンだからやだ」
「え……」
「冗談だよ、ほら、早く部屋に上がれよ」
……よかった、機嫌は悪くならなかったようだ。
ほっとしながら、僕は腕を引っ張ってくる郁君の後に続いて部屋へと上がる。
――自室内、広めの卓袱台の上。
既に出来上がった料理が並べられたそこに「わあ」と声が漏れた。どうやら待っている間に郁君が作ってくれていたようだ。
「でもインスタント……」
「いいだろ。好きなんだよインスタント」
「うん、でも体に悪いよ」
「食べたくないなら食べなくていいからな」
「えっ、うそうそ」
文句を言う僕に郁君はつまらなさそうに唇を尖らせる。
「郁君の料理、嬉しいなあ」と慌てて付け足すものの、郁君はなにも答えない。どうやら本気で臍を曲げてしまったようだ。
「……って、僕の分も作ってくれたんだね」
「いらないんだろ」
「そんなこと言ってないよ。貰うよ」
「……勝手にすれば?」
着ていたブレザーを脱ぎ、そして僕は座椅子の上に正座する。つんとそっぽ向きつつ、郁君は向かい側の座椅子に体操座りをきた。
お許しが出たので、僕は有り難く郁君が作ってくれた手作りレトルト料理のご相伴預かることにした。
レトルトカレーにインスタントスープ。それから冷凍食品の唐揚げ。なかなかの高カロリーだな、と思いながらも僕たちはそれを口にする。
「要人ってレトルトあんまり好きじゃないんだろ」
まだ言ってる。
一口二口と、深皿に乗せられたレトルトカレーを口に運べば、向かい側の郁君はぽつりとそんなことを言い出した。
「たまに食べるのは好きだよ」
「しかもお前料理好きじゃないよな」
「え、いや……別に」
「嘘だ。いつも楽しくなさそうだ、……なんか無理させてるみたいだし」
「それに、俺も下手だし」とスプーンを握るその指に新しい絆創膏が増えていることに気付く。
どうやら最初は手作り料理を試みていたようだ。それが分かったからそ、ぎゅっと胸が苦しくなった。
薄暗い表情のまま、郁君はぱくりとカレーを口に運んだ。小さな口がムニュムニュと動いているが、そこにいつものような笑顔はない。
「郁君……今日どうしたの?」
「…………わざわざ毎日部屋で食べなくてもいいよな」
そして、ごくりと口の中のものを飲み込んだ郁君はそうぽつりと口にした。
どうやら、郁君は二人きりの食事に不満を抱いているようだ。
……クラスメイトがどこで恥をかこうが死にかけようがどうでもよかったが、郁君が相手になるのならそれは別だ。僕は少なからず郁君の言葉にショックを受けていた。
「……えっと、僕と食べるのは嫌?」
「そーいうわけじゃないけど、たまには、食堂とかで食べてみたいっていうか」
「しょ……食堂?」
――前に通っていた飯屋に行く度に精子入り料理を食べさせられて、それを知ってから外食出来なくなった郁君が食堂。
驚きのあまりにグラスを倒しそうになる。
「……お前だって大変だろ。作るの」
「いや、まあ楽じゃないけど……でも、郁君はいいの?」
「いつまでも要人に任せっぱなしなのは嫌なんだよ、俺が」
そうハッキリとした口調で続けた郁君は少しだけ頬を引き締める。
「それに、俺だっていつまでも外食無理だったら可笑しいだろ」
人間を避けることを暗黙の了解としてきた僕たちの間で、郁君の方からこういうことを言ってきたのは初めてだった。
慣れ、少し恐怖症が薄れたのか、それとも郁君が強くなったのかはわからなかったが、僕はいい意味でも悪い意味でもすぐになにも言えなかった。
郁君が少しでも立ち直ってくれるのは嬉しい。
だけどその反面、あまり郁君を外部と接触させたくなかった。
「……要人?」
「あ、いや……ごめん。なんでもないよ」
「それで、食堂のことだけど……」
慌てて頷けば、心配そうな顔をした郁君がこちらを見上げてくる。
緊張でへの字になる口に、不安そうに下がった眉尻――ああ、ダメだ。この顔に弱いんだ。
「……わかったよ」
頑張ろうとしている郁君を邪魔することはできなかった。
「郁君がいいなら付き合うよ」
そう笑い返せば、一瞬きょとんとした郁君はすぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。
もし郁君に危険が及びそうになったとしても、それから守るのが僕の役目なのだ。そうだ。……履き違えたらいけない。
僕はこの笑顔のためにやってきたのだ。
料理の練習よりも筋トレした方がいいかもしれない。
「じゃあ今日はもう作ったから、明日朝からだからな」なんて予定について楽しげに話す郁君を前に、僕はそう一人思案したのだ。
エピソード0【僕と幼馴染】END
いつも明るくて、かっこよくて、優しくて、すぐ怒るけどやっぱり優しくて、小さい頃からずっと僕は郁君に助けられっぱなしだった。それは高校生になった今でも変わらない。
馬鹿な僕のためにわざわざ勉強教えてくれたり、遅刻魔の僕のために毎朝起こしてくれたり、郁君には沢山お世話になった――だから、少しでも郁君に恩返しをしたかった。
僕なりの方法で、僕にしかできない方法で。
なんとしてでも君に恩返しをしたかったんだ。
エピソード0【僕と幼馴染】
「っふ、ぅ……んんぅっ」
「大丈夫だよ、まだイケるって。だってほらこんなにガバカバになってるんだから。ね? 頑張って」
「ん、ぅ……ん、んぐッ! んん゙ぅッ!」
「はい、五本目入ったよ。ほら、ちゃんと息吐いて。見える? マーカー五本。……はは、すごい広がってるね」
場所は教室。
目の前の机の上には、下に何も身に着けていない状態のクラスメイトが大きく開脚し、肛門から五本のマーカーペンを生やしていた。
玉のような汗を滲ませたクラスメイトの目に浮かんでいるのは確かな恐怖だった。
僕を睨み、そして怯えた顔して自分の肛門の入り口を力づくで押し広げるペン先を見つめる。
右手首と右足首、左手首と左足首。どちらも束ねるように縛っているので抵抗したくても儘ならないようだ。ガムテープで塞いだ口からはくぐもった呻き声が聞こえ、身動ぎし過ぎて赤く擦れたロープの跡がなかなか痛々しい。
――まあ、全部僕がやったんだけど。
「初めてのわりには決行いけるんだね。……本当は、ちゃんと段階踏んでゆっくりと拡張していくものらしいんだけど、肛門での性交渉の場合は」
けれど僕たちの手元にあるのは各クラスに配給された極太カラーマーカーペン、十二本入りのみだ。ローションなんてそんな気の利いたものなんてあるわけない。けれど、まだ七本も残っている。
「けど、君にはそんなもの必要なかったね。代わりになるものもあるみたいだし」
ケースに入った青色のマーカーを手にとった僕は、クラスメイトの腰に手を伸ばす。不健康そうな骨っぽい腰がびくんと大きく震えた。
それを無視して、切れた肛門から垂れる赤い血を指で拭った。痛いのだろう、クラスメイトはふがふがと頭を振る。
既に泣き腫らしていたその目には涙がにじみ、再び壊れた蛇口のようにぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めるクラスメイト。
子供のようにいやいやと頭を振る姿は刺さる人には刺さるのだろう。けれど、僕には何も響かない。
「ってことで、はい、六本目」
既にぎちぎちに広がっていたそこを指でこじ開け、そのまま付きたてたマーカーの尻を思いっきり押す。瞬間、ぐぶ、とマーカーを飲み込んだクラスメイトの体が大きく跳ね上がった。見開かれた目の焦点はあっていない。
「暫くおむつ生活になるかもね。けど、君には似合うんじゃないかな」
とろりと、ペンとペンに出来た僅かな隙間から血が滲み出してきた。潤滑剤代わりになって丁度いいので僕は七本目も突っ込んだ。
みちみちと拡張するアナルは止まるところを知らず、意外と入るもんだなあと内心感心しながら僕は八本目を手にとる。先程まで威勢よく吠えていた声も聞こえなくなったが、そんなのどうでもよかった。
痛みがあればいい。
後悔するほどの痛みと、屈辱すらあれば。
クラスメイトの意識がまだあるのを確認し、僕はそのまま最早元の肛門の形からは程遠いその肛門を見つめ、カメラに納める。
結論、十二本入ったけど代わりにクラスメートが使い物にならなくなった。
けれど元からクソみたいなやつだったのでなにも変わらないだろう。
血でぐずぐずになった肛門だったそこは途中何度かペンを捻り出しながらも再び無理矢理ねじ込み、なんとか十二本のマーカーを収納することが出来た。
後半うまく行かずにイライラしてしまったため、 何本か奥に行ったがまあどうにかなるだろう。
暇潰しにクラスメイトに尻文字書かせようと思ったが、下半身の感覚が完全にイカれてしまったようだ。腰を持ち上げて動かすことは疎か、尻の下に敷いた紙はぐしゃぐしゃにするし血で汚れるしとなかなか上手くいかず腹立ったのでクラスメイトをそのまま放置してきた。
きっと誰かに助けてもらえるだろう。まあ、まともなひとが来たらだけど。
というか正直な話、拘束をキツくしすぎて解けなかったから面倒になっただけなんだけどね。
教室を後にした僕はそのまま最寄りの男子トイレに入り、血でべったりと汚れた手を洗い流す。
僕が考えた郁君への恩返し、それは郁君の平穏を守ることだった。
幼い頃から郁君は顔付きが幼く、異性からはもちろん同性からも好かれることも屡々あった。
十七歳になって体つきは多少男らしくなったもののやはり周りに比べたら小柄で、大きめの猫目はどこか中性的なイメージを周囲に与えた。だからか、同性から性的対象に見られることは少なくはなかった。
痴漢痴女からストーカー、変質者にショウタロウコンプレックス。幼い頃から多種多様な変態に狙われた郁君は一時期人間不信に陥り、外へ出なくなることもあった。
しかし今はそれを乗り越え、昔ほどとはいかずとも本人なりに立ち直ろうとしていた。
僕はそんな郁君の手助けをしていた。
外部の変態な大人たちを避けるため、中学卒業とともに全寮制の学園へと入学することになった郁君。
そのとき、郁君の両親に僕は学園で郁君の面倒を見てくれと頼まれた。断るはずなんてなかった。寧ろ、チャンスだと思った。
郁君への恩返しができるかもしれない。
そう、僕はふた返事でそれを請け負った。
――そして、学園に入学して季節は一巡した。
僕たちは二年生になり、最初心配していた郁君も今はもうすっかり学園の雰囲気に慣れているようだった。
ここには自分を性的対象として見てくる異性も変質者もいない――そう信じているのだろう。
けれど、それは違う。どこにでも物好きはいるのだ。
例えば、先程のクラスメイトみたいに郁君の机の中を漁って椅子の臭い嗅ぎ回したりあまつさえ舐め回すような変態は。
でも、郁君にそれを教えてやるつもりはない。当たり前だ、わざわざ郁君を失望させる必要がない。第一、僕は郁君が悲しむところは見たくないのだ。
だから僕はあくまで影から、郁君に気付かれないように郁君を付け狙う変態連中を潰してきた。自分の手を汚してでも郁君にとって快適な環境をつくりたかったのだ。
せめてもの恩返し――暴力を正当化させるつもりはないが、僕にとっては郁君が笑ってさえいれればなんでも構わなかった。
これが、不器用な僕なりの郁君への恩返しだ。
排水口へと流れていく赤く濁った水道水を眺める。そしてそのまま指先から滴る水滴を振り払った僕はハンカチで手を拭った。
ああ、疲れた。……早く、郁君に会いたい。
今はただ、郁君の笑顔がみたかった。
◆ ◆ ◆
――学生寮、自室。
郁君と別れたときと同じ状態まで清めたあと、僕は郁君の待つ自室へと帰ってきた。
自室の扉を開けば、「要人」と嬉しそうな顔をした郁君が玄関で出迎えてくれる。僕の頭の一つ下のほどに見えたのは明るめの栗毛、そして伸びた前髪の下、猫目がちな大きな目がこちらを見上げた。
「待ってたのに遅すぎるだろ。忘れ物にどんだけ時間かかってるんだよ」
「ごめんね。途中で会ったクラスの子と話し込んじゃって」
そういえば、郁君にはそう言ってたのだった。すっかり忘れていた。
わざと怒ったような顔を作って見せていた郁君だったが、僕の言葉に「クラスの子?」と少しだけ驚いたような顔をする。
ああ、しまった。と思った。
郁君には友達という友達はいない。変な虫がつかないように僕が追い払ってるからだ。
とは言っても無差別にあしらってるわけではい、ちゃんとまともなやつだったら僕だってなにも言わなかった。
わざわざ相手のコンプレックスを刺激するようなことを言うべきではなかった。後悔しながら僕は「夜ご飯はもう食べた?」と強引に話題を変える。
「……いや、要人が一緒に食べるって言ったから待ってた」
「そっか、ごめんね。お腹減ったよね、すぐなんか作るから」
「要人の料理味ワンパターンだからやだ」
「え……」
「冗談だよ、ほら、早く部屋に上がれよ」
……よかった、機嫌は悪くならなかったようだ。
ほっとしながら、僕は腕を引っ張ってくる郁君の後に続いて部屋へと上がる。
――自室内、広めの卓袱台の上。
既に出来上がった料理が並べられたそこに「わあ」と声が漏れた。どうやら待っている間に郁君が作ってくれていたようだ。
「でもインスタント……」
「いいだろ。好きなんだよインスタント」
「うん、でも体に悪いよ」
「食べたくないなら食べなくていいからな」
「えっ、うそうそ」
文句を言う僕に郁君はつまらなさそうに唇を尖らせる。
「郁君の料理、嬉しいなあ」と慌てて付け足すものの、郁君はなにも答えない。どうやら本気で臍を曲げてしまったようだ。
「……って、僕の分も作ってくれたんだね」
「いらないんだろ」
「そんなこと言ってないよ。貰うよ」
「……勝手にすれば?」
着ていたブレザーを脱ぎ、そして僕は座椅子の上に正座する。つんとそっぽ向きつつ、郁君は向かい側の座椅子に体操座りをきた。
お許しが出たので、僕は有り難く郁君が作ってくれた手作りレトルト料理のご相伴預かることにした。
レトルトカレーにインスタントスープ。それから冷凍食品の唐揚げ。なかなかの高カロリーだな、と思いながらも僕たちはそれを口にする。
「要人ってレトルトあんまり好きじゃないんだろ」
まだ言ってる。
一口二口と、深皿に乗せられたレトルトカレーを口に運べば、向かい側の郁君はぽつりとそんなことを言い出した。
「たまに食べるのは好きだよ」
「しかもお前料理好きじゃないよな」
「え、いや……別に」
「嘘だ。いつも楽しくなさそうだ、……なんか無理させてるみたいだし」
「それに、俺も下手だし」とスプーンを握るその指に新しい絆創膏が増えていることに気付く。
どうやら最初は手作り料理を試みていたようだ。それが分かったからそ、ぎゅっと胸が苦しくなった。
薄暗い表情のまま、郁君はぱくりとカレーを口に運んだ。小さな口がムニュムニュと動いているが、そこにいつものような笑顔はない。
「郁君……今日どうしたの?」
「…………わざわざ毎日部屋で食べなくてもいいよな」
そして、ごくりと口の中のものを飲み込んだ郁君はそうぽつりと口にした。
どうやら、郁君は二人きりの食事に不満を抱いているようだ。
……クラスメイトがどこで恥をかこうが死にかけようがどうでもよかったが、郁君が相手になるのならそれは別だ。僕は少なからず郁君の言葉にショックを受けていた。
「……えっと、僕と食べるのは嫌?」
「そーいうわけじゃないけど、たまには、食堂とかで食べてみたいっていうか」
「しょ……食堂?」
――前に通っていた飯屋に行く度に精子入り料理を食べさせられて、それを知ってから外食出来なくなった郁君が食堂。
驚きのあまりにグラスを倒しそうになる。
「……お前だって大変だろ。作るの」
「いや、まあ楽じゃないけど……でも、郁君はいいの?」
「いつまでも要人に任せっぱなしなのは嫌なんだよ、俺が」
そうハッキリとした口調で続けた郁君は少しだけ頬を引き締める。
「それに、俺だっていつまでも外食無理だったら可笑しいだろ」
人間を避けることを暗黙の了解としてきた僕たちの間で、郁君の方からこういうことを言ってきたのは初めてだった。
慣れ、少し恐怖症が薄れたのか、それとも郁君が強くなったのかはわからなかったが、僕はいい意味でも悪い意味でもすぐになにも言えなかった。
郁君が少しでも立ち直ってくれるのは嬉しい。
だけどその反面、あまり郁君を外部と接触させたくなかった。
「……要人?」
「あ、いや……ごめん。なんでもないよ」
「それで、食堂のことだけど……」
慌てて頷けば、心配そうな顔をした郁君がこちらを見上げてくる。
緊張でへの字になる口に、不安そうに下がった眉尻――ああ、ダメだ。この顔に弱いんだ。
「……わかったよ」
頑張ろうとしている郁君を邪魔することはできなかった。
「郁君がいいなら付き合うよ」
そう笑い返せば、一瞬きょとんとした郁君はすぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。
もし郁君に危険が及びそうになったとしても、それから守るのが僕の役目なのだ。そうだ。……履き違えたらいけない。
僕はこの笑顔のためにやってきたのだ。
料理の練習よりも筋トレした方がいいかもしれない。
「じゃあ今日はもう作ったから、明日朝からだからな」なんて予定について楽しげに話す郁君を前に、僕はそう一人思案したのだ。
エピソード0【僕と幼馴染】END
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