モノマニア

田原摩耶

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崩壊前夜

仲介

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 マコちゃん、怒ってるだろうか。
 ああ見えて結構繊細だし、もし誤解されていたらやだな。
 そんなことばっかぐるぐる考えてると。なにかに躓いた。

「う、わ……わ……っ」

 転びそうになって、咄嗟に「おい!」と驚いた顔のなっちゃんに腰を掴まれた。
 瞬間、全身に冷たい汗が流れた。

「馬鹿、ちゃんと前見て歩けよ……っ!」
「あ、ありが……と……」

 馬鹿は言いすぎなんじゃないかと思ったが、それよりも心臓の音がバクバク煩くて。
 すぐに体を支えてくれたなっちゃんの腕は外れたが、不意打ちの出来事に全身に嫌な汗が滲んだ。
 全然違うのに、ユッキーと一瞬重なって見えた自分の目にびっくり。

「おい、……マジで大丈夫なのか?ひでえ顔だぞ」
「ひでえ顔って、失礼だなぁ~……別に、大丈夫だよ。マコちゃんにも会えたしね」
「……」

 あ、そこ無視するのか。
 別にいーけどね。なんて思いつつ、歩く。そういや俺どこに行こうとしてたんだっけ。
 マコちゃんにも会えてそれで満足してフラフラ歩いてなっちゃん連れ回してたんだけど、やばいなー、俺。

「……なっちゃん、なっちゃんって何が好き?」
「はあ?好きって……なんだよいきなり」
「趣味だよ、趣味。……なんか、気分転換になりそうなものないの?」
「……ひたすら海沿いでバイク飛ばす」
「最高じゃん、それにしよ」
「は?お、おい、何言って……」
「なっちゃんとツーリング連れて行ってもらおうかな」
「は?!」
「今から」
「な、無茶苦茶言うなよ。つか、具合悪いなら大人しくしとけって……!」
「えー……」
「えーじゃねえよ、つうか今俺のバイクメンテ中だから」
「…………サイアクなっちゃんの人力車で」
「お前……委員長に構ってもらえなかったからって俺をおちょくって遊んでんじゃねえよ」

 ありゃ、バレてら。
 別に遊んでるつもりはなかったんだけどね、八割まじだったし。
 けど、これ以上はなっちゃんも怒りそうだ。

「おとなしくって言われてもなぁ……」

 出来ることならストレス発散したかったけど、純とか、他の付き合ってくれそうな子とか誘ったところでどうしてもユッキーの顔を思い出してしまうだろう。
 ズキズキと頭が痛む。頭だけじゃない、心臓の辺りもぎゅっと痛くなる。……出たよ、これだ。

「……一人でいるの、やだな」
「あのな、人のこと忘れてんじゃねえよ。……委員長にはお前を一人にするなって言われてるんだよ、こっちは」
「…………本当、マコちゃんって過保護だよねえ」
「俺については同意見だな」

 けどマコちゃんは俺の性格知ってるから、俺が一人でいるとだめになる人間だって、知ってるから側に居ることができない自分の代わりになっちゃんを連れてきてくれたんだ。
 その優しさが今だけは染みるようだった。

 仕方ない、一回、部屋に帰るか。それで、少し寝たらこの気分も少しはましになってるかもしれない。

「仙道さん!」

 そんなときだった。聞き覚えのある声に、全身が緊張した。
 恐る恐る振り返れば、そこには。

「……純」
「部屋にいないから探したんですよ、そしたら、さっき委員長と会ってたっていうし……メッセージも既読つかねーしで焦ったじゃないっすか、せめて携帯くらい見てくださいよ」
「あ……ごめん……」

 ぷりぷりと怒った純に言われて、携帯の存在を思い出す。
 制服のポケット突っ込んでみるが、ない。
 あれ?と上着を捲ったとき。
 伸びてきた、その骨張った手に、見覚えのあるカバーの携帯端末。

「何やってるんだ、お前、俺の部屋に忘れていっただろ」

 どくりと、心臓が跳ねる。
 一気に全身の体温が引いていくようだった。

「仙道はうっかりさんだな」

 当たり前のように、制服に着替えたユッキーは俺に笑いかけてきた。

「……っ、……」

 ご丁寧に届けて下さいましてありがとうございます、なんて言えるわけがない。
 なんでもないような顔をして目の前に立つユッキーに指先から冷たくなっていくのを感じた。

「ほら、お前のだろ」

 強引に手渡されそうになり、咄嗟に手を振り払う。
 カツンと音を立てて落ちる端末。
 なっちゃんも、純も、驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
 ――ただ一人、ユッキーを除いて。

「……まだ本調子じゃないんだろ」

 端末を拾い上げたユッキーは、俺ではなくそれを純に渡した。
 何故自分が、と驚いたような顔をする純になにも答えるわけでもなく、「確かに届けたからな」とだけ口にしてユッキーはそのまま立ち去ろうとする。

「あ、おい雪崎……ッ!……なんだよあいつ」
「…………」
「仙道さん、これ」

 そう、純は携帯を渡してくれた。
 ヒビは入っていないようだが、素直に受け取りたくもない。
 どうしても昨夜のことが蘇り、躊躇ってしまいそうになるがこのまま受け取らないでいるのも不審に思われるだろう。

「……ん、どーも」

 そう、携帯端末を受け取る。ほんのりと温かいのが嫌で、俺はそのまますぐにポケットに突っ込んだ。

「……あの、仙道さん……」
「悪いけど、話ならまた後ででいーい?」
「え……?」 
「……俺は、大丈夫だから」

 平常心、平常心。
 悟られることが一番嫌だった。純は特に。

「そういうことだ、おい、さっさと自分の教室に戻れ」

 なっちゃんにしっしと追い払われ、「なんでお前に指図されなきゃいけないんだ」と不満を隠そうともしない純だったが、噛み付くことはしなかった。

「また後で、様子見に行くんで。ちゃんとゆっくり休んでてくださいよ」
「……ん」
「それじゃあ、失礼します」

「……おい!お前教室そっちじゃねーだろ!」というなっちゃんの声を無視して歩いていく純。
 ……もしかしたらもっとしつこく聞かれるかもしれないと思っていただけに、あっさりと引き下がる純にただ安堵した。

「それじゃ、なっちゃんも……」
「何言ってんだ、今度こそ逃さねえからな」
「……ですよねー」

 ……正直、自分でもわからない。けど、純と居るよりもなっちゃんといた方がましだと思えるのはどうしてもユッキーのことを考えてしまうからだろう。
 なっちゃんに連れられ、そのまま部屋へと戻ることになる。

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