74 / 88
人の心も二週間
過保護心 *純side
しおりを挟む「京…いや、会計の場所は分かるか?」
どうして、こいつが、敦賀真言がここに。
一瞬にして空気が張り詰めた。
「いきなり来て挨拶もねえのかよ、テメェ」
「おい」
「…っ、純」
「この人は仙道さんの友人だ、絶対手ぇ出すなよ」
赤髪と黄髪は何か言いたそうにしていたが、睨めば「はーい」と肩を竦めた。
俺だって、歓迎してるわけではない。元々、いけ好かないやつだった。
規律だのなんだの綺麗事ばっか並べては人の話も聞こうともせず力づくで黙らせて来る風紀委員が。
そして、目の前のこいつはその風紀のトップだ。
警戒するなという方が無理な話だ。
「見ての通りここにはいねーけど……アンタ、なんでこんなところにいるんだ?停学中のはずじゃないのか」
「お前には関係ないだろう」
「こんなところまで来て一方的に尋ねて『関係ない』扱いはないんじゃないっすか、先輩」
ピクリと敦賀真言の眉間にシワが寄る。
俺の下手な敬語が癪に障ったらしい。けれど、それも束の間。
「……あいつが、電話に出ないんだ」
ポツリと口から出たその言葉に、思わず「え?」と聞き返してしまう。
「何度掛けても出ない。電源が切れてるわけではなさそうだが、大分時間が経つから気になって…」
以前の俺ならそれくらいで血相変えてここまでやってきた敦賀真言を鼻で笑っていただろう。
けれど、人事じゃなかった。
携帯を取り出し、即座に仙道さんに電話を掛ける。
けれど、奴の言った通りいつまで経ってもコールが鳴り止むことはなかった。
それどころか、ぶつりと音を立て通話が途切れる。
……切られた。
「あんたらの部屋には」
「確認済だ。……あいつはいなかった 」
「……ッ」
嫌な感覚が蘇る。
指先がビリビリして、息が詰まりそうな、そんな不快感が腹の奥から一気に押し寄せてきた。
「おい、純」
不意に、青髪に声を掛けられた。
「心配しなくても、仙道さんなら雪崎さんのところにいるはずだぜ」
「……雪崎?」
「あぁ、雪崎さんが責任持って見張るって言ってたし大丈夫なんじゃね?」
脳裏に雪崎が浮かぶ。
仙道さんには甘い、あの黒髪の男も俺と同じ思いを何度も味わっているはずだ。
雪崎に限ってとは思う反面、一つの疑問が横切った。
――だったら、なんで仙道さんは電話に出ないんだ。
「……雪崎…雪崎拓史か?」
敦賀の言葉を無視して雪崎の連絡先を表示する。
頼む、せめて、仙道さんは無事だと、寝ていると言ってくれ。
そう強く願い、通話を繋げる。けれど、どれ程待っても雪崎が出ることはなかった。
「…」
バクバクと、心臓が煩い。
雪崎に限って、とは思う。けれど、嫌な予感がしてならないのだ。
「……純?」
「…………ちょっと、出てくるわ」
「へ?……って、おい、純!」
俺の考え過ぎであってほしい。「どれだけ過保護なんだ」と笑い飛ばしてくれてもいい。
端末を仕舞い、部屋を飛び出した俺は全力疾走で廊下を突き抜ける。
向かう先は雪崎の部屋。
仙道さんのうざがる顔を見るまでは安心出来なかった。
したくなかった。
◇ ◇ ◇
全力疾走でやってきた雪崎の部屋の前。
ドアノブに手を掛ける。鍵がかかっているようだ。
「京はここにいるのか?」
どうやら風紀委員長様もついてきたようだ。「知るか」とだけ返し、数回ノックする。けれど反応はない。
「おい、雪崎!いるんだろ!」
今度は先程よりも強く扉を叩く。けれど、やっぱり反応はない。
もしかしていないのか?だとしたら、どこに。
考えた時だった。
「おい、退け」
敦賀真言に肩を掴まれる。
顎で指されるのは癪だったが、仙道さんの大切な人である手前無碍にも出来ない。
渋々敦賀と場所を変わった矢先だった。ドゴリと、鈍い音と共に扉が軋んだ。
「ちょ、っと、おい……」
久し振りにここまでの力技を見たかもしれない。
蹴破る勢いで扉を蹴り上げる敦賀真言に一瞬、言葉を失う。
あまり良い噂を聞かない男だが、いざ目にすると俄信じられないのは恐らく仙道さんの隣で朗らかに笑っている敦賀真言を知っているからか。
「おい、本当にいなかったらどうするんだよ」
「無論、蹴破るまでだ」
平然と応える敦賀に頭が痛くなる。
結局、俺の制止を無視して何発目か分からない蹴りをぶち込んだ時だった。扉が開いた。
「っ!雪崎…!」
やっぱり居たのか、と安堵する反面、今まで居留守をしていたと思うと言葉にし難い感情がこみ上げてくる。
聞きたいことがありすぎて、どこから声を掛ければいいのか迷った俺の横、躊躇いなく敦賀は雪崎の胸倉を掴んだ。
「おい、京はどこにいる」
「……部屋にいるけど」
「部屋?」
「あれぇ?純?」
「っ、京!」
「仙道さん!」
扉の隙からひょっこり顔を出す仙道さんに俺も敦賀真言も素直に驚いた。
いつも通り、緊張感のないその間抜けな声に思わず脱力し掛ける。
「仙道さん、なんで電話出なかったんですか。ずっと掛けていたのに…」
「あーごめーん、イイトコだったからさぁ」
「イイトコって、あんた…」
悪びれた様子もなけりゃ反省の欠片もない。
けれど、いつもの仙道さんだ。安堵する俺の隣で、敦賀真言だけは相変わらず仏頂面を晒していた。
「…おい、京」
「んぇ?……あー」
「仙道」
仙道さんが何かを言いかけたところに、雪崎は仙道さんに何かを耳打ちする。
確かにその口元は「戻っとけ」と動いたように見えた。
「はいはーい、じゃ、またねぇ」
嬉しそうに破顔した仙道さんはひらひらと手を振り、そのまま顔を引っ込めた。
明らかに不自然だった。
――仙道さんが、あの、仙道さんが、敦賀真言を見ても何の反応を示さない。
それどころか、まるでいないもののように扱う仙道さんは違和感そのものだった。
「……悪い、まだ記憶が混濁してるみたいだな」
開口一番、雪崎はそう口にする。記憶が混濁って、やっぱり、あの時のか。
その場に居合わせていないものの、何が遭ったかは雪崎から聞いていた。
「…何かあったのか?」
素直に、仙道さんのことが心配なのだろう。
雪崎に向き直る敦賀真言。雪崎は渋い顔をした。
「……そうか、あんたは知らないんだな。いなかったから」
雪崎は仙道さんが頭を殴られたとだけ告げた。
そしてそれが原因でまだ記憶がハッキリしてないと。伏せてる部分は、仙道さんを立てるためだろうと。
「……京は…大丈夫なのか?」
それを聞いた敦賀真言は先程以上に険しくなっていた。
雪崎は「今のところはな」と自嘲気味な笑いで返す。
「わざわざ会いに来たところ悪いけど、もう少しそっとしといてやってくれ。…今、大分落ち着いてきたところなんだよ」
「……そうか」
「純、他の奴らに記憶のことは言わないでやってくれ。周りの態度が変わったら余計混乱するかもしれないからな」
「……わかった、けど……」
一見、雪崎の言葉はまとものように聞こえた。
だけど、なんだろうか、何かさっきから感じてる嫌な予感がなかなか拭えないのだ。
「それじゃ、今飯食ってたところだから……またな」
部屋の奥から雪崎を呼ぶ仙道さんの声が聞こえてきた。
結局、深く追求することも出来ないまま扉は閉められた。
俺はともかくだ、自分を忘れられた敦賀は案の定落ち込んでいるように見えた。
「…………おい、あんた…いいのか?もう、話さなくて」
「……京は俺にそんなことがあったなんて一言も話さなかった」
「…」
「俺に知られたくないんだろう、そんなことがあったと」
だから、追求しないというのか。
仙道さんの考えを尊重するという敦賀が意外だった。
無理やりでも聞き出して敵討ちに行くと思っていたから。
でも、そうか、……そうなのか、この男は。仙道さんがこの男に懐く理由が少しだけ、ほんの少しだけわかったような気がしたが、やはり認めたくはない。
「あ…おい、どこ行くんだよ」
と思った矢先、さっさと歩き出す敦賀に思わず声を掛けてしまう。
仮にも停学中の身だ、そんな堂々とほっつき歩いてて大丈夫なのか。
「京を襲ったやつを洗い出す」
無表情、その目が鈍く光るのを見て思わず固まる。
あれは何を言っても聞かない目だ。
結局、敦賀はそれだけを言い残し、薄暗い通路の奥へと消えていった。
51
お気に入りに追加
325
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる