モノマニア

田原摩耶

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人の心も二週間

最悪のお目覚め

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 テーブルの上、広げられた皿に盛られた………え、なにこれ。まじでなにこれ。

「ぅわー…い」
「お前今思いっきりうわーって言ったろ」
「だって何これ、黒すぎだしめっちゃ味濃そうだし」
「な…っ!文句言うなら没収するからな!」

 別に没収されてもいいのだが、そんなこと言ったらユッキーがまじで凹んでしまいそうだ。変なところでナイーブなユッキーを知ってるだけに流石にそこまで虐めるのも可哀想なので、

「わかった、冗談だってば。食べるからちゃんと」

 そういえば、嬉しそうに破顔したユッキーは「おう」と頷いた。

 食べるから、とは言ったものの。
 取り敢えず一口、転がっている肉だったものを食べてみる。瞬間、ガリッととてもじゃないが肉を咀嚼したとは思えないような変な音がした。

「どうだ?」
「…すげー歯に良さそう」
「だろ?」

 褒めてねえんすけど。
 しかしまあ、うん、そういう料理だと思えば食べられないこともないが、なんかもう砂利食ってる気分になりつつも半分以上食い終えたときだった。

「足りなかったら一応ラーメンもあるからな」

 言うのおせーよ。

「寧ろそっち欲しいんだけど」
「なんだとこの」

 とまあ、ぎゃーぎゃー騒ぎながらも目の前の創作料理を完食する。

「あー食った食った」
「お粗末様でした」
「まじでな」
「なんだって?」
「ウソウソ、美味しかった美味しかった」

 ついうっかり本音ぽろっとしてしまったので慌ててフォローしてみれば、「そうか、ならよかった」と安堵するユッキー。

「今度はもっと美味いの喰わせてやるからな」

 え、いらない。

「ほら、喉乾いたんじゃないのか」
「あ、ありがとー」

 差し出されたコップを受け取る。
 丁度ぱっさぱっさになっていたところだったので俺はありがたくそれを頂戴することにしたのだけれども。

「なんか…食べたら眠くなってきた」
「ならその辺横なってていいからな、俺、ちょっと片付けてくるから」
「んー、そうする。…おやすみ」

 まだ目を覚ましたばっかなのに、とは思ったが、ユッキーの声が聞けて気が緩んだのかもしれない。
 欠伸を噛み締め、俺はソファーの背もたれに深く凭れる。
 考えることすら億劫になるほどの強烈な睡魔に、俺はそのまま眠りに落ちた。




 夢現の中、不意に遠くから着信音が聞こえてくる。
 携帯が鳴ってる。着信音からして、マコちゃんだろう。
 出なきゃ。と思うけど思うように体が動かなくて、再び眠りに落ちそうになるのを必死に堪える。
 そうしてる内にすぐにその音がぷっつりと切れた。
 急いで掛け直さないと。そうなんとか体を起こそうとするが、体が動かない。それどころか、

「…ん……」

 唇に、何かが触れる。唇を割るように入り込んでくる濡れた感触は紛れもなく夢ではない。

「……?」

 未だ眠りが解け切れず、靄掛かった頭の中。
 咥内の奥、舌に触れてくるそれが人間の舌だと気付いた瞬間、頭の中が一気に熱くなった。

「ッ、!」

 薄暗い部屋の中、誰かが上にいる。肩を掴む手。ソファーに押し付けられているから動けないのだ。
 その事実に気付いた瞬間酷く混乱した。
 咄嗟に目の前の影を突っぱねようとするも、体の方の眠りが抜け切れていないのか思うように力が入らなくて。

「ぅ…っふ、ぅ……ッ」

 脈が加速する。丹念に舌先から根本まで味わうように嬲れ、脳髄がピリピリと痺れてきた。
 余計、何も考えられなくなりそうになるが、それでも、鼻腔を擽るこの香水には覚えがあった。
 だからだろう、理性を取り留めることが出来たのは。
 考えるよりも先に、思いっきりその舌に歯を立てる。
 瞬間、ガリッと嫌な感触とともに鉄の味が咥内いっぱいに広がった。
 そして、

「っ、いってぇ……」

 舌が抜かれ、唇が離れた。その代わり、聞こえてきたうめき声に今度こそ心臓が停まりそうになった。
 眠る前、俺がどこにいたのか、誰といたのか、考えたらすぐにわかったが、それでも、そうじゃないと思いたかった。

「ゆっ…き…ッ」

 唇を拭うそいつは、愕然とする俺を見て困ったように笑う。
 いつもと変わらない、甘やかしてくれる笑顔で。

「なんだよ、お前。…起きるの早いのな」
「な、んで…えっ、なに、これ」

 一瞬、状況が理解できなかった。
 慌てて起き上がろうとすれば、ずり下げられた下着の奥、股倉からどろりとしたものが伝い落ちる。
 身に覚えのあるその嫌な粘着質な感触に血の気が引いた。

「……なに、してんの」

 呂律も回らない。指先も動かない。頭も。
 けれど、この状況が明らかに異質なことだけは確かに理解できた。

「ごめん、仙道」

 どうして謝るんだ。凍り付く俺に、ユッキーは髪に触れてくる。その動作に全身が硬直し、息が詰まりそうになった。

「お前に負担になるようなことはしてないから」

 負担って、なに。意味がわからなかった。
 目の前の男が俺の知ってるユッキーじゃないみたいで、もしかしたら夢なのかもしれない。
 そう思い込みたいのに、五感がこれは現実なのだと知らしめてくる。

「仙道のためなんだよ」

 動けなくなる俺に、ユッキーは優しく髪に唇を寄せた。
 電流が走ったように、全身が反応する。
 次第に覚醒していく意識。薄暗い部屋の中、ユッキーと確かに目があった。

「――全部、お前のためだから」

 囁かれるその言葉に、ただでさえこんがらがっていた頭の中が真っ白になるのがわかった。
 ――俺のためだとユッキーは言った。

「っ、ぅ、ん、んんッ」

 上を向かされ、深く唇を重ねられる。
 今度は相手がユッキーだと分かっているが、それでも得体の知れない相手にされた時よりも遥かにショックが大きかった。

「ゆ…き…っ」
「…仙道」

 こんなの、おかしい。
 そう思うのに、名前を呼ばれる度に萎縮してしまう。

「仙道……仙道、仙道……っ」

 唇、頬から顎先、首筋から胸元へと伝うように這わされる唇の優しい感触が余計恐ろしかった。
 とにかく、逃げなければ。そう思うのに、ただでさえ緊張した体を押さえ込まれればろくに動くことすら出来なくて。

「っ、嫌だ、嫌だ、やめろ、やめろってば…っ」

 がむしゃらにユッキーの頭を掴み、自分の体から引き離す。

「…っ仙道」

 どうしてユッキーが悲しそうな顔をするのだろうか。泣きたいのは俺の方なのに。
 裏切られたようなショックと俺のためだというユッキーへの困惑でただでさえぐちゃぐちゃになった頭は何も考えられなくなってしまう。そんな風に名前を呼ばれたら、余計。

「…俺とやるのはそんなに嫌か?」
「い、やだ、嫌だよ、ユッキー…っ、俺、ユッキーのこと、嫌いになりたくない…っ」

 自分が何を言っているのか分からなかったが、それでも、言葉を選んでる余裕もない俺は思ったことを口にするしかなかった。

「…仙道」

 ユッキーの手が、僅かに緩んだような気がした。
 こちらを見下ろしていたユッキーの目が、僅かに細められる。そして、

「お前は本当に可愛いやつだな」

 嬉しそうに笑うユッキーに、最早何度目かわからないキスをされた。

「ユッキー、いやだ……ッ、やめろって、ユッキー…っ!」

 伸びてきた手に腿を割り、股ぐらへと滑り込んでくる。
 足をバタつかせるが、派手に動けば動くほど腰に鈍い痛みが走り、力が抜けそうになった。

「大丈夫か?」

 そして、俺が呻く度にユッキーはいつもと変わらない調子でそう尋ねてくるのだ。
 これが大丈夫なように見えるのか。返事するよりも先に、ユッキーの手に大きく足を開かされる。
 眠っている間に脱がされていたそこを隠すものは勿論何もなくて、ユッキーからしたら丸見えだと思うと恥ずかしさというよりも、この間のことが脳裏を過り血の気が引いた。

「お前が大人しく寝てくれてたらまだ良かったんだけどな…っ」
「っ、ユッキー…嫌だ」
「言っただろ、俺は痛いことはしないって」

 だから、と何かを言い掛けたユッキーだったけど、すぐに自嘲的な笑みを浮かべた。

「………無理だよな、いつも通りでいろだなんて」

 腿を撫でられれば、こそばゆさに息が詰まりそうになる。
「ユッキー」と呼び掛けたとき、ユッキーの唇が内腿に触れる。

「っ、ぁ、っや」

 ちゅ、ちゅ、と何度も触れるような優しいキスをされた。
 動く度に触れる髪先がくすぐったいとか、そんなことよりも目の前、自分の腿にキスをするユッキーと目が合うと全身が一気に熱くなる。

「…仙道」

 傷とアザでとてもじゃないが見てられないそこを何度も慰めるようにキスをされると、余計、分からなくなる。

「…どうして…っ」

 優しくするんだ。こんな風に優しく触られたことなかっただけ余計、ヒズミたちと同じようなことをしているユッキーにどうすればいいのか分からなくなる。
 膝裏から腿を伝い徐々に足の付け根へと近付いてくる唇に鼓動が加速する。
 このままでは、と咄嗟に足をバタつかせるけれどもそれにも構わずユッキーは股ぐらに顔を埋めてきた。

「っ、ちょっと、待っ、ぁッ」

 躊躇いもなくケツの穴にキスをしてくるユッキーに全身が凍り付いた。それどころか、ぬるりとした舌が窄みに触れ、ぞくりと嫌なものが背中を走る。

「うそ、やだ、ユッキーっ、や、ぁ…ッ」

 逃げようとするが、腿を掴むユッキーの手は離れない。それどころか強く腰を掴まれ、その周囲を確かめるように張っていた舌先が窄みに宛てがわれる。
 同時に、硬くなった舌先が割るように入ってきた

「っふ、ぅ、んん……ッ!」

 垂らされる唾液を絡め、奥へと強引に入り込んでくるユッキーの舌。体内を這うその感触は生々しく、先程まで感じていた下半身の違和感に似ていることに気付いたとき、目の前が赤くなる。

「や、だ、もっ……止めろってば…っ!」

 こんなことダメだ。ダメなのに。恥ずかしさとショックで頭がおかしくなりそうだった。
 必死になったユッキーの頭を引き剥がそうとするけど、内壁を舐め上げられれば四肢から力が抜けてしまうのだ。

「ぅ、や……ぁ…っ!」

 腹の奥、ユッキーが舌を動かす度に濡れた音が響く。
 嫌だ、こんなこと。そう思うのに、唾液を塗り込むように舌で中を解される度に腰が揺れ、何も考えられなくなる。

「ゆ、っ、き…ぃ……っ」
「…仙道……っ」

 朦朧する意識の中、確かにユッキーと目があった。そして、ユッキーはふ、と笑う。

「安心しろ、ちゃんと綺麗にしてやるから」

 そう言って。

「ッ!ぁ、うそ、やだ、ユッキー…っ!」

 奥深く、入り込んでくる濡れた舌先が内部を弄るように動く度に脳髄が熱く、痺れ始める。
 せめて、と藻掻くように腰を捻じれば腿を掴むユッキーの手に力が籠もり、しっかりと固定された下腹部、ユッキーは更に顔を埋めてきた。

「ふ、ぅう…っ!」

 心臓がひりつく程痛い。それ以上に、触れられた箇所すべてが火傷みたいに疼いて、熱くて、体内を蠢くそれ以外、何も考えられなくなる。

「……っ、は」

 なにこれ。なにこれ。
 何度頭を整理しても理解できない。この感触を、この状況を現実のものと受け入れることが出来なかった。
 濡れた音と湿った水音が響く室内。
 そんな中、不意に聞き慣れたあの音が聞こえてくる。
 夢の中でも聞いた、着信音が。

「…っ!」

 マコちゃんからだ。遠くから聞こえてくる着信音、そう離れてはいないテーブルの上でブルブルと震える端末を見つける。

「ま、こ、ちゃ…」

 誰でもいい、夢ならさっさと覚ましてほしかった。
 夢じゃなくても、誰かに。
 汗ばんだ手のひら、ユッキーの下から這い出るようにテーブルの上のそれへと手を伸ばそうとした時だった。
 伸びてきた手に、それを横から奪われる。

「ぁ…っ」

 取り上げられた携帯を目で追いかける。
 それを手にしたユッキーと目があって、俺はそのまま動けなくなった。

「………」

 今までに見たことのない、薄暗い瞳。睨むわけでもなく、突き放すわけでもない、それでいて何を考えているのかわからないその表情に言葉を詰まらせたとき。
 片手で端末を操作し、ユッキーはその電話をぶち切る。

「ゆ…」

 電話を切られたことに絶望するよりも先に、大きく掴み上げられる腿に全身が強張る。
 隠さないととか恥ずかしさとか、そんな感情を覚える暇もない。
 外気に曝されたそこにユッキーの指が入り込んでくる。
 逃げようとする腰を捕まえ、問答無用で深く捩じ込まれる指に息が詰まりそうだった。

「っ、ぁ、や…だ…っ!ユッキー…っ!」
「仙道、俺、自分で結構心広い方だと思ってたんだけどさ…」

 二本目の指が充てがわれ、散々解されたそこに割って入ってきた。
 体内で蠢く異物感以上に覆い被さってくるユッキーの影に全身が竦み、震える。

「ごめんな、余裕ないわ」

 そんな俺を見て、ユッキーの口元に薄く笑みが浮かんだ。同時に、窄まったそこを力任せに左右に拡げられる。

「…っ!」

 指の動きに全身が引き攣り、身を捩らせた矢先。スラックスのファスナーを下ろし始めるユッキーに血の気が引く。

「…っ、仙道」

 狭いソファーの上、ユッキーの下から逃げようとするがあまりにも狭すぎた。
 動く隙もないくらい密着したこの体勢。拡げられたそこに宛てがわれる独特の感触がなんなのか、嫌でも理解してしまう。

「嫌だ、マコちゃ、ぁ、マコちゃん…っ!」
「…ッ仙道」
「う、ぁ………ッ」
「俺じゃ、ダメなのかよ」
「ぁ……あぁ……っ」

 濡れた肉の感触に喉が、器官全体が震える。
 ずしりとのし掛かるユッキーの体重に押し潰されそうになって、固定された下腹部、ずぷりと音を立て埋め込まれるそれに汗が滲んだ。

「俺は、いつでもお前のことを……っ」
「…ゆ…っ、き……」

 ユッキー。
 そう名前を呼ぼうとした時だった。

「ん、ぅうッ!」

 ぐっと加えられた体重。唾液で濡れた穴はその頭を難なく受け入れようとして、それを止める体力は俺には残されていなかった。

「は、ぁっ、あ…ぁあ…っ」
「…俺が、全部忘れさせてやるから」

 白ばむ視界の中、痛み以上の熱と押し潰されそうなほどの圧迫感に息が詰まる。何も考えることが出来なかった。流れ込んでくるユッキーの言葉に、熱に、全身が毒に冒されるみたいに熱くなって、自分の体ということすら分からなくなる。
 ――それでも。

「…そうすれば、お前はもう怖がる必要ないんだろ?」

 そう笑う目の前のユッキーが正気ではないということは理解できた。
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