モノマニア

田原摩耶

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人の心も二週間

恐怖以上の※

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「……ッ」

 短い間、どうやら飛んでいたようでハッと気付いた時には辺りは先ほどまでの草むらの中ではなくて。
 背中に当たる硬いコンクリの感触。目の前にはさっきの男と、欠けた月。ここがまだ校舎裏だというのはすぐに分かった。

「ようやく起きたのかよ。寝過ぎなんだよ、あんた」

「このまま犯してやろうかと思った」と悪びれた様子もなく爽やかに笑う男。その手が制服に伸びてきて、咄嗟に振り払おうとするが。

「…あれ?」

 腕が、動かない。

「ああ、暇だったからあんたの腕、縛らせてもらったから」
「……は……っ?」
「引っ掻かれたりでもしたらたまんねえしな」

 言いながら、シャツのボタンを剥ぎ取られる。生暖かい独特の空気にも関わらず、酷い寒気が込み上げてきて。

「……っ」

 触るな、離れろ。そう、怒鳴ろうとしても、上半身に直接触れてくる他人の手の感触に全身が竦む。息が出来なかった。

「…へえ、まじで大人しくなんのな」

 すぐ側で男の声がして、驚いた矢先。目前まで迫ったやつの顔に心臓が破裂するように痛む。咄嗟に顔を逸らすけど、もう片方の手に無理やり顎を掴まれ、強引に唇を塞がれた。

「ふ、ぅう゛……ッ」

 薄い膜越しに流れ込んでくる他人の熱に、目の前が、頭の中が、真っ暗になる。
 全身が石みたいに硬くなり、抵抗することなんて考えることも出来ず、嫌悪感にも似たそれ以上のなにかが全神経を駆け巡る。

「ッん、ぅぐ…ッ」

 ヒズミではないヒズミとは違うヒズミはいない。そう必死に自分に言い聞かせても、あの時の屈辱が、恐怖が、生生しく蘇る。噛み付くように貪られ、体が、震えた。
 体の輪郭を確かめるように触れるその手から逃れることは出来なかった。
 どこか、ふわふわと夢を見ているみたいだった。
 ――それも、悪い夢を。

『キョウ、会いたかった。ずっとずっと、会いたかった。お前を探していたんだよ、俺。この街を、色んな奴に聞いてさ』

 辺りに反響する仲間たちの呻き声。
 そんなもの存在しないかのように、ヒズミは俺を抱き締める。強く強く、骨が折れそうなくらいのその痛みに喘いでもヒズミは拘束を緩めようとしなくて。

『また、お前と一緒に遊びたかったから』

 何が何だか分からず、そもそも初対面であるはずのそいつはそう人懐っこい笑みを浮かべるばかりで。
 懐かしい、思い出したくもない悪夢は、そこで途切れた。
 そしてすぐ、ぬるりと滑る首筋のなにかの感触にここがどこなのか自分が何されているのかを思い出して、戦慄する。

「っ、やめろって、おい…っ!」

 首筋。噛み付くように歯を立てられ、その鈍い痛みに僅かに全身が痙攣した。
 その痛みも僅かなもので、すぐに、胸をまさぐる無骨な指の動きに神経が集中する。

「っぁ、ぐ…ッ、ぅ……っ」

 乳輪をなぞるように触れられ、それだけでも気色が悪くて吐きそうで嫌なのに時折その指の腹が乳首に触れる度に頭の中が掻き混ぜられるみたいに何も考えられなくなった。呼吸がままならず、浅くなる。
 首筋に這わされる舌に汗を舐め取られ、自分の体が誰かに言いように弄ばれているというこの事実が酷く吐き気を催した。

「……ッ」

 マコちゃん、マコちゃんマコちゃんマコちゃん。
 せめて、せめて、違うことを考えようとするけど、余計自分が惨めで情けなくなる。こんなの自分ではないと言い聞かせるもその思考すら両胸を這う指に乳首を摘まれれば掻き消された。

「ッ、嫌だ…も、やだ、嫌だ……っ」

 無意識に口から出る弱音は止まらなかった。

「泣いてんのか?可愛いな、あんた」

 馬鹿にするようなその声に怒りすら感じない。今はもうたださっさとやめてもらいたくて、それなのに。

「俺的には、もっと嫌がって欲しいんだけどな」

 そう言って、濡れた唇を舐め取ったそいつは俺のシャツを大きく開き、そのまま胸元に顔を埋める。
 次の瞬間、ぬるりとした肉厚のそれが乳首に触れ、背筋にぞくりと悪寒が走った。

「…あ……ッ?」

 ざらついた舌の感触に一瞬頭の中が真っ白になって。
 全身から噴き出す嫌な汗。
 ぞわぞわと腹の底から嫌なものが這い上がってくるようなその感触に、全身が、自分のものではないように反応する。

「や、なに、嫌だ、いや…っ、うそ、…やだ…なにこれ…っ」

 尖端を軽く吸われ、もう片方の乳首を指で転がされれば頭の中がぐちゃぐちゃになる。気持ち悪い。気持ち悪いはずなのに、腹の底、得体の知れないなにかが自分の中から溢れそうになって、それが怖くて。

「っく…ぅ…んん…ッ!」

 全身を流れる血液が熱くなって、心臓の脈が加速する。
 息が苦しい。逃げたくて上半身を逸らすけど余計胸を突き出すような形になってしまう。
 吸われ、無理やり引っ張り出されたそこを舌先でなぞられれば腰に違和感が走った。 

「っ、や、だ……も……ッ」

 なにかがおかしい。
 怖いのに、怖くて仕方ないのに。それ以上に、自分が自分でなくなりそうな気がした。
 響く濡れた音が一層大きくなり、両胸を同時に強く刺激された瞬間。どくんと、体内に胸の鼓動が大きく響く。

『ヒズミに襲撃され、その前後関わりある記憶があやふやになっている』

 そう、俺に言ったのはユッキーだった。難しい話を聞くのが嫌いな俺の代わりに病院の先生の話を聞いてくれたユッキーはそう続けた。
 それでも、ユッキーたちのことは覚えてるし、ヒズミの笑顔だって脳味噌に刻み付けられてる。
 確かにところどころ抜け落ちてるような気がしないでもないが、自分でもどこからどこまでがなくなっているのか分からなかった。
 それ以上に、俺は出来ることならヒズミが映り込んだ全ての記憶を封じたかった。
 中途半端に飛んでいった俺の記憶になにがあったのか知らないし、一生そのまま埋もれてくれとも思っていた。
 だけど。
 真っ暗になった頭の中で、何かが弾けた。

「…………ッ」

 うるさいくらいの鼓動で、現実に引き戻される。
 尋常なまでの汗が、額から顎へと流れ落ちる。

「っ、あは……ッ」

 思わず、乾いた笑いが口から零れた。
 今、一瞬だけど確かに、なにかを思い出した。それは恐らく俺が一番封じたかったことなのだろう。
 笑う俺に、男は目だけでこちらを見る。その上目遣いが、いつの日かの記憶と重なった。

『キョウは本当胸弄られるの好きだよな』

 楽しそうなヒズミの笑い声。
 あの妙ちくりんなコスプレをしていないヒズミからして恐らく、あの時のだろう。問題は、そんなヒズミとの記憶に対して、不快感を覚えてないことだった。

「……あんた、今別のこと考えてただろ」

 不意に顔を上げた男がつまらなさそうに眉を寄せる。
 何も答える気になれなくて、無視しているとその男は苛ついたように舌打ちをする。
 そして、

「っ、ちょっと、やだ、やめてよ!」

 下半身を弄られ、乱暴にベルトを引き抜かれる。
 下着ごと剥ぎ取られそうになり、流石に驚いたがそれ以上にバクバクと煩いまでに反応してる心臓がわけわからなくて。自分の中、肥大する得体の知れないなにかが興奮だということがなによりも恐ろしかった。

「嫌だ…ッ、嫌だってばッ!」

 力ずくで目の前の男を振り切ろうとするが、拘束され思うように動かない腕が邪魔で仕方ない。
 声を張り上げる。本当に止めてくれるとは思わない。けれど、それでもそう拒絶しなければ自分の中の何かが壊れてしまいそうで怖かった。

「マコちゃ…っ」

 力任せに、膝上までずり下げられる下着。羞恥なんてもの今更感じない。それでも、得体の知れない男に脱がされるという事実にただ混乱してしまいそうになった。
 マコちゃん。呼んだところでここにはいない。
 分かっていたけど、理解もしていたけど、それでも、マコちゃんが唯一俺を引き留めてくれているものだった。だから。
 ――マコちゃん。もう一度そう、口を開いた時。

「…ヒズミ…ッ」

 自分の口から出たその名前に、目の前の男も、俺も、目を丸くした。
 なんで、このタイミングであいつの名前が出てくるのか、自分でもわからなかった。だけど。

「…なんだよ、あいつならくたばってっから来ねえよ」

 笑う男はヒズミのことを知ってるようだ。大きく腰を持ち上げられたと思えば、目の前で自分の指を舐める男に血の気が引く。

「ぃ、や…だ…ッ」

 筋肉が硬直したように動かない。やつの顔面を蹴り上げろ、そうすれば隙が出来るはずだ。
 そう必死に脳は指令を送るけど、金縛りにでもあったみたいに体は動かなかった。
 唾液を絡ませたやつの指にケツの穴を撫でられ、全身にサブイボが立つ。

「っ、ぅ……ッ」


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
 耳を塞ぎたい。目を潰したい。いっそのこと、なんにも考えることが出来なくなればどれほど楽なのだろうか。
 ねちゃねちゃと音を立て周囲の強張った筋肉を揉み解してくるやつの指にただ血の気が引いた。

「本当、いきなりしおらしくなんのな。なに、ここ、そんなにこえーの?触られんの」
「っは、んんぅ…ッ!」

 濡れ、グズグズになったそこに問答無用で捩じ込まれる複数の指。唾液を擦りつけるように内壁を摩擦され、腰が大きく揺れる。

「っ、ぁ…っ、や、ぁあ…ッ」

 声を押し殺そうとしても、器官を押しつぶすような体勢に息苦しくなって口が開いてしまう。
 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
 体内を這いずる他人の存在がただただ不愉快で、必死に押し出そうとするが体が思うように動かない。

「っ、ぅっ、…くぅう……ッ」

 骨すら溶かすような熱が腰に全身にと回っていく。
 激しさを増す指の動きに腰が止まらなくて、いやな汗が滲む。強制的に与えられる快感は拷問にすら等しい。
 必死に奥歯を噛み締め、刺激を和らげようとすると不意に指が引き抜かれる。
 飽きたのかと思ったが、そうではない。

「あいつに手ぇ出すなって言われてたけど、いいよな、少しくらい。せっかく捕まえたんだから」

 あいつというのは誰なのか。
 気にはなったが、一気に引き抜かれる指に中を摩擦されそんな疑問もすぐに飛んでしまう。

「っ、…は…ぁ……ッ」

 異物感がなくなり、それでも散々指で擦られ掻き回された感覚は簡単になくなるわけでもなく、体内に残った嫌な感覚をなくしたくて、自分の下腹部に手を伸ばした矢先。男の手が、自らの下腹部に持って行かれるのを見て凍り付いた。
 スラックス越し、不自然に膨らんだそこを緩める男。
 まさか、と血の気が引いて、野郎のものなんて見たくなくて、咄嗟に目を瞑って顔を逸らした。それが、間違いだったのだ。

「いッ」
「おい、ちゃんと目ぇ開けよ」

 ぎゅっと乳首を抓られ、針を刺すようなその痛みに目を見開く。瞬間、下半身、先程まで指で嬲られたケツの穴に押し当てられる肉の感触に、息が詰まりそうになった。

「――これから俺がお前に突っ込むんだから」

 薄暗い月の下。
 月明かりに照らされて生々しく光る濡れた亀頭が視界に入り、壊れそうなほど鼓動が加速するのがわかった。

「ぁ……ッ」

 嫌だ。そう口を開けたと同時に、力任せに挿入される性器。ゆっくりと濡れた内壁を擦るようにして徐々に奥へと挿入されるその熱に、何も考えられなくなる。

「っ、は、ぁ…ッ!あぁ……っ!」

 ヒズミのじゃない、ヒズミじゃない。分かってるのに、だからこそ、意識が飛ぶくらい乱暴にしてくれた方がましだった。中途半端に残された理性が麻痺し始めて、焦らすようなその挿入にはひたすら嫌悪感しか覚えなかった。
 石のように硬直した全身。まともに息をすることすらままならなくて。

「――ッ」

 奥深く、勃起した性器に腹の奥を突き上げられ、声にならない声が漏れた。

「っひ、ぅ…ッ!」

 ずるっと一気に抜かれかけたと思えば、再び根本まで一気に挿入され腹の中に詰まった器官諸々がその衝撃で圧迫されるのがわかった。
 力任せ、抉るような抜き刺しを繰り返され、その度に肺に溜まった空気とともに口から声が漏れてしまう。
 拒むことも出来ず、ただされるがまま受け入れることしか出来なくて。

「っ、ッぁ、く、ぁあ…ッ!」

 声が抑えられない。
 痛いというよりも、重い。苦しくて、頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。

「…っ、は、やっべえな、これ……ッ」

 腰を打ち付けられる度に肌と肌がぶつかって、下腹部が動いた。気持ちいいとか気持ちよくないとかそんなこと俺に判断する程の理性は残されていなくて、獣じみた無造作なピストンにひたすら腹の奥を抉られる。自分の体が自分のものではないようだった。

「っ、ま、こ…ちゃ……ッ」

 名前を呼ぶ。それもすぐ、荒々しい挿入で掻き消される。
 逃げる腰を捕まえられ、何度も何度も腹の中をぐちゃぐちゃに掻き回された。押し出そうと下半身に力を入れれば逆効果だったようだ。

「っ、は……っ」

 喉仏を上下させ、男が固唾を飲んだ時。体の中、深く挿入されたままのそれが大きく脈を打つのがわかった。
 抵抗する術も残されていない今、それがなんの予兆かわかったところでどうすることも出来なかった。

「お近づきの記念だよ、ほらしっかり飲み干せよ」

 力を入れることすらままならない下半身、深く捩じ込まれた腹の最奥に直接注がれる大量の熱に堪らず目を見開いた。

「っ、ぁ、ああぁ…ッ」

 他人の熱で満たされていく腹に、吐き気にも似たなにかが迫り上がる。ぞくぞくと背筋が痺れ、脳髄が蕩けるような、そんな熱に目の前が真っ白になった。

「…は…っ」

 この感覚には、覚えがあった。
 焼けるような熱に内部からぐずぐずに溶かされるような、そんな感覚。
 全身から力が抜け落ちる。目の前の景色が徐々に薄れる中、不意に、遠くから声が聞こえてきた。

「………う……仙道……っ!」

 ああ、この声は、確か。
 ……誰だっけ。
 なんて、思いながら俺は体内に熱を孕んだまま、とうとう意識を手放した。

 いっそのことそのまま目を覚ませずにいられればどれだけよかったのだろうか。
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