モノマニア

田原摩耶

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人の心も二週間

舞台裏の不安 *敦賀side

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「……」

 京との通話を終え、真っ暗になった携帯の画面を見つめたまま俺は小さく息を吐く。
 受話器から聞こえてきた嬉しそうな京の声が耳に蘇り、また、笑みが溢れる。しかし、それも束の間。
 ――約束したはいいが、どうしたものだろうか。
 静まり返った夜の公園の中。昼間子供で賑わっていたそこには自分以外、人の姿はなく、言い表せないような不気味さもあったが、自分にとっては唯一安らげる場所だった。
 それでも、頭に先程の京との約束が蘇り、陰鬱な気分が込み上げてくる。
 京と学校以外の場所で会う。別に、それ自体は然程問題ではない。――あるとしたら、俺の立場だ。
 警察に目を付けられてしまった今、派手に動いているとすぐに学校の方へ連絡が行ってしまうだろう。
 そうなると必然的に俺の行動範囲内で京と会わなければいけなくなる。

「……家、か……」

 そもそも、京は俺の部屋に行くことを楽しみにしていた。
 ならば、それに答えてやればいいのだが、どうしても胸には蟠りが突っかかってしまって。
 あんな家に、京を連れて行きたくない。それが、本音だった。更に言うなら、ここへ、地元へ連れて来ることも避けたい。――昔の俺が過ごしていた場所に、来てほしくない。
 本当は、こんなことでもなければ帰ってくるつもりもなかった。今だってまだ、実家には帰っていない。
 昔の知人の家を転々としていると聞いたら、きっと京は呆れるだろう。「変なの」と笑われるかもしれない。
 それが、嫌だった。
 ……なのに、ダメだ。京の嬉しそうな顔を思い出したら、断れない。知られたくないと思う反面、自分の全てを知ってほしくなる。京ならきっと受け入れてくれる、なんて妄言すら吐きそうになる甘い自分につくづく吐き気を覚えた。
 あまり、のめり込んではダメだ。わかっている、わかっているけど、ダメなんだ。
 ダメなんだ。京を見てると、京と話していると、自分が頼られているという錯覚を覚えてしまって、舞い上がる。実際は堕ちているということには気付きもせずに。

「真言」
 ふいに、声が聞こえた。
 まだ声変わりをしていないような、少年特有の高い声。
 その特徴的な声には聞き覚えがあった。

「…春日か?」

 振り返らないままその名前を口にすれば、「正解」と目の前に小柄な影が現れた。
 花崗春日。中学の時から時間が止まったかのように変わらないやつだが、纏う雰囲気だけは濃く、深くなっている。
 小さな花束を手にした春日は、ベンチに座る俺の目の前までやってくると手にしているそれを差し出してくる。

「ほら退院お祝い。僕と由良から」
「…祝いか。残念だったな、大した怪我にならなくて」

 半ば強引に押し付けられる花束を受け取る。ふわりと辺りに花特有の甘く柔らかい香りが広がる。
 今の俺は花で癒されるような余裕はなく、花の優雅な香りが鬱陶しくさえ感じた。
 そんな俺の苛立ちを悟ったのだろう、春日は花のように柔らかく微笑む。

「まさか。真言が怪我したってだけでも驚いたんだから。…心配もした」

 向けられた視線は熱っぽい。
 それを避けるように視線を避ければ、俺は返事の代わりに小さな溜息を吐いた。

「……何の用だ。さっさと学校に帰った方がいいんじゃないか」
「いいよ別に、一日くらい抜けたって。それに、大好きな地元へ帰省するのは悪いことじゃないしね」

 大好き、か。長い間、同じ時間を過ごしたとしてもやはり感性というものは同じものを受け取るというわけではないようだ。
 出掛かった「俺は嫌いだ」という言葉を飲み込んだ俺は、無言で立ち上がった。

「なら、好きなだけここにいればいい」

 それだけを言い残し、立ち去ろうとしたときだ。

「今の、仙道京?」

 ふと、焦れたように早口に言葉を投げつけてきた春日に俺は足を止めた。
 ゆっくりと振り返れば、公園に配置された切れかけた照明に照らされた春日の表情が怪しく歪む。笑っているのだと気付くのに然程時間はかからなかった。

「噂では聞いてたけど、ビックリした。真言があんな声出すなんて」
「…」
「仙道京をあの家に連れ込むつもり?それとも、別の部屋を借りるの?」

 そこまで聞かれていたのか。
 京との会話に夢中になっていたお陰でこいつの接近に気付かなかったのは、迂闊だった。

「お前には関係ないだろ」

 ならば尚更関わりたくない。
 わざと突き放すように吐き捨て、その場をあとにしようとするが、するりと伸びてきた細い腕に腕を搦め取られ、強引に足を止めさせられる。

「あるよ。真言が苦しんでいると僕も苦しくなる」
「どの口が物を…」

 清々しいくらい白々しい言葉を吐く春日に呆れ果てた矢先だった。
 至近距離、低い位置から俺を見上げていた春日と目があった。
 絡められる腕に、きゅっと力が籠る。そして、薄い唇がゆっくりと動いた。

「協力、してあげようか」

 協力。
 その言葉に、思わず春日の顔を見た。
 目があって、春日はにっこりと猫のように笑った。

「うちが所有してる部屋、一日だけ貸すよ。どうせ家具もそんなにないんだから準備にも時間は掛からないよね?」
「…いい。お前の世話にはならない。自分でなんとかする」
「なんとかって何?どうするの?」
「それは…」
「下手に勘繰られる可能性を踏むよりも、無難な方がいいと思うよ、僕は。それとも、僕の知らない内に真言は感情で動く感情馬鹿になったわけ?」
「…」

 遠慮のない物言い。
 そのきつい口調に慣れてしまった今、頭には来ない。
 だけど、そんな挑発に安易に乗るようなほど愚か者ではない。

「なにをそんなに警戒しているのか知らないけど、僕は真言に恩を着せるつもりはないから」

 黙りこける俺に、春日はくすりと笑った。

「これくらいで、あんたへの恩を返せるとも思ってないし」

 ぽつりと呟いたその言葉は、しっかりと耳に届いていた。
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