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人の心も二週間
正式なお誘い
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長ったらしい授業を終え、休み時間。
授業中、ようへー君に話し掛けて時間潰そうとしたが無口なようへー君に次々とかわされ、結局真面目に授業を聞くはめになってしまった。
というわけで、我慢していた用を足すために一度教室を出たわけだけれども。
「あのさぁ…、なんでついてくんの」
「委員長にそう言われているので」
「う…ここでもマコちゃんか…」
マコちゃんが過保護さんなのは知ってるけど、正直ここまで来ると『仙道京は風紀委員長の名前を出せば言うこと聞く』とか言われてんじゃないかと疑りたくもなる。
男子便所前。
中にまで付いてこようとする数人の風紀委員たちに俺は溜息を吐いた。ちょうどそのときだ。
「あれ、仙道?」
たまたま通りかかったのか、見慣れない生徒と一緒にいるユッキーが驚いたように俺を見ていた。
「ユッキー」
「お前、こんなところでなにして………」
そう、歩み寄ってきたユッキーが言いかけたとき。俺の背後に目を向けたユッキーは「げ」と露骨に顔を顰めた。
つられて振り返ろうとしたとき、腕を引っ張られ強引にユッキーから引き離される。
「こいつに何の要件だ?手短に済ませろ」
背後から聞こえてきたのは獣の唸るような低い声。
――なっちゃんだ。どうやら迎えにきてくれたところだったらしい。
「仙道…なんでこいつらに絡まれてんの」
現れた風紀委員に一斉に取り囲まれ、条件反射か両手を上げたユッキーは困惑した表情で。
俺は「さあ、なんでだろ」とだけ言っておく。
「こいつに怪しいやつは近づけんなって命令出てんだよ」
「俺、怪しい?」
「三年ブラックリスト登録No.6雪崎拓史」
「怪しい以外なにがあるんだよ」と仏頂面のまま答えるなっちゃん。
噂でブラックリストなんてものがあること自体は知っていたが、それにユッキーが登録されているのは初耳だ。No.6って結構あれじゃね?なんか、誰が登録されてんのか気になる。
「すっげー嫌われてんのな、俺」
ユッキー本人は知っていたのかブラリス自体に興味がないのか、相変わらずの調子で肩を竦める。ちっとも悲しそうじゃないのはわざとだろう。
「それにしても大変だな、お姫様は」
そして、風紀たちに守られるように立つ俺に目を向けたユッキーは揶揄して笑う。
バカにしてんのか、同情してんのか。多分両方だろう。
「人気者だからねぇ?」と皮肉込めて答えれば、ユッキーは苦笑した。
「ま、ならどっかの誰かさんがすっ飛んでこない内に退散させてもらうよ。くれぐれも、逃げられないように見張っててくれよ」
「そいつはなにを仕出かすかわからないお転婆だからな」と付け足すユッキー。
さっきからこの人はホント失礼なことばっかいうな。ただちょっぴりお茶目なだけだっつーのと咎めるような視線をやつに向けたとき、
「わりぃな、とっくに知ってる」
なんか俺の扱い酷くない?
というわけでユッキーはどっか行った。
他の風紀委員たちもいなくなって、いつの間にかに俺となっちゃんだけがそこにいた。
「……」
「……」
「……」
休み時間、風紀室。
下手に出歩かれるぐらいならここにいろと連れて来られたはいいが、あまりにもやることが無い。
マコちゃんが座ってるらしい委員長椅子に座ろうとしたらなっちゃんに怒られ、仕方なく普通のソファーに腰を掛けマコちゃんが働いている姿を思い描いてみたが、寂しさと虚しさとマコちゃんへの思いが募るばかりでやめた。元々お喋りな方ではないけど、黙りこけるのにも流石に飽きてきた。
純でも呼び出そうかなー。なんて思いながら携帯を操作したが、昨夜、押し倒された時の体に感じた重さが蘇り、俺は手を止めた。
…やめとくか。多分、純だって嫌だろうし。
人の気持ちとかそういうの考えるのは苦手なんだけど、あのとき、薄暗い中見えた引き攣った純の顔を思い出すとなんだか気が重くなる。
気を紛らすように、俺は向かい側でなにやら書類に記入してるなっちゃんをちらりと見た。
「ねえ、暇なんだけど」
「ああ?知るかよ。勉強でもしろ」
「なにそれー。絶対君モテないでしょ」
「別にモテなくて結構」
「…つまんなーい」
「……」
あ、無視ですか。そうですか。そう来るんですか。あーあー。マコちゃんにちくっとこ、なっちゃんが無視するってマコちゃんにちくっとこ。
なんて思いながら、こちらを見ようともしないなっちゃんをぼんやりと眺める。
「ねえ、マコちゃんちってどこにあるか知ってる?」
ふと、浮かび上がった疑問を口にしてみれば、先程まで手元の書類を睨んでいた鋭い双眼がこちらを睨んだ。
「は?…なんでだよ」
「いやー?別にぃ」
「お前、まさか学校抜け出して委員長に会いに行こうなんて考えてねえだろうな」
あ、その手があったか。と手を叩けば、「おい」と更にやつの目付きが凶悪なことになる。
うわーこわーいこれじゃモテないわけだ。ちーちゃんの気持ち悪いくらいにこやかな笑顔もあれだが、こいつの愛想の悪さも問題だ。ちーちゃんとなっちゃんを二で割って足したらましなことになるだろうが。
「別に関係ないじゃん」
「ある!」
即答。
「とにかく、委員長が帰ってくるまで勝手な真似は避けさせてもらうからな。お前がなにかやらかす度に風紀が乱れて仕方ないんだよ!」
ぴりぴりとした雰囲気を纏わりつく付かせたなっちゃんはそうぎゃんぎゃんと噛み付いてくる。
いつもならそのお陰で君たちのお仕事があるんでしょと言い返しているところだろうが、正直、俺が会計になってから身の回りで起こる騒動の原因が大体自分だと知ってしまっている今、なっちゃんの言葉は痛かった。
そうだ、俺のせいでマコちゃんは停学受けたし風紀委員長辞めさせられるかもしれない。あんだけ頑張っているマコちゃんが、俺のせいで。
そう思うと、胸の奥がぎゅーって痛くなって、じわりとなにかが込み上げてくる。
「……」
「っ?!なっ、な、なな…なんで泣くんだよそこで…!」
「…泣いてないし、君の声が耳障りで拒絶反応出ただけだし」
ぽろぽろと涙が零れてしまう前に、慌てて目元を袖で拭った。
なっちゃんの前で泣いてしまうのは、二回目だろうか。
ホント、なんでこうもこいつには見られたくないところばかり見られてしまうのだろうか。だから舐められてるのだろう。
わかっていたが、マコちゃんへの申し訳なさで頭がいっぱいになって、それどころじゃなくて。拭っても拭っても溢れてくるそれに「うー」って唸ったとき。
「~~っ」
声にならない声が聞こえ、次の瞬間がしっと頭部を鷲掴みされた。
大きな手。そのままグジャグジャと髪を掻き回される。
何事かと目を丸くし、顔を上げれば、ソファーから腰を浮かせ、こちらへと手を伸ばしていたなっちゃんと目があった。
ばつが悪そうな顔のなっちゃんは、いつもより険しい表情のまま目を逸らし、俺から手を離した。
「…い、言い過ぎた。…悪い」
なっちゃんに謝られた。そう、認識するのに時間が掛かった。
「正直、俺もどうしたらいいのかわかんねえんだよ。委員長は過保護過ぎだと思うけど、なにが起こるのかわかんねえのはまじだし」
「……うん」
「せめて、三日。学校内が落ち着くまでは大人しくしてくれ。…頼む」
初めて聞く、切羽詰まったなっちゃんの声。
信用していたマコちゃんが起こした暴力沙汰に、なっちゃんもなっちゃんで戸惑っているのだろう。
マコちゃんがいなくなって困っているのは俺だけではない。目の前のこの無愛想でキレやすいなっちゃんも、俺と同じようにマコちゃんのことを心配しているのだ。
「…わかった」
「…悪いな」
「こっちこそごめんね、なっちゃん」
なっちゃんはずっと寂しさを隠して、いない委員長に従っていると思ったら、そんななっちゃん相手に駄々を捏ねる気にはならなかった。
そう呟けば、なっちゃんはこちらを睨み付けた。え、なんて睨むの。この人こわい。
「なっちゃんはやめろ」
やっぱこいつモテないだろうな。
夜。
なっちゃんに部屋まで送ってもらって自室へと戻ってきてシャワー浴びたりなんやかんやしていると、テーブルの上に置きっぱなしになっていた携帯が着信を受信する。
鳴り響く着信音に、ソファーでごろごろしていた俺は飛び起き、慌てて携帯を手にした。画面にマコちゃんの名前が表示されているのを確認し、俺は慌てて通話に切り替える。
「マコちゃん?」
『ああ、今大丈夫か?』
聞こえてきた、心地のいい声。
その声を耳にしただけで、不思議と全身の力が抜けていくようだった。
「うん、さっきなっちゃんに送ってもらってー今部屋」
『なっちゃん?』
聞き慣れない響きに不思議そうにするマコちゃんだったが、すぐに誰を指しているのか察したようだ。
マコちゃんは『…ああ、あいつか』と笑う。
きっとマコちゃんの頭には仏頂面のなっちゃんが浮かんでいるのだろう。
「あのねえ、なっちゃんってば、なっちゃんって呼ぶの嫌がるんだよねえ。…変なの」
『まあ、あいつはちゃん付嫌がるだろうな』
「マコちゃんは?マコちゃんもちゃん付け嫌?」
『あまり好きではないな。…でも、お前から呼ばれるのは、嫌な気はしない』
またそうやってマコちゃんは当たり前のように俺の心を掻き乱してくる。
俺もだよマコちゃん、俺も、俺の名前、女みたいな響きで嫌いな名前だけどマコちゃんが呼んでくれるとすっげー嬉しいんだよ。
そう、託しまくりたいけど、あまりにもきゅんきゅんしすぎて溢れ出す気持ちを言葉にすることができるほど俺は頭も器量もよくない。
だから、
「…マコちゃん」
『ん?』
「マコちゃんマコちゃんマコちゃん」
『どうした、京」
「マコちゃんに会いたい」
そう、受話器にくっついたまま俺は呟く。
向こうでマコちゃんが小さく笑ったような気がした。
『…ああ、俺もだ』
そして、静かに答えてくれるマコちゃんにまた心の奥が暖かくなって、同時に、締め付けられるような切なさが込み上げて来た。
こうして声が届くのに、いまここにマコちゃんはいない。その事実が余計俺の中の寂しさを掻き立ててくる。
「…ね、マコちゃんに会いに行っていい?」
『ダメだ』
「どうして」
『良いと言ったら、お前、今から抜け出してこっちに来そうだからな』
まさかの図星。
さっすが、マコちゃん俺のことわかってるー。
『今度、休みの日。そうだな。今週の日曜日、外出許可を貰え。千夏には俺から声を掛けとくから』
きっぱりとダメだと言われ、しょんぼりとしているところに聞こえてきたマコちゃんの言葉に、俺は目を丸くした。
「え?いいの?」
『ダメならいちいちこんな提案しない。…勿論無理にとは言わないが、俺も、お前の顔が見たいからな』
「まっ、マコちゃんんんん…!」
目の前にマコちゃんがいたら、きっと俺はマコちゃんにタックルかましてすりすりすりと擦り寄っていることに違いないだろう。
込み上げてくる喜びを耐えることも出来ず、本人に抱きつけない代わりに俺は携帯に擦り寄った。傍から見たら変な人?いーの。俺とマコちゃんしかいねーから。
『おい、鼻息荒いぞ』
「俺、頑張るからねぇ。頑張って、マコちゃんに会いに行く!」
『ああ、待ってる』
マコちゃんの一言一言が身に沁みていくようだった。
マコちゃんがいなくなって溜まっていた鬱憤やイライラ、寂しさが一気に吹っ飛んでいったように脳味噌がマコちゃんとのデートで占められる。
この嬉しさを共有することが出来ないのが残念だが、それでもいい。今はただマコちゃんでいっぱいになりたかった。
『今日はもう遅いし、そろそろ切るぞ。付き合わせて悪かったな』
「…もう切っちゃうの?」
『俺は大丈夫だけど、お前は授業があるだろ。…また明日な。今度の休みのことも、まとめて明日話すから、今日は安め』
「うん、わかった」
『そんな声出すな。…切りにくいだろ』
「んー、じゃあさ、切らなくてもいいよ」
『そういう訳にはいかない。…じゃあな、早く寝ろよ』
「うん、マコちゃんもおやすみ」
切れる通話。握り締めた携帯から聞こえてくるツー音を聞きながら、俺はその余韻に浸っていた。
「……ふ、ふふふ……」
デート!マコちゃんとデートだ!
ソファーに飛び込み、マコちゃんの匂いが染み込んだクッションを抱き締めた俺はそのままゴロゴロとソファーの上で転がり、一頻り興奮を発散させ、むくりと起き上がる。携帯を操作し、スケジュール機能を起動させた。
日曜日まであと二日。
…マコちゃんに会えるまで、あと二日。
笑いが止まらない。携帯を握り締めたまま、日曜日に予定を登録した俺はそのまま勢い良くベッドにダイブした。
軋むベッドにお構いなく、俺はまたベッドの上でのたうち回る。そしてそのまま勢い良く壁に頭を打つことで大人しく静止した俺は、顔を上げた。
ああ、早く休みにならないだろうか。
授業中、ようへー君に話し掛けて時間潰そうとしたが無口なようへー君に次々とかわされ、結局真面目に授業を聞くはめになってしまった。
というわけで、我慢していた用を足すために一度教室を出たわけだけれども。
「あのさぁ…、なんでついてくんの」
「委員長にそう言われているので」
「う…ここでもマコちゃんか…」
マコちゃんが過保護さんなのは知ってるけど、正直ここまで来ると『仙道京は風紀委員長の名前を出せば言うこと聞く』とか言われてんじゃないかと疑りたくもなる。
男子便所前。
中にまで付いてこようとする数人の風紀委員たちに俺は溜息を吐いた。ちょうどそのときだ。
「あれ、仙道?」
たまたま通りかかったのか、見慣れない生徒と一緒にいるユッキーが驚いたように俺を見ていた。
「ユッキー」
「お前、こんなところでなにして………」
そう、歩み寄ってきたユッキーが言いかけたとき。俺の背後に目を向けたユッキーは「げ」と露骨に顔を顰めた。
つられて振り返ろうとしたとき、腕を引っ張られ強引にユッキーから引き離される。
「こいつに何の要件だ?手短に済ませろ」
背後から聞こえてきたのは獣の唸るような低い声。
――なっちゃんだ。どうやら迎えにきてくれたところだったらしい。
「仙道…なんでこいつらに絡まれてんの」
現れた風紀委員に一斉に取り囲まれ、条件反射か両手を上げたユッキーは困惑した表情で。
俺は「さあ、なんでだろ」とだけ言っておく。
「こいつに怪しいやつは近づけんなって命令出てんだよ」
「俺、怪しい?」
「三年ブラックリスト登録No.6雪崎拓史」
「怪しい以外なにがあるんだよ」と仏頂面のまま答えるなっちゃん。
噂でブラックリストなんてものがあること自体は知っていたが、それにユッキーが登録されているのは初耳だ。No.6って結構あれじゃね?なんか、誰が登録されてんのか気になる。
「すっげー嫌われてんのな、俺」
ユッキー本人は知っていたのかブラリス自体に興味がないのか、相変わらずの調子で肩を竦める。ちっとも悲しそうじゃないのはわざとだろう。
「それにしても大変だな、お姫様は」
そして、風紀たちに守られるように立つ俺に目を向けたユッキーは揶揄して笑う。
バカにしてんのか、同情してんのか。多分両方だろう。
「人気者だからねぇ?」と皮肉込めて答えれば、ユッキーは苦笑した。
「ま、ならどっかの誰かさんがすっ飛んでこない内に退散させてもらうよ。くれぐれも、逃げられないように見張っててくれよ」
「そいつはなにを仕出かすかわからないお転婆だからな」と付け足すユッキー。
さっきからこの人はホント失礼なことばっかいうな。ただちょっぴりお茶目なだけだっつーのと咎めるような視線をやつに向けたとき、
「わりぃな、とっくに知ってる」
なんか俺の扱い酷くない?
というわけでユッキーはどっか行った。
他の風紀委員たちもいなくなって、いつの間にかに俺となっちゃんだけがそこにいた。
「……」
「……」
「……」
休み時間、風紀室。
下手に出歩かれるぐらいならここにいろと連れて来られたはいいが、あまりにもやることが無い。
マコちゃんが座ってるらしい委員長椅子に座ろうとしたらなっちゃんに怒られ、仕方なく普通のソファーに腰を掛けマコちゃんが働いている姿を思い描いてみたが、寂しさと虚しさとマコちゃんへの思いが募るばかりでやめた。元々お喋りな方ではないけど、黙りこけるのにも流石に飽きてきた。
純でも呼び出そうかなー。なんて思いながら携帯を操作したが、昨夜、押し倒された時の体に感じた重さが蘇り、俺は手を止めた。
…やめとくか。多分、純だって嫌だろうし。
人の気持ちとかそういうの考えるのは苦手なんだけど、あのとき、薄暗い中見えた引き攣った純の顔を思い出すとなんだか気が重くなる。
気を紛らすように、俺は向かい側でなにやら書類に記入してるなっちゃんをちらりと見た。
「ねえ、暇なんだけど」
「ああ?知るかよ。勉強でもしろ」
「なにそれー。絶対君モテないでしょ」
「別にモテなくて結構」
「…つまんなーい」
「……」
あ、無視ですか。そうですか。そう来るんですか。あーあー。マコちゃんにちくっとこ、なっちゃんが無視するってマコちゃんにちくっとこ。
なんて思いながら、こちらを見ようともしないなっちゃんをぼんやりと眺める。
「ねえ、マコちゃんちってどこにあるか知ってる?」
ふと、浮かび上がった疑問を口にしてみれば、先程まで手元の書類を睨んでいた鋭い双眼がこちらを睨んだ。
「は?…なんでだよ」
「いやー?別にぃ」
「お前、まさか学校抜け出して委員長に会いに行こうなんて考えてねえだろうな」
あ、その手があったか。と手を叩けば、「おい」と更にやつの目付きが凶悪なことになる。
うわーこわーいこれじゃモテないわけだ。ちーちゃんの気持ち悪いくらいにこやかな笑顔もあれだが、こいつの愛想の悪さも問題だ。ちーちゃんとなっちゃんを二で割って足したらましなことになるだろうが。
「別に関係ないじゃん」
「ある!」
即答。
「とにかく、委員長が帰ってくるまで勝手な真似は避けさせてもらうからな。お前がなにかやらかす度に風紀が乱れて仕方ないんだよ!」
ぴりぴりとした雰囲気を纏わりつく付かせたなっちゃんはそうぎゃんぎゃんと噛み付いてくる。
いつもならそのお陰で君たちのお仕事があるんでしょと言い返しているところだろうが、正直、俺が会計になってから身の回りで起こる騒動の原因が大体自分だと知ってしまっている今、なっちゃんの言葉は痛かった。
そうだ、俺のせいでマコちゃんは停学受けたし風紀委員長辞めさせられるかもしれない。あんだけ頑張っているマコちゃんが、俺のせいで。
そう思うと、胸の奥がぎゅーって痛くなって、じわりとなにかが込み上げてくる。
「……」
「っ?!なっ、な、なな…なんで泣くんだよそこで…!」
「…泣いてないし、君の声が耳障りで拒絶反応出ただけだし」
ぽろぽろと涙が零れてしまう前に、慌てて目元を袖で拭った。
なっちゃんの前で泣いてしまうのは、二回目だろうか。
ホント、なんでこうもこいつには見られたくないところばかり見られてしまうのだろうか。だから舐められてるのだろう。
わかっていたが、マコちゃんへの申し訳なさで頭がいっぱいになって、それどころじゃなくて。拭っても拭っても溢れてくるそれに「うー」って唸ったとき。
「~~っ」
声にならない声が聞こえ、次の瞬間がしっと頭部を鷲掴みされた。
大きな手。そのままグジャグジャと髪を掻き回される。
何事かと目を丸くし、顔を上げれば、ソファーから腰を浮かせ、こちらへと手を伸ばしていたなっちゃんと目があった。
ばつが悪そうな顔のなっちゃんは、いつもより険しい表情のまま目を逸らし、俺から手を離した。
「…い、言い過ぎた。…悪い」
なっちゃんに謝られた。そう、認識するのに時間が掛かった。
「正直、俺もどうしたらいいのかわかんねえんだよ。委員長は過保護過ぎだと思うけど、なにが起こるのかわかんねえのはまじだし」
「……うん」
「せめて、三日。学校内が落ち着くまでは大人しくしてくれ。…頼む」
初めて聞く、切羽詰まったなっちゃんの声。
信用していたマコちゃんが起こした暴力沙汰に、なっちゃんもなっちゃんで戸惑っているのだろう。
マコちゃんがいなくなって困っているのは俺だけではない。目の前のこの無愛想でキレやすいなっちゃんも、俺と同じようにマコちゃんのことを心配しているのだ。
「…わかった」
「…悪いな」
「こっちこそごめんね、なっちゃん」
なっちゃんはずっと寂しさを隠して、いない委員長に従っていると思ったら、そんななっちゃん相手に駄々を捏ねる気にはならなかった。
そう呟けば、なっちゃんはこちらを睨み付けた。え、なんて睨むの。この人こわい。
「なっちゃんはやめろ」
やっぱこいつモテないだろうな。
夜。
なっちゃんに部屋まで送ってもらって自室へと戻ってきてシャワー浴びたりなんやかんやしていると、テーブルの上に置きっぱなしになっていた携帯が着信を受信する。
鳴り響く着信音に、ソファーでごろごろしていた俺は飛び起き、慌てて携帯を手にした。画面にマコちゃんの名前が表示されているのを確認し、俺は慌てて通話に切り替える。
「マコちゃん?」
『ああ、今大丈夫か?』
聞こえてきた、心地のいい声。
その声を耳にしただけで、不思議と全身の力が抜けていくようだった。
「うん、さっきなっちゃんに送ってもらってー今部屋」
『なっちゃん?』
聞き慣れない響きに不思議そうにするマコちゃんだったが、すぐに誰を指しているのか察したようだ。
マコちゃんは『…ああ、あいつか』と笑う。
きっとマコちゃんの頭には仏頂面のなっちゃんが浮かんでいるのだろう。
「あのねえ、なっちゃんってば、なっちゃんって呼ぶの嫌がるんだよねえ。…変なの」
『まあ、あいつはちゃん付嫌がるだろうな』
「マコちゃんは?マコちゃんもちゃん付け嫌?」
『あまり好きではないな。…でも、お前から呼ばれるのは、嫌な気はしない』
またそうやってマコちゃんは当たり前のように俺の心を掻き乱してくる。
俺もだよマコちゃん、俺も、俺の名前、女みたいな響きで嫌いな名前だけどマコちゃんが呼んでくれるとすっげー嬉しいんだよ。
そう、託しまくりたいけど、あまりにもきゅんきゅんしすぎて溢れ出す気持ちを言葉にすることができるほど俺は頭も器量もよくない。
だから、
「…マコちゃん」
『ん?』
「マコちゃんマコちゃんマコちゃん」
『どうした、京」
「マコちゃんに会いたい」
そう、受話器にくっついたまま俺は呟く。
向こうでマコちゃんが小さく笑ったような気がした。
『…ああ、俺もだ』
そして、静かに答えてくれるマコちゃんにまた心の奥が暖かくなって、同時に、締め付けられるような切なさが込み上げて来た。
こうして声が届くのに、いまここにマコちゃんはいない。その事実が余計俺の中の寂しさを掻き立ててくる。
「…ね、マコちゃんに会いに行っていい?」
『ダメだ』
「どうして」
『良いと言ったら、お前、今から抜け出してこっちに来そうだからな』
まさかの図星。
さっすが、マコちゃん俺のことわかってるー。
『今度、休みの日。そうだな。今週の日曜日、外出許可を貰え。千夏には俺から声を掛けとくから』
きっぱりとダメだと言われ、しょんぼりとしているところに聞こえてきたマコちゃんの言葉に、俺は目を丸くした。
「え?いいの?」
『ダメならいちいちこんな提案しない。…勿論無理にとは言わないが、俺も、お前の顔が見たいからな』
「まっ、マコちゃんんんん…!」
目の前にマコちゃんがいたら、きっと俺はマコちゃんにタックルかましてすりすりすりと擦り寄っていることに違いないだろう。
込み上げてくる喜びを耐えることも出来ず、本人に抱きつけない代わりに俺は携帯に擦り寄った。傍から見たら変な人?いーの。俺とマコちゃんしかいねーから。
『おい、鼻息荒いぞ』
「俺、頑張るからねぇ。頑張って、マコちゃんに会いに行く!」
『ああ、待ってる』
マコちゃんの一言一言が身に沁みていくようだった。
マコちゃんがいなくなって溜まっていた鬱憤やイライラ、寂しさが一気に吹っ飛んでいったように脳味噌がマコちゃんとのデートで占められる。
この嬉しさを共有することが出来ないのが残念だが、それでもいい。今はただマコちゃんでいっぱいになりたかった。
『今日はもう遅いし、そろそろ切るぞ。付き合わせて悪かったな』
「…もう切っちゃうの?」
『俺は大丈夫だけど、お前は授業があるだろ。…また明日な。今度の休みのことも、まとめて明日話すから、今日は安め』
「うん、わかった」
『そんな声出すな。…切りにくいだろ』
「んー、じゃあさ、切らなくてもいいよ」
『そういう訳にはいかない。…じゃあな、早く寝ろよ』
「うん、マコちゃんもおやすみ」
切れる通話。握り締めた携帯から聞こえてくるツー音を聞きながら、俺はその余韻に浸っていた。
「……ふ、ふふふ……」
デート!マコちゃんとデートだ!
ソファーに飛び込み、マコちゃんの匂いが染み込んだクッションを抱き締めた俺はそのままゴロゴロとソファーの上で転がり、一頻り興奮を発散させ、むくりと起き上がる。携帯を操作し、スケジュール機能を起動させた。
日曜日まであと二日。
…マコちゃんに会えるまで、あと二日。
笑いが止まらない。携帯を握り締めたまま、日曜日に予定を登録した俺はそのまま勢い良くベッドにダイブした。
軋むベッドにお構いなく、俺はまたベッドの上でのたうち回る。そしてそのまま勢い良く壁に頭を打つことで大人しく静止した俺は、顔を上げた。
ああ、早く休みにならないだろうか。
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