モノマニア

田原摩耶

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人の心も二週間

許容範囲外

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 マコちゃんがいないというだけで、朝起きるのすら億劫になる。
 どうせ生徒会役員の特権で授業サボってもごちゃごちゃ言われないし?結果的にだらだら夜ふかしして寝落ちて目を覚ましたら昼過ぎだったわけなんですけどね。
 寝惚け眼のまま制服に着替え、部屋を後にした。
 一日中寝ていたいところだけどそういうわけにもいかない。
 今日は生徒会会議がある。多分内容は来月の体育祭のことで占められるだろう。
 面倒だけど、会議をサボったら後先面倒なので一応出るだけ出ることにしてる。
 ……でも、やっぱり気が進まない。
 と、憂鬱な気分のまま俺は生徒会室へと向かう。
 離れたところから純が後つけてるのに気付いたが、本人としては隠れているつもりなのだろうからそっとしておく。つーかめっちゃはみ出してるからね、あいつ。
 というわけで、純に見守られながらやってきた生徒会室前、扉を開けばはしゃぐ双子庶務に迎えられる。

「あーきたきた、フェラ男だー!」
「おっはよーフェラ男君!」
「…」
「ねえねえ、カズマのしゃぶったんだって?すごいねえ!ね、今度僕のもしゃぶってよ」
「あー皐ずるいー!俺も俺もー!」

 わあ、なんて素敵なお出迎えなんだろうか。近くにバットがあれば即殴りかかれたのに。
 なんて思いながらも構う気力もなかった俺は纏わりついてくる双子を振り切るように自分の席へと向かう。
 どうやら来ているのは双子だけのようだ。めんどくせー。

「でも、意外だなぁ。あんなに嫌がってんのに、しっかりカズマの相手してんじゃん。あ、もしかして風紀のもしゃぶってんの?」
「あ、だからあんなに仲いいんだ!なんか納得!普通、風紀と会計って相性悪そうだもんねえ」
「体の相性はってやつ?」
「うわー!茅おっさんみたいー!」

 きゃいきゃいとはしゃぐ双子。
 なんとなく、どっちがどっちかわかるようになってきた。
 無駄に突っかかってくるのが茅で、それを持ち上げるのが皐。ま、どっちがどっちだからといってそんなこと俺にとったら些細な問題なわけで。
 ガンッ、と派手な音を椅子が倒れる。どうやら無意識のうちに蹴り倒してしまっていたようだ。めっちゃ双子目丸くしてこっち見てる。
 きょとんとした顔は可愛いけど、だからといっておおめに見ることができるほど俺は優しくもないし辛抱強くもない。

「……あのさぁ、俺のこと言うのはどーでもいいけど、マコトのこと言ったらまじ許さねえから」

 結構俺って熱血なんだね、今知った。
 笑ってみるけど顔の筋肉が引き攣って、うまく笑えない。笑える要素なんてまったくないんだけど。

「は……なにそれ、あっつーい。ラブラブじゃん」
「つーかなにまじになっちゃってんの?そんなに彼氏のこと言われるの頭に来ちゃった?」
「でも、敦賀真言もカズマと一騎打ちなんてさぁ、愛されてるじゃん。三角関係ってやつ?その割りには会計のケツ緩いみたいだけど」
「君さあ、よく喋るねえ」

 椅子を蹴り飛ばしても人間を蹴るのは我慢しようと思っていたけど、うん、やっぱり無理。東茅のネクタイを思いっきり掴み、無駄にでかい図体を強引に俺の視線に合わせた。
 茅に手を出した俺に焦ったのか、「ちょっと」と皐が青褪めたが、茅は動揺を見せない。

「…へえ、会計ってすぐ手ぇ出しちゃうタイプなんだ。こっわ」
「君の声って耳障りなんだよねえ?せっかくなんだし、二度と喋れないようにしてあげようか?」
「ちょっと、やめてよ会計!ねえってば!」

 テーブルの上にあった灰皿に手を伸ばしたとき、手首を掴まれる。
 茅でも、皐でもない。別の手。ゆっくりと視線を向ければ、そこには生徒会書記もといよーへいくんがいた。
 相変わらず何考えてるのかわかんない無表情だけど、今はただ、向けられたその目が俺を宥めているのは確かで。

「………おはよう」

 張り詰めた空気の中、そう呟くよーへいくん。あくまでもいつもと変わりないよーへいくんになんだか拍子抜けしてしまい、「おはよ」とだけ返した俺は東茅から手を離した。

「茅?大丈夫、茅?」
「大丈夫だってば。大袈裟だって、皐は」

 泣きそうな顔をして自分の片割れに飛びつく皐に、抱き着かれた茅は苦笑した。
 拍子に、東茅と目があう。探るような視線が不快で、逃げるように背中を向けたとき。

「会計の馬鹿!野蛮人!」

 テーブルの上に置いてあったカップを投げられる。背中にぶつかり、かしゃんと音をたてて落ちるそれに振り返る俺。中身が入ってなくてよかったと思う。制服まで汚されたら、流石によーへいくんに止められても我慢できそうにない。

「おーおー喚くねえ、君」
「皐、いいから、もう」

 落ちたカップを拾い上げれば、双子の兄の茅は慌てて皐を宥める。
 その最中、双子たちはお互いに目配せをした。なにを語り合っているのかわからなかったが、どうせろくなことではないだろう。
 面倒くさいなぁ、もう。やりきれない気分のまま、何事もなかったかのように自分の席へと向かう。
 ピリピリとした気まずい空気の中、待つこと数分。
 首筋にびっしりとキスマつけてきやがったちーちゃんが顔を出す。

「おや、もう皆さん揃ってるみたいですね。あ、会長は休むそうなので僕達だけで進めましょうか」

 というわけで、なんとも面白くないメンツでなんとも面白くない会議がはじまった。

 ◇ ◇ ◇

 会議はすぐに終わった。
 基本、体育祭について本腰を入れているのは体育委員会だ。生徒会は体育委員会が提出した書類を確認、訂正するくらいしかやることがない。
 今年の体育副委員長は委員長に比べてわりかし頭が回る方らしく、こちらとしても大分助かっていたりする。
 ってわけで、体育委員会に全て任せて適当に書類をなぞるだけの会議を終わった途端、糸が切れたように役員たちは席を立つ。

「じゃ、お疲れさ~ん」
「おつかれー」
「……」

 双子庶務にようへーくんと続くようにぞろぞろと生徒会室を後にする役員。そんな中、俺はぼんやりと体育祭の書類を見詰めていた。
 マコちゃんは体育祭までには戻ってくるだろうが、参加出来るのだろうか。目の怪我も気になったが、もしかしたらあの時俺が気付かなかっただけで他にも大きな怪我をしていた可能性もある。
 なにをしてても何を見ててもマコちゃんのことばかりが頭を過ぎり、無意識のうちに溜息が漏れた。
 そのとき、ぽん、と肩を叩かれる。驚いて振り返れば、そこにはちーちゃんがいた。

「仙道、帰らないんですか?」
「んー帰るけど…」
「一人は心細いですか」

 にこにこと、なにかを含んだような物言いをするちーちゃんに俺は「別に」とだけ呟いた。
 きっと、バレているのだろう。俺がマコちゃんのことに気を取られていることは、とっくに。

「あ、そうだ。この前は病院の場所教えてくれてありがと」

 気恥ずかしくなって、咄嗟に話題を変える俺。
 あからさますぎたかな、と思ったがちーちゃんは変わらない笑みで返してくれる。

「お礼は体で構いませんよ」

 最低な返し方で。

「それじゃ、ちーちゃんからお釣りもらわないといけなくなるじゃん」

 どこのセクハラ親父だよ、と思ったが今更突っ込む気にもなれなかった。
「それは困りますね」と笑うちーちゃんだが全く困っているようには見えない。

「てかさ…会長、なんで休み?」
「さあ?遊んでるんじゃないんですか?別に珍しいことでもないですよ」
「ふーん…」

 なんとなく空席になったままのかいちょーの椅子が気になったが、ちーちゃんもわからないとなればどうしようもない。
 思いながらかいちょーの席に近付いた俺は、その上に書類の束が置かれていることに気付く。

「ん、なにこれ」

 署名?
 名前と学年がびっしりと書かれたその書類を手にした俺に、「ああ」とちーちゃんは思い出したように頷いた。

「それは風紀委員長リコール希望の署名ですよ。生徒会ボックスに大量にぶち込まれてたのでまとめたんですよ」

 一瞬、思考回路が停止する。

「…リコール?マコちゃんが?なんで」

 ようやく口にした言葉は僅かに震えた。動揺か。
 いや、寧ろこれは……。

「風紀委員長である人間が秩序と風紀を乱したんです。委員長に恨みを持っている生徒は少なくないですからね、ここぞとばかりに喚いてるみたいですよ」

 ちーちゃんの言葉に、紙を持つ手に力がこもる。ぐしゃりと音を立て、握り潰れる署名用紙にちーちゃんがぎょっとした。

「ちょっと、何してるんですか」
「なにそれ、マコちゃんはなにも悪くないのに」
「貴方の気持ちもわかりますが、そんなことをしたところでゴミが増えるだけですよ」

 フォローする気があるのかないのか、慌てたちーちゃんに署名用紙を取り上げられた。本当はビリビリに破ってしまいたいところだが、ちーちゃんの言葉に奪い返すのはやめた。
 確かに、署名用紙なんて意味がない。こんな用紙に名前を書くような連中を根こそぎ潰さない限り。
 押し黙る俺に、ちーちゃんは僅かに目を細めた。そして、口元を緩める。

「しかしまあ、僕としては委員長がこのまま消えてくれた方が嬉しいんですけどね」

 何気なく、いつもと変わらない調子で続けるちーちゃんの一言に全身が強張るのを感じた。
 腹の底から込み上げてくる怒りを堪えながら俺はちーちゃんに視線を向ける。

「ちーちゃんでも、そんなつまらない冗談言うなら許さないよ?」

 驚くほど低くなる自分の声に、楽しそうにちーちゃんは笑った。そして、

「残念ながら、あながち冗談というわけでもないんですよね」

 不意に、細く骨張ったちーちゃんの手が伸びてくる。
 そのまま髪を触られそうになった時、反射的に俺はその手の甲をたたき落とした。

「おや、痛いじゃないですか」
「…痛くしたの」
「相変わらず素っ気ないですねぇ、仙道は」

 そういうちーちゃんは寧ろどこか楽しそうで、赤くなった手の甲を摩って、へらりと笑う。
 そして、そのままゆっくりと視線を俺に流した。

「ですが、あまり僕以外の人間の前でそういう隙は見せない方がいいですよ。貴方も敵は少なくないんですから」
「ちーちゃんも夜部屋の戸締り気をつけなよ。窓から包丁飛んでくるかもしれねえし」

 僕以外、という言葉に引っかかったが軟派なちーちゃんのことだ、大して意味はないのだろう。
 俺の言葉を冗談と受け取ったちーちゃんは「それは怖いですね。気をつけます」と笑う。
 正直、全部が冗談というわけではなかった。相手がちーちゃんじゃなければ、いや、ちーちゃんでも、マコちゃんの敵になるのなら俺は喜んで包丁でもなんでも振り回すかもしれない。
 それでも、ドM抉らせたちーちゃんは大喜びしそうなところが薄気味悪いが。
 いつもならちーちゃんの戯言を真に受けないしここまでムキにならないが、やはり、タイミングがタイミングだからだろうか。後を引くように気分が悪い。
 無言のままそそくさと帰宅の用意をする俺に、つられるようにしてちーちゃんは立ち上がる。

「仙道、寮に戻るのでしたらどうですか?一緒に晩御飯でも」
「お腹減ってない」
「そうですか。なら、僕は一人寂しく食事を楽しむとしましょうか」

 言いながら携帯取り出すちーちゃん。
 他のやつ誘うんじゃん。なんて思いながら、そっぽ向いた俺は「お先に」とだけ呟き、生徒会室の扉に手をかける。

「はい。お気をつけて」

 背後から掛けられる言葉に、なに気を付けるんだ、と思いながらも俺はそのまま扉を押した。
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