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イレギュラーは誰なのか
嵐の前の静けさ
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どれくらい経っただろうか。
静まり返った部屋の中、扉が開く音が聞こえる。ベッドの上、蹲るように座っていた俺はゆっくりと顔を上げた。
そこには、
「……マコちゃん」
怖い顔したマコちゃんが、いた。一歩、また一歩と近付いてくるマコちゃんにびくりと体を強張らせ、俺は俯いた。
とうの昔から、覚悟は決めていた。自分が真っ白ではないことぐらい、知っている。
だけど、やっぱり沈黙が怖くて。マコちゃんの顔を見るのが怖くて、俺はぎゅっと目を瞑る。その瞬間、伸びてきたマコちゃんの手が頭の上に乗せられた。
「っ」
びくっと、全身が反応する。しかし、そんなことも構わずにマコちゃんはわしわしと俺の頭を乱暴に撫でた。
「、え」と、目を開けば、目の前には俺の視線に合わせるように屈んだマコちゃんの顔がすぐそこにあって。
マコちゃんは、気むずかしい顔をしていた。
「大変だったな、目の前で自傷行為とは」
「……は?」
「日桷和真に付き纏われていたんだろ、京。怪我はないか?」
「っマコちゃん、それ、誰に」
「粗方、千夏に聞いた。それと、日桷和真本人から。だから、無理して言わなくてもいい」
その言葉に、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
――ヒズミの、自傷行為。被害者は、付き纏われていた俺。
なにそれ、と頭が真っ白になっていく。意味がわからなかった。千夏はともかく、なぜヒズミが俺を庇う必要があるのか。
「……なにもしてやることができなくて悪かったな」
「……」
「京?」
「……なんで」
マコちゃんの声が遠くなる。なんで、なんで俺を庇うような真似をするんだ。俺が悪いと言えばいいのに。俺に恩を売って、脅すため?
……わけがわからない。
「おい、大丈夫か?」
そのとき、心配そうなマコちゃんが肩を触れる。その感触に脳裏に先ほどのヒズミの笑顔が蘇り、全身が緊張した。息が、浅くなる。
「京?」
「なんで?意味…わかんない…」
「何言ってるんだ、おい」
しっかりしろ、というかのように肩を数回揺すられ、脳裏のヒズミが消える。
はっとし、目の前にいるのがマコちゃんだと確認した次の瞬間、今度は緊張の糸が切れたかのように安堵感が溢れ出した。
「っ、マコちゃん」
「京」
「マコちゃん、俺、もう、意味わかんないよ。どうすればいいの…っ!」
なにをしても、あいつには手応えを感じない。それが不気味で、不快で、恐ろしくもあった。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、俺はマコちゃんの胸にしがみついた。
取り乱す俺に、狼狽えるマコちゃんだったが当たり前のように俺を受け入れてくれる。
「一度落ち着け、ほら」
子供をあやすように、優しく背中を撫でられる。その優しい手付きは、明らかにヒズミのそれとは違う。
ここには、あいつはいない。そうわかっているのに、マコちゃんといるときにもあいつのことを思い出してしまう自分が嫌で嫌で堪らなく吐き気がして。
「マコちゃん」と、背中に腕を回し、隙間がなくなるくらいくっつく。
触れ合った箇所から直接マコちゃんの心臓の音が流れ込んできて、ようやく、乱れていた脈が正常になっていくのがわかった。
「……京」
どくん、どくん、と脈を打つ。僅かに、マコちゃんの脈は早くて。優しく髪を撫でられ、擦り寄るように顔を上げれば不安そうなマコちゃんと目があった。
そして、
「……お前は、なにを隠してるんだ」
真っ直ぐに見詰められたら、まるで全部見透かされてしまいそうだった。
いっその事、マコちゃんにすべて打ち明けることが出来たら。
息の詰まるような居心地の悪さにそんな迷いすら覚えたが、実際、全てを打ち明けたとしてマコちゃんはどう思うのか。
マコちゃんは不良が嫌いだ。だから、風紀委員になったと聞いた。……だとしたら、俺の全部を知ったら確実にマコちゃんは俺を嫌いになる。――それだけは、嫌だった。
迷って、迷って、結局、なにも言えなかった。固まり、動けなくなる俺に少しだけ悲しそうな顔をしたマコちゃんは柔らかく微笑む。そして、頭を撫でていた指先が離れた。
「……っ、ぁ」
「俺に言えないなら言わなくてもいい。だけど、いつも言ってるだろ。一人で抱え込むなと」
ゆっくりと立ち上がったマコちゃん。
伸びてきた手に肩を抱かれ、そのまま優しく抱き締められた。マコちゃんの匂いがして、僅かに緊張が緩む。
「マコちゃ…」
「頼むから、あまり無理をするな。苦しそうな京を見ていると、俺まで苦しくなる」
「……マコちゃん」
ごめんね、という言葉は声にならなかった。
首筋に顔を埋めるマコちゃんに、おずおずと手を伸ばした俺はそのままマコちゃんの背中を擦った。
やっぱり、言えない。マコちゃんを手放したくない。マコちゃんがいたら、一時的だが全てを忘れることが出来る。……こうしている時間が一番安らぐ。
どんな屈辱を受けようが、マコちゃんがいてくれれば、それだけで。
「……京」
無言でマコちゃんを抱き締め返す俺に、ゆっくりと顔を上げたマコちゃんは擦り寄る俺の頭を撫で、そして、割れ物にでも触るかのように優しい手付きで俺を離した。
「とにかく、今日は休んでおけ」
そして、そのままベッドに寝かしつけようとしてくるマコちゃん。されるがまま、ベッドの上に仰向けに寝転んだ俺は目線だけマコちゃんに向ける。
「誰が来ても開けるんじゃないぞ」
「…わかった」
言いながら、布団を掛けてくるマコちゃんになんだか自分がどうしようもない子供になったような気分にならずにはいられない。そして、布団を整え終えたマコちゃんは俺に背中を向ける。
「マコちゃん、どこに行くの?」
咄嗟に、そう問い掛けた。
マコちゃんは足を止め、こちらを振り返る。笑みを浮かべているものの、なんとなく……なんとなく嫌なものを感じた。
「すぐ戻ってくる」
「早く、戻ってきてね」
「ああ」と、頷き、そのままマコちゃんは扉から部屋を出ていった。
外側から掛けられるロック。なんとなく、胸がざわつく。
マコちゃんが不必要なまでににこにこしているときは大抵なにかを隠しているときだと俺は知っていた。
だけど、俺は、マコちゃんに会えたことで緊張が緩んでしまったようだ。しばらくもしない内に、糸が切れたように俺はそのまま深い眠りへと落ちる。
静まり返った部屋の中、扉が開く音が聞こえる。ベッドの上、蹲るように座っていた俺はゆっくりと顔を上げた。
そこには、
「……マコちゃん」
怖い顔したマコちゃんが、いた。一歩、また一歩と近付いてくるマコちゃんにびくりと体を強張らせ、俺は俯いた。
とうの昔から、覚悟は決めていた。自分が真っ白ではないことぐらい、知っている。
だけど、やっぱり沈黙が怖くて。マコちゃんの顔を見るのが怖くて、俺はぎゅっと目を瞑る。その瞬間、伸びてきたマコちゃんの手が頭の上に乗せられた。
「っ」
びくっと、全身が反応する。しかし、そんなことも構わずにマコちゃんはわしわしと俺の頭を乱暴に撫でた。
「、え」と、目を開けば、目の前には俺の視線に合わせるように屈んだマコちゃんの顔がすぐそこにあって。
マコちゃんは、気むずかしい顔をしていた。
「大変だったな、目の前で自傷行為とは」
「……は?」
「日桷和真に付き纏われていたんだろ、京。怪我はないか?」
「っマコちゃん、それ、誰に」
「粗方、千夏に聞いた。それと、日桷和真本人から。だから、無理して言わなくてもいい」
その言葉に、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
――ヒズミの、自傷行為。被害者は、付き纏われていた俺。
なにそれ、と頭が真っ白になっていく。意味がわからなかった。千夏はともかく、なぜヒズミが俺を庇う必要があるのか。
「……なにもしてやることができなくて悪かったな」
「……」
「京?」
「……なんで」
マコちゃんの声が遠くなる。なんで、なんで俺を庇うような真似をするんだ。俺が悪いと言えばいいのに。俺に恩を売って、脅すため?
……わけがわからない。
「おい、大丈夫か?」
そのとき、心配そうなマコちゃんが肩を触れる。その感触に脳裏に先ほどのヒズミの笑顔が蘇り、全身が緊張した。息が、浅くなる。
「京?」
「なんで?意味…わかんない…」
「何言ってるんだ、おい」
しっかりしろ、というかのように肩を数回揺すられ、脳裏のヒズミが消える。
はっとし、目の前にいるのがマコちゃんだと確認した次の瞬間、今度は緊張の糸が切れたかのように安堵感が溢れ出した。
「っ、マコちゃん」
「京」
「マコちゃん、俺、もう、意味わかんないよ。どうすればいいの…っ!」
なにをしても、あいつには手応えを感じない。それが不気味で、不快で、恐ろしくもあった。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、俺はマコちゃんの胸にしがみついた。
取り乱す俺に、狼狽えるマコちゃんだったが当たり前のように俺を受け入れてくれる。
「一度落ち着け、ほら」
子供をあやすように、優しく背中を撫でられる。その優しい手付きは、明らかにヒズミのそれとは違う。
ここには、あいつはいない。そうわかっているのに、マコちゃんといるときにもあいつのことを思い出してしまう自分が嫌で嫌で堪らなく吐き気がして。
「マコちゃん」と、背中に腕を回し、隙間がなくなるくらいくっつく。
触れ合った箇所から直接マコちゃんの心臓の音が流れ込んできて、ようやく、乱れていた脈が正常になっていくのがわかった。
「……京」
どくん、どくん、と脈を打つ。僅かに、マコちゃんの脈は早くて。優しく髪を撫でられ、擦り寄るように顔を上げれば不安そうなマコちゃんと目があった。
そして、
「……お前は、なにを隠してるんだ」
真っ直ぐに見詰められたら、まるで全部見透かされてしまいそうだった。
いっその事、マコちゃんにすべて打ち明けることが出来たら。
息の詰まるような居心地の悪さにそんな迷いすら覚えたが、実際、全てを打ち明けたとしてマコちゃんはどう思うのか。
マコちゃんは不良が嫌いだ。だから、風紀委員になったと聞いた。……だとしたら、俺の全部を知ったら確実にマコちゃんは俺を嫌いになる。――それだけは、嫌だった。
迷って、迷って、結局、なにも言えなかった。固まり、動けなくなる俺に少しだけ悲しそうな顔をしたマコちゃんは柔らかく微笑む。そして、頭を撫でていた指先が離れた。
「……っ、ぁ」
「俺に言えないなら言わなくてもいい。だけど、いつも言ってるだろ。一人で抱え込むなと」
ゆっくりと立ち上がったマコちゃん。
伸びてきた手に肩を抱かれ、そのまま優しく抱き締められた。マコちゃんの匂いがして、僅かに緊張が緩む。
「マコちゃ…」
「頼むから、あまり無理をするな。苦しそうな京を見ていると、俺まで苦しくなる」
「……マコちゃん」
ごめんね、という言葉は声にならなかった。
首筋に顔を埋めるマコちゃんに、おずおずと手を伸ばした俺はそのままマコちゃんの背中を擦った。
やっぱり、言えない。マコちゃんを手放したくない。マコちゃんがいたら、一時的だが全てを忘れることが出来る。……こうしている時間が一番安らぐ。
どんな屈辱を受けようが、マコちゃんがいてくれれば、それだけで。
「……京」
無言でマコちゃんを抱き締め返す俺に、ゆっくりと顔を上げたマコちゃんは擦り寄る俺の頭を撫で、そして、割れ物にでも触るかのように優しい手付きで俺を離した。
「とにかく、今日は休んでおけ」
そして、そのままベッドに寝かしつけようとしてくるマコちゃん。されるがまま、ベッドの上に仰向けに寝転んだ俺は目線だけマコちゃんに向ける。
「誰が来ても開けるんじゃないぞ」
「…わかった」
言いながら、布団を掛けてくるマコちゃんになんだか自分がどうしようもない子供になったような気分にならずにはいられない。そして、布団を整え終えたマコちゃんは俺に背中を向ける。
「マコちゃん、どこに行くの?」
咄嗟に、そう問い掛けた。
マコちゃんは足を止め、こちらを振り返る。笑みを浮かべているものの、なんとなく……なんとなく嫌なものを感じた。
「すぐ戻ってくる」
「早く、戻ってきてね」
「ああ」と、頷き、そのままマコちゃんは扉から部屋を出ていった。
外側から掛けられるロック。なんとなく、胸がざわつく。
マコちゃんが不必要なまでににこにこしているときは大抵なにかを隠しているときだと俺は知っていた。
だけど、俺は、マコちゃんに会えたことで緊張が緩んでしまったようだ。しばらくもしない内に、糸が切れたように俺はそのまま深い眠りへと落ちる。
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