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イレギュラーは誰なのか
先輩後輩
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生徒会室を後にした俺は、人気のない教室前廊下までやってきていた。どうせならラウンジでベンチに座りたかったのだが、競争率の高いあそこには誰かがいるに違いない。なるべく、一人で見たかった。
よーへい君から貰った封筒をそっと撫でる。
新歓が終わった後、玉城由良の発言が気になった俺はよーへい君に相談を持ち掛けた。
『生徒名簿ってどうやったら見れんのかな』
そう尋ねれば、よーへい君は少しだけ黙り込んで『見れないこともないけど、時間は掛かる』と、そして、『本気で気になるなら、用意するけど』とも続けた。
……そして、現在に至る。
よーへい君はああ言っていたが、この名簿を用意するまでに一日くらいしか経っていない。どこでどのようにして手に入れたのかわからなかったが、わざわざ聞いちゃいけないような気もして俺は敢えてありがたくそれを使わせてもらうことにした。
封筒の中身には生徒名簿のコピー用紙が数枚。まずはヒズミの書類に目を通す。
本名日桷和馬。歳は十七歳。補導歴多数。
数年前、少年院にぶち込まれてつい先週退院してきたばかりのようだ。だとしたら、すぐこの学園へやってきたことになる。
なぜ?なぜヒズミがここに転入してきた?
ずっと抱いていた疑問は深まるばかりで、それどころかやつの経歴を見ると頭の奥がじぐりと痛んだ。
目を逸らすように写真を見る。カメラに向かって無邪気に笑うヒズミはもうすでにここに来た時と同じ変なかっこうで。
もしかして地なのだろうかと思ったが、俺の知っている限り、ヒズミは昔ド派手なやつだった。
ヒズミのことを名前しか知らないときだって、とにかく頭のおかしい派手な奴って情報だけは入ってきてたし。
色を抜いたような金髪に作り物には見えない透き通った青い目。生白い肌に細い体。俺も、あいつの本性を知らなければ見惚れていただろう。
けど、今は、あいつの目、あいつの口、あいつの指、あいつの声、全てが怖い。思い出しただけで、吐き気がする。
口元を抑え、ヒズミの書類を封筒に戻そうとしてもう一度やつの顔写真に目を向ける。黒い髪に分厚いレンズの野暮ったい眼鏡。あまりお近付きになりたくない人種だが、なんとなく胸にひっかかった。今まで、じっくりとへんてこりんになってしまったヒズミの顔を見ることはなかった――目を逸らしていた。
だけど、改めてその写真を見て、俺はなにか違和感を覚えた。違和感というより、喉に引っかかった小骨というところだろうか。
どこかで見たことがある。ヒズミではない、他の、どこかで。この写真と同じ服装のやつを。どこだったか、いつだったかまでは思い出せない。――けれど、間違いなく会った。どこでだろうか。
少し考え込んでみるが結局思い出せず、諦めた俺は玉城由良の書類に目を走らせた。
玉城由良の書類には、目立ったところはなかった。
気になったことといえば何度かの補導歴が少し引っ掛かったが、補導くらいなら俺だってされたこともあるし見るからにあれな会長なら何度か補導歴はついてても納得できる。俺と会長の接点についても探してみたが、中学は違うし高校も同じになったのはこの学園に来てからだ。つまり、接点は同じ地域に住んでいることくらいだろうか。
会長の言い草を思い出す限り、どこかで俺と会長は会ったことのあるようだが…正直、全く覚えてない。
こういうことは昔からよくあった。強烈な出来事、興味のあること以外に対しての記憶力が極端に落ちるのだ。
「…わっかんねぇ」
口に出さずにはいられなかった。
封筒を仕舞い、俺は深く息を吐き出す。今日のところは、収穫なしってことか。諦め、その場を立ち去ろうとした時だった。
廊下の曲がり角、人影がチラ付く。まさか、と思って咄嗟に身構えた時だった。
角からは、見知った顔が現れる。
「仙道」
「ユッキー」
雪崎拓史、通称ユッキー。純と同じで昔からの知り合いで、先輩。人畜無害そうな顔をしているが、昔はかなり悪さをしていた所謂元ヤンだ。本人は足を洗ったつもりなのだろうが、未だたまに出てくる時がある。
――本人は気付いていないようだが。
「なに、どしたの」
「一人にしておくの、気になったから」
「皆心配性だなーもー、俺ってばまじちょー愛されてんじゃん」
出てきたのがユッキーでよかったと安堵しながら、封筒を抱きしめた俺にユッキーは柔らかく微笑み「そうだな」と頷いた。
正直、冗談だったので真面目に返されるとこっちが恥ずかしくなってくる。そこは突っ込んでもらいたかった。
「あれ、純たちは?一人?」
そして、俺はいつもユッキーと一緒にいる自称親衛隊共がいないことに気付き、尋ねれば困ったような顔をしたユッキーは「なんか皆筋トレに忙しいんだってよ」と笑った。なんでいきなり筋トレに飛ぶのだろうか。謎だったが、ユッキーがそれに参加してないだけマシなのかもしれない。よくわかんないけど。
「…それ」
ふと、抱きかかえていた封筒に目を付けたユッキーは不思議そうにこちらを見た。内心、どきりとする。
「ん、ああ、ちょっとね」
「なあ、ちょっとそれ見せてもらっていいか」
「別に、面白いこと書いてないよー…って、あ、こら、ユッキー」
言い終わる前に、伸びてきた手に封筒を取り上げられた。慌てて取り返そうとするけど、ユッキーのがでかいんで手が届かない。むかつく。
普通のやつならぶん殴って取り返したいところだったが、純に比べてまだ理性的なユッキーになら見られてもいいやって思って、俺は伸ばした手を引っ込めた。自分がヒズミのことを気にしていると思われるのは、なんとなく悔しいけど。
「…」
無言で封筒から書類を取り出し、目を走らせるユッキー。なんとなく目を向ければ、ユッキーが見ていたのはヒズミのデータではなく玉城由良の方だった。
無言で、眉を寄せるユッキーの表情は段々と険しさを増す。
「なに、ちょっと、ユッキー顔怖いよ」
「あ…悪い。これ、返すな」
結局、ユッキーはヒズミの書類にはチラ見しただけで封筒を返してくる。「ん」とそれを受け取る俺。
ヒズミの被害に遭ったのは、ユッキーも同じだ。他の先輩たちに比べて傷は浅かったが、それでもチーム内でもちょっとのことでは怪我をしないことで有名だったユッキーは大怪我をして病院に入院したこともある。
初めての入院ではしゃいでいたが、それでもヒズミに対して恨み辛みがあることを知っていたので真っ先にヒズミのデータを見ると思っていた俺はまともに興味を示さないユッキーに驚く。そして、なんとなく違和感を抱かずにいられなかった。
「仙道、お前、こいつらのこと調べてんのか?」
不意に、真面目な顔をしたユッキーがこちらを見てくる。
探るような視線にどきりと全身が緊張し、つい目が泳いでしまう。
「調べるってか、ちょこーっと気になったから見てただけで…純たちには言っちゃダメだよ」
純は、俺がまだ引きずってんじゃないのかと心配してくれている。
事実その通りなのだが、それがバレてしまえば純のヒズミに対する復讐心を炊きつけてしまうのではないか。そのことが、心配だった。
俺は、ヒズミを敵に回したくない。それ以上に、関わりたくない。
もし純がヒズミと対立したと思ったら、またあの時と同じことが繰り返されると思ったら、ゾッとする。
そんな俺の思いを汲み取ってくれたのだろう。ユッキーはこわばらせていた頬を緩め、「わかってる」と微笑んだ。
「でも、あんまり一人で背負い込むなよ。なにかあったらすぐに俺たちを頼ってくれていいんだからな」
「分かったってばー、もう、…ユッキー、俺のことガキ扱いし過ぎ」
「似たようなもんだろ」
「ユッキーのバカ」
「拗ねんなって、ほら、ガムやるから」
ヘラヘラと笑いながらユッキーは制服から取り出した板ガムを俺の目の前に差し出してくる。
色んなフルーツが混ざったカラフルなパッケージ。
なんだか餌付けされてるみたいで面白くなかったけど、出されたものは貰う主義だ。
「…むー」と唸りながらそれを受け取れば、「そこは貰うんだな」とユッキーは笑った。
よーへい君から貰った封筒をそっと撫でる。
新歓が終わった後、玉城由良の発言が気になった俺はよーへい君に相談を持ち掛けた。
『生徒名簿ってどうやったら見れんのかな』
そう尋ねれば、よーへい君は少しだけ黙り込んで『見れないこともないけど、時間は掛かる』と、そして、『本気で気になるなら、用意するけど』とも続けた。
……そして、現在に至る。
よーへい君はああ言っていたが、この名簿を用意するまでに一日くらいしか経っていない。どこでどのようにして手に入れたのかわからなかったが、わざわざ聞いちゃいけないような気もして俺は敢えてありがたくそれを使わせてもらうことにした。
封筒の中身には生徒名簿のコピー用紙が数枚。まずはヒズミの書類に目を通す。
本名日桷和馬。歳は十七歳。補導歴多数。
数年前、少年院にぶち込まれてつい先週退院してきたばかりのようだ。だとしたら、すぐこの学園へやってきたことになる。
なぜ?なぜヒズミがここに転入してきた?
ずっと抱いていた疑問は深まるばかりで、それどころかやつの経歴を見ると頭の奥がじぐりと痛んだ。
目を逸らすように写真を見る。カメラに向かって無邪気に笑うヒズミはもうすでにここに来た時と同じ変なかっこうで。
もしかして地なのだろうかと思ったが、俺の知っている限り、ヒズミは昔ド派手なやつだった。
ヒズミのことを名前しか知らないときだって、とにかく頭のおかしい派手な奴って情報だけは入ってきてたし。
色を抜いたような金髪に作り物には見えない透き通った青い目。生白い肌に細い体。俺も、あいつの本性を知らなければ見惚れていただろう。
けど、今は、あいつの目、あいつの口、あいつの指、あいつの声、全てが怖い。思い出しただけで、吐き気がする。
口元を抑え、ヒズミの書類を封筒に戻そうとしてもう一度やつの顔写真に目を向ける。黒い髪に分厚いレンズの野暮ったい眼鏡。あまりお近付きになりたくない人種だが、なんとなく胸にひっかかった。今まで、じっくりとへんてこりんになってしまったヒズミの顔を見ることはなかった――目を逸らしていた。
だけど、改めてその写真を見て、俺はなにか違和感を覚えた。違和感というより、喉に引っかかった小骨というところだろうか。
どこかで見たことがある。ヒズミではない、他の、どこかで。この写真と同じ服装のやつを。どこだったか、いつだったかまでは思い出せない。――けれど、間違いなく会った。どこでだろうか。
少し考え込んでみるが結局思い出せず、諦めた俺は玉城由良の書類に目を走らせた。
玉城由良の書類には、目立ったところはなかった。
気になったことといえば何度かの補導歴が少し引っ掛かったが、補導くらいなら俺だってされたこともあるし見るからにあれな会長なら何度か補導歴はついてても納得できる。俺と会長の接点についても探してみたが、中学は違うし高校も同じになったのはこの学園に来てからだ。つまり、接点は同じ地域に住んでいることくらいだろうか。
会長の言い草を思い出す限り、どこかで俺と会長は会ったことのあるようだが…正直、全く覚えてない。
こういうことは昔からよくあった。強烈な出来事、興味のあること以外に対しての記憶力が極端に落ちるのだ。
「…わっかんねぇ」
口に出さずにはいられなかった。
封筒を仕舞い、俺は深く息を吐き出す。今日のところは、収穫なしってことか。諦め、その場を立ち去ろうとした時だった。
廊下の曲がり角、人影がチラ付く。まさか、と思って咄嗟に身構えた時だった。
角からは、見知った顔が現れる。
「仙道」
「ユッキー」
雪崎拓史、通称ユッキー。純と同じで昔からの知り合いで、先輩。人畜無害そうな顔をしているが、昔はかなり悪さをしていた所謂元ヤンだ。本人は足を洗ったつもりなのだろうが、未だたまに出てくる時がある。
――本人は気付いていないようだが。
「なに、どしたの」
「一人にしておくの、気になったから」
「皆心配性だなーもー、俺ってばまじちょー愛されてんじゃん」
出てきたのがユッキーでよかったと安堵しながら、封筒を抱きしめた俺にユッキーは柔らかく微笑み「そうだな」と頷いた。
正直、冗談だったので真面目に返されるとこっちが恥ずかしくなってくる。そこは突っ込んでもらいたかった。
「あれ、純たちは?一人?」
そして、俺はいつもユッキーと一緒にいる自称親衛隊共がいないことに気付き、尋ねれば困ったような顔をしたユッキーは「なんか皆筋トレに忙しいんだってよ」と笑った。なんでいきなり筋トレに飛ぶのだろうか。謎だったが、ユッキーがそれに参加してないだけマシなのかもしれない。よくわかんないけど。
「…それ」
ふと、抱きかかえていた封筒に目を付けたユッキーは不思議そうにこちらを見た。内心、どきりとする。
「ん、ああ、ちょっとね」
「なあ、ちょっとそれ見せてもらっていいか」
「別に、面白いこと書いてないよー…って、あ、こら、ユッキー」
言い終わる前に、伸びてきた手に封筒を取り上げられた。慌てて取り返そうとするけど、ユッキーのがでかいんで手が届かない。むかつく。
普通のやつならぶん殴って取り返したいところだったが、純に比べてまだ理性的なユッキーになら見られてもいいやって思って、俺は伸ばした手を引っ込めた。自分がヒズミのことを気にしていると思われるのは、なんとなく悔しいけど。
「…」
無言で封筒から書類を取り出し、目を走らせるユッキー。なんとなく目を向ければ、ユッキーが見ていたのはヒズミのデータではなく玉城由良の方だった。
無言で、眉を寄せるユッキーの表情は段々と険しさを増す。
「なに、ちょっと、ユッキー顔怖いよ」
「あ…悪い。これ、返すな」
結局、ユッキーはヒズミの書類にはチラ見しただけで封筒を返してくる。「ん」とそれを受け取る俺。
ヒズミの被害に遭ったのは、ユッキーも同じだ。他の先輩たちに比べて傷は浅かったが、それでもチーム内でもちょっとのことでは怪我をしないことで有名だったユッキーは大怪我をして病院に入院したこともある。
初めての入院ではしゃいでいたが、それでもヒズミに対して恨み辛みがあることを知っていたので真っ先にヒズミのデータを見ると思っていた俺はまともに興味を示さないユッキーに驚く。そして、なんとなく違和感を抱かずにいられなかった。
「仙道、お前、こいつらのこと調べてんのか?」
不意に、真面目な顔をしたユッキーがこちらを見てくる。
探るような視線にどきりと全身が緊張し、つい目が泳いでしまう。
「調べるってか、ちょこーっと気になったから見てただけで…純たちには言っちゃダメだよ」
純は、俺がまだ引きずってんじゃないのかと心配してくれている。
事実その通りなのだが、それがバレてしまえば純のヒズミに対する復讐心を炊きつけてしまうのではないか。そのことが、心配だった。
俺は、ヒズミを敵に回したくない。それ以上に、関わりたくない。
もし純がヒズミと対立したと思ったら、またあの時と同じことが繰り返されると思ったら、ゾッとする。
そんな俺の思いを汲み取ってくれたのだろう。ユッキーはこわばらせていた頬を緩め、「わかってる」と微笑んだ。
「でも、あんまり一人で背負い込むなよ。なにかあったらすぐに俺たちを頼ってくれていいんだからな」
「分かったってばー、もう、…ユッキー、俺のことガキ扱いし過ぎ」
「似たようなもんだろ」
「ユッキーのバカ」
「拗ねんなって、ほら、ガムやるから」
ヘラヘラと笑いながらユッキーは制服から取り出した板ガムを俺の目の前に差し出してくる。
色んなフルーツが混ざったカラフルなパッケージ。
なんだか餌付けされてるみたいで面白くなかったけど、出されたものは貰う主義だ。
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