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鬼さんこちら、手の鳴る方へ。
他者求愛自己嫌悪
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どうやら俺は眠ってしまっていたらしい。いや、気絶していたといったほうが適切なのかもしれない。
「ん…」
目を開けば、見慣れない天井。部屋全体に充満した、薬品の匂い。清潔感溢れる白が、目に痛かった。
ここは、保健室だろうか。
あくまでゆっくりと起き上がろうとした瞬間、腰から下半身に激痛が走る。それと同時に、あやふやになっていた記憶が鮮明に脳裏へと蘇った。
『誰だよ、マコちゃんって』
『俺といるときに他のやつの名前出すんじゃねえよ!』
『暫く会ってないだけで俺のことどうでもよくなったのかよ』
人が変わったように、やつの全身からは隠し切れないほどの殺気が溢れ出していて。
『なら、もう一回思い出させてやるよ。……俺がいないとダメだったキョウのこと』
怒りが滲んだ凶悪な笑み。思い出しただけで、体が震えた。
それからのことは、思い出したくもなかった。いっそのこと、眠ったままでもよかった。悪い夢のまま終わらせたかった。
けれど、どう頑張っても全身の痛みや痺れはヒズミとの行為の痕跡で――気が狂いそうなくらい、現実だった。
「…っつ、ぅ」
震えを堪えるように、シーツに包まったとき。ベッドの周りを囲むカーテンが開いた。
全身が、心臓が飛び跳ねる。しかし、やってきたのは俺が思い描いていた人物ではなく――、
「どうした?痛むのか?」
「!!…マコ、ちゃん…」
会いたくて、会いたくなかった人物がそこにいた。
ずぐり、と全身が疼く。ヒズミに触られた箇所が焼けるように痛んだ。マコちゃんの姿に安堵すると同時に、今の状態の自分をマコちゃんに見せたくなかった。
……というか、なんでここに。
「無理して動かなくていい」
全身の痛みを堪え、慌てて起き上がろうとしたら止められる。仕方なく、シーツに包まったまま「今、何時」と問いかければマコちゃんは腕時計を確認した。
「まだゲームの途中だ。お前が空き教室で気絶してたところを他の生徒が見つけてここまで運んでくれたらしい」
「…気絶、してたんだ。俺」
発見された時、どんな状況だったかなんて怖くて聞けなかった。
死人のような顔をする俺からなにか察したようだ。「今はゆっくり休んでろ」とマコちゃんは念を押す。
そう言えば、マコちゃんはなんでここにいるのだろう。ゲームの途中ならば、風紀は色々と忙しい最中だろうに。
じっと、ベッド付近の椅子に腰を下ろすマコちゃんを見詰めていると、「ん?どうした?」とマコちゃんは不思議そうにする。
「マコちゃん、何でここにいるの?仕事は?」
「別にちょっと抜け出すくらい支障は出ない。…こっちまで連絡が入って慌ててきたんだよ、お前が倒れてるって」
「…そっかぁ、ごめんねー」
「なんで謝るんだよ。…ほら、眠りっぱなしでのどが渇いたろ。飲めよ」
備え付けの棚の上、水が入ったボトルを差し出される。
今は逆に、マコちゃんの優しさが辛かった。
マコちゃんだって、忙しいだろうに。それでも、その優しさが救いにもなったのは事実で。
「あ、ありが…」
ボトルを受け取ろうとした時だった。マコちゃんと手が触れあい、他人の指の感触に全身がビクリと緊張する。
拍子に指先からボトルが抜け落ち、膝の上に水を撒き散らした。一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「…京?」
「っご、ごめん。なんか、まだ、感覚戻ってなくて……っう」
慌てて飛び起き、近くのティッシュを取ろうとするが、やはり全身の関節は悲鳴を上げる。あまりの激痛に声にならない悲鳴を漏らした時、マコちゃんに制された。
「いいからじっとしてろ。代わりの持ってくるから」
そう言って、マコちゃんは濡れたシーツを俺から剥ぎ取った。
「ごめんね、マコちゃん」
「しつこいぞ。もう謝るな」
怒ったような声。それが心配からくるものだと知っていた。
退室するマコちゃんの背中を目で追い、俺は小さく息を吐く。全身の痛みは何とかなる。けれど、マコちゃんをヒズミと錯覚してしまう愚かな自分に反吐が出そうだった。
シーツを手にして戻ってきたマコちゃんは、それから甲斐甲斐しく俺の面倒を見てくれた。飲み物も今度はちゃんと受け取れたし、小腹が減ってるんじゃないのかとお菓子も貰った。
マコちゃんは普段お菓子食べない人なのだが、もしかしたら俺のために用意してくれていたのかもしれない。
それでも、やっぱりマコちゃんの目を見ることはできなかった。マコちゃんの真っ直ぐな目は、すぐに見透かすからだ。
「委員長、居ますか」
しばらくした時だ、カーテン越しに声を掛けられる。
偉そうで、どこか不躾なその声は風紀副委員長の石動千夏だろう。そして、千夏がいう委員長というのは。
「千夏か。ちょっと待て」
呼ばれたマコちゃんは、困ったような顔をして俺を見た。選択しなんて選ぶほどないのにわざわざ俺に求めるんだから、そういうところが憎めない。
「俺のことならもうだいじょーぶだから」
出来るだけ、頬をへにゃりと緩ませ笑った。マコちゃんがどんな返事を期待しているのかくらいは想像つく。だから、俺はせめてマコちゃんの足手まといにならないように、それに答える。
「すぐ戻ってくるから」
「うん、ありがと」
短いやり取りを交わし、マコちゃんはカーテンを開き外へと出ていった。暫く千夏とマコちゃんの声が聞こえたが、すぐに数人分の足音は保健室から消える。
「……」
今度こそ、一人になった。俺は、口を開き呼吸を繰り返す。いつの間にかに俺は息を止めていたようだ。
無意識に、手首に手を伸ばす。うっすらと残る傷をなぞる。なぞる。強く、爪を立て、皮膚を掻き破るように。
「……っは、ぁ」
口を開け、空気を取り込む。全身の血がざわざわと疼く。
……気持ちが悪い。
気が狂いそうなくらいの自己嫌悪。自分がどんな顔をしてマコちゃんと話していたのかを考えれば考えるほど吐き気がして、今すぐ消えてなくなりたかった。
俺なんか、マコちゃんに心配されるような価値はないのに。ないのに。自分が嫌いだった。ずっと。ヒズミと会ってからもっと嫌いになった。それでも、マコちゃんが好いてくれている自分だけは嫌いじゃなかった。
――だけど、今は。
その時だった。ぬっと伸びてきた手に、手首を掴まれる。そして、無理矢理引き剥がされた。
「そんなもんじゃ血は出ねぇだろ」
顔を上げれば、そこには見たくない顔があった。
「出血死してえんならこれ、貸してやろうか」
そう言って制服の胸ポケットからシルバーの細いシャーペンを取り出したかいちょー、もとい玉城由良は笑った。楽しそうに、笑った。
「ん…」
目を開けば、見慣れない天井。部屋全体に充満した、薬品の匂い。清潔感溢れる白が、目に痛かった。
ここは、保健室だろうか。
あくまでゆっくりと起き上がろうとした瞬間、腰から下半身に激痛が走る。それと同時に、あやふやになっていた記憶が鮮明に脳裏へと蘇った。
『誰だよ、マコちゃんって』
『俺といるときに他のやつの名前出すんじゃねえよ!』
『暫く会ってないだけで俺のことどうでもよくなったのかよ』
人が変わったように、やつの全身からは隠し切れないほどの殺気が溢れ出していて。
『なら、もう一回思い出させてやるよ。……俺がいないとダメだったキョウのこと』
怒りが滲んだ凶悪な笑み。思い出しただけで、体が震えた。
それからのことは、思い出したくもなかった。いっそのこと、眠ったままでもよかった。悪い夢のまま終わらせたかった。
けれど、どう頑張っても全身の痛みや痺れはヒズミとの行為の痕跡で――気が狂いそうなくらい、現実だった。
「…っつ、ぅ」
震えを堪えるように、シーツに包まったとき。ベッドの周りを囲むカーテンが開いた。
全身が、心臓が飛び跳ねる。しかし、やってきたのは俺が思い描いていた人物ではなく――、
「どうした?痛むのか?」
「!!…マコ、ちゃん…」
会いたくて、会いたくなかった人物がそこにいた。
ずぐり、と全身が疼く。ヒズミに触られた箇所が焼けるように痛んだ。マコちゃんの姿に安堵すると同時に、今の状態の自分をマコちゃんに見せたくなかった。
……というか、なんでここに。
「無理して動かなくていい」
全身の痛みを堪え、慌てて起き上がろうとしたら止められる。仕方なく、シーツに包まったまま「今、何時」と問いかければマコちゃんは腕時計を確認した。
「まだゲームの途中だ。お前が空き教室で気絶してたところを他の生徒が見つけてここまで運んでくれたらしい」
「…気絶、してたんだ。俺」
発見された時、どんな状況だったかなんて怖くて聞けなかった。
死人のような顔をする俺からなにか察したようだ。「今はゆっくり休んでろ」とマコちゃんは念を押す。
そう言えば、マコちゃんはなんでここにいるのだろう。ゲームの途中ならば、風紀は色々と忙しい最中だろうに。
じっと、ベッド付近の椅子に腰を下ろすマコちゃんを見詰めていると、「ん?どうした?」とマコちゃんは不思議そうにする。
「マコちゃん、何でここにいるの?仕事は?」
「別にちょっと抜け出すくらい支障は出ない。…こっちまで連絡が入って慌ててきたんだよ、お前が倒れてるって」
「…そっかぁ、ごめんねー」
「なんで謝るんだよ。…ほら、眠りっぱなしでのどが渇いたろ。飲めよ」
備え付けの棚の上、水が入ったボトルを差し出される。
今は逆に、マコちゃんの優しさが辛かった。
マコちゃんだって、忙しいだろうに。それでも、その優しさが救いにもなったのは事実で。
「あ、ありが…」
ボトルを受け取ろうとした時だった。マコちゃんと手が触れあい、他人の指の感触に全身がビクリと緊張する。
拍子に指先からボトルが抜け落ち、膝の上に水を撒き散らした。一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「…京?」
「っご、ごめん。なんか、まだ、感覚戻ってなくて……っう」
慌てて飛び起き、近くのティッシュを取ろうとするが、やはり全身の関節は悲鳴を上げる。あまりの激痛に声にならない悲鳴を漏らした時、マコちゃんに制された。
「いいからじっとしてろ。代わりの持ってくるから」
そう言って、マコちゃんは濡れたシーツを俺から剥ぎ取った。
「ごめんね、マコちゃん」
「しつこいぞ。もう謝るな」
怒ったような声。それが心配からくるものだと知っていた。
退室するマコちゃんの背中を目で追い、俺は小さく息を吐く。全身の痛みは何とかなる。けれど、マコちゃんをヒズミと錯覚してしまう愚かな自分に反吐が出そうだった。
シーツを手にして戻ってきたマコちゃんは、それから甲斐甲斐しく俺の面倒を見てくれた。飲み物も今度はちゃんと受け取れたし、小腹が減ってるんじゃないのかとお菓子も貰った。
マコちゃんは普段お菓子食べない人なのだが、もしかしたら俺のために用意してくれていたのかもしれない。
それでも、やっぱりマコちゃんの目を見ることはできなかった。マコちゃんの真っ直ぐな目は、すぐに見透かすからだ。
「委員長、居ますか」
しばらくした時だ、カーテン越しに声を掛けられる。
偉そうで、どこか不躾なその声は風紀副委員長の石動千夏だろう。そして、千夏がいう委員長というのは。
「千夏か。ちょっと待て」
呼ばれたマコちゃんは、困ったような顔をして俺を見た。選択しなんて選ぶほどないのにわざわざ俺に求めるんだから、そういうところが憎めない。
「俺のことならもうだいじょーぶだから」
出来るだけ、頬をへにゃりと緩ませ笑った。マコちゃんがどんな返事を期待しているのかくらいは想像つく。だから、俺はせめてマコちゃんの足手まといにならないように、それに答える。
「すぐ戻ってくるから」
「うん、ありがと」
短いやり取りを交わし、マコちゃんはカーテンを開き外へと出ていった。暫く千夏とマコちゃんの声が聞こえたが、すぐに数人分の足音は保健室から消える。
「……」
今度こそ、一人になった。俺は、口を開き呼吸を繰り返す。いつの間にかに俺は息を止めていたようだ。
無意識に、手首に手を伸ばす。うっすらと残る傷をなぞる。なぞる。強く、爪を立て、皮膚を掻き破るように。
「……っは、ぁ」
口を開け、空気を取り込む。全身の血がざわざわと疼く。
……気持ちが悪い。
気が狂いそうなくらいの自己嫌悪。自分がどんな顔をしてマコちゃんと話していたのかを考えれば考えるほど吐き気がして、今すぐ消えてなくなりたかった。
俺なんか、マコちゃんに心配されるような価値はないのに。ないのに。自分が嫌いだった。ずっと。ヒズミと会ってからもっと嫌いになった。それでも、マコちゃんが好いてくれている自分だけは嫌いじゃなかった。
――だけど、今は。
その時だった。ぬっと伸びてきた手に、手首を掴まれる。そして、無理矢理引き剥がされた。
「そんなもんじゃ血は出ねぇだろ」
顔を上げれば、そこには見たくない顔があった。
「出血死してえんならこれ、貸してやろうか」
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