モノマニア

田原摩耶

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鬼さんこちら、手の鳴る方へ。

ゲームスタート

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『さぁて、今日は待ちに待った新入生歓迎会!そのメイン、鬼ごっこのお時間でーす!』
『仲間と協力するのもあり!一人で黙々頑張るのもあり!生死をかけたDEAD OR ALIVE!今、禁断のゲームが始められようとしています!』
『制限時間は二時間!予令がなったらおしまいの合図だからみんな、気をつけてねー!』
『ではでは、そろそろみんな準備ができた頃かな?』
『『それでは、ゲームスタート!』』

 校舎内のいたるところに取付けられたスピーカーから聞こえてくる双子庶務のやけにハイテンションな声がハモるのと同時に、大きなチャイムが響き渡った。それと同時に、先程まで静まり返っていた校舎に活気が溢れる。
 うわ、はじまっちゃったかぁ。面倒くさいなぁ、なんて思いながら俺は先程玉城由良に渡された腕章を見詰める。『パトロール隊』と書かれたそれを握り締め、俺は舌打ちをした。
 それにしてもまじであの男、気に食わねぇ。

 ――メインイベント鬼ごっこ、開始直前。
 鬼は東校舎、逃げる役は西校舎へと移動し、開始の合図によってそれぞれ動き出す。そして、出席番号奇数の俺も他の生徒たちにまぎれて東校舎へと向かおうとした時だった。

「おい、会計」

 玉城由良に呼び止められる。渋々足を止めれば、何かを手にしたそいつは歩み寄ってきた。

「まさか、お前も遊ぶつもりじゃねえだろうな」
「遊ぶっつーか……役員も参加っつってたじゃん」
「お前は例外だ」

 そう笑う玉城由良は言いながら何かを押し付けてきた。
 やつを一瞥し、押し付けられたそれを受け取ればどうやらそれは腕章のようだった。そしてその腕章には文字が入っていた。

「……パトロール隊?」
「ああ、お前にはゲーム中の見回りを担当してもらう」
「は?なにそれ」

 そんなこと、会議んときは言ってなかったくせに。
 あまりにも唐突すぎて、玉城由良を勘ぐらずに入られなかった。

「なんで俺がしなきゃなんねえの」
「そんなにこえー顔すんなよ。別に深い意味はない。ただ、」
「なに」
「日々校内見回って点検している奴に任せたほうがいいだろうって思っただけだ。生徒同士の揉め事を仲裁するのも慣れているみたいだしな」

 喉で笑う玉城由良。一瞬、自分が認められてるということに気づかなかったが、相手が相手だからだろうか。素直にそれを受け止めることはできなかった。
 しかし、俺が疑おうと奴にとって些細な問題のようだ。

「じゃあ、頼んだぞ」

 言いたいことだけ言って、玉城由良は俺に背中を向け歩き出す。

「おい、ちょっと待っ……」

 慌てて呼び止めようとするが、玉城由良が再び俺を見ることはなかった。
 ……ほんと、勝手なやつだな。
 玉城由良が去ったあと、小さく舌打ちをした俺は握り締めた腕章に目を向けた。
 何を企んでいるんだろうか。全く理解できなかったが、やつの考えがわからない今下手に勘ぐっても時間の無駄だ。
 まぁ、正直面倒だったので合法的に不参加になれるのは良かった。思いながら、俺は制服の袖に腕章を通す。
 ……そして、現在に至る。

 暇。退屈。やることない。今の俺の気持ちを表すのならその言葉が適切かもしれない。
 自ら望んだ楽だが、ここまでやることないならまた参加しといたほうがマシかもしれない。
 遠くから聞こえてくる楽しそうな声を聞きながら、無人の廊下を歩く。
 蚊帳の外とはまさにこのことだろう。だだっ広い校舎の中、なかなか参加者に辿りつけず俺はイライラしていた。
 さぼっちゃおうかなー。でもそんなことしたら本当に蚊帳の外になってしまう。んー。
 ウンウンと唸りながら歩き、考えた末俺は純に電話をかけてみることにした。が、出ない。ついでにちーちゃんにもかけてみたがこちらもやっぱり出なかった。
 電話に出る暇もないくらい熱中しているのだろうかと思ったが、そういやこのゲーム、敵味方間の連絡手段を制限するために通信機持ち込み禁止だった。その代わりにと庶務たちがおもちゃのトランシーバーを用意していたことを思い出す。ということは、マコちゃんとも連絡が取れないわけだ。そこまで考えて、俺の気分はさらに憂鬱になる。
 くそ、これならかいちょーの言うこと聞くんじゃなかった。そう、とうとう宛先もなくなってしまいフラフラと校舎内を徘徊していた時だった。
 背後からけたたましい足音が聞こえてくる。どうやら参加者がこの校舎にもやってきたようだ。
 何かから逃げるようなその喧しい足音にとっさに振り返ろうとした時だった。

「おーい!キョウ!」

 足音ともに近づいてくるその聞き覚えのある声に、全身から血の気が引く。
 ――人気のない校舎。
 聞こえてくるのは、最も聞きたくなかった声で。
 なんで、ヒズミがここに。そんな疑問を抱くよりも先に、俺は駆け出していた。
 逃げるという行為を今更恥ずかしく思いはしない。だって、俺はずっと逃げてきたのだから。

「あ、ちょ、おい!待てよ!キョウ!なんで逃げんだよ!?」

 慌てたような歪の声が遠くなる。ただ我武者羅に俺は駆けていた。しかし、離れたと思いきや近づいてくる足音に全身からどっと汗が吹き出す。

「あは、わかった。鬼ごっこだろ?鬼ごっこがしたいんだろ?最初から素直にそういえばいいのに。ほら、さっさともっと走れよ!そんなんじゃすぐに捕まっちゃうぞ!」

 廊下に響くはヒズミの笑い声。わざとだろう。ぴったりと歩幅を合わせ、距離を詰めることも離すこともせずくっついて走るヒズミに俺は気が気でなくなる。それでも、足を止めることだけはできなかった。
 あいつにだけは、捕まってたまるか。セットした髪が崩れようが、気に止める余裕すらなかった。とにかく、ヒズミを撒くことだけが精一杯で、俺は広い校舎の中をただ駆け回った。
 そして、気がついたときには周りは鬼ごっこに参加中の生徒で溢れ返っていた。
 どうやら、二人きりという最悪の状況はまぬがれたようだ。あいつがここにいるという時点で、最悪には変わりないのだろうが。
 ヒズミから逃げ切ることができたのに、胸のざわつきは収まらない。立ち止まってしまえばあいつが現れそうで、足を止めることは出来なかった。
 神経が過敏になる。周りの全てが敵に思えてきて、まるであの頃に戻ったかのような感覚に陥った。
 大分、俺は追い込まれているらしい。理解したくはなかったけど。……ここ最近、ようやく平和になってたのに。
 きゃいきゃいとはしゃぐ参加者に紛れてパトロールという名のヒズミから逃亡をしている時だった。

「あの、」

 背後から声をかけられる。
 震えた声。何気なく振り返れば、そこには気が弱そうな男子生徒がいた。

「…なぁに?」
「僕の友達が、その、転んじゃって、歩けなくて、その」

 何に怯えているのか、そうしどろもどろと言葉を紡ぐ男子生徒は今にも泣き出しそうで。どうやら、パトロール隊の俺に対して用があるらしい。

「んー、そっかぁ。大変そうだねぇ。で?その怪我した子、どこにいるの?」
「あの、あっちにある……」

 男子生徒から、その助けを求めている生徒の居場所を聞き出した俺はすぐに向かうことにした。本当は、こっちが助けてもらいたいところだがそれはそれだ。
 無視するわけにもいかない。
 怪我した生徒がいるという教室の前。辺りには人気はない。あまりの静けさに本当にここに人がいるのだろうかと疑ったが、あくまでも今は鬼ごっこの最中だ。
 隠れているのかもしれない。そう、自己完結した俺は勢いよく扉を開いた。

 ――そこには誰もいなかった。
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