モノマニア

田原摩耶

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出揃った役者、逃亡する主役。

新ルールと仲間機能、その効能

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 俺が生徒会会計の看板を掲げるようになってから一週間が経った頃。
 生徒会に就任しての最初の仕事は新入生歓迎会だった。
 四月に入学してきた生徒を在校生たちが大々的に迎えるイベントらしいが、正直何をしたらいいのか全くわからない。
 ちーちゃん曰く、去年は学園敷地内をすべて使った鬼ごっこをしたらしい。生徒会が鬼役で、当時副会長補佐だったちーちゃんは新入生を何人も捕まえただとか。
 やはり初物がいいですね、なかなか気持ちよかったですよ。と上品に微笑むちーちゃんに敢えて俺はなにも言わないことにする。

 「じゃ、今年もそれでいいだろ」

 玉城由良こと会長はいすにふんぞり返った状態のまま言い放った。なんとも投げ遣りな会長だけど、まあ正直俺も異論はなかった。
 低予算で済むし、準備も手が掛からない。しかし、双子庶務はつまらなさそうだ。

 「えー、やだよそれ。去年もそれだったじゃん」
 「飽きた飽きた飽きたー」
 「新入生は初めてなんだから問題ない。第一、お前らを楽しませるためにやるんじゃないからな」
 「「そんなの在校生差別だー!」」

 あくまでも意見を変えようとしない会長に、双子は不満そうに唇を尖らせた。それを宥めるちーちゃん。

 「まあ、あなた方が言いたいこともわかりますけどあくまでイベントのひとつですからね。全て去年のままでいくわけじゃないんですからここは多目に見ませんか」
 「副会長も会長の肩持つの?」
 「会長汚ーい」
 「意味わかんねえ駄々捏ねんじゃねえよ」

 ますます纏まりがなくなる生徒会会議。
 さっさと終わんないかなーなんて思いながら携帯をいじっていると、不意に双子がこちらを振り返る。

 「ねえ、会計はどう思う?」
 「会長の職務怠慢」
 「ぅえ?」

 まさかそんなことを尋ねられるとは思わなくて変な声が出てしまった。

 「いや、どうって……」

 返答に困って、ちらりと会長に目を向ければ視線が絡み合い、咄嗟に目を反らした。

 「前のまんまが嫌なら鬼ごっこに新ルール追加したらいいんじゃないの?」

 どちらかの肩を持つのが面倒で、適当にそう答えれば、ちーちゃんが頷いた。

 「それが一番ですね。庶務みたいな在校生もごまかせますし」
 「でも、新ルールって?」
 「逃げ延びた人には会長からのキスとか?」
 「冗談じゃねえ」
 「ならどうすんの」

 考えること自体が面倒になっているようだ、庶務はこちらを見る。そんな期待されても、と困惑したとき。

 「ケイドロ」

 不意に、隣に腰を下ろし本を読んでいたよーへい君が口を開いた。

 「一般生徒の中でも鬼役を作ればいい
 「じゃあ僕たちはどうするの?」
 「出席番号の奇数を鬼役、偶数を逃げる役にして半々に分ければいい。……もちろん、俺たちも」
 「でもさーそれって鬼が増えるだけじゃん」
 「だから……新ルール追加するんでしょ」

 だんだん説明するのが面倒になってきているよーへい君の話を纏めてみると、もし鬼に捕まったとしても味方を助け出すことが可能になるケイドロ方式にしようということだった。
 まあ確かに一方的に追いかけ回される鬼ごっこに飽きていた人間には新しい刺激にはなるだろう。

 「それは楽しそうですね。体力のない少年をじりじり追い詰めるのも好きですが追いかけ回されるのもまた一興」

 ぞくぞくしますねえ、と舌なめずりをするちーちゃんは相変わらずなにか違う競技と勘違いしているようだ。
 元気そうで何より。

 「んー、僕たちもそれでいいや」
 「あ、でも俺奇数だからまた鬼役になっちゃうじゃん」
 「僕は偶数だよ?敵同士になっちゃうね」
 「絶対皐には負けないぞー」
 「僕だって!」

 双子たちもすっかり乗り気になっていて、各々楽しそうに敵対心を燃やしている。
 この調子なら、会議もそう長引かずに済みそうだ。そうほっと安堵したとき。

 「仙道京」

 不意に、会長に名前を呼ばれた。無意識に脳裏にヒズミと密談していたときの映像が甦り、全身が緊張する。

 「……なに?」

 なるべく動揺を悟られないよう、変わらない口調で答える。答えた、つもりだたが予想よりも声は低くなってしまった。会長は笑う。

 「お前はどう思う」
 「かいちよー、主語ないんすけど」
 「新ルールのことだ」
 「どうって、別にいいんじゃない?」
 「本当にいいのか?」

 念を押してくる、含んだものの言い方になんとなく不愉快になる。薄ら笑いを浮かべ、こちらのようすを楽しむその無駄に整った面を握りつぶしたくなったが我慢する。

 「お前、出席番号はいくつだ」
 「そんなのいちいち覚えてないけど」
 「和馬は奇数だ」

 和馬。日桷和馬。
 ――ヒズミ。
 いま、このタイミングでそんなことをいってくる会長の意図が分かり、意識的に顔の筋肉が強張るのが分かった。
 こいつ、ヒズミから何を聞いたんだ。恐怖や動揺よりも、それをネタにからかってくる会長に腸が煮え繰り返りそうになる。

 「そうだな、おい双子。さっきのあれも新ルールに追加するか」

 そんな俺の視線に気がついているのか気がついていないのか、不意に席をたつ会長はきゃいきゃいはしゃいでいる庶務に声をかける。ピタリと動きを止めた双子は顔を見合わせ、会長を見た。

 「新ルールって」
 「優秀者に会長がちゅーってするやつ?」

 同じ声で続ける双子に会長は変わらない尊大な口調で「そうだ」と頷いた。ますます意味がわからなくて、目を丸くした俺は会長を睨む。
 今度は目は合わない。会長は得意気に頷いた。そして、「これは追加ルールなんだが」ととんでもない提案を口にした。

 「逃走者で一番多く仲間を助けたやつには俺から、鬼で一番逃走者を捕まえたやつには会計からキスの褒美というのはどうだ」

 これほどまで笑えない冗談はあっただろうか。

 「えー、なにそれ。それってさぁ、かいちょーがやりたいだけなんじゃないの?」

 なんで俺がそんなことしなきゃならないんだ。
 会長の目が笑ってないだけに、冗談には聞こえなかった。

 「別にちょっとしたネタだろ。こーいうのがあった方が盛り上がるだろ」
 「だから、なんで俺が」
 「そうですよ。仙道だけずるいです」

 横から口を挟んでくるちーちゃん。
 そこかよ。もっと他にもあるだろ。色々突っ込みたかったがもう諦めた。

 「別に石動が誰とキスしたっていつものことだから面白くねーだろ。会計のが笑える」
 「はぁ?」
 「まあ、お前が嫌なら仕方ないな。風紀委員長にでも頼むか」

 含め笑いが癪に障って会長を睨めば、会長はにやにや笑いながら俺に目を向けてくる。その口からでた単語に全身が緊張した。

 「……お前」
 「風紀委員長って敦賀のこと?無理無理!だってあいつちょーノリ悪いじゃん!」

 なにを企んでいるんだ。そういいかけたとき、机に乗り出した茅は呆れたように大きな声を上げた。

 「まあ確かにそうだけどな。あいつなら、お前がやらないなら誰かさんがするはめになるっつったら引き受けるだろ」

 誰かさん、というところで会長の目が俺を捉えた。つられるようにして庶務の視線がこちらに向けられる。
 人前だとわかっていたが、からかうような会長のその挑発的な態度に腸が煮え繰り返しそうになり、自分がどんな顔をしてるかどうか知る余裕すらなかった。
 テーブルの上。会議が始まる前に庶務の二人が注いでくれたグラスのジュースを喉に流し込んだ俺は空になったそれをテーブルの上に置いた。特に意識的にしたわけではないが思ったよりも大きな音が出てしまう。
 役員たちの視線が集まるなか、構わず俺は口を開いた。

 「いいよ、キスしたらいいんでしょ。わざわざ風紀に頭下げなくてもそれくらい俺がする」

 その代わり、キスだけだから。
 唇を濡らす甘味料を舌で舐めとり微笑み返せば、会長は笑い返してきた。

 「まあ、お前に期待してねえけどいったことくらい実行しろよ」

 ああ、ほんと、この男の無駄に整った顔を跡形もなく叩き潰してやりたい。
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