モノマニア

田原摩耶

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出揃った役者、逃亡する主役。

暴走後の心的バウンド

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 数分もすれば、全員床に落ちていた。立ち上がる気もないらしく頭を庇ったまま踞る不良の顔面を蹴りあげそのまま馬乗りになって鼻血やら涙やらでぐちゃぐちゃのどろどろになった顔面に何度も何度も何度も何度も何度も拳を叩き込む。途切れる声。歯が欠けたのか口内から溢れる血。前歯全部折ってやろうと思って高く拳を振り上げたときだった。
 不意に何者かに手首を取られる。

「仙道さん」

 純だった。いつの間に部屋に入ったのだろうか。
 それともただ俺が気づかなかっただけか。

「純、邪魔しないでよ」
「風紀が来ます」

 その言葉に、純を見上げた俺は目を見開く。その側には不安で目を濡らした男子生徒が二人。
 なにか化け物を見るような目でこちらを見ていた。

「誰が呼んだの」
「あれだけ暴れたら気付きますよ」

 そう言って笑う純は俺の腕を軽く引っ張り立ち上がらせた。

「これは俺がしたってことにするので仙道さんはその上着脱いで下さい」

 血、ついてますよ。
 そういう純につられシャツの上から羽織っていたカーディガンに目を向ければ、返り血だろう。所々赤黒く滲んでいた。
 うわ、これお気にだったのに。最悪。

「そこの二人も、今のことは内密に。ね?」

 怯える男子生徒二人に向き直った純はまるで子供をあやすような優しい口調で続ける。そのくせその目には優しさは一切なく、自分達の立場の危うさを改めて理解したらしい男子生徒二人はこくこくこくと何度も小さい顎を引き頷いた。

 それから、純の宣言通り風紀委員のやつらが駆け付けてきた。その中にはマコちゃんの姿もあった。

「京」

 目があって、マコちゃん、と呼ぼうと口を開くより先にマコちゃんに名前を呼ばれる。
 怖い顔。
 右腕に風紀の腕章をつけた人たちがいっぱいになった化学準備室の中。純の隣にいた俺を見付け、マコちゃんはずかずかとやってきた。

「なにがあったんだ」
「なにもってぇ、いつも通りだよー?そこの子たちが襲われそうになってたからさぁ」
「なら、なんだこの惨状は」
「俺がしたんですよ」

 血まみれで倒れる不良生徒たちを一瞥し、問い質してくるマコちゃんにそう答えたのは純だった。

「こいつら、注意だけじゃ聞かなかったんすよね。逆ギレして仙道さんに殴り掛かろうとするから慌てて仲裁に入ったんです」
「お前は仲裁の意味をわかっているのか。どう見ても一方的な暴行にしか見えない」
「ですから、色々遭ったんですって」

 純を見るなり眉間のシワをさらに深くさせるマコちゃんに肩を竦める純は呆れたように笑う。

「詳しくはそこの被害者の子に聞いて下さい。どうせ、俺が言っても信憑性ゼロなんでしょうし」

 自虐的な純に訝しげな眼差しを向けるマコちゃんはふんと鼻を鳴らし純から視線を逸らす。

「最初からそのつもりだ」

 吐き捨てるその言葉は冷ややかなもので。なんだか俺まで責められてるみたいで胸が痛んだ。いや、みたいな、じゃないか。そうなんだろう。

「千夏、佐倉純を連れていけ」

 側にいた金髪の不良みたいな男子生徒に声をかけるマコちゃん。
 ――千夏。風紀副委員長・石動千夏。
 ちーちゃんの双子の弟で、不良崩れのくせに風紀に入ってるやつ。因みに俺はこいつが苦手だ。だって、なんか目の敵にされてるし。

「うっす」

 そういって純の腕を掴んだ千夏は擦れ違い様ちらりとこちらを見る。
 短い眉。鋭い目付き。派手な金髪を無造作に弄った千夏はちーちゃんと似ても似つかない。また制服がどーとかいちゃもんつけられるのが嫌で目を逸らした俺は引っ張られる純に目を向けた。

「純、」

 ごめんね。そう続けようとしたとき、こちらを振り返った純はへらりと笑い暢気に手を振り返してきた。
 昔、警察に捕まりそうになったとき適当なやつ引っ張って生け贄にするのはよくやってた。
 だけど、やっぱり、何故だろうか。その相手が自ら望んで濡れ衣被ろうとしても、純だからか、なんとなく息苦しくなる。

 すっかり冷静になった俺は数分前の自分の行動を悔やんだ。俺のバカ、短気、あほ。やはり、我慢するべきだったんだ。
 しかし、なってしまった今なにすることもできず。

「京」

 後になってから酷く後悔していると、マコちゃんに呼ばれた。顔を上げたら目があって、「ちょっと来い」とマコちゃんは化学準備室の外を指差す。
 相変わらずその顔はこわばったまま。……残念ながらデートのお誘いではないらしい。
 化学準備室を出て、騒がしい人垣を抜けて俺とマコちゃんは比較的静かな廊下までやってきた。

「お前、まだ佐倉純とつるんでいるのか」

 立ち止まったかと思えばマコちゃんはそう強い口調で尋ねてくる。うん、予想通りの反応。
 マコちゃんは純が嫌いだ。純だけじゃない、素行が悪く風紀を乱す不良が嫌いなのだ。
 ……例えば、俺みたいな。

「つるんでるっていうか、まあ、たまたま会っただけだってば」
「親衛隊」

 うーやだなー。怒ったマコちゃんやだなー。とか思いながらそっぽ向けば、マコちゃんの口から出たその単語に俺は僅かに目を見開いた。

「出来たそうだな、お前の。隊長は佐倉純と聞いたぞ」
「……うっわ、マコちゃん情報はやーい」
「嫌でも耳に入ってくるんだよ」

 相変わらず苦虫噛み潰したような顔のマコちゃん。
 嬉しい半分、面倒半分。

「あいつとはもう、関わらない方がいい。無傷だから良かったものの、今度巻き込まれたら無事だという保証もない」

 あいつっていうのは純のことだろう。マコちゃんは俺のことを心配してくれているのだろう。本当に。
 きっとマコちゃんの目には俺がか弱くて、女々しくて、ひょろいもやしとして映っているのだろう。
 無理もない。俺がそう、演じてきたのだから。

「うん、わかった」

 いつまでもついてくる純に困っていたのは俺も同じだ。
 だから、少しでもマコちゃんが安心出来るよう俺は頬を綻ばせた。すると、ようやくマコちゃんは頬を弛ませる。

「只でさえお前は目立つんだ。生徒会に入ってさらに変なやつらに絡まれるだろうがなにかあったらすぐに俺を呼べ」
「うん、ありがとうマコちゃん」

 頭をわしわしと撫でられ、顔が熱くなるのがわかった。
 優しくて、大きな手は俺を安心させてくれる。
 マコちゃんがいう大抵の変なやつらの頭が俺だと知ったら、マコちゃんはどう思うのだろうか。
 過去は消えない。今の自分が変わったところで深いギャップを生み出すだけで、それは罪となって付きまとってくる。だから、俺は付きまとう全てを腹の底に押し込め、綺麗な今を作り上げてきた。
 ……そのつもりだったが、やはり、無理があったらしい。
 今、押し込めたそれらはちょっとした衝撃で僅かに溢れだした。
 ――『日桷和馬』という名の衝撃によって。
 これからどんな衝撃を与えられても自分は堪えて過去を圧し殺すことができるのか。それだけがただ心配だった。
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