モノマニア

田原摩耶

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出揃った役者、逃亡する主役。

運命の再会

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 ――学園内、生徒会室前。
 ちーちゃん親衛隊たちを保健室まで届けた俺は凝った肩を回して鳴らしながら生徒会室の扉を開く。そして、固まった。
 まず目に入ったのはあの特徴的な黒のもじゃもじゃ頭の後ろ姿で、その更に奥には赤茶髪のいかにも不良ってやつ、もというちの会長様がいるではないか。二人はなにやら揉めていたらしく、もじゃもじゃ転校生君の肩を掴み会長は迫っていて。

「ありゃ、お邪魔でしたかー」

 つーか、まさかこんなところであっさり日桷和馬と会えるなんて思わなかったから心の準備できてねえってかなんで会長と一緒にいんの。まさかお前もちーちゃんと同じ口か。

「てめえ、勝手に入ってくんじゃねえよ。出ていけ」

 うんうんごめんねー。でも一応俺ここの会計だから。
 しかしせっかく出会えたのだからわざわざ逃がすのも勿体ない。

「ちょうどよかったー。君さ、日桷君だよねえ?ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」

 吠える会長を無視して日桷和馬の前にたった俺は営業スマイルで小首を傾げてみせる。警戒心を解くには頭弱そうなフリをするのが一番いい。
 瓶底眼鏡がこちらを見上げた。
 なんだかんだ日桷和馬と対面するのははじめてだった。
 思ったよりも、いい匂いがする。香水かな?と思った矢先だった。

「………キョウ?」

 俺をみた日桷はそう確かに口にした。
 その声に、固有名詞に、心臓が握り潰されたような衝撃が走る。全身からどっと嫌な汗が滲んだ。

「は……っ?」
「お前、平校のキョウだろ。おれだよ俺、ヒズミ。久し振りだな!お前がここにいるって本当だったんだな!いやー急にいなくなるからビビっただろ!」

 会いたかったよ。そう、数年ぶりに再会した友人に会ったかのようなテンションで喜ぶ日桷和馬に全身の血の気が引いていくのを感じた。

「ひ、ずみ」

 一文字一文字をなぞるように呟く。
 ――ヒズミ。歪。
 そう、改めて目の前のもじゃ男を見た瞬間俺の中になにかが突き抜けていった。


『キョウさん、やべえっすよ。三浦たちがやられたって!しかも相手は一人!』

 飛び交う怒号。三浦ってのはうちのチームでも腕っぷしの強いやつでそれだけが取り柄みたいなやつだった。

『総長、このままじゃ俺たちの顔が立ちません。俺らにやらせてください』
『総長』

 一人二人三人と顔見知りたちが次々に謎の奇襲に遭い、俺の周りから消えていく。そのことに焦燥を覚えたのは俺だけじゃなかった。

『総長、大丈夫です。ここは厳重体勢取ってますし、幹部のやつらに張らせてるので』

 当時、副総長と呼ばれていた純は言う。その言葉はあっさりと裏切られた。

『出た、あいつだ!あいつが歪だ!』

 外から聞こえてきた声を合図に凄まじい物音がした。舌打ちをした純は総長は逃げてくださいと耳打ちし、外へ駆け出す。
 徐々に近付いてくる破壊音。逃げれるわけがなくて慌てて純の後を追おうとしたときすぐ近くでガラスが割れる音とともに純の呻く声が聞こえて。
 そして、壊れた扉からあいつは現れた。

『あれ?あとはもうあんただけ?』

 血濡れた服。手には鈍く光る鉄パイプが握られていて、やつはそれを引き摺り歩く。
 コツリ、コツリと。浮かべた無邪気な笑み。威圧感にすくんだ足。
 今もあの頃もなにも変わらない。
 ただ一つ変わったとすれば、今俺の手にはナイフが握られていないことくらいだろう。

「前からだけど、見ない内にまた色っぽくなったな。最近は喧嘩してないのか?指なんてほら、こんなに綺麗になって」

 トリップしかけた思考は伸びてきたヒズミの手に手を握られ一気に現実に引き戻される。同時に、俺はそれを乱暴に振り払った。
 パン、と乾いた音がする。ぐるぐる眼鏡越しにヒズミの視線を感じ、全身から嫌な汗が滲んだ。

「っなんで、君、」
「せっかく友達になったのにキョウが勝手にいなくなるからだろ」

 会いたかった。そう目の前で微笑むヒズミはあの夜に見たときの姿とはかけ離れていたが、纏う独特の威圧感や雰囲気は変わらず、否、昔よりも鋭くなっていて。改めて目の前の珍妙な転校生がヒズミだと確認すれば目の前が真っ暗になるのを感じた。

「キョウ?」
「っ」

 そして、なにも言わない俺を不審に思ったのかヒズミに肩を掴まれそうになる。咄嗟に身を引き、気が付いたら俺は生徒会室から飛び出していた。
 会長の前だなんて気にする余裕も取り繕う余裕も残されていない俺はただ目の前の異質から遠ざかることが精一杯で。背後からヒズミが名前を呼ぶけどそれは俺の背中を押すように足を加速させた。
 前は仲間を守るために走っていたが、今は自分を守るために逃げるのが精一杯で。
 あれからどれだけ自分が落ちぶれたのかがよくわかった。だけど、どうしようもない。
 ただ自己嫌悪感と不安と恐怖に呑まれそうになっていく。
 足には自信があった、ヒズミよりも早い自信も。
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