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 魔法少女。それは女の子、主に女児の憧れだろう。たまに大きいお友達もいるがその辺りは割愛する。
 憧れるのは大いに結構。俺だって前は嫌いではなかったし、最近中学校にあがった妹の影響で朝つけっぱなしのテレビから受動的に眺めては「まあ面白いな」とは思っていた。
 が、だ。そんな存在は、いま俺にとっては嫌いなものになりかけていた。

「瑞生! 急いで変身するぴゅる!」
「あ~、分かってるっての! 耳元でぴゅるぴゅる鳴くんじゃねえよ!」

「ごめんぴゅる!」と肩でぷるりと全身を震わせ鳴くのは、半透明に黒ごまのような目が二つぽつりと浮かんだ気持ち悪い物体だ。
 こいつの名前はルルン、本人曰く『まほまほ星』というところから次期魔法少女を選出し、鍛えるためにやってきた存在らしいが何故俺がこんな得体のしれない化け物に急かされているのかと言われれば、海よりも深い理由があった。


 ――月並高校、校舎裏。

「……っと、ここまで来りゃ大丈夫だろ」

 抱えていた鞄の中から玩具のような機械を取り出した。女児の玩具売り場に並んでるような愛らしい青いジュエリーがはめ込まれた白いフォルムのそれを手にし、目を瞑る。
 変身、と強く願った次の瞬間、辺りに青白い光がぶわりと広がった。先程まで着ていた制服が溶けるように消え、その代わりに今ではすっかり着慣れてしまった白地に青のアクセントのレースやリボンが散りばめられたワンピースがしゅるしゅると現れていく。遅え、早くしろ。と頭の中で苛つきつつ、指の先まで覆う手袋の感触を感じ、目を開く。「瑞生、相変わらず可愛いぴゅるね!」とふよふよ漂ううるせえお供を鷲掴み、「連中はどこだ」と尋ねれば、ルルンは「ぴゅる……駅前広場ぴゅる……」と震える。それを放り投げ、俺はすぐに駅前へと駆けて行く。
 短いスカートは動きやすくはあるが、外観は最悪だ。いつもよりもやや伸びた毛先が目にかかって邪魔だが、この姿では短くしようとしてもならないのだ。
 “そういう仕組み”だからだ。

 元はといえばこの格好も俺のただの変態女装趣味というわけではない。当たり前だ。
 全ての元凶はいつの間にかに肩にしがみついてるスライム型のこいつのせいだった。このぽんこつお供は、本来魔法少女になる予定だった妹と俺を間違えやがったのだ。
 結果的に十七歳になって女児アニメのヒロインのようなきらきらでふわっふわで愛らしい格好をさせられ、街中を走らされ、わけもわからねえ謎の悪の組織と戦わせられる日々だ。
 最初は戸惑ったが、一週間も経てばムカつきもする。
 倒しても倒しても湧いてくる雑魚戦闘員に、ろくに授業受ける暇すらもないほどの呼び出し。しかもそれは放課後、寝る前もざらにあり、魔法少女に休暇はないのか?と俺は言いたい。

 ともあれ、今日も駅前広場でしょうもない騒ぎを繰り広げていた雑魚たちをストレス解消とばかりに殴り倒し、「ありがとう、シュガーマリン!」と賞賛してくれる近隣住民たちの声にやや照れつつ後にした。
 不幸中の幸いか、元より平均男子よりもあまり体格に恵まれてなかった俺は、なんとかぎりぎり女装とバレていなかったらしい。それと勝手に数センチほど伸びた髪のお陰かもしれない。
 最悪な職場環境ではあるが、感謝の声だけが今の俺にとっては唯一の救いだった。


「瑞生、今日もお疲れ様ぴゅる! 快勝祝いにそこのコンビニでいつものケーキ買って帰るぴゅる!」
「あんなあ……お前が食いてえだけだろ。つうかスライムのくせに贅沢なんだよ! オラ、このグミで我慢しろ」
「ぴゅる……瑞生はケチぴゅる……」
「ああ?!」
「な、なんでもないぴゅる! それよりも、最近雑魚戦闘員たちの動きが派手ぴゅるよね」

 人仕事を終え、いつものように路地裏で件の魔法スーツを解除して制服に戻った俺は静かになった住宅街を歩いていた。
 ……段々キャラのロールプレイが雑になってんだよなぁ。
 肩で大人しくソーダ味のグミを口らしきに穴に吸い込み、もむもむと咀嚼しているような動きをするルルンを観察しつつ、「確かにな」と同意する。

 今までは一日に一戦闘あるかないかだったのに、最近は一日に何回行動してんのかってくらい呼び出しが掛かるし。はあ、と自然とため息も出てしまう。

「ぴゅる……瑞生お疲れぴゅる」
「せめてゆっくり休めねえとな、今回も雑魚ばっかで助かったけど、このままじゃいつかぶっ壊れるぞ」
「そうぴゅるね、他にも魔法少女候補を見つけたら違うんだけどぴゅる……」

 ぷるぷると震えるルルン。なんだか迷っているようだ、その下手くそな語尾付けには突っ込む気はない。

「なんだ、なんか問題でもあんのか?」
「大した問題じゃないけど、そのためには僕が瑞生と一緒にいられない時間が出てくるぴゅる」
「いいじゃねえか、そうしようぜ」
「そんなぴゅる!」
「だってこっちは変身さえできりゃいいんだからな。ほら、戦闘の勝手はだいぶ俺も分かってきたし」

 勝手といっても、普段の魔法少女コス――もとい魔法スーツにすら変身できりゃあ全ての身体能力は強化され、後はぶん殴ったりしてなんとかできてきた。なんなら戦闘中のルルンはヤジ飛ばしたりしてくるばかりであまり役に立った記憶なんてないし。

「瑞生は意地悪ぴゅるっ! 僕だって、瑞生が頑張って負けないためにこうやって……応援してたぴゅる!」

 そう小刻みに震え、薄く膜張った表面を震わせるルルンに「はいはい」とその顔の前に二つ目のグミを持ってけば勢いよく指に吸い付いてきた。ぢゅるっ!と指ごと吸う勢いでグミを半透明な体内に取り込んだルルンは「うまいぴゅる~」と体を液体のように溶けさせる。本当現金なやつだ。

「でもま、一日二日くらいなら大丈夫だろ? このワンオペが永遠に続くよりはましだって」
「ぴゅる~確かに、魔法少女適性が異様に高い瑞生に倒れられたら僕も本社に怒られるぴゅるだし……」
「本社って、お前サラリーマンかよ」
「ぴゅる! わかったぴゅる、じゃあ明日一日朝から僕は第二の魔法少女探しに行ってくるぴゅる!」
「おお」
「だから、瑞生はひとまず明日だけ一人で頑張ってくれぴゅる!」
「余裕余裕、一日でも何日でも任せろっての」

 そう意気込むルルンの頭を撫でてやりながら自宅への帰路を歩いていく。
 因みにルルンの声は周りに聞こえていないし見えないので、今ここを通りかかった人に見られたら俺は一人で喋りながら空気を撫でる男になってしまうわけだ。こんな恐ろしい話があるだろうか。


 そして、そうルルンと男同士の契を交わしたのが二日前の話だった。
 その翌日、宣言どおり朝からルルンの姿はなかった。呼び出し用のジェム(あの女児コーナーに置いてそうな玩具)はいつも通り反応したので、ジェムの反応の強さを確かめながら出動し、その日も事なきを得たのだが、ルルンは夜になっても帰ってくることはなかった。
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