花葬

田原摩耶

文字の大きさ
上 下
14 / 18
第三章

05※

しおりを挟む
 この男の意図が何一つ分からない。

「間人君、昔の君みたいだね」

 何故、こんな真似をするのか。
 愛おしそうに髪を掬い、唇を押し付けた男は笑う。

「兄さんって呼んでみてよ」
「……」
「間人君」
「……っ、――」

 ここで逆らっては駄目だ。せっかくここまで耐えてきたのだ。分かっていても口が動かなかった。心がそれを拒むのだ。
 こちらを見据えていた二つの目が細められる。柔和な笑みと掛け離れた、黒く淀んだ底しれぬ双眼。

「嫌だ、なんて言うわけないよね。君が」

 前髪を軽く掻き上げ、こちらを覗き込んでくる花戸に視界の縁が黒い影に覆われていくようだ。目眩とも違う。視野狭窄。目の前の花戸以外見ることが出来なかった。
 口を開き、息を吐く。

「――」

 自分がなんと言ったのか、なんと口にしたのか分からなかった。耳鳴りに全ての音が呑まれ、ただ俺を見詰めていた花戸の顔が嬉しそうに綻び、そのまま唇に柔らかくキスをされたことだけは覚えていた。



「これから、俺のことは兄さんって呼ぶんだよ。間人君」
「……はい」
「敬語もなしだ。家族なんだからタメ口でいいよ。ああ、けれど乱暴な言葉遣いは俺も傷付くから優しい言葉遣いでね」
「……わかった」
「よしよし、いい子だね。間人君は」

 俺は一体何をしてるのだろうか。
 ここまでの記憶が朦朧としてる。気付けば俺は花戸の膝の上に座らされ、頭を撫でられていた。
 くだらない恋人ごっこの次はまた家族ごっこときたものだ。ありもしないものを作り上げ、それを演じることでこの男は何を満たしてるのか。
 そのくせ、自分を兄と呼ばせながらも腰を抱く手も唇を食む仕草もやめようとしない。何もかもが矛盾している。俺は、兄とこんなことをしたことなどなければしたいと思ったこともない。それなのに、この男は兄に成り代わろうとした上で俺を抱くのだ。

 髪を切ってからというものの、花戸は以前のように――いや、以前よりも執拗に俺を求めるようになった。
 数日前まで、一人ベッドの上で寝て大半過ごしていたのが遠い日のことのように思えるほど花戸との過ごす時間が増える。
 それも、兄弟としてのロールプレイングを行いながらだ。

「っ、は、……っ、ぁ……っ、に、ぃさ……っ」

 シーツを掻き毟るように爪を立て、背後から覆い被さってくる花戸の性器をひたすら受け止める。
 内臓を掻き混ぜるように出入りする性器の感覚は脳にまで到達し、吐き気を通り越して何も感じることはなくなっていた。あるのは激痛にも似た快楽と、心臓まで蝕む自己嫌悪のみだ。

「ぁっ、く、ひ――っ! ぁ、あ、ぁ……っ!」

 花戸の言うことを聞いていれば、暴力を奮われることも苦痛を受けることもない。と、思っていた。
 俺にとってはこの男に優しく甘く“弟”として抱かれること自体が何よりも屈辱でしかなかった。
 それならば、いっそのこと電流でも流された方がましだ。
 喉元まで出かかったどす黒く肥大化した感情を飲み込み、享受する。全てはこの男を殺すため、俺はこの男の玩具に成り下がった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが…… 想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。 ※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。 更新は不定期です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...