花葬

田原摩耶

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第二章

06※

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 次に目を覚ましたときは、車の中だった。
 微かに揺れる車体の中、隣では運転している花戸がいて、はっと体を起こそうとしたとき股の間でぬるりと嫌な感触を感じて血の気が引いた。

 ――そうだ、俺はこの男に……。

 それ以上のことなど思い出したくもなかった。
 車の中にいることにはさして驚かなかった。きっと、この男が簡単に帰すつもりはないと最初から分かっていたからだ。首にそっと触れれば、マフラーの下、相変わらず無骨な首輪が巻き付いてるのを確認した。
 最早、嫌気というものを感じる部分すらも麻痺しているようだった。この男の存在そのものが俺にとっては害悪でしかなかったからだ。

「まだ眠ってていいよ。……着いたら起こすから」

 すり、と手に何かが触れ、膝の上、花戸に手を繋がれたままだということを気付く。振り払おうとする気にもなれなかった。この男の言葉になど甘えたくない。けれど、顔すらも見たくなかった。
 俺は目を閉じ、眠るふりをすことにした。

 恐ろしいほど、心中は凪いでいる。冷静とは違う、唯一の守りたかった聖域をあそこまで踏みにじられたときの対処を俺は知らなかった。どうすることもできず、引っ掻き回されて、残ったのは汚された思い出だけだった。
 整理つかない頭の中、震えの収まらない体を抱えることしかできない。

 この男を同じ人間だと思えない。隣に座るのは人の皮を被った化け物だ。










 どこからか、濡れた音が聞こえてくる。
 それと同時に唇にぬるりとした温かいものが触れ、夢現の中呼吸が乱れた。

「ん、ぅ……っ」

 この不快な感覚には嫌ってほど身に覚えがあった。
 呼吸が吹きかかり、朧気な頭の中は次第にはっきりと鮮明になっていく。

「……っ!」

 そして、俺は飛び起きた。
 薄暗い、広くはない車内。上に覆いかぶさってくる人影は、俺が起き上がろうとしたのを見て「ああ」と静かに口にした。

「ぁ、あんた、なに……し、……ッ!」
「……もう起きたのか。もう少し、眠っててもいいんだけど」

 そう花戸が動いたとき。自分の下腹部から濡れた音が響き、血の気が引いた。
 そのままゆるゆると腰を動かす花戸。その度にぼんやりとしていた頭の中に嫌な感覚が広がる。
 自分の下半身を見て確認などしたくなかった。
 開いた俺の股の間には花戸のものが深々と挿入され、眠ってる間に何度か出されたのだろうか、やつが動く度に既に熱が回った全身は拒むことすらできなかった。

「ゃ、な……っ、ん、ぅ゛……ッ!」
「ごめんね、本当は……部屋のベッドまで我慢するつもりだったんだよ? 本当に……っ、けど、駄目だった。君の、間人君の寝顔があまりにも可愛かったから……っ、俺……」
「ぅ、ご、……っ、くな……っぁ゛……っ、ひ……ッ!」

 ずるりと引き抜かれた陰茎に引っ張られるように内壁ごと持っていかれそうになり、目の前が赤く染まる。
 逃げ出したいのに、シートベルトをつけたままの身体は動かすことすらもままならない。
 それどころか、意識がない間に受け入れる体勢まで整えられた現状、拒むことも難しかった。

「ぁ、ぐ……っ、ひ……ッ!」
「本当、恐ろしい子だよ、君は。……俺、多分君に搾り取られて死んじゃうんだろうな……っ」
「だ、れか……っ、たすけ……っ!」

 そう、声をあげようとしたときだった。
 花戸は息を吐き、そのまま思いっきり腰を打ち付けた。
 瞬間、奥の襞を強引に押し上げられ、そのまま深いところで腰を小刻みに動かし始める花戸に俺は声をあげることもできなかった。

「助けて、じゃないだろ? ……っ、なんて、言うんだったっけ? 間人君……っ」
「ッ、ふ、ぅ゛……っ」
「ふ、……っ、はは、まだ恥ずかしいのかな。……でも、これから慣れていけばいいよ。もう俺たちは君のお母さん公認の仲なんだから、ねっ!」
「ぅ゛、ひ……ぎ……ッ!!」

 隙間ないほど深く腰を押し付けられたまま腕を引っ張られた瞬間、脳の奥まで性器に突き上げられたかのような衝撃に意識が飛びそうになる。
腹の中が苦しい。
 熱くて、もうこんなことしたくないのに、昼間の吐き気と嫌悪感も混ざってどうにかなりそうだった。

「は、ぁ……っ、間人君、このまま出すよ、君のために作った精子だ……っ」
「ぐ、ぅ゛……っ! ひ……っ!」

 拒む暇すらもなかった。速さを増したピストンにキャパ超えした下半身は痙攣が収まることもなかった。
 そのまま花戸に下半身を抱きしめられたまま、深く、腹の奥に注ぎ込まれる熱。精液でたぷたぷになり、膨らんだ内臓に気持ち悪さのあまり嗚咽を漏らす。吐けるようなものはない。
 射精が終わるまで花戸はびくりとも動かなかった。
 そして最後の一滴を吐き出すなり、まだ芯を持った性器を再び出し入れさせはじめるのだ。

 窓の外は暗く、ここがどこなのか確認することもできない。少なくともマンションの駐車場ではないだろう。
 車の外に誰かがいたら不審に思われるかもしれない。そんな不安すらもかき消すほど性欲のままに花戸に犯されていたときだった。
 どこからともなくバイブが響く。
 そして、激しく腰を打ち付けていた花戸の動きがぴたりと止まった。

「……っ、……?」

 なんだ、と思ったとき。目の前の花戸が上着から携帯端末を取り出した。
 どうやら誰かから電話がかかっていたようだ。
 端末の画面を確認した花戸からは先程までの楽しそうな笑みが消えていた。

 そして、そのままあろうことか花戸はその電話に出たのだ。

「――どうしたの? 瑤子さん」

 そうなんでもないように、人の母親との電話に出る目の前の男に俺はただ耳を疑った。
 この男がおかしいということは分かっていたことだった。
 それでも、だ。

「……っ、ふ、ぅ゛……ッ!」

 つい、呼吸が止まる。
 そんな俺を見下ろしたまま、花戸は端末を耳に押し当てたまま腰をグラインドさせる。拍子に、前立腺を擦り上げられ、堪らず全身が軋んだ。

「ああ……間人君のことですね、確かに彼、少し体調悪かったみたいですね。疲れて車の中でも眠ってるみたいでした。……ええ、お兄さんのことも引きずってたみたいだったので多分それもあるかもしれません。もう少し、お兄さんのこと忘れられるように俺のところで預からせていただきますね。え? ……いや、全然気にしないでください。俺も一人で心細いところ、間人君がいるお陰で大分傷も癒やされていたので」

 ギッギ、と軋むシートの上。呼吸を乱すことなく母親と電話する花戸。ゆるく中をじっくりと舐るような動きで抽挿をされる度に全身が跳ね、亀頭で中を摩擦される度に出したくもない声が鼻へと抜けそうになった。

 ――この男はいけしゃあしゃあとなにを言ってるのか。
 電話の向こうには母がいて、母は俺のことを気にしてくれている。それを、この悪魔のような男が舌先三寸で丸めこもうとしている。
 ――それも、現在進行形で俺を犯しながらだ。

「――た、すけて……っ、母さん」

 危険が及ぶ、なにをされるかわからない。
 頭の中では分かっていても、体が言うことを利かなかった。
 気付けば俺は、電話の向こうにいる母親に向かって声をあげていたのだ。
 瞬間、端末を手にしたまま花戸は俺の口を塞いだ。

「ああすみません、ちょっとまだ外なもので。……それじゃ、おやすみなさい。瑤子さん」

 そう電話に向かって囁いた花戸はそのまま通話を半ば強制的に終了し、そして――。

「っ、ん゛、う゛う……っ!」

 鼻、口ごと顔下半分を押さえつけられたまま花戸は大きく腰を打ち付けた。先程までとは違う、乱暴なピストンに耐える方法など俺にはわからなかった。下半身が壊れそうなほど乱暴に腰を打ち付けられる都度、恐怖のあまり萎えかけていた性器がぶるぶると揺れ、押し広げられた腿にぶつかる。

「っ、ふ、う゛……っ」
「は……っ、駄目じゃないか、間人君……大人しくしてなきゃなあ……っ」
「ん゛、う゛……っ!!」

 破裂したような音とともに結腸の入り口を亀頭でこじ開けられ、膝裏を掴まれたまま大きく開脚された下半身をその性器でひたすら貫かれる。
 快感などとは程遠い、それは最早暴力だった。

「瑤子さんに心配かけちゃだめだろ? ……っ、なあ、助けてってなんだよ。びっくりしてたよ、君がそんなこと言うから」
「っ、う゛、む゛……ッ!」

 耳を塞ぎたくなるような音が車内に響き渡る。執拗に結腸の奥、その突き当りを亀頭で押し上げられれば脳味噌が液状化したみたいになにも考えられなくなるのだ。
 潤む視界。そして、ふいに再び携帯に目を向けた花戸はそのままちらりとこちらを向いた。

「――今度はちゃんとしなきゃだめだよ、間人君」
「っ、ぃ……」
「はい、どうしました? 瑤子さん」

 そう俺の乳首を摘みあげたまま、再びかかってきたらしい母からの電話に出る花戸。
 やつは結腸までずっぽりと性器を収めたまま、腰の動きを止める。それが余計苦しくて、乳首を弄ばれる度に下半身に響く快感に思考が乱れる。
 花戸と母の会話など頭に入ってこなかった。けど、ここで花戸が動いたら終わる――それだけは分かった。

「ああ、ちょうど起きたみたいだから間人君に代わりますよ。――間人君」

 そう、俺の乳首を柔らかくシコりながら、花戸は俺の腰を軽く揺さぶった。それだけで限界まで圧迫されていた前立腺が圧され、滲む視界の中俺は目の前、覆い被さってくる男を見る。


「君のお母さんが声を聞かせてほしいだってよ。……ほら、君が気絶したから心配してるんだよ」

「聞かせてあげな」そう、俺の乳首をぎゅっと掴む花戸。下手なことを言えば引きちぎる、そう言わんばかりに爪の先でカリカリと引っかかれ、呼吸が浅くなる。
 目の前に向けられる携帯端末に表示された母のアイコン。『間人?』という母の声に、頭の中は余計かき回された。

「か、ぁ……さん……っ」

 助けて、お母さん。俺、俺。

「――」

 助けて、と喉の先ギリギリまで出かけたときだった。ぐぢ、と濡れた音を立て、結腸手前の窪みを亀頭で引っ掛けられ、ずるりと引き抜かれそうになる性器に思わず「ぉ゛」と声が漏れた。
 顔をあげれば、恐ろしいほど冷たい目であの男はこちらを見下ろしていた。少しでも妙なことを言えば、あの女も殺す。そう殺意のようなものすら感じた。
 冷たい汗が、涙が滲む。

『間人? 大丈夫なの? ……声がおかしいみたいだけど』
「多分、寝起きだから……し、んぱい……、かけて、ごめん……ぉ、俺は……ッ、だ、大丈夫……だから」

 心配しないで、と、揺さぶられる下半身。ぐぷ、ぐぽと音を立ててゆっくりと奥をこんこん突き上げてくる性器に、噛まないように喋るのが精一杯だった。

『そう、ならいいけど……家にいるのが辛くなくなったら、平気そうだったらいつでも帰ってきていいんだからね』
「ぅ、ん」
『……きっと、あの子も待ってるから』

 そしてぷつりと母との通話は切れた。――正確には切らされた。俺の手から端末を手にした花戸はそのまま通話終了の表記を押したまま、こちらを見下ろしていた。先程とは打って変わって、嬉しそうな笑顔で。

「……よかった、今度はちゃんと頭が回ってるみたいで。さっきみたいに寝ぼけたこと言ったらどうしてやろうかと思ったけど、その心配はなさそうだね」

「頑張ったね、間人君」と頬や目尻、額へとキスをする花戸はそのまま俺の唇に吸い付いた。俺は、あまりの疲弊感に抵抗する気力もなかった。
 抱き締められる体。ただ、自分の中に残っていたのは優しい母の声と、『やってしまった』という強い後悔の念だった。
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