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CASE.08『デート・オア・デッド』
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しおりを挟むそれからデバイスを起動させようとしたが、端末の充電が切れているのを見て慌てて充電することにした。
あの日以来ずっと放置されていたのだろう。未読のままいくつかメッセージが残っていたが、どれも営業部の皆からだった。
「スライさん、望眼さんたちは……?」
「まー心配してたよ、とだけ言っとく。良平君、表向きは体調不良ってことになってるから。あでも営業部の君の抜けた穴は大したことなさそうだから問題ないね」
「そ、そうですか……」
なんだか淋しいような安心したような複雑な気持ちになりつつ、一先ず胸を撫で下ろす。
後できちんと皆に返事しないと……。
営業部の皆の顔を浮かべるとなんだか酷く寂しくなってきた。と同時に、中でも望眼から毎日メッセージ入ってるのを見て申し訳ない気持ちになる。
そんな俺の端末を横から覗き込んでくるスライ。その近さに驚くのも束の間、俺の手からぽろりと落ちる端末をあっさりとスライは受け止める。
「強いていうなら望眼のやつの目の下に隈が入ってるくらいかな」
「俺も営業部には一応世話になってる身だけど、やっぱ君が居ると居ないとで大分空気感変わるな。あそこ」手にした端末をはい、と俺の手に握らせ、スライは笑った。初対面の時から変わらない人懐っこい笑顔。
「ありがとうございます……あの、も、望眼さんは元気でしょうか……?」
「……ま、大丈夫大丈夫」
なんだその間は。
不安ではあったが、先に望眼に連絡入れておいた方がよさそうだ。
「望眼に連絡する? お邪魔なら俺、隠れとくけど」
「いえ……この時間だと恐らく仕事中なので、取り敢えずメッセージだけ入れておきます」
「いいね」
スライさん、望眼さんの担当……なんだよな、一応。
もしかしてそれも兄に言われてたから?任務として?
裏の顔を知ってからというもののそのギャップに戸惑う。サディークさんとはまた違うが、そういう二つ顔を持っているヴィランの人、他にも居るのだろうか。
「ん? どうしたの? 俺の顔そんなに見て」
「あ……す、すみません……スライさんのことが気になって……」
「正直だね、良平君」
「結局あの場、バタバタしてあまりスライさんのことを聞くことが出来なかったので……その、『もう一つのお仕事』……? のことも……」
副業というのもなんだかおかしいが、どちらが本来のスライなのか俺には分からない。だからこそスライとの距離の測り方を決め兼ねている自分もいた。
それに、気になることはまだあった。
あの時、俺の前に現れた青いヒーロースーツの男。
あの時口にした言葉がまだ頭には残っていた。
「あの、無雲さんって……何者なんですか?」
「おーっと……今度は俺の話? 困ったな。喋りすぎたか?」
「……あの時、レッド・イルを連れ去った青いヒーローの方……スライさんのことを知っているようでした。お知り合いですか?」
「へえ。良平君、君って結構周り見てるんだ」
「困ったな」と笑いながらスライは俺の視線から逃げるようにソファーへと戻る。それから、テーブルの上に置かれたマグカップを口にした。いつの間に用意したのだろう。中に入っていた黒い液体に口をつけるスライはそのまま小さく息を吐く。
「良平君。悪いけど、俺にも守秘義務ってものがあるんだ。君も社会人なら分かるだろ?」
「それは……ボスから口止めされてるってことですか?」
「そういうことだ。ボスから許可が出たら俺は君に洗いざらい話す心づもりだよ」
――また、兄か。
逆に言えば兄に忠誠を誓っていることに違いない。だからこそ信頼できるとは分かっているが、今だけは少しもどかしく感じる。
他の幹部の人たちとは違う、スライから感じる明確な壁。フレンドリーな口ぶりや態度とは裏腹に引かれた一線。それを目の当たりにしてどうすることもできない。
実際、今回のことについては俺が監視であるノクシャスやモルグと近すぎて起きたこと――と兄は判断してるのだろう。だからこそのスライな態度のようにも思えた。
「……分かりました。すみません、無茶言って」
「ああ、でもその件以外なら……まあ出来る限りなら答えてもいいよ」
「え? い、いいんですか?」
「もちろん守秘義務はあるけど、そこまでしょんぼりされると流石に悪いからね」
「……!」
「雑談くらいなら相手になれるよ、俺も」
それはスライなりの優しさだろう。
ありがとうございます、と俺は何度も頭を下げる。なんだかあやされてるようで恥ずかしさもあるが……。
「とは言え、君とはヒアリングで何度か話しちゃってるからさ。あんま新規のネタはないよ」
「確かに……でもスライさんって、能力欄、確か違いましたよね。あんな力があるとは……」
「ああ、あれね。……うーん、この話題、センシティブだな」
「あ、す、すみません。なら別の話題を……っ」
「まあこれくらいならいいか。君も知ってるだろ? この世界には先天性の能力持ちと人工の能力持ちがいるって」
「あ、ああ……はい」
「あれは俺の天然のやつ。他は全部作り物――って話」
「データに載ってたやつ以外にも色々あんだよね、俺」と少しだけ得意げに笑いながらスライはマグカップを浮かせる。スライの手の中でふよふよと浮かぶマグカップの中からスライムのように変形したコーヒーがぶよぶよと宙に浮かぶのを見て、思わず「わぁっ!」と声が漏れた。
「こーいうのとか」とスライが手を動かした瞬間スライム化した丸いぶよぶよコーヒーはカキン、と固まる。そのまま落ちるアイスコーヒーをマグカップで受け止めた。
「す、すごいです……! 凍結、浮遊――ええと、他にも?」
「これくらいなら金積めば誰でも出来るようになるよ。良平君は手術には興味ない?」
「え、ええと俺は……親に反対されて……興味はあったんですけど、適性もあまり高くないので」
ただでさえ兄の一件があってからは両親はヒーローに関わることから俺を避けようとしてきた。心配されているのは分かっていたので俺も無理に言うことはできなかったし、それに人為的に異能を得るにも適性はある。
肉体強度、精神力、その他諸々の壁により俺はあっさりとその道を諦めたのだ。
「なるほどね」と何かを悟ったようにスライは笑い、それから「アイス食べる?俺の飲みかけだけど」とマグカップを差し出してきた。彼なりの優しさのようだ、気持ちだけ頂くことにした。
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