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CASE.07『同業者にご注意』

18※【触手】

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「おい、起きろよ」

 頭上から落ちてきた声とともに、何度か身体を揺すられ意識が戻る。はっと目を開ければ、視界にはこちらを見下ろすデッドエンドがいた。どうやら俺はデッドエンドに胸倉を掴まれているらしい。

「ぁ、お、俺……」
「こんなところですやすやお休みなんて、余裕じゃねえかよ」

 どうやら気絶してそんなに経っていないようだ。体の至るところには、つい先程までデッドエンドたちに抱かれていた痕跡がまだ生々しく残っていた。

 ――そうだ、俺、サディークさんに……。

 視線を泳がせれば、部屋の隅っこ。ばつが悪そうな顔をしたサディークが佇んでいた。サディークは俯いたまま、俺と視線を合わそうとしない。


「サディーク、来いよ」

 それも、デッドエンドに呼ばれるまでだ。
 諦めた顔のまま、サディークはこちらへと歩いてくるのだ。

「さっきはちゃんとまともな秘密までは探れなかったって言ってたよな、お前」
「……デッドエンド」
「いつもみたいにやれよ、サディーク。お前の得意分野だろ?」
「……」

 そうサディークの肩に手を回したデッドエンドは、そのままバシリとサディークの肩を叩いた。サディークは「分かってる」と面倒臭そうに眉根を寄せる。

 前から気になっていたが、サディークとデッドエンドは立場的には自称リーダーであるデッドエンドの方が上のはずだ。けれど、あのサディークにしては対等に接しているようにも見える……毎回押し負けているが。

 なんて二人を眺めている場合ではない。こちらへと向き直るサディークにハッとし、慌てて起き上がろうとするが、相変わらず拘束されたままの腕のせいでお尻を引きずってで後退ることが精一杯だった。

「さ、サディークさん……」
「……」

 俺の目の前、視線を合わせるように座り込んだサディーク。さっきまでの状況と重なる。
 思わず後退ろうとするが、気付けば俺は壁際まで追い込まれていたようだ。背中に当たる硬い感触に思わず呻いた。
 そして、目の前まで伸びてきた指に思わずぎゅっと目を瞑った。

「……良平」

 前髪の下、目の辺り。顔上半分に触れる冷たいサディークの手の感触に冷や汗が滲む。
 暗くなった視界の中、囁かれる声は耳朶から直接鼓膜へと染み込んでいくようだった。

「お前が隠してること、まだあるだろ?」
「っ、さ、でぃ……くさん……ゃ、やめてください……」

 慌てて手から逃れようと顔を逸らすが、そのままサディークの手により頭を壁に押し付けられるのだ。逃げられない視界の中、「リラックスして息を吐くんだよ」と囁かれる。
 このままではまずい、と直感した。

 サディークの能力は、そのときの考えていた思考を読み取るものだ。あくまで深層心理まで深く掘るものではないのなら、と俺は必死に別のことを考える。
 瞬間、俺の目を覆っていたサディークの手が震える。

「っ、ぉ、おい……っ! やめろよ、それ……っ!」

 サディークに抱かれていたときの感触を必死に思い出せば、案の定サディークに流れていったようだ。これはいけるのではないか、と思った矢先「いけるわけないだろ」とサディークは俺から手を離した。そして一気に明るくなった視界の中、サディークは俺の目を覗き込む。

「……良平、あんたは上のお偉方となんか関係があるんだよね? ……だから、幹部のやつらにも可愛がられてる」

「じゃなきゃ、わざわざ一般社員に幹部レベルのやつの警護をつけるはずがない」とサディークの言葉に図星を差された瞬間、違うと強く否定する。けれど、サディークの口が僅かに歪んだ。

「……良平、今『違う』と思い込もうとしたよね?」

 それと同時だった。胸に伸びてきた手に、そのまま強く胸を鷲掴まれる。

「っ、う、ぁ……ッ!」
「俺の能力、ただ考えてることだけ分かる能力だと思った?」
「な、に……っ」

 サディークの大きな手に鷲掴まれた心臓が、胸の奥でどくん、と大きく跳ね上がる。そして、サディークは頭を押さえた。

「条件が揃えば、奥まで覗くこともできるんだよ。――例えば、今の君みたいに隙きだらけになってくれるとかさ」

 しまった、と思った次の瞬間、触れられたサディークに触れられた箇所が熱く疼く。見えないなにかに体の中を吸い出されているようなそんな感覚だった。精神的なものだと分かってても、他人が体の中に入り込んでくるような感覚に耐え切れず、見悶える。
 そして、それはサディークも同じだ。

「う、く……ッ!」
「おい、サディーク、大丈夫か……?」
「っ、……は、問題……な――」

 どくん、と再び心臓が跳ね上がった瞬間、青褪めたサディークは俺から手を離した。

「……っ、く!」
「おい、サディーク……っ?!」
「ぉ、お前……っ」

 乱れた前髪の下、ぐっしょりと冷や汗を滲ませたサディークは怯えたような目で俺を見ていた。

「お前、なんなんだよ……っ」

 床へと投げ出され、受け身を取ることができないままそのまま転がる俺を見下ろしたまま、サディークは唇を震わせた。
 とうとう兄のことがバレてしまったのか、と血の気が引いたときだ。

「なんで、俺の能力が効かないんだよ」
「――え?」

 それは初耳だ。

「の、能力が効かないってどういうことですか……?!」
「いや、こっちが聞きたいんだけど……」

 サディークに突っ込まれてしまい、「そうですよね」と慌てて俯く。

「おいサディーク、どういうことだよ」
「……頭の中覗こうとしたら逆に毒電波流食らうみたいに邪魔されるんだよ、前はこんなはずじゃなかったのに……」

 ぽろ、とサディークの口から溢れた言葉にハッとした。そしてつい安生の顔が浮かべてしまえば、「安生さんか」とサディークに読まれてしまうのだ。

「やっぱこいつにはなにかあるのは間違いねえな。……おい、サディーク。もっと探れよ」
「……っ、デッド、これ以上は頭が割れる。少し休ませてよ」
「んだよ、体力ねえな。……ま、いいけどよ。俺もシャワー浴びてくるわ」

 言いながら、デッドエンドはそのまま部屋を出ていく。静まり返った部屋の中、サディークはそのまま座り込むのだ。
 その横顔は、いつもに増して顔色悪く映る。

「……っ、さ、サディークさん……大丈夫ですか……?」

 そう恐る恐る声をかければ、サディークは「なんで俺の心配してんだよ」と呆れたように息を吐いた。

「普通、『裏切り者』とかそんなんじゃないの? こういうとき……知らないけどさ」
「それは……」
「その顔、やめない? ……寧ろ、もっと罵られた方がまし。なんで俺のこと心配してんの?」
「サディークさんは、罵られたいんですか?」

 前髪の下、サディークの虚ろな目がこちらを向く。「言い方に語弊があるな」とぽつりと呟き、そのままサディークは目を瞑った。

「……そっちのがまだいい」

 そして、言いたいことだけを言ってサディークはよろりと立ち上がるのだ。
 ふらつくサディークの長身。慌てて受け止めようとするが、腕が拘束されたままでは思うように立ち上がることもできなかった。そのまま鉄筋剥き出しのコンクリートの壁に手をついたサディークは、壁伝いに部屋を出ていこうとするのだ。

 ――サディークが行ってしまう。
 色々、話したいことも聞きたいことあった。
 けれど、サディークの背中がそれを拒絶しているように見えて、それ以上声をかけることは留まらされたのだ。

 開いたままの扉から、サディークはよろよろと出ていった。そのまま自然と閉まる扉。すぐに外からは鍵をかけられる音が聞こえた。
 せめて服を着せてほしかったが、贅沢は言ってられない。

 サディークの協力が必要なのに、どうしても上手くいかない。
 それにしてもサディークが言っていた能力が効かないってやつ、どういうことだろうか。念の為に細工を施されていたということか?
 なんとか兄のことまでバレずには済んだが、サディークには色んな人たちとの関係が知られてしまった。

「……はあ」

 思わずため息を吐き、いけないと慌てて頭を横に振る。
 こんなところで落ち込んでる場合ではない。サディークの協力が得られなかったとしても、俺にやれることはあるはずだ。

 せめてトリッド――紅音と、会えればそれだけで任務は達成したようなものだ。
 肝心の紅音の気配が微塵も感じられないのが恐ろしかったが、一まずは他の部屋の様子も知りたいところだ。

 どうしようか、と考えていたときだった。
 いきなり下半身の辺りでもぞりと何かが動く気配がした。
 そして次の瞬間。

「ひ、う……っ!」

 にゅる、といきなり足元から生えてきた真っ黒い触手に股を擦り上げられ息が止まりそうになる。
 これは、確か……。

「“ステイ”だよ、……君たち」

 静かに開いた扉の向こうから現れた、黒尽くめの男の声にハッとした。
 この人は確か羽虫と呼ばれてた人だ。ぬめぬめと皮膚の上を滑るように絡みついていた触手たちは、羽虫の言葉に反応するみたいに俺の下半身にまとわりついた状態で動きを止めるのだった。

「羽虫、さん」
「ああ、僕の名前……覚えててくれたんだ」

「嬉しいよ、良平君」と羽虫は僅かに真っ黒な目を細めてみせる。どうやらそれが彼なりの笑顔だったらしい。
 デッドエンドとはまた違う、寧ろ対極的な位置にいる羽虫がやってきたことにより先程とはまた別の緊張がやってくる。

「あ、あの……」
「……やっぱり、サディークの言ったとおりだ」
「え?」
「この子達、君によく懐いてるみたいだね」
「……っ、ぁ……」

 羽虫の言葉に反応するように、足首から太腿まで絡みついてくる無数の触手に身動ぐ。
 濡れた触手が動くたび、ぬち、と部屋の中に恥ずかしい音が響くのだ。

「遊んでくれるから嬉しい、ということらしい。……気持ちいいところを撫でて、くるくるされるとこの子達は喜ぶ」
「ん、ぅ……っ」
「……それにしても、怪我が増えているようだね。もしかして、デッドになにかされた?」

 目の前までやってきた羽虫はそのまま俺の前にゆっくりと座り込む。
 下半身を覆う触手の群れはそのまま腰から胴体までゆっくりと伸びていき、シャツの下、胸を柔らかく撫でられれば声が漏れそうになってしまった。

「この触手から分泌される液には治癒効果がある。この子達は君の身体を癒やそうとしてるだけだ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「ぁ、あの……大した怪我ではないので、その……だいじょ、うぶ……です……っ」
「僕がしたくてしているだけ。……君は大事な預かり物だからね」
「ぁ、あ、……っ、ありがとう……ござ、います……っ」

 言ってるそばから、ゆっくりと左右に開かれた股の奥、口を開いたままになっていた肛門にキスする触手に息を飲む。思わず口を手で押さえた次の瞬間、つぷりと音を立てて触手が細い頭を中へと挿れてきた。

「っ、んぅ……っ!」

 羽虫の目の前で、いや、これただの治療行為であり俺のためを思っての行動なのだ。
 現に、羽虫からはデッドエンドから感じたような敵意は感じない。それどころか、「大丈夫?」と心配そうに覗き込んでくる羽虫に俺はこくこくと頷くことが精一杯だった。

「は、ぅ……っ、んん……っ!」
「息を吐いて、下半身から力を抜くといいよ」
「は、は……っ、はい……っふ、」
「……うん、そう。上手だね」

 瞬間、入り口のところで留まっていた触手が一気にずりゅ、と奥まで入ってくる。堪らずのけぞれば、バランス崩して倒れそうになったところを羽虫に抱きかかえられた。

「ぁ、……っ、ぅ、ご、めんなさ……っ」
「問題ないよ。……それよりも、体温が高いようだ。……脈も早い」
「ん、ぅ」

 胸に伸びた触手は口を開き、そのままツンと尖っていた突起全体を咥える。感じたことのない感覚に驚く暇もなく、そのままちゅうちゅうと乳首を吸い上げられる。
 瞬間、頭の奥からどろりと熱が広がった。

「……っ、ぅ、ん」
「そのまま力を抜いて。……大丈夫、楽にして、息をするんだ」

「声を我慢する必要もない」と、ぽそぽそと耳元で囁かれる低い声は心地よく、そのまま羽虫に背中を撫でられると触れられた箇所が暖かくなっていくようだ。
 体内と乳首、同時に触手に嬲られ、あっという間に芯を持ち始めた性器。滴る先走りを舐めとるように亀頭まであっという間に絡み付いてくる触手に「ぁっ」と声が漏れる。

「ぅ、あ……っ、は、はむしさん……っ」
「いい子だね、良平君は……そのまま。力を入れるとこの子達もびっくりしちゃうから」
「は、はい……っ、ん、ぅ……っ!」

 羽虫の声を聞いていると、不思議と心が落ち着いていく。先程まで恥ずかしかったのに、今では羽虫に勃起した性器を見られても羞恥心は感じなかった。
 それは羽虫が俺を受け入れてくれているからだ、とすぐに理解する。

「は、ぁ……っ、ん、う……っ!!」

 そして、触手たちによってあっという間に絶頂まで追い詰められ、持ち上がった先端からは出涸らしのような精液が溢れ出した。
 力なく垂れる薄い精液、それに群がるように触手たちが下半身に集まっていく。

「う、わ、あ……っ、あ、……っ!」

 そのまま触手たちに呑まれそうになったとき、羽虫は指をぱちんと鳴らした。瞬間、ぴたりと動きを止めた触手たちはすごすごと地面の中へと潜っていくのだ。
 身体を支えていた触手たちも消え失せ、羽虫の腕に支えられるような形になったまま俺は射精の余韻に浸っていた。

 いつの間にかに、触手のぬめりも消えていた。
 至るところに散らかされていた俺の衣類を一匹の触手に拾わせた羽虫は、そのまま俺に下着を着せていく。

「す、すみません……ありがとうございます」
「身体を冷やすのはよくないから。……それに、そろそろ来る」

「来る?」と首を傾げたときだ、扉の外からパタパタと複数の足音が聞こえてきた。
 デッドエンドやサディークとはまた違う、軽い足音だ。そして、扉が開いた。

「羽虫さん、もってきたよ!」

 現れたのは先程広間で見かけた学生くらいの少年と少女の二人組のヴィランだ。その手には紙袋が握られていて、香ばしい匂いが漂ってくる。
 それに気を取られるのも束の間、すぐに自分の格好を思い出した。

「あ……」
「わ……」
「うお」
「………………?」

 上から俺、少女、少年、羽虫。
 異様な空気が辺りが凍り付いた――ただ一人、羽虫の周囲を除いて。

 下着とシャツ一枚のまま拘束された俺を抱きかかえた羽虫、なんてなにも知らない子供に見せるようなものではない。
 不可抗力とはいえど、あまりのタイミングの悪さに血の気が引いた。

「あの、これはその、誤解で……!」

 ああ、なんて場面を見せてしまったのだろうか。
 慌てて謝ろうとする俺の横、「誤解?」と首を傾げる羽虫。

「は、羽虫さん……」
「カノン、ハイド。……二人ともありがとう、届けてくれて」

 二人から袋を受け取った羽虫はそのままぽんぽんと二人の頭を撫でる。

 女の子がカノン、男の子がハイド――らしい。写真で見たときはいかにもヴィランの若者という感じでおっかなかったが、頭を撫でられてる二人は年相応な幼さが残ってた。

「羽虫さん、その人……」
「怪我は心配ない、手当済だから」

 ほっとするカノンの横、「なーんだ、つまんねえの」と唇を尖らせるハイドに、「こら、ハイド」と羽虫はやんわりと叱る。

「つまんなくなんてないよ、ハイドってばデッドの真似ばっかしてそんなこと言うんだもん」
「ま、真似じゃねーし! 大体、さっきのやつといい人質なんだから優しくしなくていいのにさ」
「馬鹿ハイド、可愛くない」

「二人とも、喧嘩はそこまでだよ」

 突如目の前で始める喧嘩に狼狽えていると、羽虫の足元に生えていた触手がぺしんと威嚇するように床を叩く。その音に驚いたように、ハイドとカノンは同時に口を噤んだ。

「ごめんなさい……」
「分かればいいよ。……それより、二人も一応挨拶したらどうかな」

 良平君に、と羽虫は小さく呟き、そして俺を振り返るのだ。
 すると、こちらをちらっと見た二人はそのままさっと羽虫の背後に隠れる。

「……カノン」
「ハイドだ、俺はお前のことはまだ信じてねえからなうわわわ! 羽虫兄触手しまって!」

 少し人見知りらしい方がカノンちゃんで、デッドエンドに憧れてるらしいやんちゃな子がハイド君、というらしい。触手に服を掴まれて宙に吊るされてるハイドを降ろさせながら、羽虫はそのまま床の上に転がされた俺を振り返る。

「騒がしくして悪かったね。……けど、ここの子は皆悪い子ではないから。……デッドはともかく」
「は、はい……」

 ――秘密結社ECLIPSE、なんなんだ……。
 想像していたよりも、なんとなく知らない大家族の家に招かれたようなそんな賑やかさに戸惑う自分もいた。

「良平君、もう暫く君にはここにいてもらうことになる。食事はまた後で届けさせるよ」
「羽虫さん……その、手当ありがとうございます」

 そう背中を向けてくる羽虫に告げれば、そのままひらりと手を振って羽虫はカノンとハイドを引き連れて部屋を出ていくのだ。

 ――困ったことになってしまった、と思う。
 思ったよりも悪い人たちではないのか、という自分がいたのだ。だとしても、やってることは悪質なのだから余計戸惑う。

 なにが目的なのだろうか、と気になったが、それ以上に先程ハイドがぽろりと口にしていた言葉を思い出した。

『大体、さっきのやつといい人質なんだから優しくしなくていいのにさ』

 ……もしかして、紅音のことを言ってるのか?
 だとすれば、やはり紅音はECLIPSEに捕まってることになる。
 けれどあの、学生時代でも優等生だった紅音を捕まえるとなると一筋縄ではいかなさそうだ。

 一先ずまたECLIPSEメンバーがやってくるのを待つことになりそうだ。
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