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CASE.06『ヴィラン派遣会社営業部』

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 その糸目の研究員に連れてやってきたのは、いくつものセキュリティの壁を抜けた先だった。厳重な機械の扉を潜り抜け、やってきたのは本社同様の通路が広がる空間だ。
 しかし辺りに人気はなく、俺と研究員、二人分の足音が静かに反響していた。
 他に人の姿は見当たらない。
 そんな静かな通路を抜けた先、顔と指紋、社員証のコードを読み取られ、何枚目かの扉が開かれる。そこは先程まで辿ってきた通路とはまるで空気が違った。

 薄暗く、どこからともなく響くのは機械の音だろうか。至るところから監視カメラの視線を感じながらも、堂々と歩く研究員に俺はついていった。

 この会社にこんな施設があったなんて。
 ここがなんのための施設かはあまり考えたくないが、この先に紅音がいる。そう考えると自ずとこの先がどこに繋がるのかは想像ついた。

 再び、俺たちを認識し扉が開いたとき。そこに広がっていた空間に息を呑む。

 まず視界の中に入ったのは薄暗い部屋の中だった。その壁は一面のみガラス張りになっており、更に向こうに広がる部屋を監視するための部屋だとわかった。
 薄暗い中にもいくつもの機械が置かれてるこちら側とは対象的に、ガラスの向こうの部屋の中には無駄なものは一切ない。
 あるのはただひとつ、ひとつの椅子があるのみだ。
 その椅子にうなだれるように座る人物の影、薄暗い部屋の中でも目立つその赤い髪には見覚えがあった。

「……っ、紅音君……っ!」
「やあ善家君、ちゃんと連れて来られたみたいだね~よかったよかった」

 そう思わずガラス張りの壁に向かって駆け出そうとしたときだった。近くから聞こえてきたその脱力しそうなゆるい声に立ち止まる。

「も、モルグさん……」
「彼は今傷修復中だからもうちょっと起きないかもねえ。……あ、考藤(かんとう)君、善家君連れてきてくれてありがとねえ」

 俺の側に立っていた考藤と呼ばれた糸目の男に対し、モルグは「もう帰っていいよ」と続ける。
 そんなモルグの対応にどう返すわけでもなく、「それでは失礼します」と考藤は会釈してそのまま立ち去った。
 ……クールな人だ。結局道中一言も話さなかったし。
 お礼だけは言っておこうと慌てて「ありがとうございました」と頭を下げるが、出ていこうとしていた考藤が立ち止まることはなかった。
 そして扉は自動で閉まり、再びモルグとの二人きりになる。

「モルグさん、あの人は……」
「あー彼は僕の研究室の……まあ、副室長みたいな子だよ。信頼できて君を任せられる人ってなると彼しかいなかったから頼んだんだぁ」

「あ、いつもあんな感じだから気にしなくていいよ」と俺がなにか言う前に先にモルグに答えられてしまった。
 よかった、もしかしたら知らぬ間に怒らせてしまったのかと思っていただけにホッとした。

「取り敢えず、あとは彼が目を覚ますのを待つって感じだけど……そういやサディーク君は?」
「え?」
「あのあとバタバタしちゃったから気になってたんだよね~、ってか一緒じゃないんだ。もしかして考藤君が帰らせた?」
「あ、えーと……そのぉ……ちょっと色々あって……」

 語尾を濁せば、「色々?」とモルグは目を輝かせた。なんで楽しそうなんだこの人は。

「へ、変な意味じゃないです! ……その、気まずくなってつい、そのまま置いてきたというか」
「あ、ふーーん? なるほどねえ」
「も、モルグさんがあんなこと言うからですよ……っ!」
「あはは、それはごめんねえ。でもま、後から彼には謝っておくよ。一応。君のメンツのためにもねえ」

 モルグはからからと笑う。本当だろうか、と思いながらも俺はサディークの能力のことは言うのはやめておくことにした。
 ……だって、会社のデータや履歴書にも載ってないってことは言いたくないってことだもんな。
 意図的に人を避けてたサディークがああやって自分の秘密を教えて触れてきてくれた。そう思うと改めて自分が酷い突き放し方をしてしまったと後悔した。

「俺も、サディークさんには改めて謝らないと……」
「ついでにキスしてあげたら喜ぶかもね」
「も、モルグさん……っ!」
「冗談。喜ぶのは僕だけど……っと、意識取り戻したみたいだね」

 そんな他愛な……くはない会話をしていると、どうやらガラス張りの向こうの部屋で紅音が意識を取り戻したようだ。
「行ってみる?」と視線を投げかけてくるモルグに、俺は食い気味に「はい!」と頷いた。


 モルグはガラス張りの向こうの空間へとつながる扉を開き、そのままツカツカと歩いていく。
 その足音に気付いたのか、ぴくりと紅音の肩が動く。そして弾かれたようにこちらを見上げるのだ。

「……っ、お前……」

「やあ、おはよう紅音君。遊びに来たよ~」
「っ、紅音君……」

 まだ目覚めて間もないはずだ。それでもしっかりと紅音の目はこちらを捉えており、善家、と小さく唇が震える。
 モルグから聞いていた通り、しっかりと全身の傷は完治しているようだ。両腕を背後に回すように拘束された腕が痛々しい。

「紅音君、具合は……」
「善家、なんで……お前がここにいるんだ」

「あー、そういうのはいいからさ。君は取り敢えず旧友との再会を喜ぶべきだよ、今はね」

「も、モルグさん……」
「……」

 俺がここに来る間に何があったのか知らないが、それでも紅音の目には確かに俺に対する疑念が含まれていた。

「……それに、そうゆっくり談笑してる時間もあんまなさそうだし」

 そう、モルグがぽつりと口にした矢先だった。
 目の前の紅音の目が見開かれる。その視線が向けられてるのは俺ではなく、その背後。

「――それは、俺が来るからってこと?」

 静かな空間にその声はよく通った。
 冷たく、柔らかさを感じさせない鋭い声。今はもう聞き慣れていたはずなのに、まるで他人のように冷たいその声に驚いて俺は思わず振り返る。

「な、ナハトさん……っ!」

 漆黒の仮面を被ったナハトがそこにいた。
 その下の表情は見えないが、ナハトが紅音を見ていることだけは分かった。空気が一気に張り詰める。
 ナハトに会えたことが嬉しいはずなのに、今まで見たことのないナハトの顔に、その剥き出しの敵意に戸惑う自分がいた。
 そして、考えるよりも先に俺は慌ててナハトと紅音の間に立つ。ナハトと対峙するような形になったとき、ゆっくりとナハトがこちらを向いた。

「退けよ、善家。俺はこいつに用があるんだよ」
「……っ、お、俺も……俺も紅音君に用があるので! 順番は守ってください……っ!」

 恐らく、このまま放っておくとナハトが紅音に報復するのは分かっていた。ナハトの気持ちも悔しさも身近なところで見ていただけに分かったが、それでも紅音の話をまだ俺は聞けていない。
 紅音の様子が変わったのも気になってたし、なにか原因があるのかもしれない。せめて話を聞いてからでもいいのではないか、そう言うつもりでナハトの仲裁に入ったのだが、それはナハトの地雷も同然だったようだ。

「……」

 無言だ、無言なのだ。その仮面の下のナハトの表情を考えるだけで体が震えそうだが、ここで下がっては駄目だ。そう半ばヤケクソになりながらも「ナハトさん……っ」と呼び掛けたときだ。

「ナハト、彼の処遇については今ボスたちが話し合ってるからさ。止められてるんだよ、一応。君が勝手な真似をしないようにって」
「……だから、俺にこいつが捕まったことを教えなかったってこと?」
「だってナハト手が早いから。仕事人に仕事されたら困るでしょ? 僕の研究もまだ済んでないってのに」

「けど、善家君呼んでおいて正解みたいだったね」震える両手で紅音を庇ってた俺を見て、モルグはにこりと笑った。そして、ナハトは舌打ちをする。
 どういうことなのかわからなかったが、先程よりも幾分ナハトの周囲の空気が和らぐのを感じた。

「……本当、腹立つやつ」
「それ僕に言ってる?」
「全員に言ってんだよ」

 そう吐き捨てたかと思えば、そのままナハトは踵を返してこのガラス張りの部屋から出ていこうとするのだ。どう見ても怒ってる。

「も、モルグさん……ナハトさんが……お、俺……」
「あー、大丈夫大丈夫。追いかけてもいいよお。どうせまだ時間はあるんだし、僕も紅音君と話さないといけないことがあるからねえ」

 紅音とのことも勿論気にはなったが、そのモルグの言葉を聞いて自然と足は動いていた。「ありがとうございます、モルグさん!」とお礼を言いながら、俺はナハトのあとを追うことを選んだ。


 ナハトはクールで、落ち着いていて、いつだって冷静な判断をする。
 そう思っていたが、それでもナハトのことを知れば知るほど思ったよりもマイペースだったり、年相応なところを見てきたからだろう。ナハトのことが気掛かりだった。

 収容室を後にし、通路まで出来たがナハトの姿は見当たらない。
 どうしよう、見失ってしまった。そう辺りを見渡したときだ。

「あいつと話したいことあったんだろ」
「……っ!」
「……なんで俺の後追いかけてきてんの? 馬鹿なの?」

 扉のすぐ横にナハトは静かに佇んでいた。
 あまりにも気配がなかっただけに飛び上がりそうになったが、それ以上にナハトが待っていてくれたことに安心した。

「すみません、俺、ナハトさんの気持ちを考えてなくて……その、失礼なこと言ってしまったんじゃないかと思って」
「言ったしした。あんたがボスの弟じゃなかったら締め上げてた」
「え……?!」
「……」

 じょ、冗談ですよね……?という俺の声は掻き消えていく。ナハトは何も言わない。
 ともかくだ、とにかくちゃんとナハトには俺と紅音――レッド・イルのことは説明しておこう。

「ナハトさん、その……レッド・イルは、俺の友達なんです」
「で? だからなに?」
「えう……その、ナハトさんの気持ちも分かるんですけど少し待ってもらいたくて……」
「待ったらあいつ、始末していいの?」
「……っ、だ、駄目です……!」

 あまりにも当たり前のように言ってくるので慌てて止めれば、ナハトは大きな溜息を吐いた。そして、無言でこちらを見る。

「ほら、結局そういうことでしょ」
「え……」
「俺とあいつ、どっちが大切なの?」

 ――まさかこのタイミングで、こんな究極の選択を迫られる日が来るなんて俺は思ってもなかった。
 それもその相手は知り合って日は浅いもののたくさんお世話になったナハトと、昔の親友だ。
 そんなこと言われても、そもそも土台も違う。
 口籠る俺に「ほら、即答できない」とナハトは冷ややかに笑った。

「な、ナハトさん……っ」
「アンタがお人好しなのも能天気のお花畑なのも知ってる。……けど、勘違いするなよ。俺がお前に良くしてやってるのもボスの命令だから。別にアンタの友達だから許してやるつもりもサラサラない」
「っ、…………」

 ナハトの言葉はナイフのように切れ味が鋭く、冷ややかなその言葉に胸が苦しくなる。
 そんなこと分かっていた、最初から。俺と一緒にいるのも兄の命令だからって。
 それでも最近はナハトのことを知って、ナハトが少しずつでも心を開いてくれてると思って本当に嬉しかったのも事実だ。
 多分それはナハトの言うとおり俺が能天気だからで、実際は――。

「…………おい」
「……っご、めんなさい……ぉ、おれ……」

 こんなに自分が涙もろい人間とは思わなかった。
 ぼろぼろと溢れる涙にナハトがたじろぐのが見え、これ以上引かれるのが嫌で俺は慌てて顔を隠す。そしてそのままナハトの前から立ち去ろうとしたとき、ナハトに腕を掴まれる。

「っ、は、はなじでぐだざい~~……っ」
「嫌だ。……ってか、なんで泣くわけ? 意味わかんない」
「う、うう……っ、な、ナハトさんにはわかりません……っ! ぉ、おれみたいな……お花畑……」
「はあ? なに? それ逆ギレ?」
「し、じでない゛でずッ! だ、だから離し――」

 離して下さい、とナハトから離れようとしたら「煩い」と更に引っ張られ、そのまま壁に押さえ付けられた。
 いきなりのナハトの行動に驚いて思わず硬直した矢先だった、ナハトは着けていた仮面を外す。
 案の定怒ったような顔のナハト。それよりもなんで仮面を外したのか。

「っ、な、んで、仮面……ッ」
「……アンタの逆ギレ泣き顔、ちゃんと見ておこうかと思って」
「ぎゃ、逆ギレなんて……」

 して、るかもしれない。なんて言いかけたとき、唇にちゅっと柔らかい感触が触れた。
 予想してなかった感触に目を見開けば、ナハトは自分でも驚いたような顔をしているではないか。

 ――今、キスされた?

「な、んで……」
「煩い」
「いま、キス……」
「だから煩い」
「ナハトさん……っ」
「……」

 とうとうナハトは何も言わず仮面を被り直す。
「ナハトさん、ズルいです」俺は顔を隠せる仮面はないのに、とナハトを見上げれば、ナハトは「ズルくない」と吐き捨てて歩き出す。
 自分から引き止めておいて、今度は俺を置いていくのか。そう思うと体が止まらなくて、俺は慌てて「ナハトさん!」とその服の裾を掴んだ。

「ちょっと、なに」
「なにって……なんで今、キス……」
「知らない、俺はなにもしてない。虫でもついたんじゃないの?」
「な、なんでそんな分かりやすい嘘吐くんですか……っ?!」
「あーもう、離してッ!」

 そう声を荒げるナハト。仮面で表情は分からないが、横髪から覗く耳がじんわりと赤くなっているのが分かった。肌が白い分より分かりやすい。
 ナハトが照れている。
 そう自覚すると今度はこっちが恥ずかしくなってきた。いつの間にかに涙は止まってて、子供みたいにナハトにしがみついてる自分にはっとして手を離せば、ナハトはこちらを見た。

「……離しました」
「なにその顔」
「取り乱してしまったのはすみません。……けど、お、俺はナハトさんのことも……っ」

 これだけはちゃんと伝えよう、そう半ばヤケクソになりながら改めて言葉を口にしようとしたときだった。

「ストップ」とナハトに口を塞がれ、もご!と言葉は強制的に遮られる。どうして、とナハトに目を向ければ、ナハトと仮面越しに目があった――気がした。

「今は、アンタの言葉は聞きたくない」
「な、なんで……」
「そういう気分じゃないから」

 そう言ってナハトは俺の顔から手を離した。
 酷いです、と言える立場ではないのは自分でも分かってた。最初にナハトを傷付けてしまったのも俺だ。

「ナハトさん、どこに……」
「……部屋。戻るんでしょ。部屋まで送る」

「このまま置いていったら一生ここで道に迷ってそうだしね」と冷ややかに続けるナハト。それでも、こうしてナハトが待ってくれているだけで嬉しくなる自分もいる反面、複雑な気持ちもあった。
 こうしてナハトが待ってくれるのも兄のお陰で、先程のナハトの言葉が蘇っては俺は思考を振り払う。そして今は何も考えず、「お願いします」とナハトの好意を受け入れることにきた。



 ◇ ◇ ◇

 ――evil本社、司令室。
 壁一面に浮かび上がる無数の映像を眺めながら、革のチェアに腰をかけたレヴェナントは部下たちの報告を静かに聞いていた。
 映るのは赤髪捕虜の青年・紅音朱子だ。今現在はバイタルは安定しているようだ、映像には再びモルグによって眠らされている紅音――レッド・イルが映っていた。

「……とまあ、僕からの報告はこんなところかなぁ」
「報告ありがとう、モルグ」

 そうレヴェナントが応えれば、白衣の男はにこっと笑う。

 モルグ曰く、紅音朱子の体には追跡用のチップが埋め込まれていた。
 それだけならば連中のしそうなことだと納得できたが、どうやら問題は他にもあるようだ。
 紅音朱子の殆ど全身は無茶な改造手術が加えられており、それの影響は知らないが脳や記憶もいじられいる形跡がある。
 だからこそモルグたちが協会のことを聞き出そうとしても何も答えることができなかった――紅音朱子にはレッド・イル時の記憶がない。

 その話を聞いたとき、レヴェナントは腹の底から沸々と怒りが込み上がるのを覚えた。あの男のやりそうなことだと。拳を握り締め、深く肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出す。

「それで、どうします~? こっちも乗っ取り返して返します? そこから逆探知することもできますけど」
「したところであちらさんの考えるようなことだ、彼は早々に処分されるだろう。そしてまた第二第三のレッド・イルが創り出されるだけだ」

 ――そう、ヒーロー協会の大型新人の答えがこれだ。
 協会は紅音自身に固執していない。精々ヒーロースーツに適応する丁度いい肉体ぐらいしか思っていないはずだ。
 実際、昨晩のレッド・イルが襲撃時に負傷したときから今まで彼が変身することはできなかった。スーツと変身能力だけ回収されたか、それとも見限られたか。どちらにせよ彼を探しに追手が来ることもない現状が協会の答えだ。

「モルグ、当初の予定通り彼の体に埋め込まれていたチップは処分しろ。そして脳から協会に関連する残った記憶を抜き取れ、解析はお前の班に任せよう。それから彼が――まだ紅音朱子だった頃と同じように辻褄を合わせて戻しておけ」
「ですがボス、そうすると彼は……まだヒーローを目指していた純粋な少年に戻るわけですがいいんですか?」

 レヴェナントの言葉に口を出したのは、レヴェナントの背後に影のように付き従っていたスーツの男――安生だ。そしてその問い掛けに対してレヴェナントは「ああ、構わない」と即答する。

「……あの目には覚えがあるんだ、よくな」

 そして一人ごちるように口にするレヴェナント。その言葉には自嘲が混ざっていた。安生は「分かりました」とだけ答える。

「モルグ、手術後の様子は定期的に知らせてくれ。記憶が定着次第簡単な仕事を任せるようにする。最初は抵抗するだろうから警護はノクシャスに任せよう」
「分かりました、予めノクシャス君には自分から伝えておきます」
「じゃあ僕はボスに言われた通り、紅音君を元に戻してくるねえ」
「ああ、頼んだ」

 早速司令室を後にするモルグを見送り、司令室にはレヴェナントと安生、二人だけが残された。

 安生――ニエンテという男は元より感情の起伏はないに等しい。それでも安生と名乗るようになってからは幾分か空気は和らぎ表情豊かになったが、それもあくまでそう見せかけているだけなのだとレヴェナントは知っていた。

「――レヴェナント」

 この男が自分をボスと呼ばずにヴィランネームで呼ぶときは上司や部下ではなく、かつて敵対し、そして一緒にここまできた友として接そうとしているときだとレヴェナントはよく知っていた。

「ああ」
「協会は俺たちに喧嘩を売っている。お前だって分かってるだろう」
「安生、お前の血の気の多さは相変わらずだな。ただ新しい玩具を見せびらかしたいだけだ、あの男は」

 かつての上司であり、現在はヒーロー協会の会長である古い知人の顔を思い浮かべた。ヒーロー・イビルイーターとして現役で活動していたときはなんの疑いもなかった。正しいと思っていたし尊敬していたあの男――大帝誓(おおみかどちかい)の顔を。
 今はただ嫌悪感しか抱くことはない。そしてあの男に利用され食い扶持にされた青少年たちに憐れみを覚えた。

「レヴェナント、お前には危機感が足りない。モルグの腕は確かだが、紅音朱子を始末せずに生かしておくのは危険だ」
「……そう心配するな、安生。彼は“大丈夫”だ」
「確かに、言われてみれば昔のお前に似ているな。……無鉄砲で、そのくせ横暴で自分が正しいと信じて疑わないお前に」

 安生の言葉に耳が痛くなったが、そんな自分に着いてきてくれた友だからこそなのかもしれない。
 なにも言い返せず、レヴェナントは苦笑を漏らした。

「とにかく安生、紅音朱子の件に関しては俺に任せてくれ。……お前もネズミ探しで忙しいんだろう?」
「……まさか俺がこの件に関わらないようにこんな面倒な仕事を押し付けたんじゃないだろうな」
「手伝いたいのは山々だが、そっちに関しては俺はあまり下手に動けないからな。悪いな」
「……まあいい。ボスの仰せのままに」

 この男は相変わらずだ。なんだかんだ憎まれ口を叩きながらも自分のことを信じてくれてるのだろう。
 こういうときだけ普段の軽薄な笑顔を浮かべてみせる安生にレヴェナントは小さく笑みを浮かべた。

 夜は明けていない。
 ――未だ、休むには早い時間だ。
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