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少年Aの過ち
04
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「待てよ、来斗ッ!おいっ!」
「……っ、はぁ、はぁ……ッ」
こういうとき、日頃の車通学が裏目に出てしまう。
体力が極端に落ちているのもあるが、この辺りについて俺は何も知らない。
車の中でぼんやりしてたらあっという間に目的地についていたのだ。知ってる場所といえば、辛うじてリツのアパートの場所くらいだろう。
こんなにも道が入り組んでいるのも知らなかったし、どこに逃げればリツを撒くことが出来るのか俺は知らない。
「……どこか、隠れないと……ッ」
足音が近付いてくる。息が苦しい。頭が痛い。足が震える。
リツのアパートに行くだけでも消耗していた俺は、既に自分の体力の限界が近付いているのはわかっていた。
『来斗ッ!どこにいるんだよ!出てこいッ!』
遠くから聞こえてくるリツの怒鳴り声。
先程よりも理性を無くしたその声に、耳を塞ぎたくなる。
とにかく、ここを離れないと。大好きなリツから逃げなければならないこの状況自体苦痛だったが、平静ではないリツとまともにやり合う勇気もなかった。
寂れた路地裏。俺は適当な廃ビルへ入った。
「……クソ……ッ!なんでこんなことに……ッ」
自分のせいだとは分かっていても、自問せずにはいられなかった。
「……どうしたら良いんだよ……っ、わかんねえよ……」
思っていた以上に、自分がなにも出来ない人間だということを知った。
ダメなんだ、コウメイがいないと。あいつらがいないと。俺はなにも出来ないんだ。
その事実を突き付けられ、酷く、胸が苦しくなった。
「……う、うぅ……」
泣いた所でどうにもならない。わかってはいたけど、どうしようもなく怖くて、不安で。
目から溢れる涙は拭っても拭っても留まることを知らず、次々と流れる涙に嗚咽が込み上げてきた。
そのときだった。廃ビルの入り口で、陰が動くのを見た。
咄嗟に身構えたとき、すぐそばで砂利を踏む音が聞こえてくる。
そして、
「……来斗?」
「ッ!」
名前を呼ばれる。薄暗い暗闇の中、目を拵えればそこには見慣れた背格好の青年が立っていて。
「……ぁ……」
コウメイだ。コウメイが、いる。
俺に気付いたコウメイは、慌ててこちらへと駆け寄ってきた。
「おい、どうした!来斗!」
俺が泣いていることに気付いたのか、見たことのないくらい取り乱したコウメイにこちらまで驚いて。
これは、夢なのだろうか。俺の願望が遂に幻覚症状までも引き起こしたのだろうか。
信じられず、ぼんやり目の前のコウメイを眺めていると「しっかりしろ」と肩を掴まれ、数回揺すられる。
両肩を掴むその大きな手の感触は確かに現実のもので。
「こう、めい……?……どうして……」
「お前が行く場所なんてリツのところしか考えられなかったからな。……そうしたら、様子が可笑しいあいつがお前を探し回っていたからこの付近にいると思ったんだ」
「コウメイ……ッ」
感極まって抱き着こうとした俺だったが、先程、喧嘩別れしていたことを思い出す。
目の前のコウメイが本物だと気付いてしまえば、今度は居た堪れなさが込み上げてきて。その反面、こうして探してまで追い掛けてきてくれたコウメイが嬉しくて堪らない。そんな自分に、また嫌悪する。
「来斗……」
「……俺、ダメだ……どうしたらいいのかわからないよ……ッ」
「リツのことも、コウメイのことも好きなのに、どうして、こんなに上手く行かないんだよ……」思い通りにならないというのが歯痒くて、苦しくて、辛くて。
ただ、三人で昔みたいに仲良くしたいだけなのに。昔みたいに一緒にいるには、俺の想いは強すぎて。
肺から空気を押し出すように本心を吐露したとき、コウメイに抱き締められた。
「コウメイ……っ?」
「大丈夫だ、……お前には俺がついている」
強い力。リツとは違う力強さを感じさせる腕は、ぎこちない動きで俺の背中を擦った。
不器用な手。それでいて、無骨な優しさを感じさせるその手つきに、乱れていた鼓動が落ち着き始める。
「だから、教えてくれ。……リツと何があったんだ」
俺は、リツをコウメイと間違えたことを伝えた。それがリツを怒らせてしまったのだろう、と。
静かに聞いていたコウメイは険しい表情のまま唸る。
「……なるほどな」
そして、そのまま踵を返し、歩き出すコウメイ。どこへ行くつもりなのだろうか。
「コウメイ?」とその背中に呼び掛ければ、コウメイは目だけこちらに向けた。
そして、
「あいつを大人しくさせてくる」
「ダメだ、行くなッ」
咄嗟に、コウメイを引き留めていた。その腕を掴み、慌てて止めればコウメイは俺の頭を撫で返す。
「そうしなければ……お前は落ち着かないんだろう」
「ダメなんだ、ほんと、今のあいつは危ないから……ッ」
「何言ってるんだ。危ないって言ったって、あのリツだぞ。殺人鬼でもない」
なぜ俺がこんなに取り乱しているのか理解しているのかしていないのか、そう微かに笑うコウメイに血の気が引いていく。
違う。あいつは人殺しだ。俺がそうさせた。俺が命令する度に、あいつは何度も何度も何度も何度も何度も俺の指定した人間を始末してきた。人を殺すことに躊躇いなんてないんだ。俺も、あいつも。
「コウメイッ」
なんとしてでも、行かせたくなかった。なんとなくわかっていた。リツは俺を殺す気なのだろうと。
そんなリツの前にコウメイが出ていったときのことを考えれば気が気ではなくて。
必死にその腕にしがみつき、全体重を掛けてコウメイを引き止めようと試みた時だ。
伸びてきた手に顎を掴まれ、上を向かされた。そして、
「ん……っ」
唇同士が触れる。柔らかいその感触に、すぐ目の前にあるコウメイの整った顔に、頭が真っ白になった。
コウメイの唇はすぐに離れる。
「……コウメイ……?」
「……やっと泣き止んだな」
「え、ぁ……」
瞬間、自分が何をされたのか理解し、全血液が顔面に向かって集中するのがわかった。
体が熱くなって、そんな場合ではないのに、馬鹿みたいにコウメイで頭がいっぱいになって。
「コウメ……」
「何やってんだ、てめぇ……」
「っ!!」
廃ビルの入り口付近。コンクリートの破片を踏む音がし、咄嗟に振り返ればそこにはもう一つの陰が佇んでいて。
「り、リツ……」
そこにいた年上の幼馴染の姿に、今度こそ頭が真っ白になった。
「……っ、はぁ、はぁ……ッ」
こういうとき、日頃の車通学が裏目に出てしまう。
体力が極端に落ちているのもあるが、この辺りについて俺は何も知らない。
車の中でぼんやりしてたらあっという間に目的地についていたのだ。知ってる場所といえば、辛うじてリツのアパートの場所くらいだろう。
こんなにも道が入り組んでいるのも知らなかったし、どこに逃げればリツを撒くことが出来るのか俺は知らない。
「……どこか、隠れないと……ッ」
足音が近付いてくる。息が苦しい。頭が痛い。足が震える。
リツのアパートに行くだけでも消耗していた俺は、既に自分の体力の限界が近付いているのはわかっていた。
『来斗ッ!どこにいるんだよ!出てこいッ!』
遠くから聞こえてくるリツの怒鳴り声。
先程よりも理性を無くしたその声に、耳を塞ぎたくなる。
とにかく、ここを離れないと。大好きなリツから逃げなければならないこの状況自体苦痛だったが、平静ではないリツとまともにやり合う勇気もなかった。
寂れた路地裏。俺は適当な廃ビルへ入った。
「……クソ……ッ!なんでこんなことに……ッ」
自分のせいだとは分かっていても、自問せずにはいられなかった。
「……どうしたら良いんだよ……っ、わかんねえよ……」
思っていた以上に、自分がなにも出来ない人間だということを知った。
ダメなんだ、コウメイがいないと。あいつらがいないと。俺はなにも出来ないんだ。
その事実を突き付けられ、酷く、胸が苦しくなった。
「……う、うぅ……」
泣いた所でどうにもならない。わかってはいたけど、どうしようもなく怖くて、不安で。
目から溢れる涙は拭っても拭っても留まることを知らず、次々と流れる涙に嗚咽が込み上げてきた。
そのときだった。廃ビルの入り口で、陰が動くのを見た。
咄嗟に身構えたとき、すぐそばで砂利を踏む音が聞こえてくる。
そして、
「……来斗?」
「ッ!」
名前を呼ばれる。薄暗い暗闇の中、目を拵えればそこには見慣れた背格好の青年が立っていて。
「……ぁ……」
コウメイだ。コウメイが、いる。
俺に気付いたコウメイは、慌ててこちらへと駆け寄ってきた。
「おい、どうした!来斗!」
俺が泣いていることに気付いたのか、見たことのないくらい取り乱したコウメイにこちらまで驚いて。
これは、夢なのだろうか。俺の願望が遂に幻覚症状までも引き起こしたのだろうか。
信じられず、ぼんやり目の前のコウメイを眺めていると「しっかりしろ」と肩を掴まれ、数回揺すられる。
両肩を掴むその大きな手の感触は確かに現実のもので。
「こう、めい……?……どうして……」
「お前が行く場所なんてリツのところしか考えられなかったからな。……そうしたら、様子が可笑しいあいつがお前を探し回っていたからこの付近にいると思ったんだ」
「コウメイ……ッ」
感極まって抱き着こうとした俺だったが、先程、喧嘩別れしていたことを思い出す。
目の前のコウメイが本物だと気付いてしまえば、今度は居た堪れなさが込み上げてきて。その反面、こうして探してまで追い掛けてきてくれたコウメイが嬉しくて堪らない。そんな自分に、また嫌悪する。
「来斗……」
「……俺、ダメだ……どうしたらいいのかわからないよ……ッ」
「リツのことも、コウメイのことも好きなのに、どうして、こんなに上手く行かないんだよ……」思い通りにならないというのが歯痒くて、苦しくて、辛くて。
ただ、三人で昔みたいに仲良くしたいだけなのに。昔みたいに一緒にいるには、俺の想いは強すぎて。
肺から空気を押し出すように本心を吐露したとき、コウメイに抱き締められた。
「コウメイ……っ?」
「大丈夫だ、……お前には俺がついている」
強い力。リツとは違う力強さを感じさせる腕は、ぎこちない動きで俺の背中を擦った。
不器用な手。それでいて、無骨な優しさを感じさせるその手つきに、乱れていた鼓動が落ち着き始める。
「だから、教えてくれ。……リツと何があったんだ」
俺は、リツをコウメイと間違えたことを伝えた。それがリツを怒らせてしまったのだろう、と。
静かに聞いていたコウメイは険しい表情のまま唸る。
「……なるほどな」
そして、そのまま踵を返し、歩き出すコウメイ。どこへ行くつもりなのだろうか。
「コウメイ?」とその背中に呼び掛ければ、コウメイは目だけこちらに向けた。
そして、
「あいつを大人しくさせてくる」
「ダメだ、行くなッ」
咄嗟に、コウメイを引き留めていた。その腕を掴み、慌てて止めればコウメイは俺の頭を撫で返す。
「そうしなければ……お前は落ち着かないんだろう」
「ダメなんだ、ほんと、今のあいつは危ないから……ッ」
「何言ってるんだ。危ないって言ったって、あのリツだぞ。殺人鬼でもない」
なぜ俺がこんなに取り乱しているのか理解しているのかしていないのか、そう微かに笑うコウメイに血の気が引いていく。
違う。あいつは人殺しだ。俺がそうさせた。俺が命令する度に、あいつは何度も何度も何度も何度も何度も俺の指定した人間を始末してきた。人を殺すことに躊躇いなんてないんだ。俺も、あいつも。
「コウメイッ」
なんとしてでも、行かせたくなかった。なんとなくわかっていた。リツは俺を殺す気なのだろうと。
そんなリツの前にコウメイが出ていったときのことを考えれば気が気ではなくて。
必死にその腕にしがみつき、全体重を掛けてコウメイを引き止めようと試みた時だ。
伸びてきた手に顎を掴まれ、上を向かされた。そして、
「ん……っ」
唇同士が触れる。柔らかいその感触に、すぐ目の前にあるコウメイの整った顔に、頭が真っ白になった。
コウメイの唇はすぐに離れる。
「……コウメイ……?」
「……やっと泣き止んだな」
「え、ぁ……」
瞬間、自分が何をされたのか理解し、全血液が顔面に向かって集中するのがわかった。
体が熱くなって、そんな場合ではないのに、馬鹿みたいにコウメイで頭がいっぱいになって。
「コウメ……」
「何やってんだ、てめぇ……」
「っ!!」
廃ビルの入り口付近。コンクリートの破片を踏む音がし、咄嗟に振り返ればそこにはもう一つの陰が佇んでいて。
「り、リツ……」
そこにいた年上の幼馴染の姿に、今度こそ頭が真っ白になった。
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