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少年Bの記憶
01※
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産まれてから孤児院で過ごした日々は、毎日が単調だった。
自分がなんのために生まれたのか、生きているのかわからないまま、ひたすら机に向かって日々を過ごす。
児童書から文庫本、文庫本から参考書。手に持つものが変わるだけで、ずっとそれの繰り返し。恐らく、自分は机に向かったまま緩やかに朽ちていくのだろう。そう思っていた。
なのに、平穏な毎日は一人の男の出現によって突然幕を閉じることになった。
『君が、公明君か』
『……』
『君、私の息子の友達になってくれないか』
桜の蕾が膨らみ始めた春のこと。仕立てのいいスーツを着た初老の男の人はそう言った。
友達。脈絡もない、胡散臭い誘い文句。それでも、日々に変化を求めていた俺にとって『友達』という言葉は確かに魅力的に思えて。
男の言葉に小さく頷いたその日から、俺の生活はガラリと色を変えた。
丁塚家に引き取られて早数年。
基本、丁塚家の末っ子、丁塚来斗と過ごすようになっていたが、来斗が学校に行っていていない間は習い事の予定が詰め込まれていた。
来斗の友達とは言っても、要は付き人だ。基本の教養、礼儀、マナーを身につける必要がある。来斗に、丁塚家に恥をかかせないために。俺たちの教育指導を担当している執事長はいつもそう言っていた。
本を読む時間は減ったが、毎日いろんなことを知れることは俺にとって有り難く、まあ、ある程度充実した日々を送れていた。
「コウメイ、どっか遊びに行こうぜ」
「ダメだ、このあとはピアノの稽古が入ってる」
「だからサボるんだよ」
小学校から帰るなり悪い顔して誘ってくる来斗に俺はまた始まったと小さく息を吐いた。
「来斗、それはダメだ」
「なんでだよ、ピアノなんて習ったって今どきモテねーし。サッカーしようぜ、サッカー!」
丁塚来斗の友達をするのは、大変だ。
このお気楽脳天気をどうにかして習い事に行くように仕向けなければならないし、機嫌を損ねてもダメなのだ。それでもまあ、ずっと過ごしているとこいつの扱い方も段々わかってくるのだけれど。
「来斗」
笑みを消し、語気を強めて名前を呼ぶ。
そうすれば、来斗は言葉に詰まり、やがて萎んだように項垂れた。
「んだよ……ケチ」
来斗は大きな声を嫌う。
怒鳴られることも、睨まれることも慣れていないのだ。
いままで散々甘やかされてきたおぼっちゃまは、人間の敵意に頗る弱い。
……そして、俺もそんな落ち込む来斗に弱かったりする。
「……稽古が終わったら、空気を吸いに行こう」
「!お、おう!……約束だからな、嘘つくなよ!」
「来斗じゃあるまいし、つまらない嘘はつかない主義だ」
「んだよー、つまらなくない嘘はつくのかっ?」
一気に元気を取り戻す来斗の単純さには助けられる。
纏わりついてくる来斗の相手をしていると、ふと視線を感じた。
僅かに開いたその隙間。白い顔を覗かせたもう一人の来斗の『友達』が恨めしそうにこちらを見ていた。
九薙律は、俺と同時期に友達として連れてこられた子供だ。
孤児院育ちという共通点はあったものの、逆に言えば共通点はそれくらいで。白と黒くらい、俺とリツは対照的だった。それは、優劣も含めて。
「流石コウメイ、お前は飲み込みがいいな」
昼間の食堂。
にこにこしながら頭を撫でてくる執事長の手をさり気なく避けながら、俺は「どうも」とだけつぶやいた。
その笑顔も束の間。
「それに比べて……」
テーブルの傍、重ねた食器をテーブルへと運ぶリツ。その食器をテーブルの上に載せようとして、かちゃりと音を立てた。瞬間、先程まで和らいでいた執事長の表情が般若のような顔になる。
「おいリツ!物を置くときは音を立てるなと何度言えばわかるんだ!」
「ご、ごめんなさ……あうっ」
執事長の声に驚いたリツは手を滑らせ、持っていた数枚の食器をそのまま床に落とした。
ああ、馬鹿だ。思いながら、俺は白い食器が粉々に割れるのを横目に見ていた。
「このガキ……ッ!なにしてんだ!」
「ッ、ごめんなさッ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
無能は何をしても無能。そんな文を本の中で読んだが、それは本当のようだ。
飲み込みが悪いリツに執事長が怒るのも今ではもう日常茶飯事で。
何度も何度も蹴られては、蹲って泣きじゃくるリツの姿を見るのも、もう飽きた。
「……」
執事長の罵声とリツの嗚咽を聞き流しながら、俺は散らかった食器の破片を片付ける。
出来るだけ、無駄な時間は過ごしたくない。
リツを見てるとイライラする。リツに限ったことではないが、出来ないやつが出来ないことをしようとする無駄な行為にイライラするのだ。
結果が伴っている努力はいい。だけど、あいつは何してもダメだ。俺よりも年上のくせに、勉強も運動も掃除も料理も何一つ出来ない。
なぜあんなグズが丁塚家に引き取られ、来斗の傍に置いてもらえているのか理解できなかった。
丁塚家には感謝しているが、それだけは容認出来そうにない。
「今回のテスト、満点は一人だけだな。……鮫島公明、よくやったな、おめでとう」
教壇の前、名前を呼ばれた俺は教師からテストの返答用紙を受け取った。
百点満点の表記に今更なにも感じない。
テストが百点なのは予習で既に知っていたし、そのために勉強しているのだから最低でもこれくらい貰えるのは当たり前だ。寧ろ、百点じゃない方がおかしい。
「すごい、公明君また満点なんだってー……」
「かっこいいし、いいよね、鮫島君」
自分の席へと戻る途中、周りの視線が鬱陶しかった。誰から褒められたところで、その言葉にはなんの意味も効力もない。認めてもらいたいやつに、認めてもらえないのなら、こんな紙切れだって意味がない。
そう、あいつに認めてもらえなければ、なんも。
「そういえばコウメイ、また百点取ったんだってな!すごいじゃん!」
食堂に集まって晩飯を食べていたとき。
ふと思い出したかのようにそんなことを言い出す来斗に内心ドキリとした。
ある程度単純な来斗の反応は予想していたのに、不意打ちだ。もしかしたら褒めてもらえない可能性を考えていた俺は、少しだけ反応に遅れる。
「別に、これくらい出来て当たり前だ」
咄嗟に口にした言葉に、隣で食事していたリツの肩がびくりと跳ね上がる。
「今度俺の分も頼むよ、なあ」
「覚えてたらな」
「…………」
真っ赤になって俯くリツを尻目に、俺はほくそ笑んだ。
言い例えるなら、優越感。劣等感に苛まれるグズ特有の反応は酷く愉快で、気持ちがいい。
なるほど、こういうときのために下の者というのがあるのだろうか。思いながら、前髪の隙間からぎろりと睨み付けてくるやつから視線を逸らした。
リツの怪我が心配だというメイドに頼まれ、押し付けられた薬箱を手に俺はリツの部屋へ向かう。
なぜ自分がこんなことをしなければわからないが、メイドとはいえこの家の人間だ。来斗の家族だ。
そう考えると無下にすることは出来ず、仕方なく俺はリツの部屋までやってきていた。
あんなグズの心配をするなんて世の中には物好きな人間もいたものだ。
メイドたちはリツを綺麗だとか言っていたが、理解できない。筋肉もまともに発達していない、縦だけ伸びたただの木偶の坊だ。理解できない。
「おい、リツ……」
扉を叩く気にもならなくて、ドアノブに手を伸ばしたときだ。
『ぁッ』
扉の奥。聞こえてきたくぐもったその声に俺は、ドアノブを掴みかけたその手を止めた。
「……?リツ?」
いや、でも、今の声は確かに。
来斗……だよな。
聞き慣れた声を間違えるはずがない。なのに、何かがおかしい。
その違和感に気づいた瞬間、全身にどっと嫌な汗が滲む。いや、聞き間違いだ。そうだ、そうに決まってる。そう自分に言い聞かせ、ぎゅっとドアノブを掴んだその時だった。
『来斗……ね、これでいいの?』
『いちいち、聞くなよ……ってば、ぁ……ッ!』
指が引っかかり、かちゃりと小さな音を立てて扉が開く。
聞こえてきた声は来斗とリツで間違いなかった。俺に気付いていないのか、二人の声は途切れない。
『ん、だって、ちゃんと言ってくれないとどこがいいのかわかんないよ……僕……』
『っ、そこ、もっと、奥……ッ強く、擦って……っ』
粘膜が擦れ合うような、生々しい音。聞いたことのないような蕩けた来斗の声に、心臓の脈が早くなった。
なにを動揺している。そんなはずがない。有り得ない。有り得るわけがないだろう、だって、なんで、あいつと来斗が。
「……ッ、ぁ……」
広がる扉の隙間。椅子に座ったリツの上、向かい合うように抱き合って座る来斗の背中が視界に入った。
その剥き出しになった臀部。リツのものを根本まで飲み込んでいるのが見えて、息が詰まった。
瞬間、全身の血が煮え滾る。
「……」
ショック、というよりも、言葉に出来ないくらいの大きな敗北感がのしかかった。
俺は、来斗に触れたこともない。なのに、あいつは、何も出来ないあいつは、来斗の体に触って、来斗の体に自分のものを咥えさせて。全てを理解した瞬間、目の前が真っ白になる。
四肢から力が抜け落ちた。なのに、それでも来斗から目を逸らすことが出来なくて。
『……』
不意に、リツと目があった。あいつは口元を緩め、笑う。
動けなくなる俺を見て、愉しそうに笑った。
『ね、来斗……』
『んッ、う……んん……ッ』
まるで俺に見せつけるかのように来斗の唇を貪るあいつに、いや、それを嬉しそうに受け入れる来斗に、今度こそ頭が真っ白になって。
「……ッ」
見たくない。頭の中、無邪気な笑顔を浮かべた来斗と目の前の見たことのないような蕩けた表情の来斗が重なった瞬間、防衛本能が働いた。
気が付いたら、俺はその場を逃げ出していた。
認めたくなかった。あんな来斗を。リツと、リツなんかと気持ちよさそうに繋がる来斗を。
「……なんで……来斗……」
どれくらい走ってきたのかわからない。
薬箱はどこかに落としてしまったようで、俺の手は空になっていた。それでも、そんなこと、どうでもよくて。
「来斗……ッ」
硬くなった自分の下腹部に、更に惨めになって、俺は握り締めた拳を壁にぶつけた。
それでも、鮮烈に焼き付いてしまった頭の中の映像はちょっとの痛みじゃ消えなくて。
なにより、逃げ出すことしかできなかった自分が、自分の幼さが、ただ悔しかった。
自分がなんのために生まれたのか、生きているのかわからないまま、ひたすら机に向かって日々を過ごす。
児童書から文庫本、文庫本から参考書。手に持つものが変わるだけで、ずっとそれの繰り返し。恐らく、自分は机に向かったまま緩やかに朽ちていくのだろう。そう思っていた。
なのに、平穏な毎日は一人の男の出現によって突然幕を閉じることになった。
『君が、公明君か』
『……』
『君、私の息子の友達になってくれないか』
桜の蕾が膨らみ始めた春のこと。仕立てのいいスーツを着た初老の男の人はそう言った。
友達。脈絡もない、胡散臭い誘い文句。それでも、日々に変化を求めていた俺にとって『友達』という言葉は確かに魅力的に思えて。
男の言葉に小さく頷いたその日から、俺の生活はガラリと色を変えた。
丁塚家に引き取られて早数年。
基本、丁塚家の末っ子、丁塚来斗と過ごすようになっていたが、来斗が学校に行っていていない間は習い事の予定が詰め込まれていた。
来斗の友達とは言っても、要は付き人だ。基本の教養、礼儀、マナーを身につける必要がある。来斗に、丁塚家に恥をかかせないために。俺たちの教育指導を担当している執事長はいつもそう言っていた。
本を読む時間は減ったが、毎日いろんなことを知れることは俺にとって有り難く、まあ、ある程度充実した日々を送れていた。
「コウメイ、どっか遊びに行こうぜ」
「ダメだ、このあとはピアノの稽古が入ってる」
「だからサボるんだよ」
小学校から帰るなり悪い顔して誘ってくる来斗に俺はまた始まったと小さく息を吐いた。
「来斗、それはダメだ」
「なんでだよ、ピアノなんて習ったって今どきモテねーし。サッカーしようぜ、サッカー!」
丁塚来斗の友達をするのは、大変だ。
このお気楽脳天気をどうにかして習い事に行くように仕向けなければならないし、機嫌を損ねてもダメなのだ。それでもまあ、ずっと過ごしているとこいつの扱い方も段々わかってくるのだけれど。
「来斗」
笑みを消し、語気を強めて名前を呼ぶ。
そうすれば、来斗は言葉に詰まり、やがて萎んだように項垂れた。
「んだよ……ケチ」
来斗は大きな声を嫌う。
怒鳴られることも、睨まれることも慣れていないのだ。
いままで散々甘やかされてきたおぼっちゃまは、人間の敵意に頗る弱い。
……そして、俺もそんな落ち込む来斗に弱かったりする。
「……稽古が終わったら、空気を吸いに行こう」
「!お、おう!……約束だからな、嘘つくなよ!」
「来斗じゃあるまいし、つまらない嘘はつかない主義だ」
「んだよー、つまらなくない嘘はつくのかっ?」
一気に元気を取り戻す来斗の単純さには助けられる。
纏わりついてくる来斗の相手をしていると、ふと視線を感じた。
僅かに開いたその隙間。白い顔を覗かせたもう一人の来斗の『友達』が恨めしそうにこちらを見ていた。
九薙律は、俺と同時期に友達として連れてこられた子供だ。
孤児院育ちという共通点はあったものの、逆に言えば共通点はそれくらいで。白と黒くらい、俺とリツは対照的だった。それは、優劣も含めて。
「流石コウメイ、お前は飲み込みがいいな」
昼間の食堂。
にこにこしながら頭を撫でてくる執事長の手をさり気なく避けながら、俺は「どうも」とだけつぶやいた。
その笑顔も束の間。
「それに比べて……」
テーブルの傍、重ねた食器をテーブルへと運ぶリツ。その食器をテーブルの上に載せようとして、かちゃりと音を立てた。瞬間、先程まで和らいでいた執事長の表情が般若のような顔になる。
「おいリツ!物を置くときは音を立てるなと何度言えばわかるんだ!」
「ご、ごめんなさ……あうっ」
執事長の声に驚いたリツは手を滑らせ、持っていた数枚の食器をそのまま床に落とした。
ああ、馬鹿だ。思いながら、俺は白い食器が粉々に割れるのを横目に見ていた。
「このガキ……ッ!なにしてんだ!」
「ッ、ごめんなさッ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
無能は何をしても無能。そんな文を本の中で読んだが、それは本当のようだ。
飲み込みが悪いリツに執事長が怒るのも今ではもう日常茶飯事で。
何度も何度も蹴られては、蹲って泣きじゃくるリツの姿を見るのも、もう飽きた。
「……」
執事長の罵声とリツの嗚咽を聞き流しながら、俺は散らかった食器の破片を片付ける。
出来るだけ、無駄な時間は過ごしたくない。
リツを見てるとイライラする。リツに限ったことではないが、出来ないやつが出来ないことをしようとする無駄な行為にイライラするのだ。
結果が伴っている努力はいい。だけど、あいつは何してもダメだ。俺よりも年上のくせに、勉強も運動も掃除も料理も何一つ出来ない。
なぜあんなグズが丁塚家に引き取られ、来斗の傍に置いてもらえているのか理解できなかった。
丁塚家には感謝しているが、それだけは容認出来そうにない。
「今回のテスト、満点は一人だけだな。……鮫島公明、よくやったな、おめでとう」
教壇の前、名前を呼ばれた俺は教師からテストの返答用紙を受け取った。
百点満点の表記に今更なにも感じない。
テストが百点なのは予習で既に知っていたし、そのために勉強しているのだから最低でもこれくらい貰えるのは当たり前だ。寧ろ、百点じゃない方がおかしい。
「すごい、公明君また満点なんだってー……」
「かっこいいし、いいよね、鮫島君」
自分の席へと戻る途中、周りの視線が鬱陶しかった。誰から褒められたところで、その言葉にはなんの意味も効力もない。認めてもらいたいやつに、認めてもらえないのなら、こんな紙切れだって意味がない。
そう、あいつに認めてもらえなければ、なんも。
「そういえばコウメイ、また百点取ったんだってな!すごいじゃん!」
食堂に集まって晩飯を食べていたとき。
ふと思い出したかのようにそんなことを言い出す来斗に内心ドキリとした。
ある程度単純な来斗の反応は予想していたのに、不意打ちだ。もしかしたら褒めてもらえない可能性を考えていた俺は、少しだけ反応に遅れる。
「別に、これくらい出来て当たり前だ」
咄嗟に口にした言葉に、隣で食事していたリツの肩がびくりと跳ね上がる。
「今度俺の分も頼むよ、なあ」
「覚えてたらな」
「…………」
真っ赤になって俯くリツを尻目に、俺はほくそ笑んだ。
言い例えるなら、優越感。劣等感に苛まれるグズ特有の反応は酷く愉快で、気持ちがいい。
なるほど、こういうときのために下の者というのがあるのだろうか。思いながら、前髪の隙間からぎろりと睨み付けてくるやつから視線を逸らした。
リツの怪我が心配だというメイドに頼まれ、押し付けられた薬箱を手に俺はリツの部屋へ向かう。
なぜ自分がこんなことをしなければわからないが、メイドとはいえこの家の人間だ。来斗の家族だ。
そう考えると無下にすることは出来ず、仕方なく俺はリツの部屋までやってきていた。
あんなグズの心配をするなんて世の中には物好きな人間もいたものだ。
メイドたちはリツを綺麗だとか言っていたが、理解できない。筋肉もまともに発達していない、縦だけ伸びたただの木偶の坊だ。理解できない。
「おい、リツ……」
扉を叩く気にもならなくて、ドアノブに手を伸ばしたときだ。
『ぁッ』
扉の奥。聞こえてきたくぐもったその声に俺は、ドアノブを掴みかけたその手を止めた。
「……?リツ?」
いや、でも、今の声は確かに。
来斗……だよな。
聞き慣れた声を間違えるはずがない。なのに、何かがおかしい。
その違和感に気づいた瞬間、全身にどっと嫌な汗が滲む。いや、聞き間違いだ。そうだ、そうに決まってる。そう自分に言い聞かせ、ぎゅっとドアノブを掴んだその時だった。
『来斗……ね、これでいいの?』
『いちいち、聞くなよ……ってば、ぁ……ッ!』
指が引っかかり、かちゃりと小さな音を立てて扉が開く。
聞こえてきた声は来斗とリツで間違いなかった。俺に気付いていないのか、二人の声は途切れない。
『ん、だって、ちゃんと言ってくれないとどこがいいのかわかんないよ……僕……』
『っ、そこ、もっと、奥……ッ強く、擦って……っ』
粘膜が擦れ合うような、生々しい音。聞いたことのないような蕩けた来斗の声に、心臓の脈が早くなった。
なにを動揺している。そんなはずがない。有り得ない。有り得るわけがないだろう、だって、なんで、あいつと来斗が。
「……ッ、ぁ……」
広がる扉の隙間。椅子に座ったリツの上、向かい合うように抱き合って座る来斗の背中が視界に入った。
その剥き出しになった臀部。リツのものを根本まで飲み込んでいるのが見えて、息が詰まった。
瞬間、全身の血が煮え滾る。
「……」
ショック、というよりも、言葉に出来ないくらいの大きな敗北感がのしかかった。
俺は、来斗に触れたこともない。なのに、あいつは、何も出来ないあいつは、来斗の体に触って、来斗の体に自分のものを咥えさせて。全てを理解した瞬間、目の前が真っ白になる。
四肢から力が抜け落ちた。なのに、それでも来斗から目を逸らすことが出来なくて。
『……』
不意に、リツと目があった。あいつは口元を緩め、笑う。
動けなくなる俺を見て、愉しそうに笑った。
『ね、来斗……』
『んッ、う……んん……ッ』
まるで俺に見せつけるかのように来斗の唇を貪るあいつに、いや、それを嬉しそうに受け入れる来斗に、今度こそ頭が真っ白になって。
「……ッ」
見たくない。頭の中、無邪気な笑顔を浮かべた来斗と目の前の見たことのないような蕩けた表情の来斗が重なった瞬間、防衛本能が働いた。
気が付いたら、俺はその場を逃げ出していた。
認めたくなかった。あんな来斗を。リツと、リツなんかと気持ちよさそうに繋がる来斗を。
「……なんで……来斗……」
どれくらい走ってきたのかわからない。
薬箱はどこかに落としてしまったようで、俺の手は空になっていた。それでも、そんなこと、どうでもよくて。
「来斗……ッ」
硬くなった自分の下腹部に、更に惨めになって、俺は握り締めた拳を壁にぶつけた。
それでも、鮮烈に焼き付いてしまった頭の中の映像はちょっとの痛みじゃ消えなくて。
なにより、逃げ出すことしかできなかった自分が、自分の幼さが、ただ悔しかった。
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